はじめに

 2025年10月末、韓国・慶州で開かれたAPEC会議では、連日行われた各国の首脳会談に世界の注目が集まった。とりわけ開催国である韓国としては、米国との関税交渉が妥結されず、李在明(イ・ジェンミョン)大統領とトランプ大統領の会談に命運を託す状況だった。こうして世間の関心は通商協定に集中したが、李大統領は会談前の公開の場で、突如トランプ大統領に「原子力潜水艦(以下、原潜)に必要な核燃料の移転の承認」を求め、新たな局面を開いた[1]。その後、米韓首脳会談は成功裏に終わり、翌日にはトランプ大統領がSNSに韓国の原潜建造を承認する旨を投稿した[2]。以下では、米韓首脳会談の結果を踏まえ、韓国の原潜導入がどのような道筋を辿るのか、またその政策的背景と戦略的含意は何かを考察する。

原子力の軍事利用に向けた韓国の試み、挫折と可能性

 韓国は、北朝鮮の脅威に対抗すると同時に周辺強国から自律性を確保するため、原子力の軍事的利用を目指してきた。1970年代半ば、朴正煕(パク・チョンヒ)政権の核兵器開発が代表例である。しかし米国の反発により、韓国は1975年には核兵器不拡散条約(NPT)に加盟し国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、核兵器開発を中断せざるを得なかった。とりわけ米国と締結した1972年の民生用原子力協定、これを改正した2015年の米韓原子力協定は、今日まで韓国の原子力利用を制約している。例えば、協定の全ての対象物質は平和的目的に限り使用されなければならない[3]。核燃料の再処理、核物質の濃縮は両国の合意の下でのみ行うことができ、濃縮はウラン235基準で20%以下に制限されている[4]。

 しかし、韓国は「自主国防」を追求する過程において、原子力の軍事的利用の可能性を排除しなかった。1990年代の金泳三(キム・ヨンサム)政権から、2000年代の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権、2017年以降の文在寅(ムン・ジェイン)政権に至るまで原潜導入の試みが続いた。とりわけ文政権時の2021-2025年国防部中期計画では、次期潜水艦で採用される推進方式を明示せず[5]、政府高官が次世代潜水艦は原子炉を搭載すると言及したこともあった[6]。しかし、いずれの試みも米国の同盟内にいて核を拡散させないという意思を変えるに至らず、米韓の原子力協定改正や潜水艦用の核燃料移転などは実現しなかった。

 それでも韓国海軍では、人材確保と防衛産業企業の技術開発の面で、原潜導入の意思は残されていた。海軍には原潜プロジェクトに参加した人員が残っており、いまも毎年数名の将校を大学の原子力工学課程に進学させていると推定される。また韓国のハンファオーシャン社では、原潜プロジェクトが存在し、自力建造が可能であるという報道もなされた[7]。韓国は、原潜導入に必要な軍事専門家と技術を蓄積しながら、法的・政策的な制約の突破口待ち望んでいた。トランプ大統領が韓国の原潜導入を承認した日、韓国海軍参謀総長は韓国が計画する原潜の基本情報について述べた[8]。すなわち、濃縮度20%以下の核燃料を使用する約5,000トン以上の原潜が10年以内に建造可能であるという。これに付け加えて国防部長官は、原潜建造の条件はすでに整っている状態で核燃料供給について米国の協力を求めたものだと説明した[9]。

「対中牽制」と「造船業復活への対米協力」という二つのカードを切った李大統領

 最近、米韓の間での最大の懸案は関税交渉であったが、韓国は、水面下で原子力協定の再改正も求めていた。その流れで、APECでは原潜導入の要求が行われたのである。李政権は、3,500億ドルの対米一括現金投資という米国の圧力を受けながら、同盟国の防衛努力分担増大という米国の国防政策や在韓米軍の戦略的柔軟性拡大という課題に対応する必要があった。このような中、原潜導入というカードは、自主国防という長年望んできた政策を実現すると同時に、国民の支持を得られる手段となったのである。

 李大統領の発言は、韓国海軍には「北朝鮮・中国潜水艦に対する追尾活動」が期待されているという前提と、「そのためには通常動力型潜水艦ではなく原潜が必要なので、米国から核燃料を受けたい」という要請に分かれる[10]。この発言が重要なのは、 原潜導入という目新しさではなく、「中国潜水艦に対する追尾活動」という米国の対中牽制への協力という要素である。これまで、韓国のいかなる軍事的手段の導入も、北朝鮮以外の国を想定したことはなかった。THAAD配備時の朴槿恵(パク・クネ)政権も[11]、対中強硬路線の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権ですら、中国に対抗するとみられるような直接的言及は避けていた[12]。これまで、親中的な傾向を指摘されてきた李大統領が、対中牽制を目的に原潜導入の正当性を米国に訴えたことは、画期的な出来事である。ただし、李政権が全面的に中国への対抗姿勢に舵を切ったわけではなく、この発言直後の11月1日に行われた中韓首脳会談において、李氏は習近平国家主席に、「原子力潜水艦について核兵器ではなく通常兵器を搭載する防衛的性格の戦力であることを説明した」と政府関係者が発表するなど、中国への配慮を見せていたことも忘れてはいけない[13]。いずれにせよ、一定の対中配慮を見せたとはいえ、原潜導入の対中牽制要素が、トランプ大統領に切れる「カード」としては有効だと李氏が考えていたことが重要だ。実際、作戦部長も「韓国の原潜が中国抑制に活用されるのは自然に予測できる」と述べたのである[14]。

 この韓国の切ったカードに対してトランプ大統領は、「韓国の原潜導入を承認」するが、「米国の(ハンファオーシャン社が買収した) フィリー・シップヤードで」建造されると条件を付した。ここには米韓の防衛戦略の方向性の一致という要素に加えて、トランプ大統領の国内製造業復興策という思惑が絡み合っている。韓国は関税交渉で自ら提案したMASGA(Make American Shipbuilding Great Again)事業で、米国造船業に1,500億ドルを投資する予定であるが[15]、その中核となる造船所での原潜の建造を許可したのである。トランプ大統領の韓国の原潜導入への承認は、米韓の国防・経済政策が相互に支え合う「GREAT DEAL」(大きな取引)として米国内にもアピールできる要素であったと理解できる。

原潜導入のために乗り越えるべき課題

 ただし、韓国の足を引っ張る問題がある。韓国は原潜建造の技術的準備を終えたため、米国産原潜の購買や技術移転ではなく「核燃料移転の承認」のみを要請したのである。ところがトランプ大統領がフィリー造船所での建造を要求したことは、韓国を悩ませた。11月2週目に出された両国の合意文書にも、原潜の建造場所は特定していない[16]。韓国政府は、潜水艦建造設備を備えた国内造船所での作業を前提に約10年以内の原潜保有を見込んだが、ハンファオーシャン社が買収したばかりのフィリー造船所は商船建造施設のみを保有しているに過ぎない。原潜建造のためには密閉型ドックなど基礎施設から施工しなければならないのである[17]。さらに、建造に不可欠な現地熟練労働者の不足も深刻な問題である[18]。

 また、大統領の承認だけでは、核拡散防止のために設計された米国の法体系を迂回できない。米韓原子力協定は移転された核物質の「いかなる軍事目的の使用」を禁じるため[19]、原潜運用のためには、既存協定の改正または別途協定の締結が不可欠である。さらに米国は、原潜を建造する国内造船所に対し、海軍原子力推進情報(NNPI)に基づく厳しい規制を適用し[20]、ゼネラル・ダイナミクス社のジェネラル・ダイナミクス・エレクトリック・ボートとハンティントン・インガルス社のニューポート・ニューズ造船所でのみ原潜建造が可能となっている[21]。新規造船所が原潜を建造するには、数年にわたる保安認証・人材育成と、国防総省、エネルギー省、海軍による承認が必要となる。フィリー造船所で原潜を建造する困難さは、施設・労働力の次元に留まらないのである。

今後の北東アジア戦略環境への示唆:中国の反発と日米韓の防衛協力の可能性

 韓国が避けられないのは、中国の反発である。APECでの中韓首脳会談は円満に終了したものの、既に中国は米韓の原潜議論に不満を隠さなかった[22]。ただし、李大統領が中国の反応を予想しながらも原潜協議に乗り出した背景には、中韓の経済的関係および国民意識の変化があるものと考えられる。例えば2015年から2024年まで、韓国の対中貿易収支は44億ドルからマイナス6億ドルまで急転直下した[23]。2016年以降に中国が課した「限韓令」[24]のような経済制裁はむしろ韓国経済の対中依存度を下げる結果となった。また、韓国人の対中好感度が史上最低を記録している現状も重要なポイントである[25]。李大統領が最も重視するのが「主権者の民意」であることが[26]、対外政策の形として具体化されたと言えよう。

 逆に、日米韓の防衛協力は深化する可能性を秘めている。原潜導入以前においても、韓国は中国方面へ潜水艦を配置する能力を有している。韓国の潜水艦隊は2015年の12隻から2025年には21隻へと増加している[27]。また、鎮海の潜水艦母港から北朝鮮までの距離は、済州海軍基地から東シナ海までの距離と大差がない[28]。つまり、能力的には中国方面への展開も可能なのである。ところが、この海域での潜水艦作戦のためには、米国・日本との協力が必要となる。潜水艦の運用においては、実時間位置把握および敵味方識別が難しいため、WSM(Water Space Management)が欠かせない[29]。つまり、味方間で任務情報を事前調整することで相互の誤認攻撃を避け、作戦効率化を図るものである。現在はおそらく米韓、日米のWSMが行われていると考えられるが、もし日米韓のWSMが実現すれば、三国間防衛協力の大きな転換点となるであろう。特に、レーダー照射事件から失われた日韓の相互信頼を取り戻せるきっかけになる同時に、高市政権が推進する「次世代動力の潜水艦」[30]の後押しになることも想定できる。

おわりに

 韓国の李大統領は、米韓首脳会談において、対中牽制要素と米国の造船業復活への協力という二つのカードを切り、彼が好む「黄金の王冠のレプリカ」を贈るなどの良好な人間関係を築く努力にも助けられ、原潜導入の承認を得た[31]。しかし韓国が実際に原潜を導入できるようになるまでの道のりは、はるかに遠い。核不拡散条約を大前提とする米国の国内法制から、フィリー造船所での建造条件まで、今後に協議すべき事項が山積している。しかし、対中牽制をタブー視せずに、自主国防への道筋を示す原潜保有という新たな防衛戦略への一歩と、それに対する米国大統領からの承認が注目に値する転換点であることは間違いない。韓国は原潜を導入することで、もっぱら北朝鮮のみを見据えていた従来の戦略観から脱却し、インド太平洋全体を視野に入れた安全保障戦略に再構築される可能性も期待される。そしてその変化は、日米韓協力の新たな章を開くことにもなるだろう。

(2025/12/01)

脚注

  1. 1 「李大統領がトランプ大統領に「原子力潜水艦の燃料供給」を公式要請したわけは」『ハンギョレ新聞日本語版』2025年10月30日。
  2. 2 「トランプ氏、韓国の原子力潜水艦建造を承認…「フィラデルフィアの造船所で建造」と投稿」『読売新聞』2025年10月30日。
  3. 3 “Agreement Concerning Peaceful Uses of Nuclear Energy, Agreement Between the United States of America and the Republic of Korea,” June 15, 2015, Article 1(k), p.4.
  4. 4 ibid. Article 11(2), pp.10-11.
  5. 5 「軍, 4000t급 핵추진잠수함 3척 개발 시사…‘한국형 아이언돔’도 추진(軍、4000t級の核推進潜水艦3隻開発を示唆、韓国型アイアンードームも推進)」『東亜日報』2020年8月1日。
  6. 6 “S. Korea proposes plans for nuclear submarine, backpedals after stirring up controversy,” Hankyore English, January 21, 2021.
  7. 7 「한화오션, ‘핵추진 잠수함 시뮬레이션’ 돌려봤다(ハンファオーシャン、核推進潜水艦シミュレーション既に回した)」『ソウル経済』2025年10月30日。
  8. 8 “S. Korea likely needs 10 years to build nuclear-powered sub: Navy chief,” The Korea Times, October 30, 2025.
  9. 9 ibid.
  10. 10 注1の報道によると、李大統領の発言は次のようになる。「(原子力潜水艦の)燃料供給を許可してほしい。原子力潜水艦の燃料供給を受けられるよう大統領が決断してほしい。核兵器を積載した潜水艦を作りたいわけではなく、ディーゼル潜水艦は潜航能力が劣るため、北朝鮮や中国の側の潜水艦を追跡する活動に制限がある。燃料供給を許可していただければ、韓国が独自の技術で通常兵器を搭載した潜水艦を数隻建造する。」
  11. 11 “South Korea says China lacks understanding about THAAD,” Reuter, March 16, 2017.
  12. 12 Government of the Republic of Korea, Strategy for a Free, Peaceful, and Prosperous Indo-Pacific Region, December 2022 (accessed on Nov.25, 2025).
  13. 13 「韓中「戦略的意思疎通を強化」 関係改善への糸口」『東亜日報日本語版』2025年11月3日。
  14. 14 「美, 한국 원잠, 中 억제에 활용될 수 있다(米、韓国原潜は中国牽制に活用可能)」『朝鮮日報』2025年11月17日。
  15. 15 “'Make America Shipbuilding Great Again' package key to reaching trade deal, South Korea says,” Reuter, June 31, 2025.
  16. 16 The White House, “Joint Fact Sheet on President Donald J. Trump’s Meeting with President Lee Jae Myung,” November 13, 2025.
  17. 17 Building nuclear subs no easy task, but could pay off big for Korea,” JoonAng Daily, October 31, 2025.
  18. 18 “Amid shortage, Navy recruiting program struggles to keep half first-year shipbuilders: Official,” Breaking Defense, March 26, 2025.
  19. 19 “Agreement Concerning Peaceful Uses of Nuclear Energy, Agreement Between the UNITED STATES OF AMERICA and the REPUBLIC OF KOREA,” June 15, 2015. Article 13.
  20. 20 NNPIについては、次の資料を参照。 “Safeguarding of Naval Nuclear Propulsion Information(NNPI),” Department of Navy, June7, 2010 (accessed on Nov.25, 2025).
  21. 21 “Report to Congress on SSN(X) Next Generation Submarine”, USNI NEWS, July 17, 2025.
  22. 22 「韓国の原潜保有計画、中国のけん制に「NPTに違反しない」」『聯合ニュース日本語版』2025年10月31日。
  23. 23 韓国輸出入貿易統計の国別貿易額を参照。 “Repository of customs statistics and data,” Korea Customs Service, accessed on November 13, 2025.
  24. 24 限韓令とは、2017年韓国のTHAAD配備に対して中国が行った経済制裁をいう。「中国の「限韓令」解除に道筋立たず、思惑外れた韓国…習近平氏の訪韓見送りへ」『読売新聞』2020年12月15日。
  25. 25 The Asan Institute for Policy Studies, South Koreans and their Neighbors 2025, April 28, 2025, p.8.
  26. 26 「「光の任命状」を受け取った李大統領「国民が主人の国、幸せな国へと力強く進む」『ハンギョレ新聞日本語版』2025年8月16日。
  27. 27 “Fact Sheet - South Korea Submarine Capabilities”, Nuclear Threat Initiative, August 24, 2024.
  28. 28 実際韓国潜水艦の作戦海域を公開することはできないが、単純な距離計算でも、鎮海から韓国-北朝鮮間の海上境界線まで、また済州海軍基地から上海沿岸までの距離は共に500km以内である。
  29. 29 Christopher J. Kelly, The Submarine Force in Joint Operations, Air Command and Staff College, April 1998(accessed on November 25, 2025).
  30. 30 「木原官房長官、原子力潜水艦の導入「あらゆる選択肢を排除せず検討」…自維連立合意書に方針明記」『読売新聞』2025年11月1日。
  31. 31 「韓国、トランプ氏に「金の王冠」贈呈 韓国最高勲章も授与」『日本経済新聞』2025年10月29日。