日本時間で2021年9月15日、米英豪の首脳が共同ビデオ記者会見を行い、三ヶ国の安全保障協力をめぐる新たな枠組みを発表した。三ヶ国の国名の頭文字をとって「AUKUS」と名付けられたこの枠組みは、防衛科学やサイバー、人工知能(AI)、量子技術等に関する協力を念頭においたものとされる。その最初の案件として、豪州による原子力潜水艦の取得を英米が支援すること、そのための準備期間として、今後18ヶ月にわたり生産スケジュールを含む細部を検討することが発表された[1]。実現すれば、豪州は原子力潜水艦を保有する7番目の国となる。

 AUKUSは三ヶ国の徹底した情報管理の下に構想が進められたものであり、多くの専門家や実務家にとっても「寝耳に水」の発表であった。報道によれば、同構想はそもそも豪州が2021年3月に英国や米国に持ちかけた結果、実現したものであったという[2]。そこで以下、現時点(2021年9月27日)で明らかとなっている事実を下に、主として豪州側の観点から、AUKUSが誕生した背景と、その課題について考えてみたい。

豪州の次期潜水艦取得をめぐる問題

 まず、大前提として押さえておかなくてはならないのが、豪州の次期潜水艦の取得をめぐる問題である。2016年4月、マルコム・ターンブル政権は、豪州の次期潜水艦の共同開発相手としてフランスのDCNS(現ナバル・グループ)を選定した。採用された案は、DCNSが開発する原子力潜水艦「バラクーダ」をディーゼル潜水艦に改修したもの(後に「アタック級」と命名)であり、日本が推した「そうりゅう」型潜水艦の改修版(通称「ごうりゅう」)や、ドイツの216型潜水艦を抑えての選定であった。

 豪側の報道によれば、事前に有望視されていた「そうりゅう」型が選ばれなかった理由は、主としてステルス性をはじめとした技術的な問題であった[3]。豪州政府はまた、日本が競合評価プロセス(CEP)に最新の技術を提供しなかったことに不信感を抱き、それが「そうりゅう」型落選の決め手となったとも言われる[4]。もっとも、あくまでも将来設計としてのフランス製やドイツ製の計画に比べ、既に現役で活動していた「そうりゅう」型のステルス性能を比較することについて、日本側には不公平感も存在した[5]。また生産スケジュールの面から見ても、デザイン設計を一から始める「アタック級」に比べ、既に完成品の存在する「そうりゅう」型の方が有利なことは明らかであった。

 そもそも原子力潜水艦の推進装置を通常動力に切り替えるという構想自体が前代未聞のことであり、その実現可能性については当初より識者から疑問が投げかけられていた[6]。実際、「アタック級」の計画は遅延を重ね、2020年1月の段階で、そのデザイン設計には既に9ヶ月の遅れが生じていた[7]。その間、当初は500億豪ドル程度と見積もられていた建造コストは900億豪ドル(約9兆8400億円)に膨らみ、さらにその後のメンテナンスを含めると、2080年までに1450億豪ドルもの莫大な費用がかかるとの試算も出ていた。

 計画の遅延の結果、当初は2020年代半ばとされていた次期潜水艦の就役は、2030年代半ばから後半にまでずれ込むことになった。現有の「コリンズ級」潜水艦が最初に退役を迎えるのは2026年とされており、その結果豪州の潜水艦保有に「ギャップ」が生じることになる。豪側は、この問題に対して「コリンズ級」の改修により耐用年数を10年間伸ばす方針を立てたものの、その実現可能性については多くの不確実性が伴っていた。最悪の場合、2030年半ばに豪州が保有する潜水艦は「ゼロ」という可能性すら取り沙汰されていたのである[8]。

 その結果、2021年2月にモリソン政権は新たな潜水艦計画に関する独立した再検討を行うことを決定した。翌月には豪州国内産業に60%の利益が還元されることを含めたナバル・グループとの新たな合意を締結したものの、同月原潜導入に関する豪側の希望が英国と米国に伝えられていたのは、冒頭で述べた通りである。報道によれば、2021年6月のG7会合後のマクロン・仏大統領との会談で、モリソン首相は潜水艦計画が「正常の軌道に戻った」と伝えていた[9]。ところがその直前にバイデン大統領とジョンソン首相と会談したモリソン首相は、冒頭で挙げた原子力潜水艦取得の希望を伝えていたという[10]。AUKUSが発表された9月には、ナバル・グループとの契約を2年半延長する合意が結ばれる予定であった[11]。

戦略環境の悪化と原潜保有論の復活

 そもそも豪州には、原潜の取得を求める声が根強く存在した。広大な海に囲まれた豪州にとって、南シナ海やインド洋といった戦略的な要衝にアクセスする上でも、通常型の潜水艦に比べ航続距離が長く、スピードやパワーの面でも優れた能力を発揮する原子力潜水艦を取得する戦略的意義は大きかった。実際、ターンブル前首相はその回顧録の中で、原潜の導入がフランスを次期潜水艦の共同開発相手国に選定した理由であるとの見方を否定しつつも、同決定により、豪州が将来的に原潜を運用する可能性を残したことの意義を強調している[12]。

 その一方で、原潜の保有には大きなリスクも伴う。特に原子力産業を持たない豪州にとって、原子炉の運用や放射性廃棄物の処理といったノウハウを構築するには、数十年単位の期間を要することが予想される。そもそも、原子炉や核の濃縮、燃料製造や再処理のための施設の建設や運用は、豪州の法律によって禁じられている[13]。無論、米国や英国の原潜をリースするという方法もあるが、その場合燃料や管理を含めて米英に大きく依存することとなり、潜水艦の運用における豪州の主体性は大きく損なわれるとの見方もある[14]。また中国を含む地域諸国が、豪州の原潜運用に警戒感を高めることも予想される[15]。

 こうしたリスクにも関わらず米英との協力に基づく原潜の導入に踏み切った背景には、前述の次期潜水艦取得をめぐる問題に加え、豪州を取り巻く戦略環境の悪化があった。特に潜水艦の共同開発相手国がフランスに決定した2016年から2017年にかけ、中国による南シナ海の軍事化や南太平洋における影響力の拡大、豪州に対するサイバー攻撃や政治干渉などに対する警戒感が、豪州の中で急速に高まっていた[16]。さらに2020年4月に豪州が新型コロナウィルスの発生源をめぐる独立調査を要求すると、これに反発した中国は豪州からの輸入品の差し止めや追加関税措置等の報復を行い、豪州側の大きな懸案事項となっていた。

 2020年7月に豪州国防省が発表した『防衛戦略アップデート』[17]は、米中間の戦略的競争の激化やパンデミックにより急速に悪化する戦略環境を踏まえ、継続的な国防費の拡充と、長距離打撃能力の強化や極超音速兵器導入の検討を含む、防衛力の大幅な拡張を掲げた。『アップデート』はまた、豪州に対する通常戦力による攻撃が発生するまでに10年間の「警戒期間」が存在するとの従来の前提が、長距離兵器の発達やサイバー攻撃といった新たな脅威の台頭により、「もはや適当ではなくなっている」との見方を示したのである[18]。

 2021年4月には過去に国防省や情報機関で要職を担当したマイク・ペッツーロ内務大臣が、「緊張や恐怖が永続的に高まる世界において、戦争のドラムが鳴っている」と発言し、波紋を呼んだ[19]。同じ頃、ピーター・ダットン国防大臣は、台湾海峡における米中紛争の可能性を「排除すべきではない」と発言し、同盟国や友好国と緊密に連携することの必要性を強調した[20]。中国側のスポークスマンはこうした発言が「台湾の独立勢力に誤ったシグナルを送る」ものであるとし、反発を示していた[21]。

 仮に台湾海峡や南シナ海で米中間の紛争を勃発した場合、米国の同盟国である豪州は高い確率で米軍に対し何らかの支援を行うことが予想される。その場合、前述の通り航続距離やスピードに優れた原潜の存在は、豪軍のより迅速かつ長期間に渡る対米支援を可能とすることが期待される。特に豪州はトマホーク型の巡航ミサイルを導入することも報道されており、その原潜への搭載は対潜戦において弱点を持つ中国海軍に対する大きなアドバンテージとなるとも言われる[22]。こうした戦略上の利益が予想されるコストを上回った結果、今回の豪州の判断に至ったものと考えられる。

豪州にとっての課題

 このように、原潜の導入は豪州に大きな戦略上の利益をもたらす可能性を秘めているものの、その前途は必ずしも洋々ではない。第一に、原潜の導入には「アタック級」で見積もられていた900億ドル以上の費用がかかることが指摘されている[23]。また、その最初の就役は早く見積もっても2030年代後半から2040年となることが予想されており、「潜水艦ギャップ」の問題は依然として残ることになる。こうした問題に対処するため、最初の数隻を米国か英国で建造する可能性も取り沙汰されているものの、その場合豪州での建造を求める国内勢力との調整をどのように行うかという問題もある[24]。

 また、米国の「ヴァージニア級」か、英国の「アスチュート級」原潜のいずれかを導入するかは、今後の検討課題とされる。両者のハイブリッド型を建造する話もあるが、その場合「アタック級」のような混乱が生じる可能性も懸念される[25]。加えて、国内で建造する場合、核を扱うことのできる専門家を含めた労働力の確保が急務となる。そのためには産業界や海軍で数千人単位の核の専門家を育成する必要があるとも言われており、多くの時間とコストを要する[26]。さらに核の安全レジームの構築や、海軍基地の拡張等原潜の安全な運用に向けた体制を整備する必要もある[27]。

 こうした点に加え、豪州が取り組まなくてならない問題が、今回の決定により極度に悪化したフランスとの関係改善と周辺国への安心供与である。豪州の決定に激怒したフランスの外相は、在豪大使の召喚を決定し、米豪の対応が「同盟関係や、欧州にとってのインド太平洋地域の重要性という考え方そのものに関わってくる」との見方を示した[28]。これまで豪州は、二国間安保協力や豪印仏等の「ミニラテラル」な協力の強化を通じて、インド洋への関与を含めるフランスとの戦略的パートナーシップの強化を図ってきた。特に南太平洋における中国の影響力の拡大阻止という点で、フランスやニュージーランドとの協力は依然として重要であり、今後の関係改善に向けた取り組みが求められる。

 より本質的な問題として、AUKUSが「アングロサクソンの同盟」と周辺国に見られることが、今後の豪州のインド太平洋政策においてどのような影響を及ぼすかという問題がある。歴史的にも文化的な面においても、米英豪の連帯が強靭であることは言うまでもない。その一方で、豪州は特にイギリスがアジアから撤退した1960年代後半以降、アジアへの関与の強化を模索してきた。冷戦後の1990年代には、「アジアからの安全」よりも「アジアにおける安全」を求めるとしたポール・キーティング首相の下、豪州の「アジア化」が進められた。中国との経済関係の強化や安全保障面を含む日本との関係強化も、こうした豪州の「アジア化」路線の結果強化されてきたという側面を持つ。

 その後、英国が欧州連合を離脱したことで、「アングロスフィア」と呼ばれる英米加豪NZの結束強化を求める声も聞かれるようになった[29]。実際、豪州の中ではブレクジットを歓迎し、また米のアジア関与が強まるという観点から、アフガニスタンからの米国の撤退を歓迎する声も少なくない[30]。今回のAUKUSへの参加についても、それが米中どちらか一方の「選択」を否定した従来の対外路線の終焉であり、米英との強固な結束により中国の台頭を封じ込めるという、ANZUS条約以来の豪州にとっての大きな決断であったとの見方もある[31]。

 それは、多くの部分において中国の行動が招いた結果であり、また米国以外に安全保障上頼れる国のない豪州にとって、必然的な選択だったのかもしれない。その一方で、インド太平洋地域の将来には日本やインド、インドネシアといったアジア諸国に加え、欧州連合も関心を強めており、これらの国々との協力なしには、安定的な秩序を維持することは困難である。それゆえ、特にハイエンドな軍事面においては米英との関係を強化しつつも、同時に伝統・非伝統的な領域を含む様々な課題への対処や、インフラ支援及びサプライチェーンの強靭化といった問題において、豪州は日本を含む地域諸国との関係をいっそう強化していく必要がある。AUKUSへの参加が、単なる豪州の「先祖返り」ではないことを示すために、よりバランス感覚のある外交政策をとることが求められているのである。

(2021/9/28)

脚注

  1. 1 The White House, “Remarks by President Biden, Prime Minister Morrison of Australia, and Prime Minister Johnson of the United Kingdom Announcing the Creation of AUKUS,” September 15, 2021.
  2. 2 Larisa Brown, “Like a scene from le Carré ’: how the nuclear submarine pact was No 10’s biggest secret,” The Times, September 18, 2021.
  3. 3 Cameron Stewart, “Stealth sealed deal for French bid,” The Australian, April 26, 2016.
  4. 4 “Set Japan ties back on track”, The Australian, May 6, 2016.
  5. 5 Cameron Stewart, “Japan in pain over subs veto,” The Australian, June 15, 2016.
  6. 6 小谷哲男「日豪潜水艦共同開発という幻 異なる潜水艦運用」WEDGE Infinity, 2016年5月6日。
  7. 7 Australian National Audit Office, “Future Submarine Program — Transition to Design,” January 14, 2020.
  8. 8 David Feeney, “The submarine capability gap,” The Interpreter, November 23, 2020.
  9. 9 Anthony Galloway, “'Lost the plot': How an obsession with local jobs blew out Australia's $90 billion submarine program,” The Sydney Morning Herald, September 14, 2021.
  10. 10 Ibid.
  11. 11 Ibid.
  12. 12 Malcolm Turnbull, A Bigger Picture, Hardie Grant Books, 2020 (Kindle Edition), p.343.
  13. 13 Ibid.
  14. 14 Georgie Moore, “Labor sovereignty warning over submarines”, The West Australian, September 23, 2021.
  15. 15 松本史「原潜開発の豪首相『核武装を目指さず』周辺国は警戒」『日本経済新聞』(ウェブ版)2021年9月16日。
  16. 16 佐竹知彦「豪州 対中関係悪化の苦悩―主権維持と経済的利益の狭間で」『外交』Vol. 65, Jan./Feb. 2021, 58-63頁。
  17. 17 Department of Defence, 2020 Defence Strategic Update, Commonwealth of Australia, July 1, 2020.
  18. 18 Ibid., p. 14.
  19. 19 Colin Packham, “Australian official warns drums of war are beating,” Reuters, April 27, 2021.
  20. 20 Lidia Kelly, “Chance of China, Taiwan conflict should not be discounted - Australian defence minister,” Reuters, April 25, 2021.
  21. 21 Ibid.
  22. 22 David Kilcullen, “A crucial step for self-reliance — but the devil is in the detail”, The Australian, September 18, 2021.
  23. 23 Anthony Galloway, “Nuclear-powered submarine decision courageous but is it too late?”, The Sydney Morning Herald, September 16, 2021.
  24. 24 Cameron Stewart, “AUKUS alliance: How to avoid making the same mistakes on subs”, The Australian, September 17, 2021.
  25. 25 Ibid.
  26. 26 Tim Dodd, “AUKUS alliance: Submarines will require thousands of trained nuclear specialists”, The Australian, September 16, 2021.
  27. 27 Peter Jennings, “AUKUS alliance: We need to pool our defence capabilities”, The Australian, September 17, 2021.
  28. 28 疋田多揚、園田耕司「仏政府、米豪から大使召還 潜水艦契約破棄めぐり『背中刺された』」『朝日新聞』(デジタル版)2021年9月19日
  29. 29 Andrew Roberts, “It’s Time to Revive the Anglosphere,” The Wall Street Journal, August 8, 2020.
  30. 30 Peter J. Dean, “Why the tragic Afghanistan withdrawal should reassure US allies in Asia,” Atlantic Council, August 30, 2021.
  31. 31 Paul Kelly, “AUKUS pact is the biggest strategy shift of our lifetime”, The Australian, September 18, 2021.