中国の政治・経済・社会・外交・安全保障についての分析を発信

SPF China Observer

論考シリーズ ※無断転載禁止

SPF China Observer

ホームへ

第51回 2024/04/22

台湾事情~台湾新政権の閣僚人事をよむ

泉 裕泰(笹川平和財団上席フェロー)

 5月20日の総統就任式を控え頼清徳新政権の閣僚人事について、台湾ではさまざまな報道が出始めている。そこで、本稿では、台湾現地の報道や台湾有識者の反応などを踏まえつつ、新政権の姿を描き出してみたい。

 頼清徳次期総統は、4月10日、次期行政院長に卓榮泰氏を指名し、「積極的に行動し、革新的思考を持つ『AI(アクティブ&イノベーション)行動内閣』を打ち立て、内外の挑戦に対応し、挑戦をチャンスに変え、台湾を前進させていく」旨を発表した[1]。これに対し野党国民党は、独立派(「独派色彩」)、旧態依然(「老面孔」)、台南・高雄人脈(「台南幫、高雄幫」)の三つの特色で表される「新潮流派」主体の内閣と批判している[2]。

 次期行政院長(首相に相当)に指名された卓栄泰氏はかつて謝長廷現駐日代表の部下として仕えたことがあるが、その後、行政院長時代の頼氏の秘書長となるなど、頼清徳次期総統にも近しい存在である。また、卓栄泰氏は2019年から2020 年の間、民進党主席も務めたことがある[3]。かつて筆者も同氏に会ったことがあるが、卓氏は極めて実務的で真面目な人との印象だった。今般、卓氏は、台湾南部における潘孟安と並んで、台湾北部における事実上の民進党幹事長として力を発揮するなど、党に対する忠誠心や選挙に際しての頼氏への強力なサポートが評価されている。今後、野党国民党が立法院第一党となり、新政権が極めて厳しい政治運営が予想される中、卓栄泰氏は腰が低く、敵も少ないことから、難しい野党との調整・橋渡し役として最適任との声があがっている[4]。

 鄭麗君次期行政院副院長(副首相に相当)は、頼清徳氏側近の「新潮流派」[5]である。鄭麗君氏は元文化部長であり筆者も何度か会ったことがあるが、フランス留学を経た極めてシャープなクールビューティな女性として印象に残っている。蕭美琴次期副総統と並んで副総統候補ともされていたほど評価は高いが、政治的にギラギラした野心は全く見えなかった。頼清徳政権では副総統に蕭美琴氏、行政院副院長に鄭麗君氏と有能な女性を「抑え」のように配置しており、それぞれ政府の安定装置となっているとの印象がある。

 次期外交部長(外務大臣に相当)は林佳龍氏と報じられており、民進党内では正国会系[6]に属する。林佳龍氏は李登輝元総統に近かった財界人である許文龍氏の娘婿でもある。筆者が、個人的に会った際の人当たりはとても良かったが、一方で巷間では今ひとつ人望がないとの噂もある。そうしたこともあってか、外交部長への補職は台湾では意外な人事と受け止められている。

 また、歴代外交部長の多くが職業外交官であったことから、専門家ではない今回の人事は派閥均衡人事との批判もある。報道によれば、頼氏がいわば「三顧の礼」で外交部長に迎えたこととなっているが、総統府秘書長からの転任で、行政院長ポストを狙っていたと言われる本人としてこのポストをどう受け止めているか。中国の外交攻勢を正面から受け止める外交部長のポストは林佳龍氏にとっては必ずしも旨みがないと思っているかもしれない[7]。なお、一時期、無任所大使として、外交に従事したことがある。米国留学(イェール大学政治学博士)経験もあり、英語は相当程度できるものと見られる。

 顧立雄氏は国家安全会議秘書長から国防部長(国防大臣に相当)へ、また呉釗燮氏は外交部長から国安会秘書長にそれぞれ横滑りする見込みとの報道もある[8]。また、国家安全局長には蔡明彦氏が留任の見込みとされている[9]。彼らは共に蔡英文政権の外交安保を支えた人物であり、台湾にとって極めて重要な国防安保関係の人事では、基本的に「蔡英文ラインを踏襲する(「蔡規賴隨」)」との米国並びに中国に向けてのシグナルとも見られるが、頼氏陣営の人材不足を指摘する声もある。

 顧立雄氏は弁護士出身であるが、いかなる職務にも対応できるその有能さを買われており、引き続き国防畑を担当となった。

 なお、中台両岸問題を担当する大陸委員会[10]主任委員に海峡交流基金会[11]秘書長の邱垂正が昇格するとの噂もある。事実とすれば、邱氏は中国政治に最も精通した人物の一人とされており[12]、頼清徳氏の両岸関係重視の姿勢を示すものと思われる。1月13日の台湾総統選の勝利宣言の際、頼清徳氏は、対中政策を巡り「対立を対話に置き換え、中国との交流と協力を開始する」と表明し、「台湾海峡両岸のひとびとの幸福を増進し、平和と共栄の目標を達成する」と述べており[13]、新政権の進める両岸関係政策の積極姿勢が認められる。

 もう一点注目されるのは、文化部長(文化庁長官に相当)のポストであり、李遠氏という文化人の起用が決まった。「台湾アイデンティティ」について議論する場合、台湾文化とは何で、どのように大陸の文化と区別されるのかという問いがある。それは中国と台湾の違いを説明する上で、まだまだ弱い点である。李氏は作家であり、また80年代に展開された台湾ニューシネマ[14]の立役者の一人とされている。卓栄泰氏は同氏について、「文化界での堅固な実績を持ち、ハイカルチャーから大衆文化まで触れたことがある」と評価し、「台湾を文化、文明大国にしたいとの願いから、李氏を起用した」と説明している[15]。李遠氏はかつて柯文哲氏の選挙本部参謀を務めた経験があることから、民衆党との橋渡し的役割を期待されているとの見方もある。民衆党に反感を持つ民進党関係者が多い中で、李遠氏は無党籍であり、柯文哲氏に近いながらも、党籍を持たないという点が、民進党内の反発を抑えきれると読んだのではないだろうか。

 その他、すでに公表された閣僚人事は、內政部長(内務大臣に相当)に劉世芳氏、交通部長(運輸大臣に相当)に李孟諺氏、法務部長(法務大臣に相当)に鄭銘謙氏、教育部長(文部大臣に相当)に鄭英耀氏となっている。このほか、経済部長(経産大臣に相当)に郭智輝氏、数位発展部長(デジタル担当大臣に相当)に黄彦男を、国家科学・技術委員会主任委員に呉誠文氏、国家発展委員会主任委員に劉鏡清氏、金融監督管理委員会主任委員に彭金隆氏、公共工程委員会主任委員に陳金徳氏の起用が追加発表された[16]。

 駐日大使に相当する台北駐日経済文化代表処の代表については、未だ明確な報道がなされていないが、謝長廷氏が交代することは明らかな模様である。謝氏の次のポストは司法院長(最高裁長官に相当)との噂もある[17]。謝代表の後任はまだ混沌としている趣であるが、希望者は多く、台湾日本関係協会[18]会長である蘇嘉全氏や国防安全研究院[19]前執行長の林成蔚氏、あるいは駐日代表部現ナンバー2の蔡明耀氏の名前が噂として出ている。更に、報道では、鄭文燦氏の名前も出ているが、可能性は薄いとの評価が多い[20]。

 民進党の残る有力者で去就が注目されるのは、まず鄭文燦氏であるが、既に行政院副院長であり、閣僚就任では格下になるので、ポストにつかず、将来の地方選挙などに備えるとの見方がある。鄭氏は頼氏と同じ「新潮流派」に属するが、頼氏が台南市を中心とした「南派」であるのに対し、鄭氏は桃園市を基盤とする「北派」であり、頼氏の後継者とされている。

 他方で、最近の報道で、鄭氏は海峡基金会董事長に就任することになる旨が報じられており、仮にそうだとすれば、頼氏による鄭氏の冷遇かもしれないと噂されている[21]。

 また、頼氏に近い潘孟安氏は総統府秘書長といった総統側近の人事が期待されているが、来年の高雄市長選挙に出馬の意向とも伝えられている。このほかに、数位発展部長から外れた唐鳳(オードリー・タン)氏、かつて衛生福利部長(厚生労働大臣に相当)を務めた陳時中氏、経済部長を外れた王美花氏らの今後の動向も気になるところではある。

 今のところ閣僚中女性が2名のみであり、頼氏が当選後、閣僚の1/3は女性とするなどの発言をしたこともあり、そろそろ批判も出はじめているところ、就任式までまもなく1か月、引き続き更なる人事を注視していきたい。

1 フォーカス台湾「頼次期総統、「AI行動内閣」打ち立てへ 「挑戦をチャンスに」、2024年4月10日。

2 聯合早報「国民党团批赖清德新内阁“又老又独又南(国民党系が頼清徳新内閣を「古くて、独立志向で、南部寄り」と批判)”」2024年4月12日。

3 Wikipedia「卓栄泰」

4 数多くの報道があるが、例えば朝日新聞「台湾の新行政トップに卓栄泰氏を任命へ 頼氏の側近、調整能力に評価」、2024年4月10日。

5 新潮流派:民進党内の主要派閥の一つ。

6 正国会系(正常国会促進会系):民進党内の主要派閥の一つ。「新潮流派」と競合している。

7 例えば、聯合新聞網「傳林佳龍接外交部長挨轟酬庸 他指『兄弟姊妹』豬隊友拖累:真心不想做(林嘉龍は、外相のポストを引き継いだ自分の凡庸さを非難され、「兄弟姉妹」に足を引っ張られ、本当はやりたくなかったと語った。)」、2024年4月11日

8 例えば、聯合新聞網「【即時短評】顧立雄與吳釗燮?賴政府希望表達什麼?(顧と呉?頼政府は何を表現したいのか?)」、2024年4月9日。

9 聨合早報「台媒:蔡明彦等蔡英文国安团队核心官员或留任(蔡明彦ら蔡英文の国家安全保障チームの中心人物は留任する可能性)」、2024年3月10日。

10 大陸委員会:内閣である行政院に属し、中国大陸、香港及びマカオに関する業務(両岸問題)を担当する機関。中国側にはこれに相当する機関として、国務院台湾事務弁公室(中国共産党中央台湾工作弁公室と二枚看板)がある。

11 海峡交流基金会:台湾の対中交渉窓口機関。中国側のカウンターパートは海峡両岸関係協会。

12 聯合新聞網「直播/第二波內閣名單公布…林佳龍接外長 邱垂正掌陸委會、鄭英耀任教長(閣僚名簿第2弾発表...林佳龍外相、邱垂正大陸委員会主任、鄭英耀教育相に)」、2024年4月12日。

13 付産経新聞「頼清徳氏の当選演説全文 台湾・総統選」、2024年1月14日。

14 台湾ニューシネマ:1980年代から90年代にかけ台湾の若手映画監督を中心に、台湾社会を深く掘り下げたテーマの映画を生み出した一連のムーブメント。

15 自由時報「介紹準文化部長小野 卓榮泰:很多人從年輕就看他的書跟電影(卓栄泰が小野文化相を紹介:多くの人が若い頃から彼の本や映画を読んできた。)」、2024年4月12日。「小野」は李遠氏のペンネーム。

16 自由時報「第二波內閣公布 作家小野接任文化部長(閣僚公表第2弾 作家小野氏が文化相)」、2024年4月12日。
自由時報「獨家》新內閣人事國發會主委劉鏡清、金管會主委彭金隆(新内閣人事国家発展委員会主任委員に劉鏡清氏、金融監督管理委員会主任委員に彭金隆)」、2024年4月16日。

17 自由時報「『政壇師父』謝長廷任司法院長?卓栄泰:提名屬於總統職權(「政治の師匠)謝長廷が司法院長?卓栄泰が「市名は相当の職権である」」」、2024年4月12日。

18 台湾日本関係協会:対日本窓口機関であり、日本側のカウンターパートは日本台湾交流協会。東京に駐在する台北駐日経済文化代表処の台北本部にあたる。

19 国防安全研究院:台湾における安全保障シンクタンクの一つ。

20 聯合報「傳謝長廷任司法院長 王鴻薇:難道要逼死法官嗎?(謝長廷が司法院長の噂 司法を殺すつもりか?)」、2024年4月12日

21 聯合新聞網「海基會董事長多待退 綠營:鄭文燦是否入冷宮待觀察(海基会董事長退任予定)、2024年4月18日

  • Facebook
  • X
  • LINE
  • はてな

ページトップ