2023年10月7日に始まったイスラエル・ハマス間の戦争は、早くも1年が経過しようとしており、現在も収束に向かう様子はない。2024年5月31日に、バイデン大統領は、イスラエルからの提案として包括的新提案を発表し[1]、アメリカとしては、ブリンケン国務長官がシャトル外交を続けるなど努力してきたが、未だ合意に至っていない。9月4日、バイデン大統領が合意は間近と言ったのに対し、翌5日ネタニヤフ・イスラエル首相は「間近ではない」と述べるなど[2]、当事者と仲介者の停戦へ向けての姿勢が異なり、合意を見通すことはできない。9月7日にワシントンポストは、バイデン大統領が任期中にガザ戦争を終わらせる見込みがなくなってきた旨を報じている[3]。
8月20日にエコノミストは、ガザの停戦は、イスラエルにも、ハマスにも、イランとその影響下の勢力にも、地域戦争を避けるという言い訳を与えてくれるが、最終的決定は、自己の個人的・政治的生き残りが最優先のネタニヤフ首相とシンワル指導者(殺害されたハニーヤ最高幹部にかわって選出された指導者)の両者にかかっていると報じている[4]。二国家解決に同意していないネタニヤフ首相からすれば、アメリカ大統領選挙の結果が分かるまで戦争状態の現状を引き延ばすことが、個人的・政治的利益にかなうだろう。昨年10月7日の攻撃の首謀者とされるシンワル指導者にしても、残った人質は自己とハマスの運命の最後の砦であり、そう簡単に引き渡せないであろう。
一方で、徹底的に破壊され、4万人以上が死亡したとされるガザの深刻な人道状況は変わらず、西岸地区のイスラエル入植者(と彼らを支援するイスラエル治安部隊)とパレスチナ人の間の戦闘は増している。ガザ停戦とその後の和平交渉に向けて国際社会、特に日本ができることはないのだろうか。本稿では、イスラエル・パレスチナ間の和平の目標とされている二国家解決を再度吟味し、日本が貢献できることは何があるかを探求する。
二国家解決を提唱することの意味
二国家解決が改めて求められるようになった経緯について検討する前に、歴史的な文脈を確認しておきたい。現在のイスラエル及びパレスチナ西岸・ガザ地域を合わせた地域は、イギリスの委任統治領であった。第2次世界大戦後、イギリスが委任統治の権限を国連に引き渡し、1947年、国連総会決議181で、エルサレムを除く委任統治地域にはユダヤ人国家とアラブ人国家が建設され、エルサレムは国連が統治することとされた。しかし、1948年にこれを受けてイスラエルが独立すると第1次中東戦争が起こり、その結果、この地域は、イスラエル、ヨルダン支配の西岸・東エルサレム(エルサレム旧市街)、エジプト支配のガザに分断された。
1967年、第3次中東戦争が起こり、イスラエルが東エルサレムを含む西岸・ガザ地域を占領した。安保理決議242は、イスラエルの占領地からの撤退を求めるとともに地域の国家の生存権を保障した。結果、イスラエルは国家としての生存権を国際法上認められたが、西岸・ガザ地域は国家ではないので、国際法上の地位は未解決のまま占領状態だけが続いた。
1991年10月末からアメリカ・ソ連が共催する(実質的にはアメリカが主宰)中東和平プロセスが始まったが、このプロセスは安保理決議242を基礎とするとされた。1993年にオスロ合意がイスラエル・PLO間で締結され、イスラエル国家の打倒を目指していたPLOはイスラエルを国家として認め、イスラエルは西岸・ガザ地域をパレスチナ自治政府が支配することを認めた。また、両者間で交渉を行い、5年後には西岸・ガザ地域の最終的地位を確定するとされた。最終的地位確定のための交渉は、西岸・ガザ地域にパレスチナ国家を設立する方向で進んだが、現在のイスラエル国家内に第1次中東戦争前に暮らし難民となったパレスチナ人の帰還権とエルサレムの地位について合意ができず、停止した。
安保理決議242及び近隣地域との関係を考えれば、西岸・ガザ地域の最終的地位は、イスラエルとの合邦(イスラエルによる吸収を含む)、ヨルダンとの合邦、及びパレスチナ国家としての独立の3つの選択肢しかない。中東和平プロセスの二国間交渉[5]では、当初、ヨルダンはパレスチナと合同交渉団を組んでイスラエルとの和平交渉を始めたが、すぐにこの合同交渉団を解消し、ヨルダンとパレスチナの合邦の選択肢を抹消した。
イスラエルとの合邦という選択肢は、西岸・ガザのパレスチナ・アラブ人が、イスラエルとの連合国家を築くか、イスラエルの支配下で自治を行うか、同じ支配下で第一次中東戦争後イスラエル支配下に残ったパレスチナ・アラブ人と同様、イスラエル国籍をもつアラブ人となるか、である。この選択肢は、90年代の中東和平プロセスにおいてはイスラエルのラビン首相が土地と平和の交換を基礎に交渉に臨んでいたので、消えたものと思われていた。
しかし、21世紀に入ると、イスラエルは、ガザを封鎖し、西岸への入植を進めた。一方パレスチナは、パレスチナ自治政府(PA)支配の西岸、ハマス支配のガザに分裂した。ハマスは、イスラエル国家の殲滅を目標にイスラエルに攻撃を仕掛け、イスラエルはこれに相応以上の反撃を加える繰り返しを昨年10月7日まで行ってきた。一方、西岸地区ではPAが汚職などで住民の信頼を失い、イスラエルはPAを相手にせず、入植の拡大に努めた。この結果、イスラエルとの合邦が現実味を帯びることになった。すなわち、イスラエルは、西岸における入植を進め、入植地をイスラエル国家に編入し、残った西岸地域は一部自治を認めるが占領地域として残し、ガザ地域は隔離し、放置され、二国家解決策は打ち捨てられた。
ところが、昨年10月7日のハマスによる攻撃により、イスラエルはパレスチナを自国一国でコントロールできないどころか、自国民の安全とイスラエルの独立も守れないということが明らかになった。また、イスラエルの反撃により、ハマスはともかくガザの住民は、イスラエル国家のせん滅を目的にしていれば自らの命と尊厳は守れないということが分かったはずである。
二国家解決は実現可能なのか?
そこで、改めて求められたのが、打ち捨てられていた二国家解決策である。昨年末、拙稿で述べたように、昨年11月に、アブドラ・ヨルダン国王、トーマス・フリードマン氏(ニューヨークタイムス論説委員)、エコノミストが社説で、それぞれ二国家解決を求めた[6]。さらに、本年2月には、1990年代のクリントン大統領のアメリカ中東和平チームの重要な一員であった、マーチン・インディック氏がフォーリン・アフェアーズで、奇妙な形で再浮上していることを指摘しており[7]、バイデン大統領も、二国家解決を念頭においてガザ戦争の処理とイスラエル・パレスチナ和平に進むべきとして3月に具体的提案を行っている[8]。5月31日にバイデン大統領により示された包括的新提案も最終的には二国家解決に進むことを示唆している[9]。これを穏健派アラブ諸国も、日本を含むG7も支持している[10]。
しかし、一方でこの二国家解決策を妨げる要因もある。西岸におけるユダヤ人の入植の進展・拡大とイスラエルによるガザ地域再占領である。第5回IINA公開フォーラムで田中浩一郎氏が二国家解決が困難となっている背景について、「イスラエルによる違法入植(筆者注:国際法上の違法行為)地の併合が進み、西岸地域に関しては虫食い状態となり、パレスチナ国家となるべき領域が益々減っている」[11]と的確に指摘されているように、入植地拡大を食い止め、西岸住民の命、暮らし、尊厳を守るような行動が国際社会に求められている。
本年6月、筆者は「入植が国際法違反であることを外務省ホームページに掲載するだけでなく、イスラエルに対し物申し、アメリカに対しても助言すべきである」[12]と論考で述べた。7月、日本外務省は、報道官談話で、イスラエル政府が無認可入植地5か所を合法化したことを非難し[13]、閣議決定で、暴力行為に関与するイスラエルの入植者に対する資産凍結等の措置を採っている[14]。これは、個別国家が行うイスラエルに対する制裁であり、圧力である。
しかし、現状は、バイデン大統領の包括的新提案の二国家解決に至る3つの段階の第1段階、停戦とパレスチナ人捕虜解放による一部人質解放にも行きついていない。冒頭で述べたようにアメリカの和平努力は実を結んでいない。ネタニヤフ首相もシンワル指導者も合意するようには見えない。また、アメリカ大統領選でトランプ氏が選ばれた場合、二国家解決を目標とした交渉が行われるかどうか分からない。その間、イスラエルによるガザ地域の軍事占領は継続し、戦闘終了後の部隊配置も取りざたされている。いつまでも合意に達せず現在の戦争状態が継続するケースも想定せざるを得ない。
これは、イスラエルの国防コストが高い状態で維持され、パレスチナ人が長期にわたって抑圧された状態で生きていかざるを得ないことを意味する。アメリカの次期政権がどうなろうとも、日本を含む国際社会は、安保理決議242及び国際人道法をもとに行動すべきであり、二国家解決に向けて何ができるかを提案し、具体的な行動に移していくべきであろう。
日本のとるべき姿勢
アメリカ及びアラブ穏健派諸国によるガザ停戦へ向けての仲介努力が行き詰まる中、ガザにおいてはガザ市民の犠牲をなくし、西岸においては入植地を巡る問題でイスラエル・パレスチナ間の緊張を高めないことが必要である。国際社会は、イスラエル、パレスチナ双方に対し、戦闘激化に至らぬよう働きかけるべきである。ガザの10歳未満の子どもへのポリオ予防接種は引き続いて実施されており[15]、イスラエルの攻撃は続いてはいるものの、戦闘の激化を和らげる効果をあげた。
二国家解決策に向かって進んだ90年代の中東和平交渉は、安保理決議242を基礎としている。安保理決議242は、占領地からの撤退と地域の国家の生存権の承認を規定している。国際社会がイスラエル、パレスチナ両当事者に対して物申すことができるのは、この規定をもとにした場合のみである。日本が国際法に基づき行動することを国是とするならば、イスラエル・パレスチナ和平では、安保理決議242をもとに態度を決め、策を実施していかねばならない。
日本が行うべき貢献は、第1に交渉の下支えとなる和平のための環境づくり、第2に国際法に基づく正論の主張である。
交渉の下支えについては、昨年末から拙著論考において述べている通り、ひとつは、ジェリコ産業団地を起点とした平和の回廊づくり等経済社会支援の継続である。そしてもう一つは、ガザ戦争が続く中、この8月後半に行われた、イスラエルとパレスチナの若者を日本に招いての日本・イスラエル・パレスチナ学生会議[16]のような信頼醸成に資する措置の積み重ねである。
日本には広島、長崎、沖縄を始めとして、政府が始めた戦争が如何に多くの如何に悲惨な犠牲を国民に強いるのかを訪れた人たちに伝える施設が多数存在する。戦争当事国の人々を招待し、考えてもらう。また、日本・イスラエル・パレスチナ会議のように当事者同士に話し合ってもらい、考えてもらうことを行ってはどうか。
また、広島、長崎、沖縄等の被爆や犠牲を後世に伝える活動をしている方々が、ネタニヤフ首相とイスラエル国民及びシンワル指導者とパレスチナ人に戦争によって犠牲になるのは国民、市民であり、その責任は政治の責任者にあることを伝えることも日本人にできることである。日本政府には、このような日本国民の思いを、国際人道法や安保理決議242に従って、イスラエルやハマスに伝えるとともに、先述の外務省報道官談話や閣議決定でイスラエルによる入植を非難し、入植者に制裁をかけたように、具体的な行動を採っていくことが求められる。
(2024/09/25)
脚注
- 1 “Remarks by President Biden on the Middle East,” The White House, May 31, 2024.
- 2 Mick Krever, Jennifer Hansler and Alex Marquardt, “Netanyahu is unequivocal about ceasefire and hostage agreement with Hamas: ‘There’s not a deal in the making’," CNN, September 5, 2024.
- 3 “Biden cease-fire push falters again after new demand by Hamas,” The Washington Post, September 7, 2024.
- 4 “The Middle East’s bizarre waiting game: ceasefire or Armageddon?,” The Economist, August 20, 2024.
- 5 90年代のアメリカが実質的に主宰する中東和平プロセスは、当事者間の二国間交渉と日本を含む国際社会も参画する多国間協議からなっていた。二国間交渉は、イスラエルとシリア、レバノン、ヨルダン・パレスチナ連合がそれぞれ別々の交渉を行ったが、プロセスの開始から時をおかず、ヨルダン・パレスチナ連合は解かれ、ヨルダン、パレスチナはイスラエルとそれぞれ独自の交渉を行うことになった。
- 6 拙稿「イスラエルとハマスの武力衝突――二国家解決を求める国際社会の声と日本外交」国際情報ネットワークIINA、2023年12月21日。
- 7 Martin Indyk, “The Strange Resurrection of the Two-State Solution,” Foreign Affairs, February 20, 2024.
- 8 “The Only Real Solution is a Two-State Solution,” U.S. Department of State YouTube channel, March 7, 2024.
- 9 “Remarks by President Biden on the Middle East,” The White House, May 31, 2024.
- 10 「上川外務大臣会見記録」外務省、2024年6月4日。
- 11 「第5回IINA公開フォーラム:混迷する中東情勢とアメリカ」2024年7月5日。
- 12 拙稿「停戦に向けたイスラエルの包括的新提案――「2国家解決」に向けたヨルダン川西岸問題の重要性」国際情報ネットワークIINA、 2024年6月24日。
- 13 「入植地に係るイスラエル政府発表(外務報道官談話)」外務省、2024年7月3日。
- 14 「暴力的行為に関与するイスラエルの入植者に対する資産凍結等の措置について」外務省、2024年7月23日。
- 15 「米、新提案を無期限延期 ガザ交渉 ハマス要求で暗礁に」日本経済新聞、2024年9月9日。
- 16 「イスラエルとパレスチナの若者、8月に日本で対話…国内の学生団体が主催「未来の平和への第一歩に」読売新聞、2024年6月19日。