異例の好待遇

 12月4日夕刻、専用機でデリーの空軍基地に到着した「友人」プーチン大統領を、モディ首相はタラップの下で出迎え、握手と抱擁を交わした。そしてそのまま同じ車に乗り込んで首相公邸に向かい、夕食を共にした。2人が車に同乗して会話を交わす光景は、9月に中国天津で開催された上海協力機構首脳会議の際にもみられたが、モディ首相自身が相手国の首脳を空港まで出迎えに行くのはきわめて異例である[1]。

 プーチン大統領がインドを訪れたのは4年ぶりで、ウクライナ侵攻開始後では初めてとなる。それゆえに「なぜ今なのか?」との疑問をもつかもしれない。しかし実は、なんら不思議な話ではない。というのも、印ロ間では四半世紀前、2000年のプーチン訪印時に戦略的パートナーシップ関係を宣言して以来、相互に相手国を訪問して年次首脳会談を実施する体制が確立されているからである。新型コロナの影響を受けた2020年とウクライナ侵攻開始後の2022、23年は対面開催が見送られたものの、2024年にはワシントンでNATO首脳会議が開催されるさなかにモディ首相がモスクワを訪問し、プーチン大統領と熱い抱擁を交わしたことが物議を醸した[2]。戦争が続くなかでも1年前にモディ首相が訪ロに踏み切ったことを考えれば、今回のプーチン訪印は両国間で既定路線になっていたといえよう。

膠着状態の印米関係

 もちろん、プーチン訪印を促進した国際環境も見逃してはならない。なかでも重要なのは印米関係である。両国間では5月に起きたインドとパキスタンの交戦を、自身が停戦に導いたとするトランプ大統領の主張をインド側が受け入れなかったことを機に、首脳間の関係がこじれた。トランプ大統領は7月末にはロシア産原油購入を理由に、インドからの輸入品に対する関税を50%にまで引き上げた。その後も、トランプ政権からはインドに対する露骨な批判が相次ぎ[3]、2月の首脳会談時に合意した2025年秋までの二国間貿易協定取りまとめ[4]は実現しなかった。10月末の習近平主席との会談でトランプ大統領は米中関係を「G2」と表現し、年内に開催するはずであったデリーでのクアッド(日米豪印)首脳会合も見送られるなど、対中牽制のためのインドの戦略的重要性を軽んじているかのような言動もみられる。

 今世紀に入ってから一貫して緊密化の基調が続いてきた印米関係は今や一転して悪化し、このように半年以上にわたって膠着状態が続いている。モディ政権としては、最大の輸出市場である米国との関税・貿易協定を結びたいのは当然だが、関係改善に向けた糸口が見いだせない。

 こういう場合に、大国意識が強く、戦略的自律性を重んじるインドはけっして相手に屈服する選択肢を取らない。むしろ米国以外との関係を進展させる行動をとる。ロシアのウクライナ侵攻前の拙著で論じたように、インドにとってロシアという国の重要性は、相対的に低下傾向に向かうものの、古くからの友好国として、米中などとの関係が悪化した場合の「保険」であり、それらとの交渉を有利に進めるための「梃子」として位置づけられる[5]。2020年の国境衝突で対中脅威が現実のものとなるなか、トランプ大統領がインドを軽視し、自らの利益実現のためにインドに露骨な圧力を加え続けるのであれば、インドにとってロシアというカードが意味をもつのは当然である。

控えめだった具体的成果

 そんなわけで、異例の手厚いもてなしとなったのである。そこにはインドは圧力には屈せず、戦略的自律性を維持するというメッセージを内外に示す意図が込められていたのは明らかである[6]。他方、ロシアからすれば、クアッドの一角として西側も重視するインドのモディ首相がプーチン大統領をかくも温かく迎え入れてくれたことは、ロシアが世界で孤立していないということをアピールするのに寄与するものであっただろう。今回のプーチン訪印の最大の成果は、双方の置かれた対外関係の難局のなか、印ロ首脳の結束ぶりを示した点にあった。

 しかしながら、華々しい演出にもかかわらず、総じていえば、具体的な成果は乏しく控えめなものに留まった[7]。10月、米国やEUがロシアの二大石油会社に制裁を科し、ロシア産原油の購入が一層難しくなるなかで、最も注目されたのが、インド側が原油輸入を続ける意思を表明するかどうかであった。実際のところ、プーチン大統領は、「ロシアは石油、ガス、石炭、そしてインドのエネルギー開発に必要なあらゆるものの信頼できる供給源」と誇り、「急成長するインド経済に向け、燃料の途切れない供給を継続する用意がある」と訴えた[8]。ところが、モディ首相からは明確な返答はなく、ミスリ外務次官もインドのエネルギー企業は「変化する市場動向」や「調達時に直面する商業上の課題」に基づいて判断するとの慎重な姿勢に留まった[9]。

 インドは開戦当初はディスカウント率の高いロシア産原油を大量に購入していたが、徐々にリスク分散の観点からロシア産原油購入量を減少させている。その傾向はトランプ関税発動のはるか前の2024年12月から見え始めていた。以降の10カ月間のデータをみると、うち8カ月は前年に比べ購入量が減少した[10]。そのうえで、二大石油会社が制裁を受けたことで、これらから購入してきたインドの大手精製5社は、12月分の発注を行わなかった[11]。この制裁を回避するための方策についても話し合われたものと思われるが、すでに行われている現地通貨決済以外の妙案は見つからなかったようだ。トランプ大統領の意向に従うわけではないとしても、インドによるロシア産の購入量は自然に減少傾向に向かうものと思われる。

 原油取引に次いで注目されていたのが防衛分野、とくに兵器取引であった。事前には、インド側が5月のパキスタンとの交戦時に能力を発揮したロシアの防空システムS-400の追加購入を検討しているとか、ロシア側が最新鋭の防空システムのS-500や戦闘機Su-57の売り込みを提案する[12]、あるいはリース契約でロシア製原子力潜水艦が引き渡されるなどとも報じられていた[13]。ところが、首脳会談前日には国防相会談が行われたにもかかわらず、軍事プラットフォームや装備に関わる新たな具体的合意は、なんら発表されなかった。このほか、ロシアのペスコフ報道官は、小型モジュール炉(SMR)設置の提案が行われると訪印前に語っていた[14]ものの、こちらについても合意はなかった。

 覚書が交わされたのはほとんどが経済・社会協力の分野であった。そのなかでとくに有意味なものと言えば「労働力移動協定」くらいであろう[15]。IT、建設、エンジニアリング等の分野に熟練したインド人労働者をロシアに派遣する枠組みが合意された。留学等を目的にロシアに渡航したにもかかわらず、斡旋業者に騙されてロシア軍で働かされているインド人の問題が依然未解決にもかかわらず、こうした協定を締結するのは驚くべき話のように思えるかもしれない[16]。しかし、モディ政権はガザ攻撃開始後にイスラエルとも同様の協定を結び多くの労働力を送り込んできた[17]。戦争長期化で労働力不足が深刻なロシアと、若者に国内で十分な雇用を提供できていないインドの現実を踏まえると、双方にとって有益な協定と考えられたのであろう。

今後の印ロ関係

 このように具体的な成果が控えめなものに留まったのはなぜか。予測不可能なトランプ大統領が貿易・関税交渉で一層強硬姿勢をとるのではないか、あるいは「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」を適用してくるのではないか、さらには2026年初頭に予定される欧州首脳の訪印とEUとの自由貿易協定締結に悪影響を与えたくないといった思惑などが指摘されている[18]。しかし重要だと思われるのは、インドがロシアに全面的な信頼を置いているわけではけっしてないという点である。ウクライナ戦争を通じて明らかになってきているのは、S-400含め、すでに発注済みのロシア製兵器が納入すらままならず、インドにとって最大の脅威である中国へのロシアの依存が外交、経済、軍事のあらゆる面で深まっているという現実である。ロシアはもはやインドの助けにならない、との声すらある[19]。

 しかしインドにとって、もし米中「G2」の世界が実態化し、古くからの友好国ロシアが中国と一体化するならば、最悪のシナリオとなるのは言うまでもない。それゆえに、地政学的には中国の向こう側にあるロシアをできる限り引き寄せ、関係を維持していくことは今後も不可欠である。しかし、米国が対中を睨んだインド太平洋地域への関与を後退させ続けるならば、ロシアだけでなく、英仏独など欧州や豪州、カナダ、日本など、米中以外の他の「ミドルパワー」との連携も一層重視されるであろう。インドにとってのロシアは、こうした「多連携(multi-alignment)」外交のひとつとして捉えるべきなのである。

(2025/12/16)

脚注

  1. 1 これまでにモディ首相が外国首脳を空港で出迎えた事例としては、2015年のオバマ米大統領、2017年のハシナ・バングラデシュ首相、および安倍首相、2020年のトランプ米大統領などの訪印がある。
  2. 2 伊藤融「ロシア・ウクライナ戦争におけるインドのバランス外交――プーチン、ゼレンスキー双方と抱擁したモディ」国際情報ネットワーク分析 IINA、2024年8月30日。
  3. 3 伊藤融「インドで急速に進む対米不信と印米関係の危機――トランプ・モディの友情の限界」国際情報ネットワーク分析 IINA、2025年8月7日。
  4. 4 伊藤融「バイデンからトランプ2.0へ――インド・モディ政権の期待と懸念」国際情報ネットワーク分析 IINA、2025年2月20日。
  5. 5 伊藤融『新興大国インドの行動原理――独自リアリズム外交のゆくえ』慶應義塾大学出版会、2020年、177-189頁。
  6. 6 今回のプーチン訪印が米国との貿易協定交渉に悪影響を及ぼすのではないかとの質問に対し、ジャイシャンカル外相は「我々はつねに、複数の国々と関係をもっていることを明確に表明してきたと思います。我々には選択の自由があります」とし、さらに「戦略的自律性は今後も続くでしょう」と述べた。Divya A, “India’s freedom of choice, Putin’s visit won’t affect US ties, says Jaishankar,” The Indian Express, December 7, 2025.
  7. 7 Ministry of External Affairs, “Joint Statement following the 23rd India - Russia Annual Summit (December 05, 2025),” December 5, 2025.
  8. 8 Devirupa Mitra, “Putin Vows ‘Uninterrupted’ Fuel Supplies as India, Russia Seek to Project Resilient Ties,” The Wire, December 5, 2025.
  9. 9 Shivam Patel, YP Rajesh, 「プーチン氏、インドに燃料安定供給を確約 モディ首相と貿易・防衛協力拡大で合意」ロイター、2025年12月6日。
  10. 10 T.C.A. Sharad Raghavan, “India’s shift away from Russian oil imports predates Trump tariffs,” The Hindu, November 20, 2025.
  11. 11 “Indian Oil Refiners Scale Back From Buying More Russian Oil: Report,” The Wire, November12, 2025.
  12. 12 Snehesh Alex Philip, “India eyes more S-400s with upcoming Putin visit, Su-57 likely to stay off radar,” The Print, November 26, 2025.
  13. 13 「インド、ロシア製原子力潜水艦のリース契約確保-20億ドル規模」Bloomberg、2025年12月4日。
  14. 14 Kallol Bhattacherjee, “Russia focused on increasing trade with India despite ‘obstacles’ by third countries: Dmitry Peskov,” The Hindu, December 2, 2025.
  15. 15 Ministry of External Affairs, “List of Outcomes: State Visit of the President of the Russian Federation to India (December 04 – 05, 2025),” December 5, 2025.
  16. 16 “Number of Indians In Russian Army Rises Sharply to 44,” The Wire, November 8, 2025.
  17. 17 Suhasini Haidar, “First batch of 64 Indian workers from Haryana, Uttar Pradesh leave for Israel,” The Hindu, April 3, 2024.
  18. 18 Suhasini Haidar, “What did Putin’s visit to India achieve? Explained,” The Hindu, December 7, 2025.
  19. 19 Rajesh Rajagopalan, “Hugs, car rides, but no deals—Modi-Putin meet exposes weaknesses of both countries,” The Print, December 7, 2025.