ミクロネシア講座

ミクロネシアン・セミナー

[第7回講義]ミクロネシアの精神異常

- フランシス・X・ヘーゼル、S・J - " Mental Illness in Micronesia"February 1993
今日の問題

過去10年間にミクロネシアでは精神異常者が大きな社会問題となって浮上した。短期滞在者でさえ、目立つ服装をして(あるいは裸で)あちこちをうろつきながらタバコをせがんだり、流暢な英語で意味不明な言葉をかけてくる精神異常者を見かける。ゾンビのようにまばたきもせずに周囲の人々や事象を見つめたり遠くを見る視線で口を開く前から精神異常者であることが分かる人々もいれば、交通整理を行ったり、ゴミを拾ったり、周囲にいる人々に対して宗教や政治に関するスピーチを行ったりするなどの明らかに正常とは思えない行動を採る人々もいる。またそれほど目立たない精神異常者もいる。たとえば、自宅に閉じこもり、一番近い親族としか交流を持たない人々だ。現在の精神異常者の多くは若者で、精神異常者の数は決して少なくはないように見える。

私はここで、精神異常者がミクロネシア諸島で見られる新しい現象であると言おうとしているのではない。私が60年代初頭にはじめてミクロネシアに来た時には、古い病院の小さな精神異常棟に一見人の良さそうな老女がいたが、その人は近くを通る人々に3カ国語で汚い言葉を浴びせることで有名だった。また、心を病んだ40才の男性が小さな珊瑚礁のうえで殺人を犯したが、その後、次回の診療船が回ってきて彼を病院に連れて行くまで、隣人たちは、彼がさらなる問題を起こすのを恐れて彼を深い井戸のなかに閉じ込めたままにしておいたと聞いて、私たち皆、強い衝撃を受けたのも覚えている。身体に紙テープを巻き付けて、自分でボール紙で作ったウズラカメムシをぶら下げて町中を練り歩いていた男など、いろいろな変人がいたが、数は比較的少なく、中高年が多かったと私は記憶している。

深刻の度を増していくように見える精神異常という問題はこれまで放置されてきたわけではなかった。1974年、信託統治本部では精神科医師と臨床心理学者を雇い、最初の精神異常者対策を導入するとともに、地域で精神面のサポートを提供するアシスタントを採用した。その後、精神異常を担当する部門が設立されると、ミクロネシアの精神異常者に関するデータを収集するための本格的な活動が開始された。前任者の精神科医師は1977年から1980年の間に信託統治本部に提出された月間報告書をもとに、ミクロネシアの各島の精神分裂病罹病率を比較した論文を発表した。また、ロマ・リンダ医科大学から派遣されてきた精神科実習生は、3ヶ月をかけてパラオの精神分裂病者に関する調査を行い、患者のほとんどが男性である、と述べている。このような調査報告書を読むと、調査を行った医師たちは、パラオで男性の精神分裂病者が多い理由として「比較的最近になって伝統的文化が急速に失われたこと」と男性の間にドラッグ依存者が多いことを挙げている。

DSM-IIIをご覧になられた方ならお分かりのとおり、精神異常はいろいろな症状となって現れ、診断は決して容易ではない。本報告書では一般に精神異常と呼ばれているものを対称とし、精神異常を「精神機能の損傷が進み、思考能力が失われるとともに、日常生活や現実への適切な対応が不可能となった状態」と定義する。だが、欧米の精神学会の精神異常に関する定義はかなり不正確であることを頭のなかに留めておくことは重要である。

現在使われている診断基準によると、世界中で最も一般的に見られる精神異常は精神分裂病である(だが精神科医師たちは、精神異常群という呼び方の方が適切である、と指摘している)。米国の精神病院で治療を受けている患者の約半数が、なんらかの精神分裂症状を見せているとの診断が出ている。我々の調査では、ミクロネシアの精神異常者に占める精神分裂病患者の割合はもっと高い。また、これまで精神分裂病に関する調査が数多く行われてきたにもかかわらず、原因は今だに明確にされていない。精神分裂病とは、脳の一部が機能不全を起こすことによって起こる認識障害であることは分かっている。精神分裂病は単なる遺伝ではなく、ある程度他の原因が引き金になって発生する。他の原因とは、生化学的、神経的、環境的要因、あるいはこの3つが融合された場合が考えられる。また、欧米の都市では精神分裂病患者が社会的、経済的に低い層の間の人々に多く見られること、先進諸国での罹病率が高いこと、遺伝学的には欧州人に属しても南洋のライフスタイルをしている英国ノーフォーク州の人々の間には精神分裂病がほとんど見られないことなどから、精神分裂病の発生と社会的要因には深い関係があることが分かる。

もし精神分裂病と環境との間に、また、他の主要精神異常(双極性障害、鬱病、パラノイアなど)との間に深い関係があるとすれば、このテーマはミクロネシアの社会的変化が与える影響に関する研究を行っている者にとっては特に重要なものとなろう。過去数十年間にわたって見られた近代化とそれに伴う変化がミクロネシアにもたらした社会文化的環境は多くのミクロネシアの人々にかつてなかったほどのストレスを与えているように思える。このストレスがミクロネシアの精神異常者の増加率と特定の層へのかたよりにつながっているものと思われる。

調査方法

ミクロネシアの精神異常者に関する初期の調査データのほとんどは10年以上も前のもので、古さという面でだけでなく、当時でさえその正確さには不適切な部分があったものと思われる。調査の対象となったのは病気の治療に病院を訪れた者だけであることから、調査報告書に記載されている患者数や罹病率は現実をはるかに下回っていたものと思われる。ミクロネシア・セミナーでは、深刻な精神異常に関する新しい、総合的なデータを入手するために、1988年7月から独自の調査を始めた。我々は素人の研究者を使って、マーシャル共和国、パラオ共和国、ミクロネシア連邦の精神異常者の全てを網羅するデータを集めようと試みた。

我々は、このような地域の医療関係者の協力を得て、精神異常に苦しむ人々に関するデータの収集を開始した。我々のスタッフは各コミュニティのリーダーへのリアリングを行い、他の人々と話し合い、病院での治療を受けたことのない患者に関する情報を集めるとともに、患者一人一人に関する簡単な病歴をまとめた。私たちのスタッフは小島を全て回ったわけではないし、大きな島の全部を詳細に網羅したわけではないが、各地に関する詳細な情報を持っている人々に時には長期間にわたってヒアリングを行った。そして、このようなヒアリング調査をもとに、精神異常者一人一人に関する情報を集めた。この調査には18ヶ月かかり、1990年1月に完了した。スタッフリーダーのオトング・エミリオは調査が完了するまでの1年間にわたって継続的な調査を行った。

この調査の対象に含まれた精神異常者に関する正式な診断書を入手することもできたが、欧米の医学にもとづいた診断だけに依存することは控えた。正式に精神異常者と見なすべきかどうか分からない人に対しては、各コミュニティで使われている判断基準を適用した。例えば、町や村に行って、その人が一年以上にわたって少なくとも断続的に「気狂い」のような行動を見せたかどうかを人々に尋ねた。またさまざまな質問を通して、特定の人の症状の特徴を把握し、精神異常の程度を探ろうと試みた。また地元の人々に、その人が深刻な精神異常であると思うかどうかを聞いた。このような質問をすることによって、我々がすでに得ていた情報をもとに下した判断を確認したり、修正したりした。

また老人性痴呆や動脈硬化的痴呆症、アルコールや薬物への依存症などの精神異常は調査の対象から外した。またヒアリング調査を通して精神異常者のリストをまとめるうえで、下記のような人々は極力除外した。

・性格的問題を持つ人々(好戦的、盗癖がある、習慣的に嘘を言うなど)。
・先天性精神障害、外傷が原因の精神異常、てんかんなどの病気を持つ人。
・鬱病の状態を何度も経てきたり、ミクロネシアではよく見られる「所有欲」を経験するなど深刻ながらも一過性の病気に苦しむ人々。
・時々奇妙な行動をするが、各コミュニティでは通常の生活ができると判断されている人々。

またこの調査のデータには、我々の定義からは精神異常者だと100%断定できない人や症状が一年以上続いてみられない人など、疑わしい人は含まれていない。だが、調査が行われていた18ヶ月間に亡くなった6人の精神異常者とその後に亡くなった3人に関するデータは含めた。

この調査は厳密な科学的見地から行われたものではない。だがデータが完璧なものではないとしても、ミクロネシアの精神異常者を部分的、あるいはごく断面的にとらえたものだと判断してはならない。この調査結果に含まれている数字は完璧とは言えないかもしれないが、1977年から1980年にかけて行われた調査よりはるかに正確であり、調査の対象となった3地域の精神異常者の最低罹病率を示すものと解釈されるべきである。今回の調査にはそれなりの問題点もあり、今回の調査は将来行われる調査結果との比較の対象として利用されるなら幸いであるし、また、今後さらなる調査を行う分野を判断するための参考に使われることが望ましい。

ミクロネシアの精神異常者の割合

この調査から、ミクロネシア(パラオ共和国、マーシャル共和国、DSM)には445人の精神異常者がいることが明らかになった。これは成人1万人当たり54人となる(成人とは15歳以上を指す)。表1は、1990年の精神異常者の割合と、デールが信託統治登記簿から抽出した1978年から1980年の精神異常者の割合とを比較したものである。1990年の精神異常者の割合が拡大しているのは、1978-1980年以降の10年間に精神異常者が増えただけでなく、以前の調査の数字の不備が反映された結果であるとも考えられる。深刻な精神異常者が本当に増えているとしたら、その可能性が非常に強いが、拡大率を正確に測定するだけのデータは入手できない。

表1:1980年と1990年の諸島群別精神異常者発生率の比較
1978年から1980年 パラオ ヤップ チューク ポナペ コスラエ マーシャル 全体
人口(15才以上) 8,264 6,009 18,279 13,206 2,568 13,481 61,807
精神異常者数 78 50 44 25 4 12 213
1万人当たりの精神異常者数 94 83 24 19 16 9 34
1990年 1
人口(15才以上) 7,666 6,289 24,490 17,476 4,061 21,244 81,224
精神異常者数 128 53 92 56 26 90 445
1万人当たりの精神異常者数 167 84 38 32 64 42 54

ミクロネシアでは成人人口1万人当たりの精神異常者数は54人だ。H・B・M・マーフィーによると、北米、欧州、日本などの先進諸国の精神異常者数は成人人口1万人当たり約90人である。マーフィーは自分が訪れた太平洋の島々ではこの数はもっと少なく、太平洋地域全体で1万人当たり約25人だと推定している。ミクロネシアの各諸島の精神異常者の割合は、マーフィーが「伝統的な」島社会の平均として挙げた数字をはるかに上回っているが、パラオを除いて全て先進諸国の割合を下回っている。マーフィーの数値をもとに考えると、ミクロネシアの精神異常者の割合は、近代化への道を歩みはじめた転換期にある社会に見られる水準だとも言える。

我々の調査の結果によると、精神異常者の割合は諸島群によって大きく異なり、またデールの以前の調査結果が示すような一定のパターンが見られるわけでもない。(1978年から1980年までのデールのデータでは、精神異常者の割合は東から西に行くにしたがって高くなっている。)現在ではパラオが167人でずば抜けて多い。この数字は2番目に多いヤップの2倍であり、チュークやポナペの4倍以上になる。またマーフィーが先進諸国の平均とした数字を大きく上回る。ヤップとコスラエは84人と64人で欧米社会の割合に近く、マーシャルは42人で低い。チュークとポナペは38人と32人でリストの底になる。

精神病院で治療を受けた深刻な症状が診られる患者の約4分の3(73%)がなんらかの精神分裂症との診断を受けている。双極性精神異常(躁鬱病)が13%、急性偏執症が5%、鬱病が2%、その他が7%だった。

男性に多い精神異常

この調査結果のなかで特に目を引くのは、精神異常者のなかの男性の割合が多いことだ。地域全体では、精神異常者の77%が男性だった。男女比は何と3.4対1となる。

女性人口に占める精神異常者の割合は諸島によって大きく異なり、コスラエでは0%だがパラオでは91%に達する。女性の精神異常者の割合は調査の対象となった人々の全体に占める女性の割合と比例するようだ。調査対象者全体に占める女性対象者の割合が最も高かったパラオの女性罹病率が最も高くなっている。一方、対象者全体に占める女性対象者の割合が低かったチュークとポナペでは女性罹病率も低い。女性の精神異常者がいなかったコスラエを除いて、全精神異常者に占める女性の割合は17-30%だった(コスラエでもかつて女性の精神異常者がいたことが分かっており、10年ほど前に精神分裂症の女性が自殺している。)

ミクロネシア全体を通して見ると、精神異常になるリスクは女性の方が男性よりはるかに少ない。ミクロネシア全体の女性罹病率は成人1万人に対して24人だが、これはマーフィが10年以上も前に太平洋諸島を旅しながら調査した時の男女を合わせた罹病率とほとんど同じである。もしミクロネシア全体で女性が精神異常にかかる率が低いとすれば、その分、男性の方の罹病リスクが高いことになる。パラオでは成人1万人に対して男性の精神異常者の数が200人、つまり成人男性人口の2%を占める一方、コスラエとヤップでは男性の精神異常者の数は成人男性1万人当たり100人を越える。チューク、ポナペ、マーシャルでは50人から65人の間である。

表2:諸島別、性別の精神異常者の割合
  パラオ ヤップ チューク ポナペ コスラエ マーシャル 全体
男性患者数 89 39 78 42 26 70 344
女性患者数 39 14 14 14 0 20 101
成人男性1万人に対する割合 207 124 59 50 144 65 83
成人女性1万人に対する割合 91 44 11 19 0 19 24
精神異常者に関するその他の特徴

精神異常に関しては常に社会民族的な説明がつきまとうが、この点に関してはミクロネシアも例外ではない。村民に精神異常者について尋ねると、多くが、過去10年や15年間に精神異常者が急増した理由に関するごく一般的な背景を口にする。精神異常者のなかに海外旅行を経験したり、高学歴の人が多いことから、このような経験の片方、あるいは双方が何らかのプレッシャーとなっていると指摘する人が多い。またアルコールやマリファナなどのドラッグを使用する若者が多いことを原因だと指摘する向きもある。このような要因を指摘する人々が多いことから、我々は精神異常と相関関係の深い要因として受け止めて調査に含めた。このような要因に関する説明は下記のとおりである。

我々が最近行った調査によると、ミクロネシアの精神異常者のなかには旅行の経験が豊富な人が多い。精神異常者の約半数(47%)が自分の国以外の地域に半年以上住んだ経験があり、特にほとんどの人がグアムや米国に住んだ経験を持つ。だが残念なことに、ミクロネシアの人々全体の海外経験に関するデータはなく、全体との比較はできない。

表3から分かる通り、ミクロネシアの精神異常者には平均以上の高学歴の人が多いようだ。世論調査の結果がある4地域の一般成人と精神異常者の学歴を下記に比較した。

表3:成人と精神異常者の平均通学年数の比較
  パラオ ヤップ コスラエ マーシャル
成人人口 9.7 7.8 8.8 8.7
精神異常者 10.0 10.1 10.7 9.3
注:コスラエの成人人口は男性のみ。マーシャルは25才以上の全人口。その他の地域は20才以上の全人口。

(チュークで行われた1989年の世論調査とポナペで1985年に行われた世論調査では教育に関する情報はなし。)精神異常者は一般の人々と比較してはるかに高い教育を受けている。精神異常者と一般の人々の通学年数の差はヤップで2年以上、コスラエでほぼ2年、マーシャルで半年、パラオでは数ヶ月である。調査の対象となった精神異常者の約4分の1(23%)が大学で少なくとも1年間学んでおり、大学に2、3年通った人も少なくない。

アルコールやドラッグの使用に関しては男女間で大きな相違が見られる。表4から分かる通り、男性精神異常者の88%がドラッグに中程度、あるいはかなり依存した経験を持つのに対し、女性の場合にはドラッグに依存した経験を持つ精神異常者はわずか36%である。ミクロネシアではアルコールを飲用したり、マリファナ(大麻)のようなドラッグを使用するのは男性が多いと一般に見られているため、このような調査結果は特に驚くには値しない。広義のドラッグのなかで最も一般的に使用されていたのは、やはり、アルコールだった。ドラッグ使用歴のある男女の精神異常者のほとんどが、時折アルコールを飲用していた。我々の調査の対象となった精神異常者のドラッグ使用に関しては、ドラッグの代わりにアルコールを飲用するというより、ドラッグとアルコールの双方を使用する傾向が見られた。具体的には、マリファナ使用者のうちアルコールを定期的に飲用していなかったのは調査の対象となった精神異常者のうち、男性でわずか11人、女性でわずか3人だけだった。またマリファナより強いドラッグを使用している人もわずかながら見られた。

表4:精神異常者のなかのドラッグ使用者の割合(%)
  男性(人数) 男性(%) 女性(人数 女性(%) 合計(人数) 合計(%)
全ドラッグ 287 (88%) 31 (36%) 318 (77%)
アルコール 271 (83%) 28 (33%) 299 (73%)
大麻 198 (61%) 12 (14%) 210 (51%)
その他 44 (13%) 1 (1%) 45 (11%)

精神異常者に占めるアルコール使用者とドラッグ使用者の割合は明らかになったが、では全人口に占めるアルコール使用者とドラッグ使用者の割合はどうなのだろうか?ミクロネシアには全人口に占めるアルコール使用者とドラッグ使用者の割合に関する統計はないが、最近、文化人類学者のマーク・マーシャルがチュークの人々を対象に行った大規模な調査の結果が一つの比較の対象となろう。1985年に行われたこの調査では、チュークの男性のうちアルコール飲用の経験があるか、現在、アルコールを飲用している人の割合が86%にのぼる。我々の調査では、男性精神異常者のなかでアルコールを飲用した経験のある人や現在アルコールを飲用している人の割合は83%だった。一方、チュークの15歳以上の成人男性のうち、マリファナを使用した経験を持つ、あるいは現在使用している人の割合は27%だったのに比べ、我々の調査では成人男性の精神異常者のなかでマリファナを使用した経験がある、あるいは現在使用している人は倍以上の61%にのぼった。女性の場合には、チュークの成人女性人口のなかで、これまでアルコールを飲用した経験のある女性はわずか2.3%、ドラッグを使用した経験のある女性はわずか1.2%だったが、精神異常者のなかではこのような人々の割合ははるかに高い。

我々の調査の対象となった精神異常者のなかで、マリファナやアルコールより強い薬物を使った経験のある人は少なく、(ヘロインやコカイン、LSD、ヒロポンなど)強い薬物を使った経験があることを裏付ける記録のある人は男性でわずか44人、女性ではたった1人だけだった。このような精神異常者のカルテを見ると、薬物と病気の発生との間に関係があるように思われるが、サンプル数が少ないため、参考情報として理解すべきだろう。ミクロネシアのなかでも特に強い薬物が入手しやすいパラオでさえ、強い薬物を使用した経験のある精神異常者はわずか29人だった。

精神異常と自殺

ミクロネシアの自殺に関する調査結果報告書には、精神異常は60年代後半から急増している自殺の主因ではないと繰り返し明確に指摘されている。自殺の急増は社会的背景と関係があると解釈されるべきであることを我々は繰り返し主張してきた。社会的背景とは、家族の形態や機能の変化、家庭内緊張を緩和するための伝統的構造の部分的維持を伴った世代間対立の強化、、などである。どの島でも社会的階層に関係なく、若い男性の間に衝撃的なスピードで自殺者が増えてきた。だが近年の自殺者のなかで精神異常の経験がある人は5%から10%に過ぎない。

過去20年間の自殺者の急増の原因が精神異常ではないとしても、個人個人の自殺の理由として精神異常は重要な意味を持つはずだ。精神異常を持つ人は一般の人々より自殺するリスクが高い。我々が精神異常に関する調査を開始してから2年間に、調査の対象としてリストに挙げられた人のうち9人が死亡した。そのうち5人が自殺だ。精神異常者を長期的に追ったデータが不足していることから、この自殺者の割合が精神異常者全体にも当てはまるものかどうか分からない。だが別の角度から自殺と精神異常の関係を探ることはできる。我々が自殺者に関して持つデータは、精神異常に関するデータより、過去に遡って深く調べた結果であり、精神異常を自殺と相関関係にある一つの要因として調べることは可能である。

1970年から1990年までの20年間に、記録に残っているものだけでミクロネシアでは616件の自殺があった。そのうち45人が明らかに精神を病んでいた。自殺者に占める精神異常者の割合は7%超、つまり1万人当たり730人である。成人人口1万人当たりの精神異常者数が54人であることを考えると、自殺者に占める精神異常者の割合が非常に多いことに気づく。13倍だ。1988年と1989年の2年間に5人の精神異常者が死亡したが、これはその2年間の自殺者87人のなかの5%以上となる。これを人口1万人当たりに計算すると574人となるが、これは健常者の成人人口1万人当たりの精神異常者数の10倍である。

精神異常者は惨めな生き方をするだけでなく、死に方も惨めだ。精神異常者と家族との関係が病気によって悪化することが理由なのか、それとも欲求不満や絶望が理由なのかは分からないが、精神異常者の自殺率は健常者の10倍から15倍にのぼる。

男女の精神異常者数と地域に関する格差が縮小している理由は何か?

方法論的に問題はあろうが、今回の調査から、精神医学を専門とする研究者や心理文化人類学者による詳細な調査を必要とする重要な疑問点が多数浮き彫りになった。本論文をまとめる前に、重要な疑問点を再確認すべきだろう。

最初の疑問は、精神異常者数の男女間落差がなぜこんなにも大きいか、ということだ。これまでに何度も、実際の落差はこれほど大きくなく、表面的に数字の差が大きく出ているだけだとの指摘がされてきた。女性の精神異常者は比較的穏やかな症状を見せることから、女性の精神異常者の多くが周囲の人に気づかれることがなく、また病院で治療を受けることが少ないのに対して、男性の精神異常者の方が文化的理由から目立つ、と指摘されてきた。精神分裂症のような病気の場合には穏やかな症状などあり得ないことから、このような説明を割り引きして考えると、通常は性とは直接関係のないと思われている病気の男女間の発生率の大きな相違を説明する理由を別に見つけなくてはならない。

環境的要因は重要な役割を果たしながらも、精神分裂病や他の精神異常を引き起こす理由として比較的軽んじられてきた。だが環境的要因は確かに精神異常の引き金となる。先進工業国に精神異常者が比較的多い理由として、先進工業国のストレスレベルが高いことが指摘されているが、特定の年齢や性に対するストレスのレベルの違いが、一つの社会のなかでの罹病率の相違となって現れるのだとも考えられる。ミクロネシアの伝統的な社会構造では、女性が守られている。女性は家庭にいて、社会的生活から切り離されているが、男性は社会に積極的に参加しており、それが満足感とストレスの両方をもたらしている。第二次世界大戦直後にミクロネシア社会の研究を行った文化人類学者は、女性と比較して男性への社会的圧力は高く、支援者は少ない、と記している。これは現在にも当てはまることであり、男性は女性より大きな社会的役割の変化や職業の変化に晒されている。

男性はまた社会的に認められているストレス軽減方法としてアルコールを飲用したり、ドラッグを使ったりするが、これがさらに精神異常のリスクを招く。男女間のアルコールやドラッグへの依存度の差が男女間の精神異常の罹病率の相違となって現れている。ハモンドは同僚とともに1981年にパラオで調査を行い、パラオの男性の罹病率が高いのは「大麻の毒性を吸収することが理由だ」と述べている。また最近、14年間にわたって行われた調査の結果、大麻を時々でも吸っていた人は、吸わない人より精神分裂病にかかる率が倍以上になる、ことが分かっている。またミクロネシア最大の島で最近行われた調査の結果、精神異常者のなかのマリファナ常習者の割合が一般人のなかのマリファナ常習者の割合の倍に上っていることが明らかになった。このような調査にはそれぞれ問題はある。だが、我々が行った調査の結果、精神異常者のなかの男性の割合が非常に高く、その理由を見つけようとすれば、ドラッグやアルコール依存者のなかの男女比が非常に大きいことは無視できない。

2番目の疑問は、島によって精神異常者の発生率に大きな相違が見られることだ。パラオやヤップで精神異常の罹病率が異常に高いのは、調査方法が優れていたからだという説明では、たとえその指摘が正しいとしても、それだけでは納得できない。ミクロネシアのなかで最も包括的な調査が行われたのはチュークだ。チュークでは、ラグーンのなかの島まで調査員が訪れ、コミュニティや教会のリーダーがネットワークを使って村々を訪れ、これまで報告されなかった精神異常者に関する調査を行った。このようにしてチュークで膨大な労力と時間をかけた調査が行われたにもかかわらず、チュークの精神異常者の割合はパラオやヤップをはるかに下回った。

パラオやヤップの社会的崩壊が他の島々より遙かに大きく、その結果島民に強いストレスがかかり、精神異常の症状が他の島々より遙かに多くの人に現れる、ということは考えられる。だがこのような根拠のない主張を結論とすることはできない。パラオやヤップではアルコールやドラッグへの依存度が島の標準から見ても強い人が多く、それが高い精神異常罹病率の原因となっている、という指摘もある。パラオでは過去10年間に、他のミクロネシアの島々と比べて、ヘロインやコカインを含め、ドラッグ依存者が多かったことは周知の事実だ。他の島とパラオの人々のドラッグ依存度を比較できる手段はないが、アルコール消費量に関する簡単な指標はある(当然ながら不完全で古いが)。信託統治領の1977年の輸入統計によると、アルコールの国民一人当たり年間消費額はヤップが66ドルと、ポナペの21ドルやマーシャルの24ドルの約3倍となっている。パラオでは55ドルとヤップよりは低いものの、ポナペやマーシャルの倍の水準にある。チュークやコスラエに関する統計はない。

3番目の疑問点は、1980年から1990年の10年間に精神異常者の年齢分布に変化が見られたことである。精神異常者が多い年代が20代から30代へと移っている。初期の統計が適切なものだとすると、これは非常に重要な発見となる。つまり、これは70年代に20代に入った人々は年下の人々より(そして年上の人々よりも)精神異常になる確率が高かったことを示している。このことから我々は、精神異常は自殺とおなじように少なくとも一過性の現象であり、現在の比較的高い罹病率は社会の急激な変化に伴うストレスが減少するととともに低下するのではないかとの希望を持つことができる。

1993年2月

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