はじめに
2026年2月28日に米国・イスラエルがイランを奇襲攻撃したのを契機に、イランはペルシャ湾岸地域での軍事行動を強めている。その結果、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態に陥り、さらにイランによる報復攻撃は湾岸諸国の石油・天然ガス施設にも被害を及ぼしている。湾岸諸国にとって、エネルギー収入は財政を支える最大の柱であり、その減少は各国の財政悪化に直結する。加えて、資源輸出を通じて得られたドル資金が米国へ還流する流れも弱まり、湾岸諸国と米国を結び付けてきた米ドルを軸とする金融関係にも影響が及ぶ可能性がある。
本稿では、イラン戦争が湾岸諸国のエネルギー輸出及び収入に及ぼす影響を考察する。また、エネルギー収入の不振によってドル資金の対米還流が弱まった場合、湾岸産油国と米国の金融関係にどのような影響が生じ得るのかについても検討する。

ホルムズ海峡の事実上の封鎖
イラン情勢の急変を受け、大量の石油や液化天然ガス(LNG)が日々通過するホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥った。3月2日、イランの革命防衛隊は同海峡を通航しようとする船舶を警告した[1]。同日、複数の海上保険会社も同月5日以降、ペルシャ湾に入る船舶を対象とした戦争リスク保険の引き受けを停止すると発表した[2]。イランによる船舶への威嚇や海上保険料の引受停止を背景に、多くの海運会社や貿易会社はホルムズ海峡の航行を控えている。その結果、ホルムズ海峡を通過する船舶数は、イラン攻撃前日の2月27日の95隻から、3月1日には17隻まで大幅に減少し、その後も概ね10隻以下で推移している[3]。
ホルムズ海峡は、サウジアラビア、イラク、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、クウェート、カタール、バーレーン、ならびにサウジ・クウェート中立地帯で生産された原油・石油製品の主要な輸出ルートである。2025年、世界の取引量の約34%に当たる日量約1,494万バーレル(bpd)の原油と、492万bpdの石油製品がホルムズ海峡を通過し、主にアジア市場へ輸出された(図1)。また天然ガスについても、カタール及びUAEから輸出されるLNGのうち、クウェート向けを除くほぼ全量がホルムズ海峡を経由しており、2025年の同海峡経由のLNG貿易量は世界全体の約20%を占めた。
図1:2025年に中東各国がホルムズ海峡を経由して輸出した原油・石油製品量
ホルムズ海峡の通航不可により、石油輸送が物理的に遮断される一方、同海峡を迂回可能な代替ルートも限られている。まずサウジアラビアには、東部の油田地帯アブカイクから西部の紅海沿いの港町ヤンブーまでを結ぶ、全長約1200キロメートル(km)の東西原油パイプライン(輸送能力500~700万bpd)がある。次にUAEには、アブダビ首長国の油田地域ハブシャーンからホルムズ海峡のインド洋側に位置する港町フジャイラに通じる、全長約360kmのアブダビ原油パイプライン(輸送能力180万bpd)がある。そしてイランにも、ブーシェフル州グーレから2021年に新設されたジャースク石油輸出港を結ぶ、全長約1100kmの原油パイプライン(輸送能力30万bpd)がある[5]。
しかし、イランを除くサウジアラビア・UAEのパイプライン輸送能力(最大880万bpd)の制約を踏まえると、ホルムズ海峡が事実上封鎖される状況下、2025年並みの石油通過量(約2000万bpd)を迂回ルートでカバーすることは難しい。
輸出停滞による減産とエネルギー施設攻撃の被害
イラン戦争開始以後、中東産油国は石油輸出を十分に行えなくなっている。輸出できない原油は一時的に国内の貯蔵施設で吸収できるものの、貯蔵能力には限界がある。このため、輸出不能分を長期的に抱え続けることは難しく、各国は生産量の削減を迫られている。2026年2月から4月にかけて、各国の原油生産量は、サウジアラビアが1011万bpdから687万bpdへ、イラクが414万bpdから149万bpdへ、UAEが339万bpdから202万bpdへ、クウェートが258万bpdから56万bpdへと減少した(図2)。4カ国合計の生産損失は約928万bpdに達した。このようにホルムズ海峡の通航停止は、湾岸諸国の輸出だけでなく、生産能力そのものも押し下げている。
図2:サウジアラビア・イラク・UAE・クウェートの原油生産量(日量)
現在、ホルムズ海峡を通航できるかどうかに国際的な注目が集まる中、留意すべき点はイランの報復攻撃が湾岸各国の石油・ガス施設にも及んでいることである。攻撃の被害が拡大すれば、たとえホルムズ海峡の通航が再開されたとしても、湾岸諸国からの石油・天然ガス供給が中長期的に停滞することが懸念される。
イランは米国とイスラエルから攻撃を受けるたびに、報復として湾岸諸国へのドローン攻撃やミサイル攻撃を実施してきた。標的は各国の米軍基地にとどまらず、空港、港湾、工業地帯、住宅地、そしてエネルギー施設にも広がっている。最も深刻な被害が生じたのは、カタールのLNG生産施設である。イランは3月18日から19日未明にかけて、カタールのラアス・ラファーン工業都市にミサイル攻撃を実施し、ラアス・ガスLNGプロジェクトの第4及び第6生産設備に損傷を与えた。両設備は、いずれもカタール国営会社「カタールエナジー」と米企業「エクソンモービル」の合弁事業によって設置されたものである。全14基ある生産設備のうち2基が損傷したことにより、カタールのLNG輸出量の約17%に相当する年1,280万トン分の生産能力が失われ、年間の収益損失は200億ドルに上る見込みである。両設備の復旧には3~5年を要するとみられる[7]。このため、カタールのLNG生産能力は長期的な低下を避けられず、年産能力は現在の7,700万トンから6,420万トンまで落ち込む見通しである。さらに、一連の攻撃の影響により、カタールが2017年から進めてきたLNG増産計画の第1弾「ノースフィールド・イースト」事業(年産3,200万トン分)についても、生産開始時期が当初予定の2026年11月から2027~2028年にずれ込む見通しとなった[8]。
イランはまた、湾岸各国でガソリンやナフサなどの石油製品を生産する施設も相次いで攻撃している。攻撃対象となったのは、サウジアラビアの東部ラアス・タヌーラ製油所と西部サムレフ製油所、クウェートのミーナー・アル・アフマディー製油所とミーナー・アブドッラー製油所、UAEのルワイス製油所、バーレーンのシトラ製油所である。またカタールでは、LNG生産施設に隣接する石油代替燃料(GTL)生産施設「パールGTL」も攻撃を受けた。GTL施設とは、天然ガスを原料としてナフサ、灯油、軽油などの液体燃料を生産する設備である。この攻撃により、英国のシェルが運営するパールGTLは、少なくとも1年間の稼働停止を余儀なくされる。これに伴い、コンデンセートが輸出量の約24%(1860万バーレル)、液化石油ガス(LPG)が輸出量の約13%(128万1000トン)、ナフサが輸出量の約6%(59万4000トン)の生産が失われる見通しである[9]。
以上のように、ホルムズ海峡の通航停止や各国による原油減産、エネルギー施設への攻撃により、湾岸諸国の資源収入は不安定化している。イラン戦争の開始以降、原油価格は上昇しており、通常であれば、産油国の輸出収入は増加しやすい状況にある。しかし実際には、輸出ルートの制約や生産量の減少、施設被害の影響により、湾岸諸国全てが原油高の恩恵を受けられたわけではない。
「ロイター通信」の試算によれば、2026年3月の各国の石油収入は、ホルムズ海峡への依存度や代替輸出ルートの有無によって明暗が分かれた。収入を増やしたのは、イラン、オマーン、サウジアラビアである。前年同月比で、イランは15.4億ドル、オマーンは6.1億ドル、サウジアラビアは約5.6億ドルの増収となった。これらの国々は、ホルムズ海峡以外の輸出ルートを一定程度活用できたことに加え、原油価格上昇の恩恵を受けた。一方、UAE、カタール、クウェート、イラクでは、石油収入が減少した。UAEは、ホルムズ海峡を迂回するパイプラインを保有しているため、輸出収入の減少額は約1.7億ドルにとどまった。これに対し、代替輸出ルートが限られるイラク、クウェート、カタールでは、ホルムズ海峡の通航制約が輸出収入を大きく押し下げた。減収額は、イラクが55.3億ドル、クウェートが23.9億ドル、カタールが11.5億ドルと推定される[10]。
さらにガス収入は、石油収入以上に深刻な打撃を受けている。LNGは主に専用のLNG運搬船によって輸送されるため、ホルムズ海峡の通航停止の影響をより直接的に受け、カタールとUAEからのLNG輸出が困難となっている。イラン攻撃前には、ペルシャ湾から出航しホルムズ海峡を通過するLNG運搬船は、1日平均約3隻に上っていた[11]。しかし、イラン戦争の開始から2カ月半が経過した5月中旬時点でも、出荷が確認されたLNG運搬船は、カタール発、UAE発ともにそれぞれ2隻のみであった[12]。
湾岸諸国の対米金融関係の行方
今回のイラン戦争は、湾岸諸国の資源収入にとどまらず、米国との金融面での緊密な関係にも影響を与える可能性がある。特に注目されるのが、湾岸諸国が長年依存してきたペトロダラー体制とドルペッグ制の動向である。
ペトロダラー体制とは、湾岸諸国が石油をドル建てで販売し、得られた収入や余剰資金を、米国債・米国株式・銀行預金などのドル建て資産への投資や米国製兵器の購入を通じて、米国へ還流させる仕組みを指す[13]。これは単なる決済慣行ではなく、1970年代以降、米国が湾岸諸国に安全保障を提供し、その代わりに湾岸諸国がドル建て石油取引とドル資産保有を続けることで成り立ってきた[14]。しかしイラン戦争において、米国がホルムズ海峡の航路や湾岸諸国の重要インフラを十分に守れているのかという疑問が浮き彫りとなった。その結果、ペトロダラー体制の中核をなす「米国の安全保障提供」と「湾岸諸国のドル建て石油取引」という相互関係が現在、岐路に立たされつつある。
また、湾岸諸国は自国通貨の価値を米ドルに連動させるドルペッグ制を採用することで、石油収入、輸入決済、金融市場の安定を保とうとしてきた[15]。この制度を維持するには、自国通貨売りが強まった際に、中央銀行がドルを供給して為替相場を支えられるだけの十分なドル建て外貨準備が必要となる。しかし、イラン戦争によってエネルギー輸出が停滞する中、攻撃を受けたインフラの復旧費や防衛費が増加すれば、各国はこれまで蓄積してきた余剰資金を取り崩し、国内経済の支援に充てることが迫られる。湾岸諸国が危機対応のためにドル資産を国内支援に振り向けるようになれば、ドル資産を前提とするドルペッグ制の維持コストがより一層意識されるようになり、将来的に通貨制度の見直しが議論される可能性がある。そして、これまで米国債や米国金融市場に向かっていたドル資金の一部が湾岸経済の下支えに使われるにつれて、湾岸諸国から米国へのドル還流も弱まるだろう。湾岸諸国からの資金流入が細れば、米国債発行を通じた財政赤字の資金調達や、ドル基軸通貨としての信認を支えてきた基盤が揺らぐことは、米国にとって大きな痛手となる。
湾岸諸国のドル離れが懸念される中、米国との金融関係をさらに深めようとしているのがUAEである。UAEは現在、米国との通貨スワップ協定を通じて、両国の金融協力を制度面から強化しようとしている。スワップラインは一般に、金融市場が不安定化した際、相手国の中央銀行がドルを調達し、自国の金融機関に供給できる仕組みである。ただし、UAEは巨額の政府系ファンド資産[16]や外貨準備を保有しており、今回の協議は資金不足を補うための救済要請とは位置付けにくい。むしろ、連邦準備制度理事会(FRB)と恒久的なドル流動性スワップ枠を持つ英国、日本、欧州中央銀行、カナダ、スイスなどの限られた国・機関の枠組みに加わることで、UAEの金融面での信認を高める狙いがあると見られる[17]。米国としても、UAEのような湾岸地域やアジアにスワップライン網を広げることは、ドルの基軸通貨としての地位を維持し、代替決済網に対抗する手段となるとの立場を示している[18]。このように、UAEはドル金融ネットワークにより深く組み込まれることで、米国主導の国際金融体制を支える役割を担おうとしている。
イランの軍事的脅威に直面する中、UAEが米国との関係強化を安全保障面[19]にとどめず、金融分野にも拡大させようとしていることは、自国の防衛力と国際金融上の地位を同時に高める取り組みである。またエネルギー面でも、UAEが2026年4月末にOPECからの脱退を表明して石油増産に乗り出したことは、原油価格の安定を重視する米国の利益とも一定程度一致する。これらの動きは、小規模国家であるUAEが、米国の影響力を活用しながら、その枠組みの中で自国の安全保障と国際的な存在感を最大限高めようとする戦略だと言える。
(2026/05/28)
脚注
- 1 “Iran vows to attack any ship trying to pass through Strait of Hormuz,” Reuters, March 3, 2026.
- 2 Weilun Soon, Alex Longley, and Leonard Kehnscherper, “Insurance Clubs to Halt Ship War-Risk Cover in Persian Gulf,” Bloomberg, March 2, 2026.
- 3 “Port Monitor: Strait of Hormuz,” IMF Portwatch, accessed May 12, 2026.
- 4 International Energy Agency, “Strait of Hormuz Factsheet,” February 2026.
- 5 “Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepoint,” U.S. Energy Information Administration, June 16, 2025.
- 6 “OPEC Monthly Oil Market Report January 2026,” Organization of the Petroleum Exporting Countries (OPEC), January 14, 2026, p.54; “OPEC Monthly Oil Market Report April 2026,” OPEC, April 13, 2026, p.51; “OPEC Monthly Oil Market Report May 2026,” OPEC, May 13, 2026, p.53.
- 7 “H.E. Minister Saad Sherida Al-Kaabi: The missile attacks reduced Qatar’s LNG export capacity by 17% and caused an estimated loss of $20 billion in annual revenue,” QatarEnergy, March 19, 2026.
- 8 “Ras Laffan attacks fundamentally reshape global LNG outlook as recovery timeline likely significantly extended,” Wood Mackenzie, March 19, 2026.
- 9 QatarEnergy, March 19, 2026.
- 10 Ahmad Ghaddar and Yousef Saba, “Hormuz closure divides the fortunes of Middle Eastern oil states,” Reuters, April 7, 2026.
- 11 Stephen Stapczynski and Weilun Soon, “Qatar Sends First LNG Shipment Through Hormuz Since War Started,” Bloomberg, May 10, 2026.
- 12 “Second ADNOC LNG tanker crosses Strait of Hormuz amid Iran war, ship-tracking data shows,” Reuters, May 6, 2026; Marwa Rashad, “Second Qatari LNG tanker successfully crosses Hormuz to Pakistan as Iran war continues, data shows,” Reuters, May 13, 2026.
- 13 Mike Dolan, “Iran war rattles Gulf petrodollar foundations,” Reuters, March 25, 2026.
- 14 1970年代初頭、米国経済はベトナム戦争に伴う財政赤字やインフレに加え、1973年の第一次石油危機で深刻な打撃を受けていた。そこでニクソン政権は、原油を「経済兵器」として使われるリスクを抑えつつ、産油国の余剰資金を米国に還流させる仕組みを模索した。1974年、ウィリアム・サイモン財務長官はサウジアラビアと交渉し、米国が安全保障を提供する代わりに、サウジが石油収入を米国債へ再投資する枠組みを築いた。Andrea Wong, “The Untold Story Behind Saudi Arabia’s 41-Year U.S. Debt Secret,” Bloomberg, May 31, 2016.
- 15 IMFによれば、サウジアラビア、UAE、カタール、オマーン、バーレーンは、米ドルをアンカー通貨とする「conventional peg」に分類され、ドルペッグ制を採用している。一方、クウェートは米ドル単独ではなく、複数通貨から成る非公表の通貨バスケットに連動する制度を採用している。“Annual Report on Exchange Arrangements and Exchange Restrictions 2022,” IMF, July 26, 2023, p.14.
- 16 ソブリン・ウェルス・ファンド研究所(SWFI)が公開している最新推計値によれば、UAEの主要政府系ファンドであるアブダビ投資庁(ADIA)、ドバイ投資公社(ICD)、ムバダラ投資会社、アブダビ開発持株会社(ADQ)、エミレーツ投資庁(EIA)の総資産額は約2.3兆ドルにのぼる。
“List of 32 Sovereign Wealth Fund Profiles in Middle East,” Sovereign Wealth Fund Institute, accessed May 17, 2026. - 17 Daniel Flatley and Enda Curran, “How the US Is Using Swap Lines to Project Financial Power,” Bloomberg, May 5, 2026.
- 18 Treasury Secretary Scott Bessent (@SecScottBessent), X post, April 24, 2026.
- 19 イラン戦争下、UAEは米国との安全保障協力を強化しており、2026年3月19日には米国務省がUAE向けに、THAAD関連の長距離識別レーダー、固定式の小型・低速・低高度無人機対処システム(FS-LIDS)、AMRAAM中距離空対空ミサイル、F-16戦闘機関連装備・改修などを含む、総額84億ドル超の対外有償軍事援助案件を承認した。“Foreign Military Sales notices on UAE arms sales,” U.S. Department of State, March 19, 2026.
