2019年2月以来続いていた、太平洋諸島フォーラム(PIF)における騒擾が、より建設的な方向で収まりました。過去のPIF問題に関する記事は次のとおりとなります。
マーシャル諸島正式にPIF脱退手続き開始、パラオ、ミクロネシア連邦と足並み揃う
(2021年2月22日、MARIANAS VARIETY/PACNEWS)
2005年のPIF設立協定、フィジーは未批准
(2021年2月24日、FIJI TIMES/PACNEWS)
ザキオス駐米マーシャル大使、ミクロネシアのPIF復帰は「簡単な道ではない」
(2021年2月25日、ABC/PACNEWS)
パラオのウィップス大統領、PIF新事務局長との政治対話を拒否
(2021年5月31日、ISLAND TIMES/PACNEWS)
ミクロネシアの首脳がPIFサミットをボイコット、離脱計画を堅持
(2021年8月9日、PACIFIC ISLAND TIMES/PACNEWS)
ミクロネシア地域の首脳、PIF離脱の決意は変わらず
(2021年9月6日、ABC/PACNEWS)
パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、キリバス、ナウルがミクロネシア大統領サミット(MPS)事務局を開設へ
(2021年9月7日、ISLAND TIMES/PACNEWS)
ミクロネシア諸国首脳、PIF事務局長の6月までの退任を期待
(2月14日、ポンペイ、ABC/PACNEWS)
プナPIF事務局長、中国の気候変動へのコミットメントを歓迎
(2022年5月30日、スバ、PACNEWS)
NZ、太平洋諸島フォーラム(PIF)のリセットを期待
(2022年6月1日、ウェリントン、AAP/PACNEWS)
我々はビッグボーイズを遊ばせておく:プナPIF事務局長
(2022年6月7日、スバ、FBC NEWS/PACNEWS)
太平洋諸島フォーラムの一連の分裂問題は、2019年2月上旬、テイラーPIF事務局長(当時)による中国との関係強化を期待する発言から始まったと見ることができます。PIF事務局というのは、PIF加盟国の外交権や政策決定権の上位に立つものではなく、あくまでも首脳会議で合意された内容を実行に移すための組織です。
テイラー事務局長(当時)の発言は、台湾承認国の反発を招き、同2月中旬のミクロネシア大統領サミット(参加国:パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル、ナウル、キリバス)でPIF事務局に対し、台湾を他の開発パートナーと対等に関係を持つよう要請する共同声明が発出されました。PIFの枠組みでは、太平洋諸国を対象とする加盟国、準加盟国、オブザーバーのステータスがありますが、域外国の場合は、域外対話国に認定されることで、対象となるPIF関連会議に参加することができるようになります。台湾の場合は、90年代からPIFの枠組みに協力していますが、中国も域外対話国の一つとして関係を有していることから、域外対話国ステータスではなく、PIF総会の際に台湾承認国首脳とのサミットを別途開催できるなど、特別な位置づけになっています。実質的に域外対話国と同様の立場にありますが、域外対話国リストには掲載されていません。一方で、当時、キリバスはまだ台湾承認国であったため、ミクロネシア連邦のみが中国と国交を持つ国でした。そのため、台湾を擁護する共同声明発出により、中国との間で調整が求められる状況となりました。
さらに、このミクロネシア大統領サミットでは、2020年9月に任期満了を迎える(実際にはコロナで首脳会議が開催されないことで2021年2月まで延長された)テイラー事務局長の後任を、ミクロネシア地域から、さらには台湾承認国から輩出する、という合意がなされ、PIF加盟国に対し「次はミクロネシアの番だ」と主張し、その後、口頭合意が首脳でなされたことで「紳士協定」があるという話に繋がりました。
2019年9月、ミクロネシア地域としてマーシャルのザキオス駐米大使を候補として擁立したものの、南半球の国々とって無名に近く、その手腕も未知数であったことなどの背景もあり、当時クック首相だったプナ氏が9月の首相辞任とPIF事務局長立候補を表明(2020年6月)。これに対し、ミクロネシア地域が反発、ミクロネシア大統領サミット(2020年9月)で紳士協定が破られた場合、ミクロネシア5か国はPIFを脱退すると正式に発表しました。ちなみに、同じ時期、米国のエスパー長官がパラオを訪問し、「中国を安全保障上の脅威」と公の場で明言しました。また、2021年1月、パラオではレメンゲサウ大統領が任期満了で退任、ウィップス政権が誕生しました。
その後、2021年2月、オンラインで行われた臨時PIF首脳会議において、コンセンサスではなく多数決(9-8)でプナ氏が次期事務局長に選出されると、パラオが脱退を表明(公式手続きは3月)し、2月にミクロネシア連邦とマーシャル、3月にパラオ、4月にナウル、7月にキリバスが1年後に発効となる正式脱退通知を外交ルートでPIF協定保管国のフィジーに提出しました。一方、プナ事務局長は5月に就任、次長はマーシャル人なのでバランスが取れているという声もありましたが、ミクロネシア諸国の怒りは収まらず、2022年を迎えました。
ミクロネシア諸国はプナ事務局長の退任を脱退回避の最低限の条件としていましたが、同事務局長は正当なプロセスで選出されたにもかかわらず、退任を強要することに正当性がないという問題が発生しました。現在組織の根拠となっている2000年PIF設立協定には、本人が辞任する以外、事務局長を退任させる手続きはありません。無理にやめさせればプナ氏に賛成した国々が反発するなど、新たな分断の切っ掛けになりかねない状況でした。
そのような中、2022年2月に最初の国であるミクロネシア連邦の正式脱退が決定する寸前、ブリンケン国務長官のフィジー訪問やミクロネシア連邦大統領との話し合いなど、米国が調整を行いました。NZとの間でプナ事務局長の退任の道筋をつけたことで、ミクロネシア諸国の脱退は6月に開催される臨時首脳会議まで保留されました。背景には、2021年11月のソロモン諸島での暴動とそれをきっかけとした中国と同国の関係深化や世界情勢の変化があり、太平洋島嶼地域の分断ではなく安定を優先すべきとの判断があったと考えられます。
この一連のPIF分断問題が表面化して以降、私としては2つの見方がありました。1つは分断は日本にとって歓迎すべきというもの。なぜならPIF事務局にある種の懸念があり、同事務局の権威低下が日本の地域関与強化に繋がる可能性があったためです。2つ目は、そもそもこの問題の背景には米国が関係しており、分断回避は米国次第というもの。このような見方は間違っていたかもしれませんが、最後は太平洋島嶼国自身がミクロネシア諸国の脱退を回避させました。
単に回避されただけではなく、記事にあるとおり、北半球にPIF事務局と直接つながる部門が設置されたり、事務局長選出プロセスが明文化されたり、発展的な内容となり、プナ事務局長を傷つけることも避けられました。
中国王毅外相の太平洋島嶼地域訪問は日米豪NZ、とりわけ米豪の地域関与深化に繋がり、ソロモン問題も含めた、地域を取り巻く不安定な状況が太平洋島嶼国間の結束を促した面もあります。豪空軍の活躍で、多くの首脳が対面で話せたことも大きな要素でした。
まさに、雨降って地固まる。正式には7月のPIF首脳会議で決定することになりますが、太平洋島嶼地域は新たなフェーズに入ることが期待されます。
(塩澤英之主任研究員)