膨大な石油、天然ガスの埋蔵量を抱え、世界の原油生産量の約2割、天然ガス生産量の約1割を生産している湾岸協力理事会(GCC)諸国[1]は、世界経済への影響力を考えれば「火気厳禁」のはずである。しかし、域内諸国の対立からイラン・イラク戦争(1980年9月~88年8月)、湾岸危機・戦争(1990年8月~91年12月)が起き、アメリカを中心とする軍事行動でイラク戦争(2003年3月~2011年12月)が続いた。そして、2026年2月、アメリカとイスラエルのイラン攻撃によって再びこの地域で戦争が開始された[2]。

 今回のアメリカとイスラエルのイラン戦争は、戦争当事国とはいえないサウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーンで構成されるGCC諸国にも戦火が及ぶとともにホルムズ海峡が封鎖されたことで、これら諸国の経済に大きなダメージを与えている。数度にわたる戦争を経験しながらも繁栄を築いてきたGCC諸国だが、今回のイラン戦争によってその連帯が弱まっているように見える。本稿では、GCC諸国の安全保障分野での政策協調に焦点を当て、GCC諸国がイラン戦争に巻き込まれた要因とイラン戦争後のGCCの行方について考察する。

危機への対応に終始してきた地域統合

 GCCは1981年5月に創設された。この時期、中東地域では1979年2月のイラン革命、同年11月のサウジのメッカでのモスク占拠事件、12月のソ連のアフガニスタン侵攻、1980年のイラン・イラク戦争と歴史的な出来事が多発していた。現在のGCC加盟国は、この動乱の時期に、ソ連の南下やイランの影響拡大の脅威に対応するため、集団的安全保障政策へと動いた。「アラブの統一」という歴史的理念に基づく湾岸地域の統合化をめざした地域機構の創設にあたり、まとめられたGCC憲章第4条の1には、GCCの趣旨として「加盟国間の統一を実現するために、あらゆる分野において調整、統合、相互連携に努める」[3]とうたわれている。安全保障分野については、加盟国の元首が参加した1981年5月の第1回最高評議会の最終宣言で、「湾岸の安全と安定を自らの責任において確保し、湾岸に対するいかなる外国の介入も拒否し、湾岸から国際紛争、外国の軍隊および軍事基地を排除する」[4]と述べられている。しかし、この最終宣言から45年後の現在、GCC諸国の国内にある米軍基地はイランからの攻撃対象となり[5]、湾岸地域の安全保障へのイスラエルの介入を許している。

 この事態に至る経緯を振り返ると、GCC創設から10年程度は安全保障分野が優先されていた。この時期、シーア派住民を多数抱えるバーレーン、クウェートでは暴動やテロなど治安事件が起きていた[6]。また、1980年にはイラン・イラク戦争が勃発し、ペルシャ湾を挟んだ両国によるタンカー攻撃も行われていた。これらの治安事件や近隣国間の戦争への対応として、GCC諸国は統合治安維持協定や合同緊急展開軍(RFD)について協議し、1985年に「半島の盾」軍を創設した[7]。しかし、イラクやイランとの軍事力の差は大きく、安全保障上の脅威は存在し続けていた。

 その脅威は、1990年にイラクがクウェートに侵攻したことで現実の危機となった。翌91年、この危機は国連安全保障決議の下に集まった多国籍軍によりクウェートが解放されたことで解決をみた。しかし、GCCとしては、安全保障政策の見直しに迫られ、①「半島の盾」軍の拡大・強化[8]、②エジプトとシリアを加えた共同防衛体制の構築[9]が検討された。結局、両案とも合意が得られなかったことで、GCC設立以前の1980年6月にアメリカと軍事協定を結んでいるオマーンと同様に、1991年にはクウェートとバーレーンが、92年にはカタールとUAEがアメリカと二国間の安全保障に関する協定を結び、アメリカ軍に国内基地の使用を認めるに至った[10]。また、1980年のメッカでのモスク占拠事件以降、国内への異教徒の立ち入りに神経を尖らせているサウジは、アメリカ軍との共同演習を行うことで防衛強化を進めた。GCCとしても1993年に「半島の盾」軍の参謀本部を設置し集団安全保障体制の整備に動いたものの、加盟国はそれぞれ主にアメリカとの二国間協力による安全保障へと比重を高めていった。

 一方、2003年に関税同盟の設立、2008年に共同市場の導入などの経済分野では統合化の動きが進められてきた[11]。また、2011年にチュニジアに端を発した「アラブの春」と呼ばれる政治変動の波がバーレーンに及んだ際には、「半島の盾」軍が同国に派遣され、一時的に安全保障分野でも統合化が進む機運も見られた。しかし、2017年には、加盟国間でイスラム主義への対応の違いが顕在化し[12]、「ムスリム同胞団」をテロ組織とするサウジ、UAE、バーレーンが同組織を擁護するカタールとの関係を断行し、国境封鎖措置を行うに至った。2021年に関係が修復され、カタールはGCCに残留するが、この出来事はGCCの結束を揺るがした。設立以降、危機への対応では機能してきたGCCではあるが、地域機構として統一化をはかる深化の歩みは停滞し、各国は自国利益優先の方向に動いていった。

イランの報復を生んだ安全保障のアメリカ依存

 以上で見たように、安全保障についてアメリカへの依存を高めていったGCC諸国は、トランプ政権が武力によるイランの脅威を排除するという軍事行動を阻止できなかった。そして、GCC諸国はアメリカとイスラエルのイラン攻撃へのイランの報復対象となり、国内のアメリカ軍基地のみならず、国際空港や石油関連施設、発電所などにも被害が及んだ[13]。

 GCCが安全保障のアメリカ依存を高めた要因について、国内、域内、国際というレベルごとに検討する。まず、国内レベルでは、GCC諸国の統治体制と社会的結束の問題がある。各国とも権威主義体制であり、国民には民主化や言論の自由を求める動きがある[14]。このため、政権の安定を維持するには、情報空間の管理と治安部隊を強化し、経済成長により国民に富を分配し続ける必要があり、対外的な安全保障に割ける資源は限られている。

 域内レベルでは、GCC内にいくつもの対立や亀裂が存在しているという問題がある。このため、統合的な安全保障戦略を描くことが難しくなっている。そのいくつかを挙げると、①カタールとUAE間のイスラム主義に関する政策対立、②UAEの突出した対イスラエル関係強化の動き、③サウジアラビア主導の動きへのUAEの反発などである。サウジとUAEの対立は近年顕著になっており、イエメン、スーダン、ソマリアにおいて、中央政府を支持するサウジに対し、UAEはこれらの国で分離主義民兵を支援し、紅海地域への影響力を拡大しようとしてきた。こうしたUAEの動きに関し、サウジは自国の東西パイプラインを通じての原油輸出へのマイナスの影響を含め脅威を感じている[15]。さらに、5月1日にUAEが石油輸出国機構(OPEC)から脱退した理由は、同国がサウジ主導の原油生産管理に不満を募らせたためだと指摘されている[16]。このため加盟国間の対立の存在によりGCCとしての安全保障の機能は低下していると考えられる。

 国際レベルでは、軍事能力の問題がある。GCC各国は、湾岸戦争、イラク戦争、アルカイダや「イスラム国」とのテロとの戦いなどにおいて、アメリカの軍事装備の能力や軍の展開能力、イスラエルの高度な情報ソフトなどの能力の高さと、自分たちの軍事能力との違いを強く認識した。このため、GCCとして安全保障をアメリカに依存するようになったと考えられる。

GCC諸国が再び戦争に巻き込まれないためには

 設立の歴史的な背景は異なるが、地域機構の欧州連合(EU)は、欧州共同体としての単一市場(関税同盟、共通通貨政策、域内市場統合)から通貨統合、共通外交・安全保障政策(CFSP)、欧州安全保障・防衛政策(ESDP)、警察・刑事司法協力へと段階を踏んで統合を深化させてきた。これに対し、GCCは、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、「アラブの春」などへの危機対応として結束がはかられ、制度を整える動きがみられるものの、危機が収まると制度制定に遅れや支障が生じてきた。しかし、イラン戦争においては、これまでと異なる状況がみられている。イランとの間で領有権問題を抱え強硬姿勢をとるUAEと他のGCC加盟国との対応の違いが顕著になっており、結束が危ぶまれている[17]。

 GCC諸国は、イラン戦争終結後、イランおよびイスラエルとの関係の見直しや、同諸国に事前協議や通告なくイラン戦争をはじめたアメリカとの関係の評価も必要になっている。そのなかで、GCC諸国間に意見対立が生まれる可能性は高い。また、サウジがイラン戦争の仲介役として、パキスタン、トルコ、エジプトとの関係を深めており、地域機構としてのGCCの存在意義は弱まりつつあるように見える。

 GCC諸国は、かつて原油価格が低迷した時期に加盟国の共通利益のために域内の経済政策についての指針を作成した経験を有している。イラン戦争という危機に直面している今、いくつもの亀裂がありながらも、それを乗り越え段階的に深化してきたEUの事例を参考に、改めてGCC諸国の共通利益のために外交・安全保障の基本指針の策定を検討し、GCCの集団安全保障と外部依存のバランスを見直すことが求められているのではないだろうか。そのことが、再び戦争に巻き込まれないための第一歩になると考える。

(2026/05/25)

脚注

  1. 1 「湾岸協力理事会」(GCC)概要」外務省、2023年5月18日。
  2. 2 なお、アメリカとイスラエルはイラン戦争の前段階として、2025年6月にイランを攻撃し「12日間戦争」を引き起こしている。
  3. 3 Bahrain, Kuwait, Oman, Qatar, Saudi Arabia and United Arab Emirates , “Charter of the Co-operation Council for the Arab States of the Gulf,” May 25, 1981.
  4. 4 石田進『激動の湾岸世界――石油危機から10年のペルシァ・アラビア湾』お茶の水書房、1985年、174頁。
  5. 5 バーレーンのアメリカ海軍第5艦隊司令部、カタールのアル・ウデイド空軍基地およびアメリカ軍の早期警戒レーダーシステム、クウェートのアリ・アル・サレム空軍基地、UAEのアル・ダフラ空軍基地、サウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地などが攻撃されている。川名晋史「巻き込まれた後、日本はどうするか」『世界』第1006号、2026年5月、40-41頁; 掘拔功二「報復攻撃に見る湾岸諸国とイランの関係」『季刊 アラブ』第195号、2026年、11-13頁。
  6. 6 1981年12月のバーレーンでのシーア派住民による暴動事件や、1984年12月のドバイ発から地域のクウェート航空機ハイジャック事件、1985年7月のクウェートのジャビル首長暗殺未遂事件などが挙げられる。細井長「湾岸協力会議(GCC)の形成と発展」『立命館経営学』第40巻第3号、2001年9月、143頁。
  7. 7 1985年10月、サウジのハフルアルバドンを駐留地とするRDFである「半島の盾」軍が設置された。サウジ軍の指揮下で同軍1個旅団とクウェート2個大隊で編成され、総員は約6000人。細井長「湾岸協力会議(GCC)の形成と発展」、147頁。
  8. 8 「半島の盾」軍は、加盟国が自国の軍の一部を提供するかたちをとっており、演習には各国に属する部隊が参加していた。1991年12月、オマーンのカブース国王が、GCC諸国から徴兵された10万人規模の加盟国から独立した軍の創設を提案したが、合意に至らず実現しなかった。細井長「湾岸協力会議(GCC)の形成と発展」、151頁。
  9. 9 細井長「湾岸協力会議(GCC)の形成と発展」、152頁。
  10. 10 バーレーンは、1995年にアメリカ軍第5艦隊の司令部設置で合意。細井長「湾岸協力会議(GCC)の形成と発展」、152頁。
  11. 11 「湾岸協力理事会」(GCC)概要」外務省、2023年5月; 関税同盟については、日本貿易振興機構調査部ドバイ事務所「湾岸協力会議(GCC)関税同盟調査」2026年3月も参照。
  12. 12 2001年の米同時多発テロ事件以降、中東地域では政治思想としてイスラム主義が台頭し、2011年2月には「アラブの春」によりエジプトで「ムスリム同胞団」が主導する政権が誕生している。
  13. 13 物理的被害については、Ellen Clarke, Noor Hammad and Asna Wajid, “Mapping the damage: Iranian strikes on the GCC,” International Institute for Strategic Studies, March 27, 2026; 掘拔功二「報復攻撃に見る湾岸諸国とイランの関係」などを参照。また、経済的被害については、Christian Henderson, “Has US war on Iran killed the 'Gulf moment'?” Middle East Eye, April 6, 2026; Sameer Hashmi, “Gulf economies face long-term hit from Iran conflict,” BBC, May 6, 2026. などを参照。; なお、UAEとサウジアラビアはイランに対し反撃したとの報道もある。“UAE secretly joined Israeli-US strikes on Iran: Report,” Middle East Eye, May 11, 2026.; “Saudi Arabia launched covert attacks on Iran in March, Reuters reports,” CNN, May 13, 2026.
  14. 14 Frederic Wehrey and Charles H. Johnson, “The Iran War Is a Stress Test for Gulf States,” Carnegie Endowment for International Peace, April 23, 2026.
  15. 15 Anas Abdoun, “The UAE’s OPEC exit is not about oil; it is the end of Gulf solidarity,” Al Jazeera, April 29, 2026.
  16. 16 Anas Abdoun, “The UAE’s OPEC exit is not about oil; it is the end of Gulf solidarity.”および Virginia Pietromarchi, “UAE quits OPEC: What that means for the Gulf, energy markets and beyond,” Al Jazeera, April 29, 2026.
  17. 17 現在、ホルムズ海峡の通過機構についてイランとオマーン間で協議が行われている。“Iran, Oman crafting new transit mechanism for Strait of Hormuz: Foreign Ministry,” Press TV, May 18, 2026; このように、オマーンはGCC諸国の中で独自の対イラン外交を行っているが、GCCとイランとの仲介役の役割を担っていると指摘されている。Omneya El Naggar, “Explainer: How Oman is going against the Gulf grain on Iran,” BBC, April 1, 2026.