日印宇宙協力の戦略化

 インドにとって、宇宙利用は戦略的自律性を確保するための重要な手段であり、国家全体で商業宇宙への参入や安全保障面での宇宙利用を加速させている。2023年には月探査機「チャンドラヤーン3号」により月の南極点への着陸に成功し、世界で初めて同地域に到達した国家となった。また、独自の宇宙ステーション(BAS)構想の開発や天文衛星「AstroSat」を用いた遠方観測による深宇宙探査にも取り組んでおり、米国、中国に次ぐ主要宇宙国家の一角としての地位を確立しつつある。

 こうしたインドの宇宙開発の進展は、日本との協力関係にも新たな局面をもたらしている。特に注目されるのが、インド宇宙研究機関(ISRO)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)による月極域探査機(LUPEX)計画である[1]。この計画は、月南極の水資源調査を目的とするものであり、将来の月面活動の基盤構築に資する重要な共同ミッションと考えられる。モディ首相が「LUPEXミッションは宇宙における日本との協力をさらに強化する」[2]と述べているように、この共同事業は二国間の技術協力を加速し、国際的な宇宙探査を通じた秩序形成の発展への取り組みとなることが期待される。

 今後、両国間では、「今後10年に向けた日印共同ビジョン」において宇宙技術協力を重要分野としており[3]、宇宙状況把握(SSA)やAI応用研究など民生・安全保障の両面にまたがる分野での連携強化が見込まれている。宇宙領域が軍民両用性を帯びる中で、こうした包括的な協力は、基本的価値を共有する日本とインドの戦略的信頼関係を一層強固にすることに結びつく。

 日印宇宙協力が戦略的意義を一層増している背景には中国の動向がある。中国は2015年以降、軍民融合を国家戦略として推進し、民生技術の軍事転用を通じて宇宙における軍事力を急速に拡大してきた[4]。中国は、衛星破壊兵器、高出力レーザー、ロボットアームなど、他国の平和的な宇宙システムを攻撃できる能力を備えているとされ[5]、他国の宇宙システムに対する潜在的脅威として認識されている。民主主義と法の支配という基本的価値観を共有する日印両国にとって、宇宙の安定的かつ持続可能な利用の確保は共通の戦略課題である。中国の宇宙優位への警戒感を背景に、両国の宇宙空間での戦略的パートナーシップが今後さらに加速化する可能性も考えられる。そしてその動きは、インド太平洋という地理的枠組みの意味合いにも影響を及ぼすと見られる。

FOIPの宇宙的展開

 日本にとって「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)は外交・安全保障政策の中核をなす戦略構想であり、法の支配や開放性、透明性、連携性を通じて地域の安定的かつ持続可能な秩序を促進する包括的かつ規範的なビジョンである。2023年、FOIPの具体化においてインドを不可欠な戦略パートナーと位置づけた岸田総理は、同演説においてグローバル・コモンズに関わる課題や、海洋状況把握(MDA)における人工衛星の活用にも言及した[6]。これらの発言は、FOIPの実践において宇宙アセットが重要な役割を担い得ることを示唆するものであり、FOIPの議論に宇宙空間の視点を組み込む方向性を明らかにしたものと解される。

 実際、宇宙分野はFOIPの実効性を担保する重要な協力領域となりつつある。地球観測衛星による気候変動の監視、自然災害の早期警戒、常続的な海洋監視、通信インフラの整備など、宇宙技術はインド太平洋地域におけるグローバル・コモンズの提供手段としてその役割を拡大している。とりわけ、SSAの強化や情報共有の促進は、宇宙アセットの衝突リスクの低減のみならず、活動の予見可能性と透明性を高める上で不可欠である。このような取組は、海洋における航行の自由の確保と同様に、地域秩序の安定と民生活動の発展を支える基盤となり得る。

 さらに、FOIPの地理的・機能的連接性は、インド洋を介してアフリカへと広がりつつある。2025年の第9回アフリカ開発会議(TICAD9)では、日本がインドを含むパートナー国と連携し、アフリカの域内統合と産業発展に貢献する「インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブ」が提示された[7]。このTICADの枠組みにおいて、引き続き、アフリカ開発を加速させるべく、農業生産性の向上、資源管理、都市計画、防災体制の整備などにおける宇宙技術の活用への期待も膨らむ。この連接性はFOIPの地理的範囲を形式的に変更するものではないが、インドを戦略的結節点として、その理念を実践的にアフリカへ展開する試みとして歓迎し得る。宇宙というグローバル・コモンズを通じた日印連携が発展し続ければ、FOIPの規範的ビジョンをより広域的かつ具体的に示す一つの協力モデルとなることが期待されるからである。

日本の宇宙戦略と秩序形成

 現在、日本は日米同盟を基軸としつつ、安全保障・産業振興・科学技術にわたる宇宙分野での協力を推進するとともに、価値観を共有する国々との二国間および国連を含む多国間枠組みを組み合わせた多層的な宇宙政策を展開している。

 これまでもインドとの協力に加え、欧州連合(EU)やカナダとも宇宙分野での連携を深化させている。EUとはSSAや衛星データ活用に関する対話を進め、カナダとは月探査や宇宙ロボティクス分野での協力を強化している。これらの取り組みは、宇宙アセットへの妨害や攻撃のリスクが高まる中、情報共有や能力補完を通じてレジリエンス(強靭性)を高めることを目的とするものである[8]。このような国際的な多層的ネットワークの構築は、宇宙の安全かつ安定的な利用を確保するための重要な基盤となっている。

 さらに国際社会においては、月・深宇宙をめぐる競争と協力が進んでいることに注目すべきである。日本は、米国主導のアルテミス計画に参加し、月面活動や与圧ローバー開発などを通じて主要な貢献を行っている。ポストISS(国際宇宙ステーション)時代を見据えた新たな宇宙秩序の形成が模索される中、日本はこれまで培ってきた技術力と国際規範形成への関与を活かして、他のパートナー国と共に、責任ある形で主導的役割を果たすことが求められる[9]。

 その文脈において、月・深宇宙探査を国家戦略として推進するインドは、日本にとって、同様の探査ビジョンを共有し得る極めて重要なパートナーである[10]。日本は高精度な宇宙観測技術や衛星データ解析能力に強みを持ち、精密工学や信頼性の高い宇宙機開発で国際的評価を得ている。一方、インドも比較的低コストかつ高頻度の打ち上げ能力で商業市場における存在感を高めている。両国の技術的補完性と、宇宙を平和的かつ持続可能に利用すべきグローバル・コモンズと捉える共通認識は、深宇宙探査を視野に入れた新たな宇宙秩序の形成を展望する上で重要な基盤となろう。

 秩序形成の新たな最前線となりつつある宇宙における日印協力は、インド太平洋の地域秩序を支えるだけでなく、宇宙というグローバル・コモンズにおける国際協力にかかる規範形成にも影響を与えることが期待される。FOIPは海から宇宙へと拡張しつつあり、その実効性は宇宙協力の深化を通じて加速されることになろう。実質的に、日印協力は、地域秩序と宇宙秩序を架橋する戦略的結節点となりつつある。

(2026/03/02)

脚注

  1. 1 JAXA「月極域探査機(LUPEX)プロジェクト」2026年2月8日アクセス。
  2. 2 “PM Modi welcomes ISRO-JAXA collaboration for Chandrayaan-5 LUPEX mission,” DD News, August 29, 2025.
  3. 3 Ministry of External Affairs, “India - Japan Joint Vision for the Next Decade: Eight Directions to Steer the Special Strategic and Global Partnership,” August 29, 2025.
  4. 4 Fatoumata Diallo, “China’s Military-Civil Fusion in Space: Strategic Transformations and Implications for Europe,” The EuroHub4Sino project, June 30, 2025.
  5. 5 Mikayla Easley, “China practicing on-orbit ‘dogfighting’ tactics with space assets, Gen. Guetlein says,” The Defense Scoop, March 18, 2025.
  6. 6 Cabinet Public Affairs Office, “Policy Speech by Prime Minister KISHIDA Fumio at the Indian Council of World Affairs (ICWA),” March 20, 2023.
  7. 7 MOFA, “Announcement of “Economic Region Initiative of Indian Ocean-Africa”,” August 20, 2025.
  8. 8 Markus Holmgren, “The role of space technologies in power politics: Mitigating strategic dependencies through space resilience,” FIIA Briefing Paper, June 2023.
  9. 9 日本は、現在、国際宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)を通じて、宇宙デブリ(ゴミ)対策を国際社会共通の課題と捉え、その対策の技術開発及び規範・ルールとしての国内法やガイドライン整備の内容を世界に向けて発信している。更に、宇宙空間の持続的かつ安定的な利用の重要性を国際社会に訴えるべく、国連におけるルールメーキングの議論に主導的に取り組むことを確認している。Permanent Mission of Japan to the United Nations, “Statement by Mr. IRIYA Takayuki, Minister, Permanent Mission of Japan to the United Nations at the Meeting of the Fourth Committee, 80th Session of the United Nations General Assembly on agenda item 48: International cooperation in the peaceful uses of outer space,” October 30, 2025.
  10. 10 “India-Japan Space Partnership to Foster Innovation and Industry Collaboration: PM Modi,” Defence Star, August 29, 2025.