はじめに

 2025年6月13日、イスラエルが、イランの核関連施設や通常軍事能力、軍司令官、核科学者らを標的に大規模な先制攻撃を行った[1]。イスラエルのイラン本土への攻撃は2024年4月、10月に続き3回目となる。同日、イランもイスラエル国内にミサイル、ドローンを発射し反撃し、交戦は12日間にわたった。

 この間、22日にアメリカがイランの核関連施設3カ所を爆撃するという事態も起きた[2]。このイスラエルと協調した軍事力によるイランの核開発阻止について、トランプ大統領は、「壮大な軍事的成功」と述べ、「イランの主要な核濃縮施設は完全かつ全面的に消滅した」と主張した[3]。攻撃を受けたイランは、国連憲章と国際法の基本原則に対する前例のない違反と非難するとともに[4]、翌23日、カタール国に駐留する米中央軍のアルウデイド空軍基地を標的に、カタールに事前通告をした上でミサイルによる報復攻撃を実施した[5]。こうした緊張状態はアメリカとカタールの外交で急変し、トランプ大統領は、イスラエルとイランは完全で全面的な停戦に合意したと表明するに至った[6]。

 以下では、今回のイスラエルとアメリカのイランへの武力行使に対する国際社会の反応、とりわけ、13日にイスラエルの攻撃を国際法違反だと非難した湾岸協力会議(GCC)諸国に注目して検討する。それというのも、今回の出来事は、(1)国際法による秩序のあり方の再考を迫るものであるとともに、(2)力による秩序を前面に押し出すイスラエルとアメリカが描く中東の将来像に、今後もGCC諸国が政策協調していくかの試金石でもあったと考えるからである。

揺らぐ国際法秩序

 1981年6月7日、イスラエルは、核兵器不拡散条約(NPT)の発効当初からの加盟国であるイラクで建設中のオシラク原子炉を空爆した。これに対し、6月19日、国連安全保障理事会は決議487号を採択し、「国連憲章と国際行動規範に明確に違反したイスラエルの軍事行動を強く非難」し、「イスラエルに対し、将来いかなるこの種の行為または威嚇を慎むよう要請する」と述べている。しかし、イスラエルは、同決議を履行せず、さらに決議で要請されている同国の核施設を国際原子力機構(IAEA)の保障措置の下に置くことの緊急要請[7]も未だに無視し続けている。

 一方、アメリカによる近年の中東地域での武力行使で主権侵害や武力行使の法的根拠が議論となった事例としては、①1986年4月のレーガン政権のリビア爆撃、②2011年5月のオバマ政権のパキスタン領内でのウサマ・ビン・ラディンの殺害、③2020年1月の第1次トランプ政権のイラク領内でのイラン革命防衛隊アルクドゥス部隊ソレイマニ司令官の殺害などが挙げられる。とりわけ、①と③については「差し迫った脅威」の十分な証拠を示せておらず、国際法違反であると非難の声が上がった[8]。

 今回のイスラエルとアメリカによるイランへの武力行使に関しても、自衛権の行使の正当性の有無について議論が分かれている。イランの核開発がイスラエルだけでなく国際平和と安全を脅かしている根拠のひとつに、6月12日のIAEA理事会で決議されたイランの核監視業務への義務違反が決議された[9]ことがある。それを踏まえ、米国を含む主要7カ国(G7)首脳会議は6月16日の共同声明で、イスラエルの自衛権を確認し、同国の安全に対する支持を表明した[10]。

 一方、イランは、国連安保理に提出した書簡で、今回の武力行使が国連憲章をはじめとする国際法の根幹にかかわる①武力行使の国際的禁止、②侵略の禁止、③内政不干渉の義務、④イランの自決権などに違反していると主張している[11]。このイランの主張にGCC諸国は理解を示し、6月13日に臨時外相会議を開き、イスラエルを名指して、イランへの武力行使は国際法と国連憲章への違反だと非難した[12]。さらに、6月22日には、アメリカによるイラン核施設への爆撃について、GCC諸国も加盟するアラブ連盟とイスラム協力会議が、名指しを避けながらも、イランへの軍事行動は同国の主権侵害だとの声明をそれぞれ出している[13]。GCC諸国を含むアラブ、イスラムの国々は、例外のない国際法や国連憲章の遵守を支持したといえる。このGCC諸国の姿勢は、ガザ紛争、そしてパレスチナ問題の解決についても貫かれており、イスラエルとアメリカの「力の平和」とは隔たりがある。

地域の安全・安定の道を探るGCC

 停戦合意から2日後の6月26日、ネタニヤフ首相はビデオ演説で、イランとの交戦により「偉大な勝利を成し遂げた」とした上で、これを好機として、ガザ紛争の進展やアラブ諸国との国交正常化(アブラハム合意)の拡大をはかる意向を示した[14]。同首相にとって、ハマスの壊滅、ヒズボラの武装解除、シリア領内での占領地拡大と同様に、アブラハム合意の拡大もイスラエルの安全保障政策の一環である。こうしたネタニヤフ政権を、トランプ政権は武器支援と政策協調で支えている。その両政権が共有しているのは、イランの現体制をはじめとする反イスラエル勢力を排除した中東地域の将来像だと考えられる[15]。

 これに対し、GCC諸国は、アラブ諸国やイスラム諸国などと連携をはかり、国際法にもとづいた地域の平和と安定に向けて政策協調に努めている。例えば、パレスチナ問題では、UAEが常任代表となっているアラブ諸国の国連代表からなる「国連アラブ・グループ」が国連総会でガザ地区に関する決議案4本の採択に尽力している[16]。また、GCC諸国は、サウジアラビアとフランスが共催する「パレスチナ問題の平和的解決のための国際会議」(6月17日の開催が延期され、7月28日に開催予定)で、紛争の平和的解決、パレスチナ問題の「二国家解決」への国際社会の揺るぎない関与を再確認し、実現に向けて行動を取るよう国連加盟国に働きかけようとしている[17]。さらに、カタールはイスラエルとハマスとの停戦協議で、アメリカ、エジプトと協力し仲介役を果たし続けている。

 また、イラン核問題では、オマーンが、アメリカとイラン間の間接協議の仲介役を務め、2025年4月から5回の協議を重ね、外交による問題解決に尽力してきた。6月15日に開かれる予定の第6回協議を前にした13日にイスラエルがイランへの武力行使を実施したこともあり、先に述べたようにGCC諸国は一体となってイスラエルへの非難声明を発出した。このイスラエルとイランの交戦の最中には、サウジアラビアのムハンマド皇太子が13日にトランプ大統領と[18]、14日にイランのペゼシュキアン大統領と電話会談を行い[19]、紛争のエスカレートの鎮静化に努めている。さらに、16日にはオマーンのハイサム国王がペゼシュキアン大統領と[20]、18日にはUAEのムハンマド大統領がロシアのプーチン大統領とそれぞれ電話会談し[21]、停戦の糸口を探っている。

 注目すべきは、イランによるカタールのアメリカ軍基地への攻撃について、GCC各国がイランの行動は国際法に著しく違反しているとして非難していることである[22]。ただし、その直後に発表された停戦合意について、サウジのムハンマド皇太子は24日、ペゼシュキアン大統領と電話会談を行い、歓迎の意を伝えている[23]。

 このようにGCC諸国は、ガザ紛争、イラン問題で、国際法や国際機関の役割を重視する姿勢を国際社会に明確に示している。それは、パレスチナ問題の解決の道筋をつけるとともに、今後も続く可能性があるイスラエル・アメリカとイランの対立を見越して、できるだけ政策選択の自由を高めるためとも考えられる。

おわりに

 近年、湾岸地域では、2022年5月から「アラブ・イラン対話会議」が毎年開催され、地域および世界的な課題について協議されていることをはじめ[24]、2023年3月の中国の仲介によるサウジとイランの和解や2024年7月のイランでのペゼシュキアン大統領の就任により関係国間の信頼醸成が進んでいる。例えば、2025年4月にはサウジのハリド国防省が、26年ぶりにイランを訪問し、サルマン国王からハーメネイ最高指導者への書簡を渡したことが注目された[25]。

 また、脱炭素の国際的な潮流の中で、GCC諸国は、石油・天然ガスへの依存度の低減、民間部門の拡大、雇用創出などの経済改革に迫られており、域内の経済協力の重要性も増している。さらに、中東地域の平和のための環境を整備し、投資を呼び込む必要もある。シリアやレバノンの復興支援もその一環といえる。このように、GCC諸国は、軍事分野にとどまらない長期的な地域の発展を視野に入れた安全保障を描いている。

 一方、イスラエルは、パレスチナ自治区の西岸およびガザ地区そしてエルサレムで国際法や国連決議に反する政策をとり続けており、イランに対する武力行使の意思を示し続けている[26]。そうしたイスラエルによる力による平和は、GCC諸国が描く地域の包括的安全保障とは相いれない。したがって、イスラエルが変わらない限り、GCC諸国とイスラエルとの関係改善の進展は難しいのではないか。

(2025/07/22)

脚注

  1. 1 イスラエル軍は作戦「立ち上がる獅子」を計画し、戦闘機200機とドローンを活用した秘密工作により、イラン国内の100カ所以上を攻撃した。“Israel carries out strikes targeting Iran’s nuclear, military sites,” Aljazeera, June 13, 2025. なお、イスラエル軍は、この攻撃で核計画に関係した核科学者11人を排除、30人の上級司令官を含む多数の軍人を殺害し、イランの備蓄の約50%に相当するミサイル製造拠点35カ所、ミサイル発射装置約200基などを破壊したと発表している。Ikram Kouachi, “Israel claims assassination of 11 Iranian nuclear scientists, massive strikes during war on Iran,” Anadolu Agency, June 27, 2025.
  2. 2 「ミッドナイト・ハンマー作戦」と名付けられた攻撃では、ナタンズ、フォルドゥの核施設にB-2ステルス爆撃機7機により以前はテストの役割でのみ使用されていた大型貫通爆弾(Massive Ordnance Penetrator:MOP)14発を投下し、イスファハンには潜水艦より24発のトマホーク巡航ミサイルが発射された。Luis Martinez, Anne Flaherty, and Bill Hutchinson, “How bunker-busters and B-2 stealth bombers struck at the heart of Iran's nuclear program,” ABC News, June 23, 2025.
  3. 3 “Transcript: President Donald Trump addresses nation after US strikes on Iran,” ABC News, June 22, 2025.
  4. 4 “Foreign Ministry: World should not forget it was the U.S. that started a dangerous war against Iran,” Islamic Republic News Agency, June 22, 2025.
  5. 5 このミサイルはカタールの防空システムにより迎撃され、カタールにも米軍にも死傷者はでなかった。こうしたイランの対応について、トランプ大統領は感謝すると述べた。Barak Ravid, “No casualties reported after Iran missile attack on U.S. base in Qatar,” Axios, June 22, 2015.
  6. 6 “Trump claims ceasefire reached between Israel and Iran,” Aljazeera, June 23, 2025. 停戦合意に当たっては、トランプ大統領がネタニヤフ首相と電話会談し、カタールのムハンマド首相がイランの合意を取り付けた。Kylie Atwood, Jennifer Hansler, Alayna Treene, Jeff Zeleny and Zachary Cohen, “Dramatic day of diplomacy culminates in Trump announcing Iran-Israel ceasefire,” CNN, June 24, 2025.
  7. 7 “Resolution 487(1981) of 19 June 1981,” United Nations Security Counsil, June 19, 1981.
  8. 8 “Declaration of the Assembly of Heads of State and Government of the Organization of African Unity on the aerial and naval military attack against the Socialist People's Libyan Arab Jamahiriya by the present United States Administration in April 1986,” United Nations General Assembly, November 20, 1986; 清水隆雄「国際法と先制的自衛」『レファレンス』 2004年4月; “US and Iran escalation questions answered: What can the world do?” BBC, January 9, 2020.
  9. 9 “NPT Safeguards Agreement with the Islamic Republic of Iran,” International Atomic Energy Agency, June 12, 2025.
  10. 10 “G7 Leaders’ statement on recent developments between Israel and Iran,” Ministry of Foreign Affairs of Japan, June 16, 2025.
  11. 11 “Iran urges U.N. Security Council to hold the U.S. and Israel accountable for their war of aggression,” Islamic Republic News Agency, June 29, 2025.
  12. 12 なお、アメリカに関する言及はない。“Gulf Cooperation Council Condemns Israeli Strike on Iran, Calls for Diplomacy,” Asharq Al-Awsat, June 17, 2025.
  13. 13 アラブ連盟については、“Arab League Voices Concern Over Escalation Following Military Operations Against Iran,” Saudi Press Agency, June 22, 2025. イスラム協力会議については、“OIC: Targeting Iranian Nuclear Facilities Threatens Mideast Security, Peace, and Stability,” Qatar News Agency, June 22, 2025.を参照。
  14. 14 Lazar Berman and ToI Staff, “Netanyahu: Win over Iran created opportunity that must be seized to expand peace deals,” Times of Israel, June 26, 2025.
  15. 15 ネタニヤフ首相が公開したガザ2035ビジョンでこうした将来像が示されている。Yuval Barnea, “From crisis to prosperity: Netanyahu's vision for Gaza 2035 revealed online,” Jerusalem Post, May 3, 2024.
  16. 16 国連総会では、ガザ紛争の即時停戦を求める決議案を、2023年10月、同年12月、2024年12月に採択している。6月12日の決議案は、6月4日に国連安保理事会でアメリカが拒否権を行使(賛成14カ国)したため総会決議として採択された(賛成149、反対12、棄権19)。同決議では、「戦争の手段として民間人の飢餓を利用している」ことを強く非難している。“Protection of civilians and upholding legal and humanitarian obligation,” United Nations General Assembly, June 9, 2025.
  17. 17 “Co-Chairs of the UN Palestine Conference -Saudi Arabia, France- and Co-Chairs of its Working Groups: Conference Suspended Amid Regional Escalation,” Saudi Press Agency, June 17, 2025.
  18. 18 “Saudi crown prince, President Trump discuss regional tensions in phone call,” Arab News, June 13, 2025.
  19. 19 “HRH the Crown Prince Condemns Israeli Attacks in Phone Call with Iranian President,” Saudi Press Agency, June 14, 2025.
  20. 20 “His Majesty The Sultan Holds Phone Call with Iranian President,” Oman News Agency, June 16, 2025.
  21. 21 “UAE president, Russia’s Putin discuss Iran-Israel conflict,” Arab News, June 18, 2025.
  22. 22 “What have countries said about Iran’s strike on a US base in Qatar?” Al Jazeera, June 23, 2025.
  23. 23 “Saudi crown prince and Iranian president discuss Iran-Israel ceasefire deal,” Arab News, June 24, 2025.
  24. 24 第4回会合が「強固な関係と相互利益」をテーマに、2025年5月10日から12日にドーハで開催され、政治、安全保障、経済協力の道筋に焦点を当てて協議された。“Arab-Iranian Dialogue Conference concludes fourth edition with proposals for deepening cooperation,” Al Jazeera Center for Studies, May 15, 2025.
  25. 25 “Khalid bin Salman in Iran, Hands Khamenei Message from King Salman,” Asharq Al-Awsat, April 17, 2025.
  26. 26 “Israeli military to prepare plan to ensure Iran is no longer a threat: Defense minister,” Al Arabiya, July 4, 2025.