はじめに

 トランプのアメリカ大統領選挙当選後の中東情勢の動き及び最近発表されたトランプ政権における中東政策担当者の顔ぶれを見ると、今後の中東情勢はイスラエルにとって有利に動くことが予想され、イスラエル「一強」ともいうべき状況になりそうである。そうした状況にあることを意識したうえで、日本を含む国際社会には何ができるのかを検討していく必要があるのではないだろうか。

 そこで、本稿では、まず最近の中東情勢を概観する。ガザやレバノン、シリア、イラン等の現状からうかがえるのは、イスラエルが西岸への入植と入植地の国土編入を進められる環境にあるということである。次いで、第2次トランプ政権の中東政策を発表されつつある人事動向にもとづいて予測する。駐イスラエル大使、中東特使、中東担当上級顧問等の顔ぶれから察するに、アメリカはイスラエルの入植政策を妨げることはどうやらなさそうである。では、こうした中東情勢とアメリカの政策予測を踏まえると、国際社会にはどのような姿勢が求められるのか。最後に、この点を考えたい。

イスラエルに有利に動く中東情勢

 イスラエルは、2023年10月7日のハマスによる攻撃以来、ガザにおけるハマスとの戦い、ハマスに連帯するとするレバノン・ヒズボラ、イラン、イエメン・フーシ派等イスラエル国家を認めない勢力との戦いを繰り広げてきた。イスラエルからすれば、自国及び自国民の平和と安全を確保するためには、ハマス及びヒズボラを殲滅、或いは少なくとも戦闘能力を消滅させ、イランとその影響下にある勢力による反イスラエル包囲網とイランの核能力に打撃を与える必要がある。

 イスラエルは、ガザにおいてハマスの5旅団を壊滅させるとともにハマスの最高指導者ハニヤ及び軍事部門指導者で同人の職を引き継いでいたシンワルを殺害した。また、レバノンのヒズボラに対しては、2024年9月終わりに多くのヒズボラ幹部を殺害し、ミサイル攻撃能力をたたき、地上侵攻を行ってレバノン側国境付近の兵力と軍事施設を根こそぎにした[1]。その上で同年11月26日にアメリカとフランスの仲介でイスラエルとレバノン間の停戦協定を結んだ。ハマス及びヒズボラの軍事力の壊滅により、イスラエルは、自国及び自国民の平和と安全への脅威を払拭した。

 また、レバノンにおけるヒズボラの危機は、シリアに駐留していたヒズボラ軍のレバノン帰還をもたらし、シリア・アサド政権の弱体化を生み出した。さらに12月7日のシリアにおけるアサド政権の崩壊[2]は、ヒズボラ及びイラン革命防衛隊の対イスラエル抗争拠点の消失をもたらすとともに、同政権を支援していたロシアの影響力を顕著に削いだと考えられる。

 イスラエルから見れば、自国を取り巻く北、北東、南の隣接地域の脅威が全てなくなった。北方のレバノンとは非国家の軍事組織を持ち戦っていたヒズボラをはずし、政府間で停戦協定を結んだ。南部のガザにおいてもハマスを交渉相手とせず、イスラエルにとって都合の良い形で停戦を行うことも可能と考えられる。12月21日付のBBCの報道では、ガザの停戦交渉は、90%が完了しており、残るはイスラエル軍の駐留の問題であり、パレスチナ側は駐留自体は認めている模様である[3]。トランプ次期大統領は、自分の大統領就任前までにハマスが全人質を解放しなければ、地獄のような事態が起こる(all hell is going to break out)と述べており[4]、トランプ次期大統領が執務を始めて直ぐ停戦がなされても驚きはない。

 残る脅威は、イスラエルを国家として認めず武力攻撃も辞さないイランとイラクのシーア派及びイエメン・フーシ派であるが、これらの国および勢力は距離的に離れており、その攻撃には自国民を避難させるなどの対応を採る必要がなく、十分に反撃できる。実際、イスラエルによるフーシ派ミサイル基地等の攻撃にもかかわらず、同派によるイスラエル本土を狙った攻撃は続いているが、イスラエル領域外で撃ち落されている模様である[5]。イラン国内における核関係者の暗殺、或いはハニヤ・ハマス最高指導者の殺害などに見られるように、イスラエルは引き続きイラン国内での工作能力を維持しており、イランの脅威に対しては常時目を光らせ、イスラエルの安全保障の観点から、必要な時にこの工作能力を使用するものと考えられる。

 トルコは、中東における大国で軍事的にも強力である。しかし、イスラエルによる西岸・ガザ占領とその政策に関し、イスラエルと鋭く対立するが、武力を使った争いをイスラエルとの間で起こすとは考えられない。イスラエルが、中東において軍事行動を自由に行えるという意味でイスラエルの「一強」を脅かす国ではない。

 湾岸石油産出諸国については、アラブ首長国連邦及びバーレーンは既にイスラエルと国交を結んでおり、かつ対イランの観点から、敵の敵は味方としてイスラエルにあえて異議申し立てするとは思われない。エジプトやヨルダンのように外交関係を冷やしたり温めたりしながら、せいぜいパレスチナ人の人権とパレスチナ国家の樹立につき意見を表明する程度であろう。サウジアラビアは、国王が二聖地の守護者を名乗っている以上、イスラエルの現中東政策を容認するわけにはいかないので、イスラエルとの国交樹立を行うことはないだろう。しかし、実質的な交流が進む可能性があることは否定できない。

 イスラエルは、このような中、ハマスによる人質解放の為の作戦を継続し、ガザのパレスチナ人の人道危機は継続するであろう。また、西岸へのイスラエル人入植とイスラエルへの併合も進むであろう。

イスラエルに有利に働くと予想されるトランプ次期政権の中東政策(人事動向を中心に)

 2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃により、イスラエルの安全は、領土と平和の交換がなければ結局は得られないという考えがイスラエル側にも生れ、元イギリス委任統治領パレスチナにイスラエル国家とアラブ国家という2つの国家を平和的に樹立するという二国家解決が進められるという期待が2023年暮れから2024年前半まで生れていた。しかし、前述したような情勢を踏まえれば、イスラエルは、西岸への入植と入植地の国土編入についても立場を変えることなく進めるものと考えられる。トランプ次期政権の中東政策は、そのようなイスラエルに有利に働きそうに思われる。

 11月7日付エコノミスト誌の解説記事は、トランプ次期大統領の中東政策は誰が彼に助言するか次第だろう、と述べている。その「誰が」について、次々に発表されてきた。駐イスラエル大使にマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事、中東特使に実業家で同次期大統領と近いスティーブン・ウィトコフ、中東担当上級顧問にマサド・ボウロスが指名された[6]。

 ハッカビーは、指名にあたって、「私は大統領の政策を実行していく」と述べつつ、第1次トランプ政権が、在イスラエル・アメリカ大使館をエルサレムに移転したこと、及びイスラエル占領下のゴラン高原をイスラエル領と認めたことにも言及している[7]。また、過去の発言では、一貫してイスラエルが西岸の入植地を併合することを支持してきた[8]。イスラエル人は、西岸地域をジュダ・サマリアと呼び、先祖が神から与えられた土地と考えているが、ハッカビーはこの考えを共有している[9]。また、ハッカビーの背後には、トランプ次期大統領の岩盤支持層の中核を占めるキリスト教原理主義者やキリスト教福音派の人々がおり、イスラエルの入植政策支持という予想されるトランプ次期政権の政策を支えるであろう。イスラエル右派は、ハッカビーの駐イスラエル・アメリカ大使指名を歓迎しており、両者が結びついて、西岸地域の入植地化が進んでいく可能性が増している。

 ウィトコフは中東についての知見は未知数であるが、既にイスラエルのネタニヤフ首相、カタールのムハンマド首相と会談しており、ムハンマド首相は、ガザの停戦につき協議していることを明らかにした[10]。

 ボウロズは、大統領選挙期間中、自分はレバノンのキリスト教徒指導者、スレイマン・フランジーエと友人で、フランジーエはヒズボラと同盟を結んでいる旨述べている[11]。ボウロズがこれをどう活用するかは予見できないが、ボウロズがレバノン・キリスト教徒関係者の人脈をもっていること、フランジーエを通じてヒズボラとイランと連絡をとることは可能だと推測されることは疑いない。他方で、パレスチナ問題についてトランプ政権の政策に体を張って意見を述べるとは思えない。

 以上に鑑みれば、アメリカは、イスラエルの政策を後押し、或いは少なくとも認め支持するものと考えられる。二国家解決が進展するためのもう一つの条件は、アメリカと穏健派アラブ諸国の支持・支援であるが、アメリカの支援が見込めない以上、穏健派アラブ諸国も積極的に役割は果たせないであろう。結局、二国家解決の道から遠ざかるという見通しはより強固なものになるであろう。

国際社会及び日本がとるべき姿勢

 中東地域におけるイスラエル「一強」状況と予想されるアメリカの中東政策から想定される今後の情勢をパレスチナ等イスラエル周辺諸国の側から見てみる。

 国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、2023年10月7日以来、45,388人のパレスチナ人が死亡し、ガザでは190万人の避難民が生れた[12]。ガザにおいては、国連の人道支援物資搬入がイスラエルによりほとんど拒否(12月1日~24日:52回の試み中48回が拒否)され、極端な食糧不足が見られるとともにイスラエルによる空海陸からのガザ攻撃は続いている[13]。その上、イスラエルは、パレスチナ難民支援機関(UNRWA)を活動停止に追い込む国内法を通過させている[14]。また、西岸においては、パレスチナ人によるイスラエルに対する武装、非武装の抵抗が続き、12月17-26日の10日間で12回の空爆を含むイスラエルによる攻撃で20人のパレスチナ人が死亡した[15]。西岸北西部のトルカルムの難民キャンプ(1948年の第1次中東戦争で設置されたもの)のインフラは広範に被害を受けている[16]。

 北部に目を向けるとイスラエル北部国境に接するレバノン南部地域は両国間の合意により平穏が保たれているが、イスラエルはシリアの軍事拠点を空爆するとともに、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領し、その後併合したゴラン高原に隣接するシリアのクネイトラ等緩衝地帯に軍を進めている。

 まとめれば、ガザ・西岸地区の人道危機は継続し、イスラエルによる占領地域は増加しており、この状況はトランプ次期政権がスタートした後も続くものと見られる。国際社会はこの状況を踏まえ、対応を行うべきである。

 人道危機に対しては、国際機関による支援物資搬入が確実に行えるよう国際社会が協力してイスラエルに働きかけるべきである。UNRWAの活動については、イスラエルの国内法でイスラエル政府がUNRWAと協力することを禁止している以上困難であるが、UNHCR、UNICEF、WFO等の国連人道支援機関や国際赤十字委員会(ICRC)の活動は可能であるはずなので、人道支援の目的を最大限に達成できるように安保理決議等をつくり、実施すべきである。

 1967年、第3次中東戦争後に採択された安保理決議242は、イスラエルの生存権を保障する一方、同戦争で占領した土地からの撤退をイスラエルに対し求めている。同決議は拘束力を持ち、国連加盟国は、撤退の履行がなされるようイスラエルに求めていく義務がある。日本を含む国際社会は、アメリカがどのような中東政策をとってもこの点だけは譲るべきではない。G7、G20等の適切な場で、安保理決議242の趣旨をリマインドしつつ、西岸への入植政策が国際法違反であることを国連総会から民間の関係フォーラム等まで様々な場で訴えていくべきである。

 日本が行うべき貢献は、2024年9月発表の拙著論考でも述べた通り、第1に交渉の下支えとなる和平の為の環境づくり、第2に国際法に基づく正論の主張である[17]。

 日本は、ジェリコ産業団地を起点とした平和の回廊づくり等経済社会支援を継続し、イスラエル・パレスチナ(あるいはアラブ)間の信頼醸成に資する措置を積み重ねていくことが望まれる。日本政府は、2024年7月にイスラエルによる入植を非難し、入植者に制裁をかけたように、イスラエルの行動をきめ細かく見極め国際法に違反するようであれば、行動に移すべきである。また、民間の信頼醸成に資する働きを支援していくべきである。

 とは言え、トランプ次期政権がスタートすれば、パレスチナ問題について、G7の結束を生み出すことは容易ではない。いやむしろ困難である。今後それを前提とした日本を含む国際社会の知恵と工夫、その上での実行が望まれる。

(2025/01/10)

脚注

  1. 1 “Israel Approves Cease-Fire With Lebanon Aimed at Ending Hezbollah Conflict,” The Wall Street Journal, November 26, 2024.
  2. 2 Summer Said, “Where Is Ousted Syrian President Bashar al-Assad?”The Wall Street Journal, December 8, 2024.
  3. 3 Gaza ceasefire talks 90% complete, Palestinian official tells BBC”, BBC, December 22, 2024.
  4. 4 Patsy Widakuswara, “Trump wants to quickly end Gaza war — can he?,” VOA, December 20, 2024.
  5. 5 “Houthis Launch Latest Missile at Israel Amid Warnings of Retaliation,” The New York Times, December 31, 2024.
  6. 6 “Will Donald Trump “stop the wars” in the Middle East?” The Economist, November 7, 2024.
  7. 7 「【米政権交代】 駐イスラエル大使と中東特使を指名 トランプ次期政権の中東政策を示唆 -」BBC News Japan、2024年11月15日。
  8. 8 同上
  9. 9 同上
  10. 10 「カタール、ガザ停戦をトランプ次期米政権と協議」『日本経済新聞』2024年12月8日。
  11. 11 Nadine Yousif, “Trump picks in-law Massad Boulos for key adviser role,” BBC, December 2, 2024.
  12. 12 “Reported Impact Since 7 October 2023,”OCHA, Accessed in December 31, 2024.
  13. 13 “Humanitarian Situation Update #249, Gaza Strip,” OCHA, December 24, 2024.
  14. 14 “Israeli laws blocking UNRWA – devastating humanitarian impact for Palestinians?” UN NEWS, October 31,2024.
  15. 15 “Humanitarian Situation Update #250, West Bank,” OCHA, December 26,2024.
  16. 16 Ibid.
  17. 17 「イスラエルとハマスの停戦交渉の停滞――「二国家解決」に向けて国際社会は何をすべきか」国際情報ネットワークIINA、2024年9月25日。