はじめに

 欧州が2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、エネルギー面でのロシア依存の脱却を試みた結果、ロシア産化石燃料の輸入量は低下傾向にある。EUの石油輸入におけるロシアの割合は、ウクライナ侵攻発生時(2022年第1四半期)の26%から、1年後の2023年第1四半期には3%に激減し、ガス輸入も38%から17%に半減した[1]。

 一方ロシアに代わり、欧州エネルギー市場で存在感を強めているのがアメリカである。本稿は、アメリカが石油・ガス輸出国になり得た要因や、米欧エネルギー協力の進展について考察する。

アメリカの石油・ガス輸出

 アメリカは19世紀より石油・ガス開発に取り組んできたが、第二次世界大戦後の経済成長に伴う消費拡大により、1949年に石油輸出国から輸入国となった。このため、アメリカは海外からの輸入に頼らざるを得なくなり、1960年代には国内生産量が減少に転じ、エネルギー輸入依存度が高まった。1973年の第4次中東戦争時に中東産油国がイスラエルを支持する西側諸国に供給制限などを行ったことを受け、アメリカは1975年、戦略的物資となった原油と天然ガスの輸出を原則禁止する「エネルギー政策・保存法(EPCA)」を制定した[2]。

 その後、アメリカがエネルギー輸出を全面解禁したのは、2010年代に入ってからである。原油輸出は2015年、液化天然ガス(LNG)輸出は2016年に開始され、輸出量は増加の一途を辿っている。米国エネルギー情報局(EIA)の統計によれば、2022年の原油輸出量は日量平均360万バーレル(2015年比で約8倍)に上り、LNG輸出量は約1090億立方メートル(2016年比で約20倍)に達するなど、近年アメリカはエネルギー輸出国としての存在感を強めている。

 アメリカが資源輸出に舵をきった要因として、技術革新による国内生産量の拡大、国内のエネルギー輸送事情、米国産原油の性質、の3点が挙げられる。まず、生産増量に貢献したのが、シェール産業である。シェールと呼ばれる頁岩は従前の技術では採掘が難しかったが、2010年頃より商業的に採算が取れる水圧破砕法[3]と水平掘削という新たな手法が見出されたことで、シェール資源開発に拍車がかかり、国内生産量が増産に転じた。また、生産効率が低下した枯渇油田に二酸化炭素を圧入し増産を図る「原油増進回収(EOR)」の技術も寄与した。これにより、原油生産量は2010年の日量548万バーレルから2022年には1188万バーレルへと倍増し、ガス生産量は約5900億立方メートルから約9900億立方メートルに増え、アメリカは世界有数の石油・ガス生産国となった。

 次に、シェール産業が集中するアメリカ中部(主にテキサス州やルイジアナ州)から、東海岸と西海岸の製油所や発電所にシェール資源を輸送するには障壁がある。距離が離れている上に山脈等の物理的制約があり、パイプラインの新規敷設も政府の環境審査を理由に難しい。また、船舶による海上輸送、貨車やタンクローリーによる陸上輸送のいずれも大量輸送が難しい[4]。アメリカ国内で適当な輸送先が限定される理由から、シェール資源の海外輸出が進められている。

 そして、シェールオイルが低密度で高品質の「軽質油」という特徴を持つことも輸出に関係している。アメリカの製油所の大半は、カナダやメキシコ、中東などから輸入した品質の低い「重質油」の処理向けに設計されている[5]。このため、軽質油のシェールオイルが増産されても米国内で精製に対応できないことから、軽質油の処理能力に余力がある国に輸出されている。

 以上のように、アメリカはシェール資源開発で生産量を飛躍的に増やしたものの、輸送と処理のネックがあることから、エネルギー輸出に活路を見出した。

欧州でロシア産エネルギーの代替となるアメリカ産

 アメリカの石油・ガス輸出はロシアのウクライナ侵攻以後、注目を集めている。その背景には、欧州によるエネルギー面での脱ロシア依存の試みがある。欧州連合(EU)加盟国はロシアの戦費につながる資源収入を断つため、対ロシア制裁を強化し、2022年12月に海上輸送による原油輸入を停止したほか、2023年2月に石油製品の輸入も禁止した。また、ロシア産のガス輸入抑制を目的に国内消費量の15%削減に努めながら、2027年までに全てのロシア産化石燃料を禁輸する計画である。

 ロシア産エネルギーの代替調達を進める欧州にとっての最大支援国は、アメリカである。アメリカは豊富な国内生産量を駆使して、欧州市場に石油や天然ガスを積極的に輸出している。2022年の原油輸出量は、イギリス・ドイツ・イタリア向けで前年比プラス約30%を記録し、対フランス・スペインで4割ほど伸びた(図1)。

図 1:アメリカの欧州各国への原油輸出量(2019~2022年)

出典)EIA「Petroleum Supply Monthly」をもとに筆者作成

 アメリカのLNG輸出は、LNG輸入用の受入基地を擁す国に限られるものの、原油と比較しても急増している。イギリス・オランダ・スペイン・ポーランド向けは前年比で約2倍となり、対フランス・イタリアは3倍以上に達した(図2)。

 その反面、LNG主要購入国の日本・韓国・中国向け輸出は大きく減少している。この背景には、日本と韓国がアメリカの要請に応じて自国調達分のLNGを欧州に融通したこと[6]や、中国がゼロコロナ政策によりガス需要が減少したのを受けて余剰分のLNGを欧州に売却したことがある[7]。

図 2:アメリカの欧州及び東アジア各国へのLNG輸出量(2019~2022年)

出典)EIA「Natural Gas Monthly」をもとに筆者作成

 欧州諸国の中には、ガス調達を急務としている個別の事情を抱える国もある。例えば、フランスは原子力発電が発電比率の7割を占めるが、昨夏の熱波による河川の水温上昇で冷却水を十分に確保できず、定期点検や腐敗による運転停止も重なり、原発の全面稼働を行えていない[8]。またスペインは、ガス主要輸入先のアルジェリアとの外交関係の悪化や、両国間をモロッコ経由で結ぶマグリブ・ヨーロッパ・ガスパイプラインの運転停止の影響により、アルジェリアからガス調達に支障が生じている[9]。欧州でガス需要が高まる中、アメリカ企業がシェールガス増産以後にLNG輸入用の受入基地を輸出基地に転換してきたことが功を奏し、現在の欧州への大口輸送を可能とした。

米欧エネルギー協力の進展による米LNG産業の重要性

 アメリカの欧州向けガス輸出で注目すべき点は、単なる民間企業の経営方針だけでなく、米欧エネルギー協力に基づき展開していることだ。2022年3月、アメリカと欧州委員会(EC)はエネルギー安全保障に関する合同タスクフォースを立ち上げ、アメリカが欧州のロシア産エネルギー依存を減らすため、2022年にEU向けLNG追加供給量(前年比プラス150億立方メートル)を確保する目標を掲げた[10]。また同月、米国エネルギー省(DOE)は、「シェニエール・エナジー (Cheniere Energy)」運営のルイジアナ州及びテキサス州のLNG輸出基地から、ヨーロッパ全土を含む、米国と自由貿易協定(FTA)を締結していない国々への輸出を承認した[11]。そして今年4月の米EC合同タスクフォースで、アメリカがEUのガス貯蔵量の確保に向けて、2023年も500億立方メートル以上のLNGを供給する方針を示した[12]。こうして米国産LNGは、アメリカと欧州とのエネルギー安全保障関係の基盤となり、戦略的重要性を帯びてきた。

 米欧エネルギー協力の進展と世界的なガス需要の高まりを受け、米LNG産業への大型投資が相次いでいる。仏企業「トタル・エナジーズ (TotalEnergies)」がテキサス州のLNG事業に係る最終投資決定を行い、著名投資家ウォーレン・バフェット率いる「バークシャー・ハサウェイ (Berkshire Hathaway)」の子会社もメリーランド州のLNG事業の株式50%を購入することに合意した[13]。この先アメリカのLNG生産能力が増加し、輸出量も更に拡大すると予想される。

結び:日本へのインプリケーション

 今年7月、シェニエール・エナジーが日本の10社以上とLNG販売について交渉していることが明らかになり[14]、米国産LNGの日本向け輸出が加速することが期待される。東日本大震災後の復興という観点もあり、アメリカが2014年4月の日米首脳会談時点で他国に先行して、日本へのLNG輸出制限を撤廃していたことは[15]、エネルギー面での強固な日米関係を反映している。日本がウクライナ侵攻後もロシア産ガスの輸入を継続し、2022年の割合は全体の9.5%を達する点[16]を踏まえると、日本としては、米LNG産業の活況を対ロシア依存の低下につながる好機として捉え、官民一体で米国産LNGの調達を進め、日米エネルギー協力を促進すべきである。

(2023/07/24)

脚注

  1. 1 “Imports of energy products down in Q1 2023,” Eurostat, July 3, 2023.
  2. 2 小島正「シェール革命と国際原油市場」小山堅編『シェール革命再検証:どう見る?原油急落』東洋経済新報社、2015年、171頁。
  3. 3 電力土木技術協会の説明によれば、水圧破砕法とは、坑井内に化学物質を含む水を高圧注入して地層に人工的に割れ目を作り、その中に砂などを充填して割れ目の閉塞を防ぐことで、石油や天然ガスなどの地下資源を採取するための流路を確保する手法である。
  4. 4 小島前掲「シェール革命と国際原油市場」、169頁。
  5. 5 ダニエル・ヤーギン(黒輪篤嗣訳)『新しい世界の資源地図:エネルギー・気候変動・国家の衝突』東洋経済新報社、2022年、71頁。
  6. 6 「欧州へのLNG融通、経産相表明 3月に数十万トン規模」『日本経済新聞』2023年2月9日; “S.Korea to divert LNG cargoes to Europe amid Ukraine crisis - source,” Reuters, April 27, 2022.
  7. 7 Sha Hua, “China Is Rerouting U.S. Liquefied Natural Gas to Europe at a Big Profit,” The Wall Street Journal, October 3, 2022.
  8. 8 トーマス・コーベリエル、ロマン・ジスラー「コロナ危機から燃料価格危機へ:フランスとドイツの電力供給を比較する」自然エネルギー財団、2022年9月8日。
  9. 9 高橋雅英「アルジェリア:スペイン向けガス売却価格の引き上げへ」『中東かわら版』2022年度No.7、中東調査会、2022年4月11日。
  10. 10 “DOE Issues Two LNG Export Authorizations,” US Department of Energy, March 16, 2022.
  11. 11 “Joint Statement between the European Commission and the United States on European Energy Security,” European Commission, March 25, 2022.
  12. 12 “Joint Statement on U.S.-EU Task Force on Energy Security, April 3, 2023.
  13. 13 Yun Li, “Berkshire Hathaway takes control of LNG facility as Buffett ups bet on energy infrastructure,” CNBC, July 11, 2023.
  14. 14 「米LNG最大手「日本の10社以上と交渉」:増産分の販売先で」『日本経済新聞』2023年7月12日。
  15. 15 「日米首脳会談(概要)」外務省、2014年4月24日。
  16. 16 「財務省貿易統計令和 4年分(確々報)」財務省、2023年3月10日。