2025年12月28日、イランの首都テヘランの商店主が、通貨安やインフレによる経済難への抗議の声を上げた。抗議活動は瞬く間にイラン各地に広がり、1979年のイラン革命以来続くイスラム体制に対する抗議運動へと発展し、治安機関(警察、革命防衛隊、バシージなど)との激しい衝突が起き多数の死傷者を出すに至った[1]。イランメディアによると、その後、1月11日にイラン政府は声明を発表し、全国的に3日間の喪に服すると発表し[2]、12日に騒乱を非難するデモが各地で実施された[3]ことを機に抗議活動は鎮静化に向かいはじめたと考えられる。イランメディアの報道では、イランの安全保障理事会が、この騒乱で、民間人、治安関係者、暴徒を含めた総死者数は3,117人に上ったという声明を報じている[4]。

 イランでは2009年の大統領選挙後の騒乱以降、2017年、2019年、2022年と大規模な抗議活動で治安機関との衝突が見られ死傷者を出している。今回の騒乱がこれらと大きく異なるのは、抗議活動が始まって間もない時期に、イスラエルの諜報機関モサド、アメリカのトランプ大統領、パーラビ王朝時代の元皇太子でアメリカに亡命しているレザー・シャー・パーラビらが国外から、イスラム体制の打倒を公然と呼びかけた点である[5]。イラン政府がインターネットや国外からの電話サービスを遮断したのは、そのことへの対応でもあった。

 本稿では、今回イランで起きた国外からの支援の声を受けた大規模の抗議運動が体制打倒に至っていないことを確認した上で、トランプ体制による「力による平和」政策がイスラム体制をしくイラン政治に今後どのような影響を与えるかについて考察する。

ペゼシュキアン政権のすばやい対応

 今回の抗議活動のエスカレーションを止めるため、イランのペゼシュキアン政権は、治安関係者による取り締まり以外にも矢継ぎ早に対応策を繰り出した。国民が不満を持っている経済分野については、通貨の下落と高いインフレ率への対応として、12月29日に中央銀行総裁を交代させ[6]、1月3日には国民1人当たり月額1000万リヤルを4か月分支給すると公表している[7]。その後、1月11日には、ペゼシュキアン大統領が国営テレビで、国民に対し、暴徒や破壊工作員と抗議者とを区別した上で、政府は「抗議者の声を聴き、問題解決に全力を尽くしてきた」と述べ、政府による正義の推進と汚職・密輸の撲滅の取り組みを支援するよう呼びかけた[8]。

 また、外交面では、アラグチ外相を中心に、騒乱以前から取り組んでいるエジプト、カタール、サウジアラビア、オマーン、トルコなどとの二国間協議を精力的に行い、地域の安全保障問題について話し合っている。さらに、ペゼシュキアン大統領が1月16日にはロシアのプーチン大統領、同月30日にはトルコのエルドアン大統領と電話会談を行い、米国との関係について協議した。

 こうしたペゼシュキアン政権の内政・外交面での対応が、全国的な抗議運動の鎮静化をもたらした要因の一つといえるだろう。

イランの政権に対するトランプ政権の軍事力行使の留保

 一方、早い時期から抗議参加者への支援を表明したトランプ大統領は、その後も、「米国は助ける準備ができている」(1月10日)、「抗議を続けよ、機関を掌握せよ、支援は向かっている」(1月13日)と自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で呼びかけている[9]。また、1月12日には同SNSで、イランと取引を行う国には米国との取引で25%の関税を課すと具体的な投稿を行い[10]、空母「エイブラハム・リンカーン」を中心とする打撃群を南シナ海から中東地域に移動させるなど、イランに対してもトランプ大統領は「力による平和」政策を動かしはじめている[11]。

 しかし、報道によると、トランプ大統領は1月13日に対イラン軍事作戦についての説明を受けたが、その後、攻撃を控えた。その理由としては、翌日のネタニヤフ首相との電話会談で、①イスラエルはイランからの報復攻撃に対する準備が整っていないこと、②現時点での攻撃はイランの体制崩壊の決定的一撃にならないことが伝えられたことに加え、③イランが米軍の攻撃に対し近隣諸国にある米軍基地を対象に報復攻撃を行うと警告し、サウジ、UAEとトルコなどがアメリカに自制を要請したこと[12]を挙げている。

 トランプ大統領の軍事力行使の留保もイスラム体制の維持に寄与した。しかし、トランプ政権は軍事圧力を増強しており[13]、イランとオマーン、ジュネーブで交渉を行いつつも[14]抗議活動の再燃を待っているとも考えられる。

ハーメネイ体制下で拡大した治安機関の活動

 以上の2つの要因にもまして、抗議活動によるイスラム体制の打倒を難しいものにしているのは、イラン社会に埋め込まれている治安機関の活動といえる。イランは、1979年の革命以降、最高指導者ホメイニ師が主張したイスラム法学者の統治(ヴェラーヤテ・ファギー)によって国家運営がなされてきた。それは、イスラム法の執行により、イスラム共同体の統治と被抑圧者の救済、腐敗・堕落の除去などを実現しようとするものであった。

 1980年9月から約8年に及ぶイラン・イラク戦争が、政治体制内に戦争責任や戦後復興をめぐる対立をもたらした。さらに、戦後1年も経たない1989年6月にホメイニ師が86歳で亡くなると、宗教的、政治的な二重の権威と正当性に裏打ちされたイスラム体制は実質的に終焉した。それというのも、ホメイニ師の後任の最高指導者に、大統領としての政治経験を有するものの国家指導者としてのイスラム法学者の資格を満たしていないハーメネイ師が選出されたからである。

 宗教的権威をもたないハーメネイ師の就任に合わせて憲法が修正され、最高指導者の就任資格が変更された。また、複数の高位法学者による集団指導体制(3人ないし5人)の選択肢が削除され、最高指導者の権限として国家の政策方針の策定および監督権限が追加された。さらに、司法の領域についても集団体制の最高司法評議会が最高指導者の任命する最高司法権長に変更されるなど、ハーメネイ師の権力が強化された[15]。また、ハーメネイ師は軍事関係の制度改革を行い、自身の体制の安定化をはかるためイラン革命防衛隊を活用した。

 革命防衛隊は、1979年5月に革命とその成果を護持する役割を担うために創設され[16]、同年11月にはその下部組織としてバシージを置いた。また、革命防衛隊は、平時には災害救助、教育、村落開発の活動も行うことが規定されている[17]。ハーメネイ師は、とりわけ、バシージの治安活動を法的に容認し、1990年に治安維持法を成立させて国民の監視・弾圧を強めた。また、革命防衛隊はその傘下に建設、金融、住宅の事業体を設立し、戦後復興を担うことで経済分野でも活躍の場を広げ[18]、隊員の政治家や行政の要職への転出も見られるようになり、革命防衛隊ネットワークが形成されるようになる[19]。こうしてハーメネイ師の権力基盤が安定化するとともに、革命防衛隊とバシージはイラン社会の多様な分野に浸透していった。それは、大規模な抗議運動に対する迅速な対応にもつながっている。

イランのイスラム体制は終焉するのか

 2月6日、米国とイランの高官による交渉がオマーンで開催され、イランに交渉の機会を与えた。両国は交渉実施の合意を前に、会場、形式、交渉項目をめぐり対立していたが、中東地域の複数の指導者がトランプ政権に働きかけた結果、オマーンでのイラン核開発協議の8か月ぶりの再開のかたちとして実施されるに至った。これにより、イランは外交交渉による問題解決の機会を得られた。

 ただし、イスラエルのネタニヤフ首相は、交渉項目が核開発のみで、イランの弾道ミサイル開発の制限、親イラン武装組織への支援の中止を強く要求している[20]。トランプ大統領がこのネタニヤフ首相の主張を受け入れ、イランとの交渉でこの2点を突き付けた場合、交渉は決裂し、軍事衝突に結びつく恐れもある。

 長年の経済制裁でイラン経済は悪化の一途をたどる一方、制裁で利益を得ている政府要人や革命防衛隊関係者への国民の不満は高まっている。また、ハーメネイ最高指導者の高齢化とともにイスラム体制の国内統制力は失われつつある。抗議活動が再燃した場合、弱まりつつある体制は再度、力による鎮静化をはかるだろう。その時、「力による平和」を掲げるトランプ政権は体制転換を目的とする武力行使をためらわないと考えられる。しかし、その結果、ハーメネイ師の統治は終わっても、革命防衛隊を中心とする新たなイスラム体制が生まれる蓋然性がないわけではない。

(2026/02/20)

脚注

  1. 1 Ghoncheh Habibiazad and Alys Davies, “Deadly clashes between protesters and security forces as Iran unrest grow,” BBC, January 2, 2026; Sarah Shamim, “What we know about the protests sweeping Iran,” Al Jazeera, January 12, 2026.
  2. 2 “Iran announces 3-day mourning for martyrs of ‘Daesh-like aggression fueled by US, Israel’,” Press TV, January 12, 2026.
  3. 3 “Iranian nation delivered crushing response to enemy plots amid nationwide rallies: Pezeshkian,” Press TV, January 12, 2026.
  4. 4 “‘Full-scale atrocity’: Iran security body reports 2,427 martyrs in US-Israeli-led riots,” Press TV, January 21, 2026. なお、Reutersは、1月14日に人権団体HRANA(拠点はアメリカ)が抗議デモに関連した死者数は2,571人(デモ参加者2,403人、政府関係者147人、18歳未満12人、デモ非参加民間人9人)と発表したと報じている。“At least 2,571 killed in Iran's protests, Trump says 'help is on the way',” Reuters, January 14, 2026.
  5. 5 例えば、イスラエルについては、“Israel’s Mossad Tells Iranian Protesters ‘We Are with You’,” Asharq Al-Awsat, December 31, 2025トランプ大統領については、“Trump says US will intervene if Iran violently suppresses peaceful protests,” Reuters, January 2, 2026 、パーラビ元皇太子については、Mohammad Mansour, “Who is Reza Pahlavi? The exiled ‘prince’ urging Iranians to ‘seize cities’,” Al Jazeera, January 12, 2026を参照のこと。
  6. 6 “Iran's central bank chief resigns, pending president's approval, state media says,” Reuters, December 29, 2025.
  7. 7 “Iran widens food subsidy coverage amid rising living costs,” Press TV, January 3, 2026.
  8. 8 “President Pezeshkian calls on citizens not to let ‘rioters and terrorists’ destabilize Iran,” Press TV, January 11, 2006.
  9. 9 トランプ大統領の10日の投稿については、Haley Ott and Kerry Breen, “Trump's threats to Iranian leaders are inspiring protesters but might not deter crackdown, analysts say,” CBS News, January 10, 202613日の投稿については、Richard Hall, “Trump Tells Iranian Protesters ‘Help Is On Its Way,’ Signaling Possible U.S. Military Action,” Time, January 14, 2026を参照。
  10. 10 Elisabeth Buchwald, “Trump ‘immediately’ imposes 25% tariffs on countries that do business with Iran. That could include China,” CNN, January 14, 2026. なお、2月6日、トランプ大統領は、イランとの貿易を継続する国に追加関税を課すとの大統領令に署名した。Tabby Wilson, “Trump threatens tariffs for countries trading with Iran,” BBC News, February 7, 2026.
  11. 11 Zachary Cohen and Brad Lendon, “US carrier strike group could bring dozens of fighter jets and Tomahawk cruise missiles to Persian Gulf,” CNN, January 16, 2026.
  12. 12 「ネタニヤフ氏警告で見送り:イラン攻撃、「裏ルート」も機能―トランプ氏」『時事通信』2026年1月20日; Sean Mathews, “'The weave': Trump believes time is on his side to attack Iran, sources say,” Middle East Eye, January 15, 2026; Edward WongTyler Pager and Eric Schmitt, “Israel and Arab Nations Ask Trump to Refrain From Attacking Iran,” New York Times, January 15, 2026.
  13. 13 Richard Irvine-Brown and Alex Murray, “US build-up of warships and fighter jets tracked near Iran,” BBC, February 17, 2026.
  14. 14 オマーンでの交渉に続き、2月17日にはスイスのジュネーブで交渉が行われ、アメリカ、イラン共に進展があったと認めている。Peter Bowes and Chris Graham, “Iran says 'guiding principles' agreed with US at nuclear talks,” BBC, February 18, 2026.
  15. 15 吉村慎太郎『イラン・イスラーム体制とは何か』書肆心水社、2005年、236-241頁。
  16. 16 イラン共和国憲法、第150条。
  17. 17 同上、第147条に沿った活動。なお、1982年9月に成立した革命防衛隊基本法で、国民動員部門のバシーシの活動が規定された。
  18. 18 佐藤秀信「革命防衛隊をめぐるイランの政軍関係の変容」『アジ研ワールド・トレンド』No.182、2010年、8-11頁。
  19. 19 革命防衛隊ネットワークのなかから、同隊出身のアフマディネジャド大統領が誕生した。同大統領の時代に、バシージは公的教育分野との協力関係も深めていった。
  20. 20 Daniel Bush, “Trump tells Netanyahu Iran nuclear talks must continue,” BBC, February 12, 2026.