ホワイトハウスの主の交代が確実となった。現在の主役、トランプ本人はとどまる可能性を依然探っているようだが、もはやバイデンは新政権の骨格造りに取りかかり、日本を含め各国の政府もバイデン次期政権との接触を開始している。

 米政治史上でもきわめて特異な大統領が統治したこの4年間、世界はトランプの「ツイッター政治」に振り回された。超大国アメリカとの関係は、日本やヨーロッパのみならず、中国やロシア、北朝鮮など、どの国にとっても、各々の外交・安全保障政策上、最重要の関心事項にならざるを得ない。インドも例外ではなかった。

トランプ政権下で進展した印米関係

 世界、とくに同盟関係にあるヨーロッパの首脳がトランプ大統領としばしば対立したのとは対照的に、日本の安倍前首相が「ゴルフ外交」などを通じてトランプとの信頼関係を築いたということはよく聞かれる。しかし実はインドのモディ首相も、トランプ大統領とのあいだで、日米のそれに匹敵するほどの個人的関係を構築することに成功した。

 2019年9月、モディ首相が訪米した際、テキサス州ヒューストンに5万人を超える在米インド人を動員した「ハウディ(こんにちは)・モディ」集会には、トランプ大統領自身が登壇し、「急進的なイスラーム・テロと戦う」とか、「国境警備は印米共通の課題」などと述べ、パキスタンからの「越境テロ」に強硬姿勢をとるモディ首相との連帯をアピールした[1]。これに対し、翌2020年2月のトランプ初訪印時には、モディ首相は世界最大級の新しいクリケット場、モテラ・スタジアムで、「ナマステ(こんにちは)・トランプ」と称する大規模歓迎集会を主催した。トランプ大統領は10万人超のインド人聴衆を前に、モディ首相を「真の友人」と持ち上げ、インドの民主主義、多元主義、多様性を称賛してみせた[2]。

 トランプ―モディの相性の良さは、どちらも伝統的なタイプの政治家ではないこと[3]、首脳同士の交渉を重視し、トップダウンで外交政策を決定する傾向があること、自国第一主義、ナショナリストであること、といった共通の個性に起因するところもあろう。しかしそれだけでなく、両首脳の外交・安全保障政策、とりわけパキスタン、中国に対する政策で利害が一致したという点も大きい。トランプ政権のイスラーム過激主義への厳しい姿勢とパキスタンへの援助停止[4]をモディ政権は歓迎した。パキスタン起源のテロへの「報復」としてモディ政権が2019年2月にパキスタン「本土」に行った空爆を、トランプ政権は、「インドの自衛権」として容認[5]するなど、対パ政策をめぐる印米の一致度はきわめて高いものであった。

 中国への強い警戒感も両者は共有していた。2017年12月、トランプ政権が発表した「国家安全保障戦略(NSS)」は、中国を米国の国益や既存の秩序を傷つける「修正主義勢力」だとの認識を示した。そのうえで、南・中央アジア、インド太平洋における中国の影響力拡大に対抗するため、インドを日豪と並ぶ重要な戦略・防衛パートナーだと位置づけた[6]。インド周辺国、インド洋への中国の進出への対抗策を講じてきたモディ政権[7]が、これに呼応したのはいうまでもない。

 2018年9月にはインドにとって初めてとなる外務・防衛閣僚級協議(2プラス2)を米国とのあいだで開始し、「通信互換性保護協定(COMCASA)」が結ばれた。2020年10月、大統領選挙直前かつコロナ禍にもかかわらず、ポンペオ国務長官、エスパー国防長官が訪印して開催された3回目の2プラス2では、「地理空間協力のための基礎的な交換・協力協定(BECA)」も締結されるなど、印米間では同盟国並みの軍事協力が可能となった[8]。

 さらに、「インド太平洋」における日米豪印の4カ国枠組み「クアッド」は、2017年11月に10年ぶりに局長級協議として再スタートしたのを皮切りに、2019年からは外相級に格上げされた。印中の実効支配線(LAC)での軍事対峙が続く最中、東京で開かれた2020年10月の4カ国外相会談において、インドのジャイシャンカール外相は「中国共産党」を名指しして批判するポンペオ国務長官とはさすがに距離を置きながらも、この会談を定例化することに同意した[9]。くわえてインドは同年11月のマラバール演習にオーストラリアを招くことにも同意し、2007年以来となる4カ国での軍事演習が実現した。このように、印米の連携は対中政策においても強化されたのである。

トランプ政権下で深まった溝

 しかしその一方で、印米の利害が一致しないイシューもあった。典型的なのが、インドにとって不可欠な戦略的パートナーのロシアならびにイランとの関係を制限しようとする米国の政策である。ロシアに関しては、インドが導入を進めるロシア製対空ミサイル・システムS-400について、米国は「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」の発動をちらつかせて、購入断念を求める姿勢を変えていない。またトランプ政権のイラン制裁強化は、インドのエネルギー政策のみならず、モディ政権が「中パ経済回廊(CPEC)」への対抗策として進めるチャバハール港開発など、インドの戦略的な投資プロジェクトの足を引っ張るものであった[10]。このほか、モディ政権はトランプ政権の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」に対して、特定の国を標的としたり、あらかじめ排除するような姿勢をとるべきではないとして、「包摂的な」という表現を付加するなど、前述した対中政策においてすら温度差がなかったわけではない[11]。またトランプ政権がアフガニスタンからの米軍撤退を急ぎ、タリバーンとの和平合意を結んだことに対しても、インド側では警戒感が広がった[12]。インドがパキスタンとの二国間問題としてきたカシミール問題に関して、仲介するなどといったトランプの予測不可能な発言にもモディ政権は翻弄された[13]。

 しかし最も深い溝はトランプ政権の保護主義的な経済政策に関するものであった。トランプ大統領は自国民の雇用を守るとして就労査証(H1-Bビザ)停止を発表したが、これによりIT分野などで活躍する在米インド人も締め出されることとなった[14]。2019年までにはトランプの仕掛ける「貿易戦争」の矛先は中国だけでなく、インドにも向けられるようになり、インドを一般特恵関税制度(GSP)の対象から外し、途上国としての優遇措置を取りやめた。これに強く反発したモディ政権はただちに米国から輸入する28品目の関税を引き上げる、事実上の報復措置をとった[15]。この貿易問題はその後の政府間交渉によっても解決していない。

バイデン政権への期待と懸念

 この点でインド側には、トランプ政権とのあいだで膠着状態となっていた懸案事項の少なくとも一部については、新政権になれば打開の可能性がでてくるのではないかという期待感がある。11月8日、モディ首相は米メディアがバイデン候補の当選を報じるやいなや、ツイッターで祝意のメッセージを送った[16]。トランプが敗北を認めないなかでの早々の祝意の背景には、まずもってバイデンのもとでの米国が国際協調主義へと回帰するとみられていることにある。バイデンの対中姿勢には懸念の声もないわけではないが、いまや米国では中国への警戒感とインドの戦略的重要性は党派を越えて共有されたものであり、政権交代があろうとも変わることはないとの自信もうかがえる[17]。それゆえ、バイデン政権になれば、貿易・査証(ビザ)をめぐる摩擦も解消へ向かうのではとの楽観論がある。イラン政策についても同様である。核合意への復帰を公言してきたバイデンのもとでイラン制裁が緩和されるならば、インドのエネルギー・地域戦略にとって強力な追い風となろう。

 バイデンはこれまで上院外交委員長として印米民生用原子力協力協定の議会承認を進めた政治家として、またオバマ政権下の副大統領時代にもインドを米国の主要防衛パートナーとするよう尽力した人物として知られている。また副大統となるカマラ・ハリスは母親がタミル系インド人であることからインドには親近感もある。そうしたこともインドの自信につながっている。

 反対にインド、とりわけヒンドゥー・ナショナリスト勢力に支えられたモディ政権にとって気がかりなのは、インド国内の人権問題への対応である。モディ政権は2019年の第二期政権発足以降、カシミールのインド実効支配地域で憲法上の自治権を停止し、これへの抗議を封じるべく、報道・通信規制、主要政治家・活動家の拘束などを続けた。さらに不法移民にインド国籍を与えるという市民権法の改正の際に、イスラーム教徒を対象から除外した。こうした動きについて、米国では議会を中心に強い懸念が表明されている[18]。政府機関の「国際宗教自由委員会」ですら、2020年の報告書で、モディの腹心のアミット・シャー内相を名指しして批判し、インドを北朝鮮、イラン、シリア、パキスタン、中国、ロシアなどともに「とくに懸念される国(Countries of Particular Concern:CPC)」に指定するよう勧告した[19]。

 これまではトランプ大統領自身が人権問題には総じて無関心であったがゆえに、こうした問題が印米関係の中心議題となることは回避されてきた。しかしバイデンとハリスがモディ政権の人権侵害行為を「インドの内政問題」として看過することはまずあるまい。モディ政権の残りの任期(2024年5月まで)は、このバイデン政権と向き合うことになることを踏まえれば、インドの人権問題はこれからの4年間、印米関係のゆくえを占う重要なイシューとなるであろう。

(2021/01/06)

脚注

  1. 1 Brajesh Upadhyay, “Modi visit to US: Trump appearance signals importance of India,” BBC, September 20, 2019.
  2. 2 Mahesh Langa, “Trump calls Modi a ‘true friend’, lavishes praise on PM,” The Hindu, February 24, 2020.
  3. 3 モディはグジャラート州の州首相を長年にわたって務めたものの、2014年に首相になるまで国政での経験は皆無であった。
  4. 4 2018年1月1日、トランプ米大統領はツイッターで、テロを支援するパキスタンへの援助は馬鹿げていると書き込み、その後国務省が援助停止を実際に発表した。
    Mark Landler and Gardiner Harris, “Trump, Citing Pakistan as a ‘Safe Haven’ for Terrorists, Freezes Aid,” The New York Times, January 4, 2018
  5. 5 インドのドヴァル国家安全保障顧問は、攻撃前に当時のボルトン米国家安全保障補佐官との電話会談でインドの行動への支持を取り付けていたとされる。
    Nayanima Basu, “Ajit Doval had discussed Balakot strike with US NSA John Bolton on 16 February,” The Print, February, 26 2019.
  6. 6 The White House, National Security Strategy of the United States of America, December 2017, p.25, p.46.
  7. 7 2014年の発足以来モディ政権は「近隣第一政策」を掲げ、域内の影響力を回復しようとしてきた。伊藤融『新興大国インドの行動原理―独自リアリズム外交のゆくえ』慶應義塾大学出版会、2020年、115-129頁。
  8. 8 Archana Chaudhary, Sudhi Ranjan Sen, “Pompeo, Esper Push Closer India Ties to Counter China Threat,” Bloomberg, October 27, 2020.
  9. 9 Isabel Reynolds, “Pompeo Calls for United ‘Quad’ Bloc on China in Virus Crisis,” October 6, 2020, Bloomberg.
  10. 10 2020年7月、イランはチャバハール港とザヘダンを結ぶ鉄道計画についてインドからの融資が遅れているとして、単独で開始すると発表した。この裏には、中国がイラン側に示した25年で4000億ドル規模の供与計画があると報じられた。
    Suhasini Haidar, “Iran drops India from Chabahar rail project, cites funding delay,” The Hindu, July 14, 2020
  11. 11 2018年6月、モディ首相のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)での演説。
    “Prime Minister’s Keynote Address at Shangri La Dialogue (June 01, 2018),” Government of India: Ministry of External Affairs, June 1, 2018.
  12. 12 Suhasini Haidar, “Experts raise concerns for India over U.S.-Taliban agreement,” The Hindu, March 1, 2020.
  13. 13 2019年7月訪米したパキスタンのカーン首相に対し、トランプ大統領は、「私が仲介者になってもいい」と述べ、モディ首相からも6月末のG20大阪サミットで会談した際、「仲介を依頼された」と暴露した。開会中の連邦議会で野党は、本当に首相がそのような要請をしたのかと政府を厳しく追求した。予定されていた外遊を急遽取りやめて対応したジャイシャンカール外相は、「首相はそのような要請はしていない」と明言したが、野党は首相自身の答弁を求め、紛糾した。
    “India denies PM Modi asked Trump to mediate in Kashmir conflict,” BBC, July 23, 2019.
  14. 14 Sriram Lakshman, “H1-B visas among those suspended till year end,” The Hindu, June 23, 2020.
  15. 15 Nidhi Verma, Neha Dasgupta, “India to impose retaliatory tariffs on 28 U.S. goods from Sunday,” Reuters, June 16, 2019.
  16. 16 https://twitter.com/narendramodi/status/1325145433828593664
  17. 17 たとえばシュリングラ外務次官の発言。
    “India enjoys bipartisan support, says Shringla,” The Hindu, November 4, 2020.
  18. 18 Revathi Krishnan, “Modi govt’s CAA, Kashmir move to have severe consequences: US senators before Trump visit,” The Print, February 13, 2020.
  19. 19 Annual Report 2020, United States Commission on International Religious Freedom, April 2020, pp.20-22 and p.98.