2023年10月7日にパレスチナ武装組織ハマス等がイスラエルを越境攻撃してから2年をむかえた。このガザ紛争を終わらせるため、2025年10月8日から、トランプ大統領が提示した和平計画をもとにカタール、エジプト、トルコ、アメリカの仲介でハマスとイスラエルの間接交渉が行われ、合意を得て、10月10日に停戦が発効した。終結にむけた一歩を歩み始めた。この紛争におけるガザ地区のパレスチナ人の死者は6万7074人(2025年10月4日時点のガザ保健当局発表)に上っている。この大惨事を前にして、9月の第80回国連総会の前後に、国際社会では、ガザ紛争を終わらせるための2つの和平への動きがあった。

 ひとつは「国際法と人権尊重」アプローチであり、もうひとつは「力による平和」のアプローチである。両者ともにガザ紛争の終結のみならず、イスラエル・パレスチナ紛争自体の解決を視野にいれたものとなっている。前者は、フランスとサウジアラビアの共同議長のもと7月に開催された国際会議で「ニューヨーク宣言」として示され、2025年9月12日に国連総会で支持された(賛成142、反対10、棄権12)[1]。これに関連して同月22日、国連総会の傍らで国際会議が開かれ、同宣言にもとづくパレスチナ国家樹立への協力が表明された。

 一方、後者のアプローチとしては、9月9日のイスラエルによるハマス幹部を標的としたカタールへの爆撃や、15日のガザ市への地上侵攻、住民の強制移動などが挙げられる。また、トランプ大統領が、29日に訪米中のイスラエルのネタニヤフ首相との協議を経て、ガザ紛争における20項目和平計画を発表したことも「力による平和」アプローチといえる。それは、この計画がイスラエル側に有利な内容であり、同国がガザ地区で軍事行動を続けるなかで[2]、ハマスに対し回答期限を切り受け入れを迫る提示の仕方をとっているからである。

 本稿では、この2つの和平アプローチを概観し、それぞれが、どのようにガザ紛争の終結からイスラエル・パレスチナ紛争自体の解決を導き出そうとしているかを検討する。そのことを通し、パレスチナ国家樹立の実現の可能性を探る。

「国際法と人権尊重」アプローチは実現可能か

 これまでも、イスラエル・パレスチナ紛争においては、国際法に対するイスラエルの独自の解釈やパレスチナ人への人権侵害が問題視されてきた。ガザ紛争でも同様の状況が見られている。

 例えば、2024年7月、国際司法裁判所(ICJ)は、2022年12月に国連総会から要請を受けていたイスラエルのパレスチナ占領についての国際法上の論点に対する意見を表明した。その内容は、(1)入植活動は事実上の併合であり、(2)パレスチナ人の移動制限は人種差別の撤廃に違反していることから、イスラエルは占領を早期に終わらせる義務を負っているというものである。また、1967年以降のイスラエルの行為により引き起こされたすべての損害について、同国は賠償責任を負うとも述べている[3]。このICJの勧告的意見への支持が2024年9月に国連総会で採択され、2025年9月18日をイスラエルが占領地における「不法滞在」を退去させる期限とした[4]。ICJの勧告的意見にも国連総会決議にも強制執行力がないこともあり、イスラエルはこれを実施していない。ガザ紛争においても、ICJは2024年にイスラエルに対し、1月、3月、5月と3回の暫定措置命令を発出しているが、応じていない[5]。

 こうしたイスラエルの国際法への対応に抗して、国際法と国連決議にしたがってガザ紛争を終わらせ、イスラエル・パレスチナ紛争の解決へとつないでいこうとして提示されたのが先述の「ニューヨーク宣言」である。同宣言では、ガザ紛争の即時終結、大規模な人道支援の無条件実施、全人質の解放、民間人の強制移動の禁止、イスラエル軍の完全撤退を求めている。また、イスラエル・パレスチナ紛争の終結と二国家解決の実施は国際法に従った政治的解決が唯一の方法であるとした上で、イスラエルとパレスチナの国境を1967年の境界線にもとづくものとし、イスラエルとパレスチナという2つの民主主義的な主権国家が共存していくことを揺るぎなく支持するとしている[6]。

 この「ニューヨーク宣言」も強制力をともなっていないため、実効性に乏しく象徴的なものにとどまる蓋然性が高い。しかし、国連総会では同宣言への支持が採択されるとともに、新たに11カ国がパレスチナ国家を承認し、その数は国連加盟193カ国のうち157カ国となった[7]。このように、ガザ紛争をめぐる国連、国際機関などでの議論の活発化を機に、国連加盟国の外交が活発化していることが注目される。例えば、9月26日には国連総会の傍らで、今年1月に南アフリカなど8カ国で発足し国際法にもとづくイスラエルの責任追及に取り組んでいるハーグ・グループが集会を開き、34カ国が参加している[8]。イスラエルや同国を政治的にも軍事的にも支えるアメリカに国際法の順守を求めるこうした動きは、まだまだ萌芽的なものとはいえ、「ニューヨーク宣言」の実現を押し進める力になるかもしれない。

「力による平和」アプローチの目的はパレスチナ国家樹立の阻止

 ネタニヤフ政権は、テロ組織ハマスとの戦いを理由として、ガザ地区での武力行使ではパレスチナの民間人を多数死傷させ、地区外への移住を促しており、そこにはパレスチナに国家資格を与えないとの意図が透けて見える。1933年のモンテビデオ条約によれば、国家資格の要件は、①永住的住民、②明確に定義された領域、③機能する政府、④国際関係を持つ能力とされている。「ニューヨーク宣言」では、「ガザ地区はパレスチナ国家の不可欠な部分であり、ヨルダン川西岸地区と統一されなければならない」と述べられているが、イスラエルはガザ地区で占領、包囲、強制移動、領域縮小を進め、①と②の要件を危うくさせている[9]。

 一方、9月29日に発表されたトランプ大統領の20項目和平計画(以下、「20項目」と表記する)は[10]、ガザ紛争を終結させることで、ガザ地区の管理をアメリカが主導する道筋をつくろうとしていると考えられる。この点について検討するには、同計画とその原案となった9月23日のトランプ大統領とアラブ・イスラム8カ国[11]との協議で作成された21項目和平計画(以下、「21項目」と表記する)[12]とを比較することが有益だろう。主な相違点を以下に挙げる。

 第1に、イスラエル軍のガザ地区撤退については、「21項目」では「イスラエル軍は全ての作戦を停止し、徐々に撤退する」とされている。一方、「20項目」では、「イスラエル軍は合意された境界線まで撤退し、人質解放の準備を行う」こと、および「段階的な完全撤退の条件が整うまで戦線は凍結されたままとなる」ことが加えられ、イスラエル軍の完全撤退の可能性が薄められている。

 第2に、ガザ地区の治安について、ハマスが関与しないこと、国際的協力の下で国際安定部隊を編成しイスラエル軍の代替配備を進めることは共通しているが、「20項目」では「独立監視の下、ガザの非軍事化プロセスが実施される」こと、「兵器を恒久的に使用不能にする」ことが加えられている。さらに、国際部隊の編制方法、訓練などが明記され、協力国としてエジプトとヨルダンの名前が明記されている。それは、ガザ地区が再びパレスチナ武装勢力の温床となることを阻止することにつながるが、国家として必要な独自の治安能力の保持を大幅に遅らせることになると考えられる。

 第3に、政治・行政面については、「21項目」ではガザ地区の人びとの日常的なサービスを提供する責任は「パレスチナ人テクノクラートとパレスチナ暫定自治政府(PA)によってなる委員会」が管理し、これを「アラブおよび欧州のパートナーとアメリカが設立した国際機関」が監督することになっている。一方、「20項目」では、委員会からPAが削除された。また、委員会は、トランプ大統領が議長を務めブレア元イギリス首相らが加わる国際移行機関「平和委員会」による監督・監視を受けることとされ、トランプ大統領の関与を明示している。

 第4に、支援、復興については、両者の内容に大きな違いはないが、「20項目」では、「ガザの再建と活性化のためのトランプ経済開発計画」が策定されることが加筆されており、トランプ大統領の関係者のガザの開発への関与を示唆するものとなっている。

 第5に、パレスチナ国家については、両者とも、パレスチナ暫定自治政府の改革プログラムの遂行により国家樹立への信頼できる道筋が整う可能性があるとしているが、「20項目」では、改革プログラムを「忠実に」遂行することが求められている。また、「21項目」では言及されていなかった「パレスチナ人の自決」が「20項目」では国家樹立と併記されている。この改革プログラムの詳細は示されておらず、何をもって忠実であるかを判断するかも不明である。このため、恣意的に、パレスチナ自治政府が改革プログラムを忠実に実施していないと評価し、自決権も国家樹立も認めないとされることが懸念される。

 こうしてみると、「20項目」はハマスに降伏を迫り、ネタニヤフ政権が武力行使で達成できていない人質全員の解放と安全保障の強化を達成させるためのものといえる。また、イスラエル軍のガザ地区撤退が自由裁量とされていることやガザ地区での平和構築が曖昧であり、PAの位置づけも明らかにされていない。したがって、パレスチナ国家樹立には程遠いものとなっている。

パレスチナ国家樹立の実現に向けて

 イスラエルの軍事行動によりガザ地区のパレスチナ人が人道危機に陥っていることに対し、世界各地で市民レベルの抗議行動が見られている。ガザ地区への支援物資を届けようとした「グローバル・スムード船団」の活動もそのひとつである[13]。また、国家レベルでも、ハーグ・グループのほかにもノルウェーが政府系ファンドのイスラエル企業への投資を見直し、ベルギーがイスラエルの暴力的入植者に制裁措置をとり、EUがイスラエルとの連携協定見直しを検討するなど、イスラエルに圧力をかけ始めている。さらに、「ニューヨーク宣言」の支持を再確認した9月22日の国際会議は、パレスチナ国家樹立による2国家解決の取り組みを勢いづかせた。

 この「国際法と人権尊重」アプローチの流れを止め、ガザ紛争後のガザ地区の管理の主導権を握ることは、トランプ大統領とネタニヤフ首相にとって急務となっていた。トランプ大統領による「20項目」の発表は、そのための大きな一手だったといえる。仮に、ガザ紛争が終結したとしても、「20項目」にもとづくものである限り、パレスチナ国家樹立に結び付く蓋然性は低い。パレスチナ国家樹立に向けた歩みを止めないために、国際社会には、「ニューヨーク宣言」の実現に向けた具体的なプロセスを練り上げることが求められている。

(2025/10/14)

脚注

  1. 1 “General Assembly endorses New York Declaration on two-State solution between Israel and Palestine,” UN News, September 12, 2025.
  2. 2 9月18日、国連安保理では、ガザ地区の恒久的停戦案を採決したが、米国の拒否権行使によって否決された(賛成14、反対1)。米国は拒否権行使の理由として、決議案がハマスを非難していないことを挙げている。“Security Council: US votes against resolution on Gaza ceasefire,” UN News, September 18, 2025.
  3. 3 “Draft resolution / Algeria, Denmark, Greece, Guyana, Pakistan, Panama, Republic of Korea, Sierra Leone, Slovenia and Somalia,” United Nations Security Council, September 18, 2025.
  4. 4 “Resolution adopted by the General Assembly on 18 September 2024,” United Nations General Assembly, September 19, 2024.
  5. 5 なお、2004年にもICJはイスラエルがヨルダン川西岸に建設した「分離フェンス」の撤去を命じているが、実施されていない。“Legal Consequences of the Construction of a Wall in the Occupied Palestinian Territory,” International Court of Justice, Reports of Judgments, Advisory Opinions and Orders, July 9, 2004, p.162, para. 59.
  6. 6 “New York Declaration,” Permanent mission of France to the United Nations, August 7, 2025.
  7. 7 Marium Ali, “Which are the 150+ countries that have recognised Palestine as of 2025?” Al Jazeera, September 23, 2025.
  8. 8 その他のハーグ・グループのメンバーは、ボリビア、コロンビア、キューバ、ホンジュラス、マレーシア、ナミビア、セネガルで、イスラエルに対する8つの具体的措置を定め、賛同国を募ってきた。8つの措置は次のとおり。①イスラエルへの軍事的および軍民両用輸出を防止する、②港でのイスラエルの武器輸送を拒否する、③イスラエルに自国の旗を掲げて武器を運ぶ船舶を阻止する、④公的機関や資金がイスラエルの不法占領を支援するのを防ぐためにすべての公的契約を見直す、⑤国際犯罪の正義を追求し、加害者の責任を追及するための普遍的管轄権を支持する、⑥イスラエルからの軍事調達を停止する、⑦共犯企業から公的機関を売却する、⑧エネルギー禁輸措置を制定する。Sondos Asem, “Over 30 states meet during Netanyahu's UN speech to weigh action against Israel,” Middle East Eye, September 26, 2025.
  9. 9 この状況はヨルダン川西岸地区でも起きている。
  10. 10 “Trump's 20-point Gaza peace plan in full,” BBC, September 30, 2025.
  11. 11 8カ国は、サウジ、UAE、カタール、エジプト、ヨルダン、トルコ、インドネシア、パキスタンであり、これら8カ国は9月29日の「20項目」の発表に歓迎の意を表した。“Trump Meeting with Muslim Countries Focuses on Reaching Permanent Ceasefire in Gaza,” Asharq Al-Awsat, September 24, 2025.
  12. 12 Jacob Magid , “Revealed: US 21-point plan for ending Gaza war, creating pathway to Palestinian state,” Times of Israel, September 27, 2025.
  13. 13 船団は10月1日から3日にかけイスラエル海軍に公海上で拿捕された。その数は42隻で、乗船していた450人の活動家の身柄も拘束された。Alexander Cornwell, “Israeli military intercepts final aid boat as new flotilla sails to Gaza,” Reuters, October 4, 2025. なお、拘束された人数については複数の情報がある。