米国のルビオ国務長官が2026年5月23日から27日にかけてインドを初訪問した。印米関係は、ちょうど1年前に起きたインド・パキスタンの4日間の交戦を自身が仲介して停戦に導いたとするトランプ大統領の主張をインド側が頑として受け入れなかったことを機に悪化の一途をたどった[1]。この間、トランプ大統領とモディ首相は多国間会議の場を含め、対面の機会は一度もなかった。閣僚級ではインド側はジャイシャンカル外相が、国連総会出席を含め3度、ゴヤル商工相も貿易交渉のために複数回訪米しているが、米側からは今年2月にラトニック商務長官が短時間デリーに立ち寄ったのを除けば[2]、閣僚の訪印も途絶えていた。

関係修復の意思を示したルビオ

 そうしたなか、ルビオ国務長官が訪印し、二国間会談に加え、約1年ぶりとなる日米豪印(クアッド)外相会合にも臨むということが明らかになり、冷え込んだ印米関係が修復へ向かうのかが注目を集めた。本来、対中強硬派とみられているルビオは、インドとの関係やインド太平洋の連携を重視しているのではないかと考えられたからである。

 ルビオ国務長官はたしかにその意思を示した。ジャイシャンカル外相との共同記者会見では、インドを「世界における我々の最も重要な戦略的パートナーの一つ」であると改めて確認した。そしてそれは「世界の二大民主主義国家」として「価値観を共有」するのと同時に、「あらゆる重要課題において、両国の戦略的立場が一致している」からであり、両国関係は「戦略的同盟(strategic alliance)」にあるとまで評した[3]。モディ首相への表敬では、インドは米国のインド太平洋政策において重要な役割を果たしていると持ち上げ、今年後半にホワイトハウスに招待したいとのトランプ大統領の意向も伝えた[4]。ルビオが出席した米大使館主催のイベントにはトランプが電話でサプライズ参加し、「インドは私を信頼していい」、「私はモディ首相の大ファンだ」、などと話し、トランプでさえ、インド側の不信感の除去に努めているかにみえた[5]。

米国の対中政策とインドの戦略的価値の変化への懸念

 しかし、ルビオ訪印が印米関係の修復への道筋をつけたとは言い難い。この1年間のトランプ政権の言動と今後見込まれる政策的方向性に対するインドの不満と懸念は何ら解消されなかったからである。戦略的には第一に、米国の中国への向き合い方の変化がある。これまでの米国は、日豪などの同盟国とともに、インドを不可欠なパートナーとして取り込み、中国の挑戦に対抗する政策を超党派で採用してきた。しかしトランプ大統領は、昨年10月末のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の機会に韓国で習近平国家主席と会談したのに続き、ルビオ訪印直前の5月13日から15日には国賓待遇で訪中して再び首脳会談を行っている。その晩餐会でトランプは習近平を9月24日にホワイトハウスに国賓として招くと発表した。

 トランプ2.0の米国は「G2」とも称されるような米中支配体制、あるいは中国への対抗ではなく、今回合意された「戦略的安定」下でのディール(取引)を企図しているのではないか。その結果、米国は中国を対等なパワーと位置づける一方で、インドをもはや戦略的に重要とみなさなくなっているのではないかとの見方が広がっている[6]。「戦略的パートナー」、「戦略的同盟」というルビオの評価も、額面通りに受け取られていない。というのも、クアッド外相会合共同声明をみても、前回はあった「本年(2025年)後半にインドが主催する次回の日米豪印首脳会合」の文言は消え[7]、単に「日米豪印首脳会合を楽しみにしている」とされたように[8]、実体を伴っているようには思えないからである。

米国のパキスタン傾斜ヘの不信

 第二に、米国のパキスタン傾斜への不信がある。インドとの停戦に貢献したとのトランプ大統領の主張を即座に受け入れ、謝意を示してノーベル平和賞候補に推薦したパキスタンは、米国との関係をこの1年で劇的に近づけることに成功した。対面のない印米首脳とは対照的に、トランプの「お気に入りの元帥」となったムニール陸軍参謀長と、シャリフ首相がホワイトハウスに招かれたのはその象徴といえる[9]。後述する対イラン戦争をめぐっては、米国はパキスタンを「唯一の仲介国」と位置づけ[10]、ヴァンス副大統領も米副大統領として15年ぶりに訪パした[11]。パキスタンは米国の政策において長らく無視されてきたが、急速に重要な存在として浮上した。

 この点について共同記者会見で問われたルビオ国務長官は、他国との「戦術的」関係は、インドとの「戦略的」関係の「犠牲」の上に築かれるものではないと弁明した。しかし、ルビオは「インドも同様」の政策をとっていると正当化するなど、トランプ政権としてパキスタンとの関係を縮小する考えのないことも明らかになった[12]。

イラン情勢に苦しむインド

 第三には、イラン情勢がある。ホルムズ海峡が事実上封鎖されてから、インドでは液化石油ガス(LPG)を筆頭にエネルギー供給が逼迫し、価格の高騰と記録的なルピー安が経済を直撃している。中東地域に暮らす900万人のインド人にもすでに危害が及んでいる。それだけでなく、米国とイスラエルとの関係も、チャーバハール港開発などを進めるイランとの伝統的関係も、どちらもインドにとっては重要である[13]。さらにはイランからの反撃を受けるアラブ首長国連邦(UAE)やオマーン、カタールなど湾岸諸国とも、インドは戦略的関係を深めている。重要なパートナーが紛争当事国となっているなか、仲介国として台頭するパキスタンとは対照的に、インドとしては身動きが取れない状況に追い込まれている[14]。そうしたことに米国は無関心ではないかとの認識がインド側にはある[15]。

 このことについて、米側はインドに一定の配慮は示したものの、インドを満足させるには至らず、むしろすれ違いが浮き彫りとなった。ルビオ国務長官は「米国はイランに世界のエネルギー市場を人質に取らせることは許さない」とモディ首相に宣言し、インドのエネルギー供給先多角化に役立つとして米国からの購入増を呼びかけた[16]。これに対し、ジャイシャンカル外相は、米国を「きわめて重要かつ信頼できるエネルギー供給源」とし「多くの点で条件を満たす」供給国と認める一方で、「他の国々も同様だ」と付け加えるのを忘れなかった。インドとしては高コストの米国産エネルギーを押し付けられるわけにはいかないからである。またイランを「世界最大のテロ支援国」と明確に非難したルビオとは対照的に、ジャイシャンカルは、インドにとって、米国、イスラエル、イラン、湾岸諸国のどの国との関係も重要だとし、すべてとの関係をいかに維持し、権益と利益を推進することが大事であり、我々はこれをゼロサムゲームとは捉えていないと釘を刺した[17]。

根深い印米の感情的対立

 最後に、おそらく最も克服の困難な問題として、この1年間で深刻化した感情的対立がある。とくにインド側には、トランプ大統領と側近らからたびたび飛び出す侮辱的かつ人種差別的な言動に不快感を増殖させてきた。ルビオ国務長官訪印直前にも、米保守系司会者によるインド人や中国人は「地獄のような場所」からやって来て、自分の子供を「即座に市民」にする移民だと主張する発言をトランプ大統領がリポストしたことに対し、インドでは激しい憤りの声が上がった[18]。

 共同記者会見で記者から、米国における人種差別的発言について問われたルビオ国務長官は、どの発言かを明確にせず、「どの国にも愚かな人はいるものだ」と答えるのが精いっぱいだった[19]。インド人の査証発給制限や移民規制が進んでいることについても、インドを標的にしたものではなく、「アメリカ・ファースト」に基づく普遍的な政策だと正当化したが、ジャイシャンカル外相は、合法的な移動が悪影響を受けないよう強く求めた[20]。

 このほかにもトランプ大統領本人とその周辺からは、インドに対し、「死んだ経済」や「ロシアのコインランドリー」といった侮辱発言があり、冒頭で触れた印パ仲介の主張、そして50%関税の押し付けといった不当な扱いも続いてきた。この1年のトランプ政権の「仕打ち」をインドの国民、とりわけモディ首相の支持者は簡単に忘れることはないであろう。

今後の展開

 以上からも明らかなように、インドが注目するのは、「インドが重要だ」という言葉ではなく、本当に重視している政策を米国がとるのかどうか、その行動である。具体的には、第一に、今年2月に暫定合意が発表された印米貿易協定交渉のゆくえが挙げられる。6月初めに米交渉団が訪印し、ゴア駐印米国大使は楽観的な見通しを示した[21]。しかし正式合意には、インドがこの1年にまとめた英国やEU、ニュージーランドなどとの自由貿易協定と同様に、農産分野の保護を米側が相当程度認めることが条件になるだろう。

 第二には、クアッドの戦略的意義を米国が本当に認識した政策をとるかどうかである。この点では今回のクアッド外相会合で、イラン情勢のなか、「エネルギー安全保障イニシアチブ」を立ち上げて、年内に米国で「日米豪印燃料セキュリティーフォーラム」を開催することを発表したのは前向きに評価される[22]。加えて、重要鉱物のサプライチェーン強化のための枠組みも、クアッドならびに印米間で設置することが決まった[23]。実務面での実質的連携には米国もコミットする意思を明確にしたといえる。欠けているのは、首脳レベルの協議の保証であるが、印米首脳間の傷ついた個人的関係が修復されない限り、その道筋は見えない[24]。

(2026/06/09)

脚注

  1. 1 伊藤融「インドで急速に進む対米不信と印米関係の危機――トランプ・モディの友情の限界」国際情報ネットワーク分析IINA、2025年8月7日。
  2. 2 “Lunch, tariffs and trade: Piyush Goyal hosts US Commerce Secretary Howard Lutnick in Delhi,” Financial Express, February 26, 2026.
  3. 3 U.S. Department of State, “Secretary of State Marco Rubio and Indian External Affairs Minister Dr. Subrahmanyam Jaishankar at a Joint Press Availability,” May 24, 2026.
  4. 4 “India is important to the U.S.’s Indo-Pacific policy, says Rubio, invites Modi to Washington,” The Hindu, May 29, 2026.
  5. 5 “India can count on me, big fan of PM Modi: Trump joins Delhi event via call,” India Today, May 25, 2026.
  6. 6 Manoj Joshi, “Rubio’s Visit Cannot Hide the Hard Truth About India-US Relations,” The Wire, May 26, 2026; Swasti Rao, “The Quad is fading. India must now confront the limits of strategic ambiguity,” The Print, May 29, 2026.
  7. 7 外務省「日米豪印外相会合 共同声明」2025年7月1日。
  8. 8 外務省「日米豪印外相会合 共同声明」2026年5月26日。
  9. 9 ホワイトハウスに「民政下」のパキスタンの参謀長が招かれたのは2025年6月が初めてであり、その3か月後も、ムニールはシャリフ首相とともに再び招待された。Anwar Iqbal, “Army chief joins Trump for ‘historic’ White House lunch,” Dawn, June 19, 2025; Anwar Iqbal, “PM Shehbaz meets Trump, discusses regional security, counterterrorism in landmark visit to White House,” Dawn, September 25, 2025.
  10. 10 本間英士「米イラン再協議は「唯一の仲介役」パキスタンでの開催有力、最終調整続く」『産経新聞』2026年4月16日。
  11. 11 “JD Vance becomes 7th US vice president to visit Pakistan: List of past American presidents and VPs,” Geo News, April 11, 2026.
  12. 12 Debdutta Chakraborty, “Rubio hints at tactical ties with Pakistan, says they are not at expense of strategic ties with India,” The Print, May 24, 2026.
  13. 13 トランプ政権はイラン制裁強化のなか、チャーバハール港についても4月26日付で制裁免除の対象から外した。Suhasini Haidar, “U.S. sanctions waiver on Chabahar port ends on April 26, could signal end of 23-year-old connectivity project,” The Hindu, April 26, 2026.
  14. 14 Rahul Bedi, “Pakistan Seizes the Diplomatic Stage in the West Asia Crisis; India Stays Cautiously Invisible,” The Wire, April 11, 2026.
  15. 15 Suhasini Haidar, “India must draw a red line on U.S. unilateral sanctions,” The Hindu, April 22, 2026; Deepa M. Ollapally and N. Manoharan, “The Iran war, India’s strategic autonomy challenges,” The Hindu, May 15, 2026.
  16. 16 “Rubio Tells Modi US Will Not Let Iran Disrupt Energy Flows, Pushes Energy Exports,” The Wire, May 23, 2026.
  17. 17 “Hormuz Deal 'Could Be Hours Away', Says Rubio, Escalates Anti-Iran Rhetoric in Delhi,” The Wire, May 24, 2026.
  18. 18 たとえばインドのRepublic TVのニュース動画の冒頭の3分間ほどを参照されたい。 “Debate With Arnab LIVE: Did Trump Cross The Red Line With India In His 'Hellhole' Banter?” Republic World(YouTube), April 24, 2026.
  19. 19 国務省はこの発言を公式SNSにも投稿したが、拡散されると削除した。Sanstuti Nath, “Marco Rubio's Office Deletes "Stupid People" Post After Racism Remarks Spark Buzz,” NDTV World, May 27, 2026.
  20. 20 Danita Yadav, “'Not targeted at India': Marco Rubio clears the air on green card, H-1B, student visa policy changes,” Hindustan Times, May 24, 2026.
  21. 21 Kallol Bhattacherjee, “India-U.S. trade deal will be signed ‘over the next few weeks and months’: Sergio Gor,” The Hindu, May 30, 2026.
  22. 22 「中国念頭、経済安保で連携 「力による現状変更」牽制 日米豪印の戦略対話「QUAD」」『朝日新聞』2026年5月27日。
  23. 23 Kallol Bhattacherjee, “India-U.S. and Quad frameworks on critical minerals take shape amid Chinese curbs,” The Hindu, May 26, 2026.
  24. 24 ルビオ国務長官は帰国後、下院外交委員会で首脳会合を年内に開く方向で調整していると明らかにした。ただし、インドでの開催は明言されておらず、多国間会議での開催を示唆した。杉本康士「日米豪印クアッド首脳会合を開催へ 米国務長官が「調整中」と説明 昨年は開催されず」『産経新聞』2026年6月4日。