トランプ政権による突如の発表

 2025年6月、米国防総省が米英豪の安全保障枠組みであるAUKUSの再検討(review)を始めたことを、12日付のイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙が報じた[1]。報道によれば、再検討はエルブリッジ・コルビー国防次官の主導の下で行われるという。報道後、米国防総省の報道官はトランプ政権の掲げる「米国第一主義」に沿ってAUKUSの再検討に着手したことを正式に認めた[2]。再検討の期間は当初30日間とも報じられたが、コルビー次官の事務所は7月末に「X」で声明を発表し、再検討のプロセスが秋にまで及ぶことを明らかにした[3]。

 米国による突如の発表は、AUKUSを「国家的事業」と位置付けてきた豪州に衝撃を与えた。AUKUSの懐疑論者として知られるコルビー次官は、政権入り前からAUKUSの重要性に一定の理解を示しつつも、あくまでも米国の原子力潜水艦の生産ラインを優先すべきことを主張していた[4]。また5月にピーター・ヘグセス米国防長官がアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で行った演説でAUKUSに言及しなかったことも、豪州側の不安を高めた。

 再検討の報道後、かねてよりAUKUSに批判的であった豪州国内の論者は「それ見たことか」とばかりに一斉にAUKUS批判を展開している。AUKUS批判の急先鋒に立つ複数の豪州の首相経験者は、トランプ政権によるAUKUSの再検討を豪州にとっての「絶好の機会」とし、その撤回を主張している[5]。また外務次官や国防省の要職経験者を含む保守層からも、AUKUSの存続に懐疑的な見方や、AUKUSに替わる「プランB」(例えばより小型で安価なフランス製原潜の購入や、長距離戦略爆撃機の導入等)を求める声も出始めている[6]。

 こうした国内の不安や批判に対し、豪州政府高官は再検討が新政権によって行われる通常の手続きに則った自然な行動であるとして、その火消しを図っている。リチャード・マールズ国防大臣はシャングリラ会合におけるヘグセス長官との会談でAUKUSの重要性を確認したとし、その継続に自信を示した[7]。またペニー・ウォン外相はマルコ・ルビオ米国務長官との電話会談でAUKUSの重要性を確認した[8]。加えて、米議会ではAUKUSを支持する超党派の議員たちがAUKUSの継続を求めるレターをヘグセス長官に提出したり、AUKUSの改善に向けた法案を提出するなど、積極的なロビー活動も展開されている[9]。

 こうした中、7月にはコルビー国防次官が、豪州や日本に対して台湾有事における役割の明確化を求めたことが報道された[10]。報道からは、コルビー氏が豪州の台湾有事への「事前のコミット(pre-commitment)」を求めたのか、それとも台湾有事に豪州軍が関与することになった場合の役割の明確化を求めたのかは判然としない。いずれにせよ、これは原潜の供与と引き換えに豪州側にある種の「踏み絵」を踏ませるものとして、豪州側の強い反発を呼んだ。アルバニージー首相は米国自身が台湾有事に関して「戦略的曖昧性」を維持していることを指摘し、豪州がいかなる紛争にも事前にコミットすることはないことを強調した[11]。

なぜ再検討か?

 豪州側では、この時期に突如として米国がAUKUSの再検討を発表したことについて、トランプ政権一流の「ディール」外交の一環との見方がある。先のシャングリラ会合の会談で、ヘグセス長官はマールズ国防大臣に対し、豪州が国防費を可及的速やかにGDPの3.5%まで引き上げることを直接要求していた[12]。これに対しアルバニージー首相は、国防費はあくまでも豪州自身が決定することとして、当面は要求に応じない姿勢を示していた[13]。こうしたことから、米側はAUKUSの再検討を国防費の増額要求に向けた「交渉の戦術」にしている、という見方である[14]。

 とはいえ、これまでの経緯を踏まえた場合、AUKUSの再検討には単なる「ディール」の材料を超えた、より根深い問題があるようにも思える。AUKUSによる原潜の供与や建造はその期待される効果も大きい反面、予算や労働力および技能の不足といった多くの問題を抱えている[15]。特に米国の潜水艦の建造能力の問題は一朝一夕で解決する問題ではなく、米政府や豪州の投資にもかかわらず、今のところ大きな改善は見られていない。仮に予定通り2030年代に豪州側に3隻供与した場合、米軍の艦隊が元のレベルに回復するまでには10年近くかかるとの見方もある[16]。それでも米軍の運用には大きな影響を与えないとの見方もあるが、米側の原潜建造能力が先細る中で、なぜ自国の能力を犠牲にしてまで豪州に供与しなければならないのか、という疑問が湧き上がるのも不思議なことではない。

 無論、AUKUSは豪州のみならず、米国にも戦略上のメリットをもたらすものである。豪州は現在、原潜の寄港先となる西オーストラリア州のスターリング海軍基地や、ヘンダーソン造船所の大規模な改修を進めている。2027年からはヴァージニア級原潜のローテーションでの寄港も予定される中で、米側はインド太平洋地域における原子力潜水艦の運用に向けた新たな修繕や維持の拠点を得ることになる。加えて、2040年代から豪州での原子力潜水艦の建造が可能になれば、それは米英豪全体としての生産ラインの拡大につながるものであり、中国に対する戦略的な優位性を維持することが可能となる。

 そもそも、AUKUSに基づく原潜の供与は米英豪の間で協定が結ばれており、また米国の国防授権法にも明記されるなど、法的根拠を持つものである。豪側はまた、すでに米国の造船業界の復活に向けた資金供与を2度にわたり行っており、その額は16億豪ドル(日本円でおよそ1680億円)にも上る。2024年7月の新政権が発足した英国もまた、AUKUSの再検討を行ったが、その結果AUKUSを強く支持する姿勢を継続している。2025年7月にシドニーで開催された豪英の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)では、AUKUSを今後50年間に渡って維持していくことについて、新たな条約を締結したことも発表された[17]。

 こうした中、仮にトランプ政権がAUKUSを反故にする決定を下せば、米英豪の関係が決定的に悪化するのみならず、その影響はアジア全域に及ぶであろう。豪州は、原潜の寄港以外にも対中有事における米軍の前方展開を支える要衝である。中国の覇権阻止を目標に掲げ、アジアへの戦略資源の集中を図るコルビー次官が、米豪関係を決定的に悪化させるような決定を下すとは考えにくい。再検討の結果、「最適な経路」として知られる原潜供与に向けた行程や、資金面を含む負担分担の調整が行われる可能性はあるが、それが原潜供与の撤回を含めた全面的な見直しにまで及ぶ可能性は、現時点では限りなく低いと言えよう。

残された問題

 とはいえ、仮にAUKUSがトランプ政権による再検討から生還したとしても、そこに付随する多くの課題が解決するわけではない。おそらく米側は、AUKUSへの資金提供を含め、豪側により多くの負担の分担を求めてくることになるであろう。国防費の増額についても、欧州諸国がすでにGDPの3.5%(インフラ整備等を含めると5%)にコミットしていることは、米側に追い風となっている。豪側には、かねてより原潜のコストなどを考えると、いずれはGDP比で3%くらいまで国防費を上げる必要があるとの見方もあった。もっともトランプ政権の高圧的なアプローチは、豪州側の反発を強め、政府による国防費の増額をむしろ困難にしているとも言える[18]。

 また、再検討後も米国の造船能力の問題は残る。米国政府会計局によれば、近年の米政府の投資にもかかわらず、2024年のヴァージニア級の建造率は2023年の1.2隻から1.15隻に低下し、海軍の目標である1.5隻を大幅に下回っている[19]。これは、資金さえあれば造船能力がすぐに上がるわけではないという当然の事実を示すものだ。また、6月に新たな国防戦略を発表した英国は、新型の攻撃型原潜を最大12隻建造するというという野心的な計画を掲げたが、米国同様造船能力の大幅な拡張を要するものであり、その実現可能性は未知数である。

 おそらく今回の再検討が与えたもっとも大きな影響は、AUKUSそのものというよりも、米豪同盟の信頼性に関わるものであろう。AUKUSの決定により、米英豪は「運命共同体」としての性格をさらに強めたかのようにも思えた[20]。ところが、第二次トランプ政権の誕生以降、そうした豪側の米豪同盟への信頼は急速に揺らぎ始めている。こうした中で突如として発表されたトランプ政権によるAUKUSの再検討は、両国の信頼関係を象徴する同盟やAUKUSですら「取引」の対象になってしまうという印象を豪側に与えたであろう。2025年7月末に行われた世論調査では、米国の豪州への原潜供与の可能性について6割の人が悲観的な見方を示していた[21]。

 アルバニージー首相は米豪同盟やAUKUSが強固であることを再三に渡り強調しているが、5月の再選以降、トランプ大統領との対面での会談はいまだに実現していない。こうした中、中国首脳との年次会談のために訪中したアルバニージー首相は、異例とも言える6日間の長期滞在中に、中国側の温かい歓迎を受けた。仮にAUKUSが再検討を生き延びたとしても、その中長期的な影響は、思いの外大きなものとなるかもしれない。戦後長年に渡り築き上げられてきた米豪間の信頼関係は、大きな試練に立たされている。

(2025/08/05)

脚注

  1. 1 Demetri Sevastopulo, “Pentagon launches review of Aukus nuclear submarine deal,” Financial Times, June 12, 2025.
  2. 2Brad Ryan and Emilie Gramenz, “US launches AUKUS review to ensure it meets Donald Trump's 'America First' agenda,”ABC News, June 12, 2025.
  3. 3 DoD Policy, “Secretary Hegseth has directed the Department of Defense to undertake a review of the AUKUS initiative”, July 30, 2025.
  4. 4 Adam Creighton, “Donald Trump’s top defence advisers warn against selling nuclear subs to Australia”, The Weekend Australian, January 1, 2024.
  5. 5 Ben Doherty, Tom MclIlroy, Josh Butler and Dan Jervis-Bardy, “Keating says US Aukus review could ‘save Australia from itself’ as Morrison urges against overinterpreting move”, June 12, 2025.
  6. 6 Peter Varghese, “I ran DFAT. I hope Elbridge Colby sinks AUKUS for Australia”, Financial Review, July 15, 2025; Peter Briggs, “Instead of wasting more time on the flawed Aukus submarine program, we must go to plan B now”, The Guardian March, 11, 2025; and Peter Jennings, “Five steps to fix AUKUS-and a viable defence plan B”, Strategic Analysis Australia, June 15, 2025.
  7. 7 Brad Ryan and Emilie Gramenz, “US launches AUKUS review to ensure it meets Donald Trump's 'America First' agenda”.
  8. 8 Matthew Quagliotto, “Former Pentagon Official Ely Ratner Says AUKUS ‘Too Big to Fail’ — but Review Raises Tough Questions,” The Nightly, June 13, 2025.
  9. 9 Office of Senator Tim Kaine, “Kaine and Ricketts Introduce Bipartisan AUKUS Improvement Act,” May 15, 2024.
  10. 10 “US demands to know what allies would do in event of war over Taiwan”, Financial Times, July 13, 2025.
  11. 11 Josh Butler, “Australia rebuffs calls to commit to joining hypothetical US-China conflict”, The Guardian, July 13, 2025.
  12. 12 U.S. Department of Defense, “Readout of Secretary of Defense Pete Hegseth's Bilateral Meeting With Australia”, June 1, 2025.
  13. 13 Sarah Basford Canales, “Albanese again pushes back on US demand for Australia to increase defence spending to 3.5% of GDP”, The Guardian, June 2, 2025.
  14. 14 “US sends a shot across the bows of its allies over submarine deal”, Financial Times, June 15, 2025.
  15. 15 佐竹知彦「「諸刃の剣」としてのAUKUS――豪州の原子力潜水艦取得に向けた課題(前編)」国際情報ネットワーク分析IINA、2024年3月14日。
  16. 16 Michael Shoebridge, “Putting Australia first in the AUKUS review”, Strategic Analysis Australia, June 12, 2025.
  17. 17 Australian Government Defence, “Joint Statement on the Australia United Kingdom Nuclear-Powered Submarine Partnership and Collaboration Treaty”, July 26, 2025.
  18. 18 Andrew O’Neil, “An AUKUS ultimatum for Australia over Taiwan risks backfiring on Washington”, The Interpreter, July 14, 2025.
  19. 19 United States government Accountability Office, “Report to Congressional Committees, Weapon System Annual Assessment,” June 2025, p.149.
  20. 20 佐竹知彦「AUKUS誕生の背景と課題―豪州の視点」国際情報ネットワーク分析 IINA、2021年9月28日。
  21. 21 Josh Butler, “Guardian Essential poll: most Australians doubt we will ever receive Aukus submarines amid Trump uncertainty”, The Guardian, July 29, 2025.