幻に終わったアッサム首脳会談
2026年7月1日夜、高市首相はモディ首相との首脳会談に臨むため、デリーのパラム空軍基地に到着した。高市氏にとって、首相としてはもちろん、個人としても初めてのインド訪問という。
今回の首脳会談は、当初、首都デリーではなくインド北東部アッサム州で開催されると広く報じられていた[1]。北東部は長らくインドの経済発展から取り残されてきた地域だが、モディ政権は「アクト・イースト[2]」政策の下、ASEANへの玄関口として戦略的重要性を高めてきた。アッサム州では、タタ・グループが半導体の後工程(組み立て)工場を建設中である。一方、日本も「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の柱の一つであるコネクティビティ(連結性)の強化を通じて、この地域のインフラ整備や経済開発を積極的に支援してきた。
実は、2019年12月にも当時の安倍首相がアッサム州を訪問する予定だった。しかし、モディ政権による市民権改正法(CAA)制定に対する抗議活動が各地で激化したことを受け、訪印自体が直前で中止となった経緯がある。安倍首相の後継者を自任する高市首相が、アッサム訪問の実現に意欲を示したとしても不思議ではない。アッサム州のヒマンタ・ビスワ・サルマー州首相は、日本企業関係者を含む大規模な訪問団の来訪に大きな期待を寄せ、州都グワハティでは高市首相一行を迎えるための大規模な美化キャンペーンまで展開した[3]。しかし、最終的には首相日程の制約(実質1日)に加え、現地での運営面や警備面への懸念なども考慮され、アッサム訪問は再び実現せず、デリーのみの滞在となった。

日印関係の展開
しかしだからといって、高市首相の初訪印の意義が失われたというわけではなかった。注目すべきなのは、これまでとはまったく異なる国際環境下での訪印となったという点である。
米国と同盟関係にある日本とソ連寄りの「非同盟」を標榜したインドは、冷戦期を通じて疎遠な関係が続いた。冷戦崩壊後の1990年代になっても、日本が中韓、ASEANを重視するなかで、1998年にはインドが核実験に踏み切ったこともあり、日印関係は進展しなかった[4]。しかし中国の台頭を警戒する米国がインドとの戦略対話を開始し、2000年3月にクリントン大統領が米大統領として22年ぶりの訪印を果たしたことを受け、同年8月に森首相が日本の首相として10年ぶりに訪印して「日印グローバル・パートナーシップ」構築に合意する[5]。中国各地で反日暴動が吹き荒れた2005年には、小泉首相が訪印して日印関係に「戦略的方向性」が付与された[6]。翌06年のマンモーハン・シン首相訪日の際には正式に「日印戦略的グローバル・パートナーシップ」となり、以来毎年の首脳相互訪問体制が確立された[7]。2014年に訪日したモディ首相は安倍首相の申し出に応じ、日印関係は「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」に格上げされた[8]。
前述したように、2019年の首脳会談が治安事情で中止となった後は、新型コロナの蔓延とともに、2021年以降は日米豪印「クアッド」の枠組みが首脳級に格上げされ、G7、G20、東アジアサミットを含めて日印首脳がミニラテラル・マルチラテラルの会合の機会に個別会談できる機会が増えたこともあり、あえて相互訪問をするというエネルギーは衰えていった[9]。つまり、2000年以降の日印接近は、米国の対印接近という戦略環境に大きく支えられてきた。
新たな国際環境下で復活した日印年次首脳会談
ところが、トランプ2.0の不確実な世界が、日印両国に再び二国間首脳会談のための相互訪問を再開するインセンティヴをもたらすこととなる。露骨な「アメリカ・ファースト」の下、同盟国・同志国にも高関税をかけ、同盟のコスト負担が求められた。同盟国ではないものの、それに準ずるパートナーであったはずのインドには一時、「懲罰関税」まで上乗せされ、トランプ政権からはインド軽視・蔑視の言動が相次ぐ一方、米国はパキスタンとの関係を緊密化する[10]。対中牽制を企図して推進されてきたクアッドについて言及される機会は激減し、デリーで開催されるはずだった次期首脳会合はトランプ2.0下で今日に至るまで開催の見通しは立っていない。代わりに中国との間では、対決ないし牽制の姿勢は影を潜め、中国との「ディール」を志向し、「米中G2」論すら公然と語るようになったとインドは受け止めている[11]。陸か海かの違いがあるとはいえ、隣接する強大な中国の軍事的脅威に直面し、かつ経済面でも中国への依存度と脆弱性の高い日印両国としては、看過できない展開である。
さらに2026年2月末に米国がイスラエルとともに開始したイラン攻撃は、ともに国内にエネルギー源が乏しく、ホルムズ海峡経由への依存度の高い日印両国に衝撃を与えた。特に日本ではナフサ、インドでは調理用燃料等に用いる液化石油ガス(LPG)の供給不安が深刻化した。日印は、米国に依存するだけでは、中国への抑止のみならず、エネルギー安全保障さえままならないという現実に直面したのである。

実質化へ向かう日印連携
2025年8月のモディ首相訪日と2026年7月の高市首相訪印はまさにこの文脈のなかで捉えることができる。昨年8月の石破首相との会談では「日印経済安全保障イニシアチブ」立ち上げが合意されたほか、10兆円の対印民間投資目標が設定され、インドから5万人の専門人材受け入れが掲げられた。今回の会談では、半導体やレアアースなど重要鉱物、アンモニアなどのクリーンエネルギー、海底ケーブルなど情報通信技術(ICT)、医薬品を5つの優先分野とする経済安全保障に関する共同宣言が発表された[12]。加えてホルムズ海峡危機を受け、エネルギー・サプライチェーンの強靱化、原油やLPGなど石油製品の備蓄協力に向けたタスクフォースの立ち上げなどを含むエネルギー安全保障協力でも合意が見られた[13]。
今回の首脳会談で際立ったのは、こうした相補的な日印連携の具体性である。IHIがインドの再生可能エネルギー大手ACMEグループと組んで太陽光発電による電力を用いた水電解で得られた水素を原料としてアンモニアを製造し、日本の石炭火力発電所で使用する合意や、スズキが農家から買い取った牛糞等を元にバイオガスを作る施設を1000基インドに設置し、日本車が強みを持つ圧縮天然ガス(CNG)車の市場を創出する合意など、日印双方にとってウィンウィンになる企業間の覚書は129件に達した[14]。共同声明に盛り込まれた「現地通貨取引を含む二国間の金融協力及び決済システムに関する連携の強化の重要性を再確認した」との文言も、ともに通貨安に悩まされる円とルピーの直接取引を可能にすることで投資を促進しようという狙いが読み取れる[15]。米中が先行するAI分野でも、大規模言語モデルの共同開発などのため、日本で不足するAI専門家を、2030年までにインドから500人を招へいすることを含む共同声明と覚書が交わされた[16]。
もちろん、これまでのような海洋安全保障協力、通信アンテナ「ユニコーン」の移転といった伝統的安全保障領域での議論もなかったわけではない。トランプ政権が後ろ向きなクアッド首脳会合の早期開催に向けて協力することも確認はしている。
重要なのは、トランプ2.0の下で高まる米国の「インド太平洋」への関与後退への懸念とイラン危機を受け、日印が従来の外交・安全保障協力を超え、経済安全保障やエネルギー安全保障を軸とする具体的な協力へと踏み出したことである。米国の動向が不確実性を増すほど、双方は互いの強みを生かしながら利益を確保する必要に迫られる。インドの代表的な国際政治学者ハッピモン・ジェイコブは、地域の戦略的未来の構想と主導権を米国に依存する時代は終わったとし、日印はじめアジアの主要国が自らの戦略的空間をいかに主導していくかが重要だと論じた[17]。高市首相の訪印は、日印関係が従来の対中牽制という象徴的意味合いから、静かだが実質的かつ実務的な連携の局面に移行しつつあることを示す出来事であったと言えよう。

(2026/07/16)
脚注
- 1 「高市首相 来月1日からインド訪問調整 モディ首相と首脳会談へ 」『NHK News』2026年6月12日。
- 2 2014年に発足したモディ政権が、経済関係を軸とした1991年以来の「ルック・イースト」政策を進化させるとして掲げた概念。経済関係だけでなく、インド太平洋地域での防衛・海洋安全保障協力、連結性向上などを目指す。Shantanu Roy-Chaudhury, “From ‘Look East’ to ‘Act East’: Mapping India’s Southeast Asian Engagement,” ORF Issue Brief, Issue No.800, May 2025.
- 3 その後、訪問しないことになったため、美化キャンペーンは途中で中止された “CM Himanta Biswa Sarma confirms the cancellation of Japanese PM’s Assam visit,” The Sentinel Assam, June 24, 2026.
- 4 拙稿「インド外交における日本の周縁化」堀本武功編『現代日印関係入門』東京大学出版会、2017年、81-97頁。
- 5 外務省「インド共和国 基礎データ」2026年2月18日。「二国間関係」を参照のこと。
- 6 外務省「アジア新時代における日印パートナーシップ~日印グローバル・パートナーシップの戦略的方向性~」2005年4月29日。
- 7 外務省「『日印戦略的グローバル・パートナーシップ』に向けた共同声明」2006年12月15日; 2005~18年のうち、相互訪問が中止されたのは、野田首相が突如、解散総選挙を決めた2012年だけであった。
- 8 外務省「日インド特別戦略的グローバル・パートナーシップのための東京宣言」2014年9月1日。
- 9 2019~2024年の6年間で二国間首脳会談のために相手国を訪問したのは、2022年の岸田首相訪印のみであった。
- 10 拙稿「インドで急速に進む対米不信と印米関係の危機――トランプ・モディの友情の限界」国際情報ネットワーク分析 IINA、2025年8月7日。
- 11 拙稿「ルビオ国務長官訪印とクアッド外相会合開催でも遠い印米の信頼回復」国際情報ネットワーク分析 IINA、2026年6月9日。
- 12 外務省「経済安全保障協力に関する日印共同宣言」2026年7月2日。
- 13 外務省「日印共同声明:~共通の成長・繁栄・強靱性のための 戦略的方向性を共有する信頼のパートナーシップ~」2026年7月2日。
- 14 外務省「⽇・インド覚書等リスト」2026年7月2日。
- 15 「インドルピー相場下支え、ドル介さず円と売買 印金融「国際化」が進展」『日本経済新聞』2026年7月2日。
- 16 外務省「人工知能(AI)分野における協力に関する日印共同声明 」2026年7月2日; 外務省「MeitY India AI-経産省日印AI協力覚書(MoC)の概要」2026年7月2日。
- 17 Happymon Jacob, “India, Japan, and the Indo-Pacific,” India’s World, July 4, 2026.
