ホワイトハウスにトランプが帰ってきた[1]。昨秋の大統領選挙以降、来るトランプ2.0に戦々恐々とした多くの国とは対照的だったのがインドだ。モディ首相は、2024年11月6日、トランプの勝利宣言を待っていたかのように、自身のXにかつての両者の蜜月ぶりを示す複数の写真を掲載し、「私の友人」の「歴史的勝利」に祝意を示した[2]。そればかりか、その日のうちに直接電話までした。上機嫌のトランプは、インドとモディを「素晴らしい」と絶賛し、「真の友人だ」と持ち上げたという[3]。
トランプ再登板歓迎の要因
モディ首相の歓迎ぶりには、いくつかの要因がある。構造的には、インドはクアッドの一員であるとはいっても、米国と同盟関係にあるわけではない。したがって日本や韓国、欧州のように同盟のコスト負担増を求められ、応じなければ「見捨てられる」という不安を抱く立場にそもそもない。しかも重要なのは、インドを米国の不可欠な戦略パートナーとして重視する政策は、超党派的支持を得てきたという現実がある。「過去5回の大統領任期中、トランプ時代含め、米国との関係は着実に進展した。大統領選がどんな結果になろうと、今後も印米関係は発展していくと確信している」[4]とのジャイシャンカル外相の自信は、そうした印米関係の構造に裏打ちされたものだ。
つぎに指導者同士の個人的関係、抜群の相性の良さがある。第一期政権時の2019年9月のモディ訪米の際、在米インド人5万人を動員した「ハウディ・モディ」集会には、トランプ大統領が駆け付けた。すると、翌年2月のトランプ訪印時にモディ首相は、10万人収容の新クリケット場を満席にして、「ナマステ・トランプ」集会でもてなした。二人はトップダウン型で首脳外交を重んじる点、国民向けのパフォーマンスを好む点、ナショナリズムや自国第一主義を隠さない点など、個性がきわめて似通った政治家であり、モディ首相からすれば、心地よく付き合える相手なのである。
最後に、バイデン政権下で深刻化した摩擦を指摘しておかねばならない。バイデン政権はモディ政権の権威主義的政治手法や、インドにおける宗教やメディアの自由の後退、人権侵害等への懸念と批判を公然と表明してきた。たとえば、ブリンケン国務長官は2022年4月の印米外務・防衛閣僚会合(2プラス2)の際に開催された共同記者会見で、「政府、警察、刑務所の職員による人権侵害の増加を含め、インドで起きている最近の出来事を、われわれは監視している」と警告を発した[5]。2024年3月、ムスリムに差別的な市民権法改正法が施行された際には、「宗教の自由と法の下の平等は民主主義の基礎」だとして憂慮を表明した[6]。総選挙直前、インド当局が野党有力指導者のデリー準州首相を逮捕したことにも、国務省は「公正で透明性のあるタイムリーな法的手続きを奨励する」と注文を付けた。これらにモディ政権が苛立ち、強く反発したことは言うまでもない[7]。
2023年後半、カナダに続き、米国でも印諜報機関の調査分析局(RAW)が、モディ政権に批判的なシク教徒指導者の殺害を企てたのではないかとの疑惑が持ち上がった。米司法当局は直接関与したインド人だけでなく、指示を出したとされるRAWの元職員まで起訴した[8]。一連の計画には、ドヴァル国家安全保障顧問など、モディ政権中枢が関与していた疑いも報じられた[9]。印内務省は、トランプ政権発足直前に、RAW元職員「個人」の関与を認める報告書を発表し、幕引きに懸命となった[10]。
さらに2024年11月、米司法当局と証券取引委員会は、インドの新興財閥を率いるゴータム・アダニ会長を贈収賄などで起訴した[11]。モディ首相にきわめて近く、国内外のさまざまなプロジェクトを主導するアダニが裁判にかけられれば、モディ政権との癒着ぶりも白日の下に晒されかねない。早速、ケニアやスリランカ、バングラデシュなどでは主要プロジェクトの中断や見直しが始まった[12]。
これらの米国との摩擦から「解放」してくれるのが、トランプ2.0なのである。トランプ大統領がそもそも人権や民主主義の価値に無頓着なのはよく知られている。実際、連邦捜査局(FBI)長官には、司法省とFBIを徹底批判してきた側近のインド系ヒンドゥー教徒、カシュ・パテルを指名した[13]。政権発足後は、海外腐敗行為防止法(FCPA)の執行を停止する大統領令を出した[14]。RAW元職員やアダニの問題もうやむやになる可能性が高まっている。モディ政権からすると、まさに「救いの手」である。
不確実性への懸念
もちろん、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ2.0への懸念が全くないわけではない。まず他の多くの国に対してと同様、インドにも関税で攻勢を仕掛けてくるのは確実である。米国の平均関税は2.2%なのに対し、インドは12%をかけているという報道もあり、対中、対日などの額に比べれば少ないとはいっても、米国の入超状況が固定化している。輸入関税引き下げと米国製品やエネルギーの輸入増を求めてくるのは間違いない[15]。それでも、インドでは米国が中国を最大の脅威と認識している限り、重要新興技術イニシアティブ(iCET)やインドでの半導体工場建設など、インドをサプライチェーンのなかに組み込む流れは変わらないとの楽観的な見方が支配的である[16]。
つぎに、トランプ政権の移民規制への懸念がある。第一期政権時には、高度技術者向けのH1-Bビザが厳しくなり、H1-Bビザの7割を占めるといわれるインド人には不満が広がった。今回も、トランプを支えた白人至上主義者たちは、SNS上で反インド的なキャンペーンを展開した[17]。しかし早くからトランプを多額の献金でトランプを支えた実業家のイーロン・マスクが、有能人材の必要性からH1-Bビザの重要性を主張していることから、大統領が最終的にどう判断するかは不透明である[18]。
同じ移民でも明確なのは、不法移民への厳しい姿勢だ。インド出身の米国の不法滞在者はメキシコ、エルサルバドルに次いで多い72万5千人ともされ[19]、トランプ政権2.0は発足当初から印側に外相会談や首脳電話会談で不法移民対策を強く求めた[20]。後述する対面での首脳会談直前には、104人のインド人不法移民の手足を拘束したまま、米軍輸送機C-17でインドに強制送還してみせた[21]。
地政学的には、インドにとって重要なパートナーであるロシアとイランのうち、ウクライナ支援に消極的で戦争終結を急ぐトランプ2.0は、前者にはより寛大とみられているものの、後者についてはより厳しい措置を取ることが懸念される。実際のところ、トランプ大統領は早速、国家安全保障大統領覚書に署名し、イランに最大限の圧力をかけると表明した。そのなかでは、インドが開発を進めてきたチャーバハール港も第一期政権時とは違い、制裁免除が認められない恐れが出ている[22]。
このようにモディ政権は、総じてトランプ2.0を前向きに捉えつつも、どう出てくるか、どんなディールを仕掛けてくるか、という不確実性への懸念を抱いている。
モディ3.0とトランプ2.0 ―初の首脳会談
そんななかで、2月13日、トランプ大統領はモディ首相をホワイトハウスで出迎えた。イスラエルのネタニヤフ首相や日本の石破首相らに続き、いち早く招いたことは、トランプ2.0がモディ3.0を重視している証左と言えよう。トランプ大統領は熱い抱擁と固い握手で、「とても会いたかった」とモディ首相を大歓迎した。
首脳会談後の共同声明[23]や会見[24]をみると、バイデン前政権期の印米関係と比べ、いくつかの点で力点の変化や修正が図られていることが窺える。第一は、防衛協力を一層重視する方向性である。防衛は共同声明の第一項目に位置づけられた。バイデン政権期に結ばれた装備品協力に加え、トランプ大統領は、ロシアへのステルス技術漏れの恐れから否定されてきたF-35戦闘機の供与すら認める考えを示した[25]。第二は、貿易問題への関心の強さである。トランプ大統領はインドを「関税王」などと批判してきたが、2025年秋までに懸念事項に対処する二国間貿易協定をまとめることが合意された。トランプ大統領が貿易赤字解消の方法として求めていた米国産の石油とLNG購入を印側は受け入れた模様だ。第三は、バイデン政権が重視した気候変動、クリーンエネルギー等への関心の低下である。これらは共同声明のなかに一切盛り込まれなかった。第四は、不法移民対策の強化が盛り込まれた点である。モディ首相は、不法移民の多くは人身売買によるものとしつつも、不法に入国した者は引き取ると明言した。実際、首脳会談翌日と翌々日にも、印側は米軍用機での強制送還を受け入れた[26]。第五に、日米豪印(クアッド)には言及があり、2025年にデリーで開催されるクアッド首脳会合へのトランプ大統領招待も確認されたものの、バイデン政権が始めた「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」には言及がなかった。インド太平洋における経済連携は後退するとみられる。
他方でバイデン政権の開始した協力を維持・強化することが明記されたのは、中東での枠組みである。印米とイスラエル、アラブ首長国連邦からなる「I2U2」、インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)は今後も推進が確認された。また、サプライチェーン強靭化協力についても変わらないことが明らかになった。共同声明には、従来のiCETという表現はないものの、同様の趣旨の「戦略技術活用による関係転換(TRUST) イニシアティブ」の立ち上げが盛り込まれた。防衛、AI、半導体、宇宙などの分野で、重要新興技術協力を促すという。インドにとっては一安心である。
モディ首相は会見で、トランプ大統領のスローガンMAGA(米国を再び偉大に)を取り上げ、自らの掲げる「先進国インド」という目標をMIGA(インドを再び偉大に)と称して、MAGAとMIGAはMEGA(巨大)パートナーシップになりうると述べ、トランプの米国との親和性を強調した[27]。トランプ大統領がこれに歓喜したのは言うまでもない。
今後の最大の焦点は、相互関税のカードを切って貿易赤字解消を求めるトランプ2.0と、受けて立つモディ3.0のディールの行方である。H1-Bビザやチャーバハール港などもそのディールの材料になりうるかもしれない。首脳間の個人的な関係は、間違いなくインドにとって強みだが、さらなる関税の引き下げや自由化は避けられないだろう[28]。しかし、2024年総選挙で議席を大きく減らしたモディ政権与党にとって、保護主義の強い国内の抵抗を乗り越えるのは容易ではなく、先行きは見通せない。
(2025/02/20)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
From Biden to Trump 2.0 – Expectations and concerns for the Modi administration in India
脚注
- 1 4年前の拙稿を参照されたい。伊藤融「トランプからバイデンへ―インド・モディ政権の期待と懸念」国際情報ネットワーク分析 IINA、2021年1月6日。
- 2 モディ首相のXポスト、2024年11月6日。
- 3 “Modi Congratulates Trump For ‘Spectacular Victory’; Trump Calls Modi, India ‘Magnificent’,” The Wire, November 7, 2024.
- 4 大統領選投票日当日の発言。Suhasini Haidar, “Trump or Harris, India-U.S. ties, Quad will ‘only grow’, says Jaishankar,” The Hindu, November 6, 2024.
- 5 Kanishka Singh, “U.S. monitoring rise in rights abuses in India, Blinken says,” Reuters, April 12, 2022.
- 6 “US ‘concerned’ about CAA implementation in India, says ‘closely monitoring’,” Hindustan Times, March 15, 2024.
- 7 Lucas Lilieholm, Sania Farooqui and Aishwarya S. Iyer and Rhea Mogul, “India summons US State Department official over call for fair legal treatment of arrested opposition leader,” CNN, March 28, 2024.
- 8 “U.S. charges former India spy linked to murder plot in New York,” Washington Post, October 17, 2024.
- 9 Greg Miller, Gerry Shih, and Ellen Nakashima, “An assassination plot on American soil reveals a darker side of Modi’s India,” Washington Post, April 29, 2024.
- 10 Ministry of Home Affairs, “High Powered Enquiry Committee submits its report to the Government,” January 15, 2025.
- 11 伴百江、岡部貴典「米当局、インド財閥アダニ氏を起訴 活況IPOに冷や水も」『日本経済新聞』2024年11月21日。
- 12 Sonu Vivek, “Adani Group deals at risk: How countries have reacted after bribery charges,” India Today, November 26, 2024.
- 13 “Who Is Indian-American Kash Patel, Donald Trump's Pick To Head FBI,” NDTV, December 1, 2024.
- 14 “Foreign Corruption Law That Trump Has Paused Was Invoked in Adani Bribery Indictment,” The Wire, February 12, 2025.
- 15 Andrea Shalal, “India's high tariffs are a barrier to imports, White House's Hassett says,” Reuters, February 11, 2025.
- 16 “India could face trade skirmishes under Trump 2.0 offset by China+1 strategy,” The Hindu BusinessLine, November 6, 2024.
- 17 “'Rise of Anti-Indian Hate Posts on X by Trump Supporters is Organised, Systemic Hatred': Report,” The Wire, January 10, 2025.
- 18 「マスク氏とMAGA派対立 グローバル・ビジネス・コラムニスト ラナ・フォルーハー」『日本経済新聞』2025年1月10日。
- 19 Jeffrey S. Passel and Jens Manuel Krogstad, “What we know about unauthorized immigrants living in the U.S.,” Pew Research Center, July 22, 2024.
- 20 トランプ大統領は就任後初となるモディ首相との電話会談で不法移民問題を取り上げ、印側が不法移民について「正しいことをすると信じている」と述べた。 “Trump Says He Discussed 'Illegal Immigrants' With Modi in Post-Inauguration Call,” The Wire, January 28, 2025.
- 21 これには人権侵害であり、国家に対する侮辱だとして、インドでは野党が政権批判を強めた。 “'Humans, Not Prisoners': Opposition Slams Govt for Justifying US Shackling of Indian Deportees,” The Wire, February 6, 2025.
- 22 Keshav Padmanabhan, “Concern for India as Trump orders State Dept to ‘modify or rescind’ Chabahar sanction waivers,” The Print, February 5, 2025.
- 23 The Whitehouse, “United States- India Joint Statement,” February 13, 2025.
- 24 The Whitehouse, “President Trump Hosts a Press Conference with Prime Minister Narendra Modi,” February 13, 2025.
- 25 Nandita Bose and Mike Stone, “Trump says US to increase military sales to India, eventually provide F-35 jets,” Reuters, February 14, 2025.
- 26 Kusum Arora, “Second Military Flight With 119 Indian Deportees Arrives from US,” The Wire, February 15, 2025.
- 27 Ministry of External Affairs, “English translation of Press Statement by Prime Minister Shri Narendra Modi during the India - USA Joint Press Conference,” February 13, 2025.
- 28 インドは今回のモディ首相訪米直前に高級バイクや自動車、スマートフォン部品の基本関税を引き下げる予算案を発表した。岩城聡、坂口幸裕「モディ氏、対立回避を優先 米印首脳会談、貿易黒字削減へ協議 石油・武器の輸入増約束」『日本経済新聞』2025年2月15日。