はじめに

 2025年6月に始まったイスラエルによるイラン攻撃、両国による応酬は、アメリカによるイラン核施設攻撃とイランによる在カタールアメリカ軍基地攻撃へと展開した。その後、トランプ大統領によって停戦が発表され、同大統領が「12日間戦争(the 12 day war)」[1]と呼ぶ軍事衝突が一応の終わりを迎えた。一方で、2023年10月から続くガザでの戦闘については、ハマスとイスラエルによる停戦交渉が続けられている。

 現在(2025年7月15日時点)は、イスラエル・イラン間の停戦がいつまで続くか、イスラエルはいつ攻撃を再開するか、いつガザで停戦合意がなされるかが注目されている。しかし、中東の今後を考えていく上では、イスラエルを一方的に擁護するわけではないが、直近の動きだけでなく、1948年5月の独立以来続いているイスラエルの自国の生存確立のための戦争がどう続くのか、あるいは終わる時は来るのかという大きな視点、現実的な視点から検討していくべきではないだろうか。

 本稿では、イスラエルを中心に、アメリカやイランなど国際社会のこれまでの動きを確認しつつ、今後の中東情勢と国際社会及び日本がどのように対応すべきかその選択肢について述べる。

イスラエルから見た中東情勢

 今回の「12日間戦争」は、1948年5月の独立以来、イスラエルが続けている自国の生存を確保・確立するための戦争の一環であることをまず確認しておきたい。イスラエルが独立した際、イスラエルを承認するアラブ諸国はなかった。20世紀は、4度の中東戦争を行い、エジプト、パレスチナ解放機構(PLO)及びヨルダンとの平和条約を結んだが、イスラーム革命を経たイランによる敵対が始まった。今世紀になって、アラブ連盟が二国家解決を条件にイスラエルを承認する姿勢に転じ、2020年にはアラブ首長国連邦(UAE)とイスラエルが国交を結び、続けてバーレーン、スーダン、モロッコも国交正常化に合意した(いわゆる「アブラハム合意」[2])。しかし、イランとその影響下の勢力によるイスラエル攻撃は続き、イスラエルはそれに応酬し続けた。

 2023年10月7日、ハマスのイスラエル攻撃により始まった、イスラエルの自国の生存を確保・確立するための戦争は、2024年12月のシリア・アサド政権の崩壊と相俟って、中東においてイスラエル一強とも言える状況をつくりだした[3]。そして、今年1月の第2次トランプ政権の始動により、イスラエルに対し強い影響力を有しているアメリカは、イスラエルの行き過ぎた行動を制することなく、逆に同国の動きを支援する立場に転じた。こうしてみれば、「12日間戦争」は、イスラエルの自国の生存を確保・確立するための戦争の一幕であることは明らかである。

 現時点で、イスラエルに軍事的に敵対するのは、シリアにおけるトルコとの確執[4]を除けば、イラン及びイエメン・ホーシー派のみであり、その中でイスラエルの安全保障にとって大きな脅威となるのは、イランの核能力・大量破壊兵器運搬手段である。「12日間戦争」の中で、イスラエルはこの脅威を排除すべく、アメリカを引き込み核施設への攻撃を実現させたのではないかと考えられる。

 イランの核開発再開については、イスラエル、アメリカそれぞれが評価をしている。アメリカは交渉を通じてイランの核開発再開を止めようとしているが、イスラエルは交渉が滞り、核開発再開の情報を得れば、イランの核施設攻撃を行うものと予想される。イスラエルの安全保障にとって極めて重要だからである。そもそもイスラエルは、イランのイスラーム革命体制をユダヤ国家存続の脅威とみなしている[5]。そのイランが核兵器をもつことになれば、脅威の大きさはこれまでとは比べ物にならないほどとなる[6]。また、イランが核兵器を持てば自国も持つとしているサウジアラビアなどに核兵器が拡散していき、イスラエルの安全保障構想が根底から揺るがされる。

 パレスチナに関して言えば、イスラエルの生存を認めず、逆に脅かす勢力であるハマスの消滅という目的を超え、ガザ地区の200万人もの住民の生存を脅かすとともに、ヨルダン川西岸地区での入植活動と同国への編入を進めている。この状況はアメリカがイスラエルの政策を支持・支援する限り変わらないであろう。

トランプ政権

 トランプ大統領は、核交渉に戻ることをイランに呼び掛けている[7]。イランに核開発(兵器レベルの濃縮ウラン製造)をやめさせることが、トランプ政権の政策である。第1次政権の2018年5月にイラン核合意(JCPOA)からアメリカが離脱して以来、イランが核開発を再開し、核兵器レベルの濃縮ウランの保有量も増加した[8]。イランの核開発を停止させなければ、JCPOA離脱は失敗に終わったことになる。

 アメリカによるイラン核施設への攻撃は、イスラエルのイラン攻撃により生れた絶好の機会を活用して行われたとみることもできる。もちろん、トランプ政権は支持者、特にMAGA(Make America Great Again)グループに、世界で戦争を始めることをしない約束をしており、イランの核開発を停止させるという目的を強調し、あくまで戦争ではなく限定的攻撃であることを強調していた。また、攻撃2日後には両国の停戦合意をトランプ大統領が発表したことも、紛争をエスカレーションさせないことを意図してのことであると考えられる。

 前記のアメリカの立場からすれば、イランを交渉に引き込み核兵器開発停止と保有濃縮ウランの廃棄を求めていくことになるであろう。しかし、もしイランの核開発再開準備が整ったことが明らかになり、イスラエルがイラン核施設攻撃に踏み切ることになれば、もう一度、アメリカとしてイスラエルの攻撃をサポートするか否かの選択を迫られるだろう。その際、全面戦争に至らない見通しがあれば、イスラエルをサポートすると見込まれる。

 パレスチナに関しては、上述したイスラエルの戦略と行動をガザでもヨルダン川西岸でも認めていくことになると予想される。よく知られている通り、トランプ大統領の岩盤支持層には1億人いるとされるキリスト教原理主義者(「福音派」とも呼ばれている)が[9]、イスラエルの政策を支持する限り、ガザの人道危機や西岸パレスチナ人の権利についての対応は大きな変化がないと考えられる。そのため、この問題に対処するためには、福音派への働きかけが重要となるであろう。1つの手がかりとして考えられるのが、2025年2月にホワイトハウスに設置された信仰局である[10]。局長は牧師のポーラ・ホワイト氏である。宗教的立場は他のキリスト教やイスラームの信仰者とは違うだろうが、人道という側面からガザの現状を継続してよいのかという問いかけへの回答には共通する部分もあり得るのではないだろうか。

イランはどう動くか?

 イラン現政権にとっては体制維持が最も重要な課題である。そのため、イラン現政権は置かれた現状を十分に分析し合理的な判断をするものと考えられる。2024年12月までにイランがつくり上げたイスラエル包囲網は、ハマスとヒズボラが壊滅的打撃を受け、シリア・アサド政権が崩壊したことにより、破綻した。その上、イスラーム革命防衛隊とイラン防空網もイスラエルの攻撃を受けて、弱体化しているものと予想される。

 「12日間戦争」はまさにイランが弱体化している中で起こった。イランは、再度防空網を破壊され、核施設、重要経済インフラ施設等が大きな被害を受け、多くの科学者とその家族が死亡したことが発表されている[11]。さらに、イスラエルがハメネイ師の暗殺計画を進めており[12]、こうした状況から、イランはこの「戦争」を早期に終わらせる方向に動いたものと推察される(暗殺計画は、トランプ大統領がその実行を拒否したとの報道[13]がある)。この現状を踏まえ、イランの核施設攻撃に対する報復は、カタールにあるアメリカ軍基地に対して行われたが、イランは事前にカタールに通告し、軍基地の被害は人的なものを含めてほとんどなく、トランプ大統領は、これ以上憎悪が広がらないようにとの声明を発出した[14]。そして、イスラエルとの停戦合意にすぐさま動いた。まさにイラン現政権が合理的な判断の下に行動したと言える。

 イランは、脅かされ、失ったものを取り返す時間が必要である。具体的には、脅かされた体制の強化、防衛網と兵器備蓄の回復、及び核施設・人材の復旧を行わねばならない。また、反イスラエルの包囲網も再構築しようとするだろう。このため、アメリカによる停戦仲介は願ってもないことだったと想像できる。戦闘がなされない間に、まずは、ハメネイ師を始めとする要人警護を確実にするとともに国内をまとめ上げ、体制を揺るがぬものにし、次に、防空網の再構築及びドローンやミサイル等の兵器の数量回復、濃縮ウラン製造・保管の再開に向けての施設修復・科学者等人材補充を行う必要がある。さらにその上で、反イスラエル勢力網を再度築きあげていくことになるが、しばらくは、イエメン・ホーシー派とイラク・シーア派勢力のテコ入れ程度しかできないであろう。

 いずれにしろ、イランにとっては、時間が必要である。アラグチ・イラン外相は、核開発に関し、イランは外交の場に戻ることを希望しているが、今回の「12日間の戦争」でアメリカに対する信頼が失われており、戻るための良い理由が欲しいと述べている[15]。この発言で見て取れるのは、第1に、イランは交渉に戻る意思がある。第2に、直ぐに交渉に戻らず、「良い理由が欲しい」と言って時間稼ぎをしている。イランの国防力回復・核開発のための準備・イラン関係勢力の再構築のいずれをとっても時間が必要であり、イランの課題は、どれだけ多く時間稼ぎができるかで、そのための交渉となるであろう。

 核協議以外にも、イランがホルムズ海峡を封鎖し、その結果、石油市場が混乱する恐れが取りざたされている。確かにホルムズ海峡封鎖はイランにとって対米・対イスラエル対策のひとつであろう。しかし、イラン現政権は、現体制による支配を確実にし、強化することに力を入れていると考えられる。外からの攻撃に一致してまとまったイラン国民も、攻撃の不安が収まった後、経済状況がさらに悪化することになれば、反体制の機運も強くなっていくと考えられる。ホルムズ海峡封鎖の選択は、国内経済状況への影響にも左右される。また、ホルムズ海峡を封鎖するということは、現在関係改善の方向で進んでいるサウジアラビアを始めとした湾岸アラブ産油国の石油輸出を止めるということであり、イランとしては否定的に考えるだろう。アメリカとの核交渉の行き詰まり、イスラエルとの再度の戦闘が始まるなどの事態になり、サウジ等湾岸アラブ諸国と敵対することになっているという状況が起こらない限り、ホルムズ海峡の封鎖の可能性は低いと考えられる。

国際社会及び日本がとり得る選択肢

 ここまで「12日間戦争」をとりまく国際情勢について、イスラエル、アメリカ、イランそれぞれの視点から、歴史的な経緯を踏まえながら、大きな構図を論じてきた。これら分析から言えることは、イスラエルの戦争は続くということである。イスラエルとイランの停戦は脆弱なものであり、近い将来再び戦闘が行われることも予想されている。現在、イランがイスラエルの正面の敵であるが、アラブ諸国やイスラーム各国の中から明確な反イスラエルの勢力が現れても不思議ではない。今のままであればイスラエルは「現在の敵」と「将来の敵」と戦い続けなければならない。イスラエルの自国の生存を確保・確立する戦いは終わりが見えない。

 このような国際情勢を踏まえて考えると、日本を含む国際社会は、蚊帳の外に置かれている。今回の「12日間戦争」は、国連憲章で定められた武力不行使原則に反して行われた「国際法無視」の戦争とも言える。トランプ政権成立以前は国際社会において日本も欧米諸国も法の支配を求めてきたが、同政権が始動して以来、国際社会、特に中東地域は弱肉強食の世界へと向かっている。

 G7首脳は、カナナスキス・サミットの首脳声明で、イスラエルの自衛権を確認した上で、イランを「地域の不安定と恐怖の主要な要因」と断定し、「イランが決して核兵器を保有できない」と宣言し、イスラエルとアメリカを支持する主張を一方的に述べた[16]。ここには、一切、国際社会における法の支配という観点からの思考は見られない。アメリカの要請に対応したものである。今後、日本を含む国際社会は、国際法に基づく国際社会を掲げながらも、この国際政治の現実を踏まえて外交を行っていくべきである。

 日本の中東外交は、如何に中東からの石油を安定的に確保できるか、という観点から進められてきた。1973年の石油危機に際しては、アラブ諸国側につき、石油備蓄基地を造成することで、危機を乗り越えた。イラン・イラク戦争末期(1987年~88年)には、安全航行装置を湾岸産油国に供与することでペルシャ湾の安全航行に貢献した。湾岸戦争後の1991年4月、海上自衛隊の掃海艇を派遣し、供与した安全航行装置を活用し、ペルシャ湾の安全航行に貢献した。1991年から始まった中東和平プロセスでは、多国間協議等に積極的に関与することで、同プロセスを促進させ、中東地域の安定につながる努力を行った。9.11米国同時多発テロ攻撃後のテロ戦争では、インド洋の航行安全貢献の一環として自衛艦を派遣した。

 そして今、改めて石油の安定的供給のために何ができるかを考える時が来ている。中東の石油が安定的に生産され、供給されるためには、中東地域の平和と安定が必要である。平和と安定を阻害している大きな要因は、イランによる核開発とパレスチナの問題である。

 日本は、湾岸アラブ諸国、さらには中東の石油を必要とするアジア諸国と語らい、イランとともにペルシャ湾安全航行について協議を行うことができる。イランが対イスラエル・アメリカへの対抗手段としてホルムズ海峡封鎖やペルシャ湾内への機雷投下などを検討していると公言するのなら、それは「否」だとして協議の場を設けるのである。単なる意見交換の場になるかもしれないが、そこを踏み台にして、核兵器開発をめぐって対立するイスラエル・欧米対イランの構図を柔らかいものにできるかもしれない。

 また、パレスチナについては、日本がこれまで築いてきた外交的アセット、つまり、「平和の回廊構想」や「パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合(CEAPAD)」などを活用し、ガザの人道危機について、アメリカのホワイトハウス信仰局やイスラエル国民に対して働きかけるべきである。CEAPAD第4回閣僚会合[17]は、7月11日にマレーシアで開催され、共同議長声明[18]と行動計画[19]も合意発表した。パレスチナ人の社会経済力強化のため「平和の回廊構想」を進めるとともに、CEAPAD会合の成果である共同議長声明及び行動計画をホワイトハウス信仰局やガザの人道危機につき政府を非難するイスラエル人グループに対し伝え、ガザ人道危機やパレスチナ人の権利について話し合うことは意味があると考える。政府として行うのにはばかりがあるのなら、成長してきた日本のNGOと意見をすり合わせ、NGOとしてアメリカ、イスラエルに働きかけてもらうことも考えられる。各々の方策はベクトルの方向が相違してはいるものの、現在の情勢からは多くのオプションを準備し、情勢の推移を見極めた上で適切な選択を為すべきである。いずれにしろ、2024年までとは違う中東政策が日本にも国際社会にも求められている。

(2025/07/31)

脚注

  1. 1 今回の軍事衝突は、さまざまな表記で表現されているが、本稿では「12日間戦争」と表記する。「12日間戦争」の戦況を報じるウェブサイトも公開されている。“The 12 Day War-Timeline, Causes and Consequences,” 12 Day War.org, Accessed July 30, 2025.
  2. 2 “Abraham Accords,”Britannica, Accessed July 30, 2025.
  3. 3 拙稿「イスラエル「一強」下の中東情勢――国際社会に何ができるのか」国際情報ネットワーク分析IINA、2025年1月10日。
  4. 4 トルコがアル・シャラア・シリア政権を支持・支援するのに対し、イスラエルは、シリア南部のドルーズ派を保護するという名の下に同政権のドルーズ派を含むシリア統一を妨げている。
  5. 5 齊藤貢「イラン「停戦」が「かりそめ」に終わる革命体制護持の自信と抵抗力」『週刊エコノミスト』2025年8月5日、28頁。
  6. 6 イスラエルは、公式には核兵器を保有しているとも、していないとも表明していない。しかし、1982年にイラクの核施設を、2007年にシリアの核施設を攻撃・破壊し、近隣諸国が核施設を保有することを阻止し続けている。近隣諸国の中でも最も多くの人口と政治・経済力をもち、イスラエル国家を崩壊させようとしているとイスラエルが信じているイランが、核兵器をもつことは許さないと決意していると考えらえる。
  7. 7 「イラン外相、米国と間接交渉望む 直接協議拒否、核施設損害は深刻」東京新聞オンライン、2025年7月2日。
  8. 8 Jonathan Tirone「イランの高濃縮ウラン貯蔵量、過去最大の増加-IAEA報告書」Bloomberg、2025年6月1日。
  9. 9 梅川健「トランプ政権と福音派」東京財団、2018年6月11日。
  10. 10 Nandita Bose「トランプ氏、反キリスト教対策で新組織 司法長官の専任班も発足へ」ロイター、2025年2月7日。
  11. 11 Abbas Araguchi “Iran’s foreign minister: Israel’s war sabotaged diplomacy. The US can revive it,”Financial Times, July 8, 2025.
  12. 12 「ハメネイ師暗殺計画認める 停戦後は狙わず―イスラエル国防相」時事ドットコム、2025年6月27日。
  13. 13 「トランプ氏、イスラエルによるイラン最高指導者の殺害に反対か 米政府関係者が証言と報道」BBC NEWS Japan、2025年6月16日。
  14. 14 「イラン、カタールの米軍基地をミサイル攻撃 核施設攻撃への報復」朝日新聞、2025年6月24日。
  15. 15 注11を参照のこと。
  16. 16 「イスラエル及びイランの間の最近の情勢に関するG7首脳声明」日本外務省、2025年6月16日。
  17. 17 「パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合(CEAPAD)第四回閣僚級会合(結果概要)」日本外務省、2025年7月11日。
  18. 18 「CEAPAD閣僚級会合 共同議長声明概要」日本外務省、2025年7月11日。
  19. 19 「第4回CEAPAD閣僚級会合クアラルンプール行動計画(仮訳)」日本外務省、2025年7月11日。