はじめに

 ロシアによるウクライナ侵攻から約2年が経過し、欧米諸国が推し進めるエネルギー面での脱ロシア政策には、一定の成果が見られる。一方、欧州連合(EU)の禁輸対象外であるロシア産天然ガス、特に液化天然ガス(LNG)の輸入拡大を求める動きが続いている。こうした中、代替調達先の1つとして期待されるアフリカ諸国からのガス輸入が、西側諸国の脱ロシア政策の進展に寄与する可能性がある。本稿は、EUの脱ロシア政策の課題であるロシア産LNGの輸入拡大と、アフリカ諸国からのガス供給の重要性について考察する。

EUの脱ロシア政策の課題:ロシア産LNGの輸入拡大

 EUはウクライナ危機下、ロシアの戦費につながる資源収入を断つため、対ロシア制裁として、ロシア産化石燃料の輸入削減を図ってきた。2022年8月に石炭を、同年12月に海上輸送による原油を、翌年2月に石油製品を禁輸した。他方、天然ガスについては、EUは輸入停止に踏み切っていないが、ロシア産ガスの輸入抑制を目的に国内消費量の15%削減に努めている。EU統計局(Eurostat)によれば、EUのロシア産ガス輸入量は、ウクライナ侵攻発生前の2021年の1,541億立法メートルから、2022年には850億立法メートルまで減少した。

 ただ留意すべき点は、ロシア産LNGの輸入が増加傾向にあることだ。パイプライン経由の輸入量が1,413億立法メートルから675億立法メートルに半減したのに対し、LNGでの輸入量は128億立法メートルから175億立法メートルに増えた(図1)。EUのロシア産LNG総輸入量に占める加盟国別の割合(2022年)は、フランスが最多の29%、次いでスペインが28%、オランダが21%、ベルギーが15%である。各国が輸入したロシア産LNGの大半は、ロシア・ヤマル半島北東部サベッタでのヤマルLNG事業で生産されたガスである[1]。同事業は、フランス企業「トタルエナジーズ」とロシア企業「ノバテク」などが、ウクライナ危機以前より共同開発を行ってきた。トタルエナジーズやスペイン企業「ナタージュ・エナジー・グループ」はそれぞれ、2038年までヤマルLNG事業のガスを購入する契約を締結している[2]。

図1:EUのロシア産天然ガスの輸入量(2016年~2022年)

出典:Eurostatのデータベースをもとに筆者作成

ロシア産LNGの再輸出問題

 欧州に流入するロシア産LNGに関する注目点は、輸入後に全体の21%が第三国に再輸出されていることである。米国の研究機関「エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)」によれば、ベルギーのゼーブルージュ港やフランスのモントワール・ド・ブルターニュ港において、ロシア産LNGの積み替え作業が行われ、アジア市場など非EU諸国にガスが再輸出されている。

 また、スペインからの再輸出先は、主にイタリアと見られる[3]。スペインは欧州最大規模の7つのLNG輸入基地を擁し、LNGの再ガス化能力も十分に保持している。このため、ロシア産LNGを積極的に調達し、積み替えによってスペイン産として第三国に転売したり、再ガス化したものを既存のガスパイプラインで近隣諸国に輸送したりすることで、利益を得ようとしている[4]。このように、一部の加盟国が国内消費用や再輸出用にロシア産LNGの輸入を増やした結果、EUのロシア産LNG購入費は2021年の52億ユーロから、2022年には161億ユーロへと約3倍となった[5]。

 EUは2027年までに全てのロシア産エネルギーを禁輸する計画を表明する一方、現状はロシア産LNGへの依存を強めている。こうした状況を受け、スペイン政府は自国企業にロシアとLNG新規購入契約を結ばないよう要請している[6]。また欧州議会も、ロシア企業が欧州向けLNG輸出に必要なインフラ設備の利用予約を停止することで、各加盟国政府がロシア産LNG輸入を禁止できるルール作りに向けて動いている[7]。

ガス代替調達先としてのアフリカ諸国

 短期的には、EUがロシア産LNG輸入の流れを断つことは難しいものの、中長期的な観点からは、脱ロシア依存に向けて、ガスの代替調達先を確保していく必要がある。ウクライナ危機下でエネルギー協力が進展した米国や[8]、LNG生産能力の増強に取り組むカタールが、有力な候補先となる。他方、米国は2024年1月、環境負荷の検証作業を理由に、自由貿易協定(FTA)非締結国向けのLNGの新規輸出認可を一時停止した[9]。またカタール産LNGについては、2023年10月からのガザ情勢悪化に連動して活発化したイエメンのフーシー派の海上攻撃により、紅海地域が不安定化したことで、紅海・スエズ運河を経由したカタール・欧州間のLNG輸送ルートに支障が生じている[10]。

 米国やカタールからのガス調達に懸念点が出てきたことから、ガスの代替調達先の1つである、アフリカ諸国の役割に期待が寄せられている。アフリカ諸国は欧州と地理的に近く、豊富なガス埋蔵量を有するため、将来的に天然ガスの一大供給地域としての地位を築けることができる。「ガス輸出国フォーラム(GECF)」によれば、アフリカ諸国のガス輸出量は2022年に合計約860億立法メートルを記録し、そのうち6割強の約540億立法メートル(3,900万トン相当)がLNGで輸出された。

 主なLNG輸出国は、アルジェリアやアンゴラ、エジプト、カメルーン、赤道ギニア、ナイジェリア、モザンビークといった国々である。北アフリカや西アフリカの国々は欧州にLNGを輸出する際、スエズ運河という海上交通の要衝(チョークポイント)に依存せず、安定した航路を利用できる地理的優位性を持つ。2022年時点のLNG年間生産能力の合計は7,430万トンに達し(図2)、特にモザンビークでは大規模なLNG生産拡大が計画されている[11]。その他、モーリタニア・セネガル沖のガス田や、タンザニア南部の沖合に位置するガス田からも生産・輸出が見込まれる。アフリカ諸国からのガス輸出量は2050年までに、パイプライン[12]・LNGの利用により、約1,450億立法メートルまで増加する見通しである[13]。

図2:アフリカ各国のLNG年間生産能力

出典:GIIGNL Annual Report 2023 Editionをもとに筆者作成 [14]

日本にとってのアフリカ産ガスの重要性

 アフリカ地域からのガス輸出の増加は欧州のみならず、日本のエネルギー安定確保にとっても大きな意味を持つ。2023年、日本のアフリカ産LNGの輸入量は全体のわずか1.1%に留まり、主要LNG購入国の韓国(3.7%)・中国(3.8%)・インド(14.1%)と比べても少ない(図3)。一方、ロシア産LNGの輸入量が全体の9.3%にのぼり、日本は同じ西側陣営の一員である韓国とは異なり、ウクライナ危機で対峙するロシアからのガス供給にある程度依存した状態である。この先、日本が対ロシア制裁で欧米諸国と更に連携していく中で、より本格的な脱ロシア政策を迫られるシナリオもあり得る。

図3:日本・韓国・中国・インドのLNG輸入相手国(2023年)

出典:財務省貿易統計韓国貿易協会インド商工省中国海関総署の統計をもとに筆者作成

 また、発電用LNG需要については、停止中の原発の再稼働や再生可能エネルギーの普及につれて、減少するとの見方が強まっている。しかし、この数年だけでも日本を取り巻く国際エネルギー情勢の変化が相次ぎ、また予期せぬ自然災害が原子力や再エネに及ぼす影響も考慮すれば、日本は将来的なエネルギー安定供給を見据えて、ガス火力発電を一定程度維持していくことも重要であるだろう[15]。これらの点を踏まえると、日本もロシア産LNGの代替調達を準備していく必要がある。

 そこで、ガス輸入先多角化に向けたカギを握るのは、アフリカ南東部モザンビークでのガス田開発である。日本のガス権益がある同国北部のLNG事業には、日本が官民協調で144 億ドル(1.5 兆円)の融資を行い[16]、生産された LNGの一部は日本にも輸入される予定である。だが、2021 年 3 月に事業サイト近郊でイスラーム過激派による攻撃が起き、それ以降事業は中断したままである[17]。その後、事業の操業主体であるトタルエナジーズは2024年2月、サイト周辺の治安改善に鑑み、LNG事業を2024年半ばまでに再開させたい意向を示した[18]。このように、エネルギー開発事業は、資源産出国の治安情勢の影響を大きく受けるため、エネルギーの安定確保は一筋縄ではいかない。

 しかし、モザンビークのLNG事業は日本の天然ガス調達先の多角化政策に貢献する重要なプロジェクトである。モザンビークは不安定な地域情勢が続く紅海・アデン湾から離れた南東岸に位置し、中東情勢の緊迫化次第で封鎖のリスクが懸念されるホルムズ海峡を迂回できるため、日本向けLNG船がインド洋に直接進出することが可能である。こうした地理的利点を踏まえると、日本はモザンビークのLNG事業の実現に向けて、官民一丸となって中長期的に支援していくべきである。

(2024/04/26)

脚注

  1. 1 Malte Humpert, “EU Received 300 Shipments of LNG from Russia Since Beginning of Ukraine War,” High North News, June 22, 2023.
  2. 2 “GIIGNL Annual Report 2023 Edition,” The International Group of Liquefied Natural Gas Importers, July 13, 2023, p.22.
  3. 3 Ana Maria Jaller-Makarewicz, “EU turns a blind eye to 21% of Russian LNG flowing through its terminals,” Institute for Energy Economics and Financial Analysis, November 29, 2023.
  4. 4 Alvaro Moreno and Vicente Nieves, “Por qué España se ha convertido en la puerta de entrada a Europa del gas licuado ruso,” El Economista, December 1, 2023.
  5. 5 Ana Maria Jaller-Makarewicz, “EU turns a blind eye to 21% of Russian LNG flowing through its terminals,” Institute for Energy Economics and Financial Analysis, November 29, 2023.
  6. 6 Pietro Lombardi, “Spain asks gas importers to wean themselves off Russian LNG,” Reuters, March 24, 2023.
  7. 7 Kate Abnett, “EU Parliament approves legal option to block Russian LNG imports,” Reuters, April 11, 2024.
  8. 8 米国の欧州向けLNG輸出については、拙稿「石油・ガス輸出国としてのアメリカ:米欧エネルギー協力の進展」国際情報ネットワーク分析IINA、2023年7月24日を参照のこと。
  9. 9 “DOE to Update Public Interest Analysis to Enhance National Security, Achieve Clean Energy Goals and Continue Support for Global Allies,” U.S. Department of Energy, January 26, 2024.
  10. 10 カタールの欧州向けLNG輸出はフーシー派の海上攻撃によって中断していないが、LNG船の航路が紅海から喜望峰ルートに変更されたことで、イタリアやスペイン、イギリスへのガス供給に遅れが出ている。Eva Levesque, “Italy forced to wait as Qatar reroutes LNG vessels,” Arabian Gulf Business Insight, January 26, 2024.
  11. 11 モザンビークでは、2019年に最終投資決定(FID)済みの「モザンビーク LNG」事業に加えて、「コーラル・サウスFLNG(浮体式LNG生産施設)2」事業と、「ルブマLNG」事業が進められている。
  12. 12 欧州・北アフリカ間には、4本のガスパイプラインが敷設済みである。スペイン・アルジェリア間には、両国直結の「メドガス・パイプライン」と、モロッコ経由の「マグリブ・ヨーロッパ・パイプライン」がある。また、イタリア・アルジェリア間にはチュニジア経由の「トランスメッド・パイプライン」が、イタリア・リビア間には「グリーンストリーム・パイプライン」がある。
  13. 13 “The eighth edition of the GECF's Global Gas Outlook 2050,” Gas Exporting Countries Forum, March 11, 2024, p.118.
  14. 14 なお、計画中の増産枠はFID済みと、2025年までにFID予定の事業から算出した。
  15. 15 拙稿「<韓国エネルギー政策の転換>中東原油調達に原発推進…日本は資源獲得の競争相手であり、電力事業の他山の石として注視を」『Wedge ONLINE』、2024年3月27日。
  16. 16 「LNG開発に1.5兆円 モザンビークで、日本の官民が融資」『日本経済新聞』2020年7月3日。
  17. 17 モザンビーク北部カーボ・デルガード州でイスラーム過激派が登場した背景には、民族間の軋轢と、保守的なイスラームの浸透があると考えられる。「モザンビークのイスラーム過激派:地域的拡大とガス田サイト攻撃への懸念」中東調査会イスラーム過激派モニター班『イスラーム過激派モニター』2020年17号、2021年2月12日。
  18. 18 “CEO: TotalEnergies hopes to resume Mozambique LNG construction by mid-2024,” LNG Prime, February 8, 2024.