はじめに

 日本政府は、官民が連携した海事クラスター[1]の強化に取り組んでいる。こうした取り組みの背景には、日本の海事クラスターの国際競争力の低下がある。特に造船業においては、造船受注の世界シェアは約8%まで縮小し、中国・韓国が圧倒的優位に立っている。このため政府は日本の造船業の再構築を目的に、2025年12月26日、「造船業再生ロードマップ」を策定し公表した[2]。国土交通省の資料では「安全保障環境が複雑化する中で、重要物資の供給途絶、技術移転強要等の我が国の自律性・不可欠性を喪失するリスクに対応するため、サプライチェーン全体や同業他社の企業間の連携・再編が一層重要となっている」[3]と述べられているように、強く経済安全保障の視点を重視している。一方、伝統的な安全保障の領域では、「艦船・官公庁船の建造・修繕体制の構築」[4]として、最新設備の導入など製造等の工程の効率化に留まっている。

 筆者は、このロードマップの下、日本の造船業をはじめとした海事クラスターの強化に向けてさまざまな取り組みが進められることは歓迎すべきことであると考えているが、戦争や武力衝突からの防衛といった国防に関する視点からの検討事項が少ないことを危惧している。そこで、本考では安全保障のリスクを挙げた上、それに対応できる日本の造船業の再構築について検討したい。

海事クラスターに係る国内外の安全保障上のリスク

 政府が海事クラスターを強化している背景には、冒頭で述べたように、造船業の世界シェアの低下に加えて、近年の国際安全保障環境の変化によるところが大きい。

 まず、日本の造船業の構造的弱点について現状を確認しておきたい。日本の主要造船所は、瀬戸内海や北部九州に集中している。したがって南海トラフ地震や日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に対するレジリエンスはあるものの、造船業の拠点に偏りがある。日本海側の主要造船所は、ジャパン・マリン・ユナイテッド舞鶴事業所および新潟造船のみである。また、造船企業の規模の相対的小ささによるコスト競争力およびロット受注力の劣後や技術者の減少・分散による開発力や顧客対応力の劣後、設計・現場における高齢化および人材不足、海外展開実績の少なさ、そして具体的なものとして2019年以降、LNG運搬船の建造実績がないというリスクがある。こうした構造上のリスクに加えて、日本の造船業は、中国・韓国における造船所統合による競合の巨大化や品質・技術力の向上、中国の受注量急増による市場支配力の強化などによって海事クラスターの存続が脅かされている。

 そして、何より、トランプ大統領による関税措置や中国による軍民両用(デュアルユース)物資の対日禁輸措置などの環境の変化が日本の造船業のリスクとなっている。米国の関税措置については、北米輸出入航路に大きな混乱と輸送コストの上昇および生産拠点を中国から東南アジアやその他の国へ移転する動きがある。グローバルな物流ネットワークの変更に伴うサプライチェーンの再編を生んでいる。中国の新たな軍民両用品目の「輸出規制管理リスト」掲載者向けの輸出禁止[5]については、日本のレアアースの約7割を中国からの物資に頼っていることから経済に影響を及ぼす可能性が高い。これら米中の措置は、グローバルな物流ネットワークの変更に伴うサプライチェーンの再編やリスクを生んでおり、日本の造船業にとって「向かい風」となっている。

日本の造船業が抱える安全保障上の課題

 日本の造船業の世界シェアが低下していることは、冒頭で述べたとおりであり、日本船主の1年間の造船需要を下回り、海外の造船所に頼らざるを得ない状況にある。「造船業再生ロードマップ」でも、2024年の年間建造量は約900万総トンまで減少し、中国・韓国に比べて生産現場の自動化が遅れており、鋼材高騰や人材不足も深刻なため、22年以降、船主の発注の3~4割が中国メーカーというように国内需要すら海外に依存せざるを得ない状況と指摘されている。

 この課題を受け、2035年までに年間建造量を1,800万総トンに倍増し、世界シェア2割程度へ回復することを目指し5本柱を示した。また資金・投資体制として、官民で1兆円規模の投資。政府は今後10年間で計3,500億円規模の「造船業再生基金」を設立し、自動化・省人化設備や造船所の整備を3段階で支援することとしている[6]。これを受け、三菱重工業(MHI)と今治造船の共同設計会社への海運大手3社の出資や、三井E&Sの造船事業の常石造船への集約など、業界再編が動き出している[7]。さらに2026年1月、国内最大手の今治造船が国内第2位のジャパン マリンユナイテッド(JMU)社を子会社化し、世界4位の造船量を誇る規模(国内シェア50%超)の造船所となるなど海事クラスターの強化が始まっている[8]。

 日本の海上警備・防衛に係る造船業も、近年の日本周辺における厳しく複雑な安全保障環境に対応するため、海上自衛隊や海上保安庁の艦船隻数を急増させている。例えば、海上自衛隊では「もがみ」型護衛艦(FFM)を年2~3隻のペースで建造し、最終的には「新型FFM」を含め24隻体制を目指すとされ[9]、またイージス・システム搭載艦2隻も建造中である[10]。海上保安庁は、総トン数約31,000トンの史上最大級警備船である大型巡視船(多目的型)の就役を目指している[11]。加えて「宮古」型巡視船は9隻の整備を計画し、2028年までに完了することとしている[12]。さらに日本は巡視船や哨戒艇の海外移転も行っている[13]。これに加え、2025年、オーストラリアが日本の海上自衛隊の「もがみ型護衛艦」をベースにした新型FFM(フリゲート艦)の導入(計11隻、約1兆円)を決定、最初の3隻をMHIで建造、残りはオーストラリア国内の造船所で製造する日豪防衛協力の象徴となる大型プロジェクトが計画されている[14]。

 こうしたことから、造船に対するニーズが強く出ており、いわゆる国営軍需工場「工廠」復活の議論も出始めている。具体的には、政府が施設を保有し民間事業者(企業)が運営する方式であり、米国などが既に採用している方式であるGOCO(Government-Owned, Contractor-Operated)の活用による設備投資の拡充である[15]。

 そして造船業に従事する日本人就労者数は、2025年現在約7万7千人であり、減少傾向が継続している。一方でコロナ禍期に落ち込んだ外国人材の数がここ数年再び増加(2025年現在約1万5千人)し、就労者数全体については減少傾向に歯止めの兆しがある[16]。

日本の造船業の再構築

 安全保障的視点からの日本海事クラスターの強化は日本の国益に直結する課題である。今回、政府から発表された「造船業再生ロードマップ」は、「日本成長戦略会議」の「戦略分野分科会(造船WG)」で検討されてきた指針であり、非常時や有事における検討が少ない[17]。このことから非常時や有事、さらには防衛能力の抜本的強化を想定した造船業の再構築についていくつか提言を述べたい。

 まず造船業と海上輸送船舶のバランスから、「造船業再生ロードマップ」においても示されている現在の船舶建造需要(約900万総トン)を[18]、日本の安全保障確保のため、少なくとも日本船主の船腹量の約1,800万総トン(約2倍)までに増強する必要がある。また、主要港湾とともに造船所、舶用工業所も全国に分散させておくこともレジリエンス確保のため重要である。これにより建造・修理・寄港の強靭性が確保でき、さらに全国に所在する自衛隊の艦艇、海上保安庁の巡視船の建造と修理、装備(舶用)品の作成、保管の確保態勢も維持できる。

 また、安定した海上警備・防衛に係る造船・修理を維持するためには、GOCO方式(工廠)を早期に導入し、運用することが求められる。日本の造船業の競争力を高めることで、自衛隊の艦艇、海上保安庁の巡視船、さらには水産庁の漁業監視船などの船舶を安定して保持することができる。GOCO方式(工廠)導入時には、輸出規制の問題に対応するため、中国に頼らない原料・製品の発掘、輸入や製造を考慮する必要がある。

 そして、造船業就労者減少への対策の一環としては、日本人就労者育成のため、造船・船舶工学専門学校への支援、学生授業料無料化など政府としての支援や外国人労働者確保のための継続した努力、また海上自衛隊は横須賀、呉、舞鶴、佐世保、大湊に造修補給所を有しており、この中には制服自衛官、事務官、技官を有している。そうした自衛隊員退職後の造修に関する予備自衛官登録や造船業への再就職についても今後は検討が必要である。

おわりに

 本論では、安全保障的視点から日本海事クラスター、特に造船業に焦点を当て分析を行った。戦後最も厳しく複雑な安全保障環境下にある日本において、さらに2026年2月28日には、アメリカとイスラエルによるイランへの大規模な軍事攻撃が開始され、執筆時点でも継続している。イランの報復としてイラン革命防衛隊がホルムズ海峡封鎖を宣言し、日本関連船舶だけでもペルシャ湾内に44隻が滞留しており[19]、日本の海上輸送とサプライチェーンに対する重大なリスクを露呈している。造船業は経済安全保障の文脈においても、その強化が求められることはもちろんであるが、今回のような地政学的リスクを踏まえると、例えば非常時に商船を護衛できる護衛艦や巡視船の量的能力の維持・増強や特定海域で航行停止や滞留が発生した場合でも特定海域以外での輸出入を継続するだけの代替輸送能力や余裕を持った船舶の保有・確保が必要である。このように非常時や有事にも対応できる国家的戦略としての造船業でなければならない。

 そのためには、政府主導によりオール・ジャパンでの官民協力の上での再構築を進める必要がある。日本成長戦略会議において議論されている造船業の強化であるが、造船WGの関係行政機関オブザーバーとして参加しているのは、防衛省ではなく防衛装備庁となっている。一方、防衛産業WGにおいてどこまで海上警備・防衛に係る造船・修理の維持が検討されるのかは未知数である。また分野横断的課題へ対応する分科会ともなっていない[20]。筆者は、海上警備・防衛に係る造船・修理の維持の検討がWGの隙間分野(gaps)となることなく議論を進めることが重要であると考えており、今後の安全保障視点を含めた海事クラスター強化の議論に期待したい。

(2026/03/09)

脚注

  1. 1 海事クラスターとは、様々な産業が直接・間接に関係する産業群のことを、ぶどうの房(クラスター)が隣り合って密集していることになぞらえて産業クラスターといい、特に海事産業群を「海事クラスター」と呼ぶ。日本の海事クラスターは、海運業、造船業を中核に舶用工業や港湾運送のほか、法務、金融、保険などといった業種が広がる形で構成されている。「用語解説:海事クラスター」日本船主協会、2026年3月2日アクセス。
  2. 2 「造船業再生ロードマップ」国土交通省、2025年12月26日。
  3. 3 「基礎情報・関連施策」国土交通省、2025年12月26日、23頁。
  4. 4 「基礎情報・関連施策」19頁。
  5. 5 「中国、計40の日本企業・組織を輸出管理コントロールリストと注視リストに掲載、両用品目の輸出を禁止・審査厳格化」ビジネス短信、日本貿易振興機構(JETRO)、2026年2月26日。
  6. 6 「2035年に必要な我が国の船舶建造能力確保を目指します~「造船業再生ロードマップ」の策定~」国土交通省、2025年12月26日。
  7. 7 「造船業、再編で強じん化 世界シェア2割へ工程表―国交省・内閣府」『時事ドットコム』2025年12月26日。
  8. 8 「基礎情報・関連施策」、5頁。
  9. 9 高橋浩祐「海自もがみ護衛艦の能力向上型「新型FFM」の建造計画が明らかに 豪フリゲート受注獲得に熱意」『ヤフー・ニュース』、2025年7月3日。
  10. 10 「イージス・システム搭載艦の建造契約締結について」防衛省、2024年9月18日。
  11. 11 海上保安庁「令和7年度海上保安庁関係予算概算要求概要」2024年8月。
  12. 12 海上保安庁「令和7年度海上保安庁関係予算概算要求概要」10頁。
  13. 13 2022年、大型巡視船(JMU建造)2隻、さらに5隻をフィリピンへ供与することとしている。また2006年、インドネシア海上警察へ巡視艇3隻を無償資金協力で供与、2023年日本の水産庁が所有していた漁業監視船2隻を改修・供与している。2023年には大型巡視船1隻を無償貸与で合意している。さらに2025年に日本の新たな安全保障協力の枠組み「政府安全保障能力強化支援(OSA)」のもと、インドネシア海軍へ高速哨戒艇2隻(MHI建造)を供与することが承認されている。
  14. 14 「防衛大臣記者会見(令和7年8月5日)」防衛省、2025年8月5日。
  15. 15 「我が国造船業再生のための緊急提言」自由民主党政務調査会、海運・造船対策特別委員会、経済安全保障推進本部、2025年6月19日。
  16. 16 「基礎情報・関連政策」7頁。
  17. 17 「今後深堀りしていくテーマ(案)」(資料7)国土交通省、2025年12月23日。
  18. 18 「造船業再生ロードマップ」6-7頁。
  19. 19 「ホルムズ海峡封鎖、日本関係船44隻が湾内に 海運業界団体が対策会合」日本経済新聞、2026年3月4日。
  20. 20 「成長戦略の検討体制」内閣官房日本成長戦略本部事務局、2025年12月、2頁。