太平洋島諸国・国際政治講座

櫻田淳講師の特別 講座

- 評論家・慶應義塾大学講師 櫻田 淳 -
大事な友邦としてのパラオ共和国

去る十一月十一日から十五日まで、パラオ共和国のクニオ・ナカムラ大統領と大統領夫人は、公式実務訪問賓客として我が国を訪問した。ナカムラ大統領は、我が国滞在中、天皇・皇后両陛下との御会見及び宮中午餐会に臨んだ他に、森喜朗総理との首脳会談を行った。そして、十四日午後、ナカムラ大統領は、早稲田大学・大隈講堂で五百名程の聴衆を前に「二十一世紀における太平洋の未来と日本」と題して講演を行った。ナカムラ大統領は、四月の「太平洋・島サミット」、六月の「小渕恵三前総理内閣・自民党合同葬」を含め、今年だけでも四度、来訪したことになる。外務省資料によれば、ナカムラ大統領の来訪は、一九九三年一月の大統領就任以降、今年の四回を含め二十二回に及んでいる。世界に数多の国々がある中で、ナカムラ大統領ほどに頻繁に我が国を訪れている国家元首は、他に稀であろう。

このナカムラ大統領の頻繁な来訪には、我が国とパラオ共和国との歴史的な縁の深さが反映されている。第一次世界世界大戦終結直後から第二次世界大戦終結に至る二十余年の間、我が国は、赤道以北の西太平洋の島々を「南洋」と呼び、自らの統治下に置いていた。その間、我が国が「南洋庁」という行政機関を置き、「南洋」統治の拠点としていていたのが、パラオに他ならない。そして、「南洋」統治時代、我が国からは最盛期で九万六千余名の邦人が在住し、貿易、鉱山開発その他の様々な活動に従事するに至った。昭和初期、『冒険ダン吉』という名の漫画は、当時の幾多の少年達の「南洋」への夢を掻き立てたのであるけれども、彼の地に渡った邦人を父親に持つナカムラ大統領は、幾多の「冒険ダン吉」の末裔とも呼べる人士なのであろう。それ故、目下、我が国がパラオに対する主要な援助国であるとはいっても、我が国とパラオとの関係は、たんなる「先進国」と「開発途上国」の関係として理解されるべきものではない。われわれには、パラオを一介の「小国」と位置付けない感性が、大事なのである。

しかし、戦後、「南洋」の島々が米国の統治下に入るに及び、我が国は、パラオを初めとして、ミクロネシア連邦やマーシャル諸島共和国といった旧「南洋」地域への関心を失った。今、「冷戦の終結」以後、十年の歳月を経て、我が国にも自前の対外構想を示すことが迫られている折、我が国が始動させるべきは、我が国が曲りなりにも自覚的に対外構想を持っていた時代の記憶を呼び起こすことである。我が国の海洋国家としての「国柄」を踏まえるとき、パラオこそは、その対外構想の「拠点」として相応しい。そして、そのためは、次の二つの事柄が行われるべきであろう。

先ず、総理大臣とはいわぬまでも、せめて外務大臣のパラオ訪問は、早急に実現させるべきである。パラオからは大統領が頻繁に来訪しているにもかかわらず、我が国からの政府要人のパラオ訪問は、国会議員が政府代表としての立場なり議員外交の一環として訪問した例を除けば、総括政務次官が訪問した一例しかないのである。十余年前、中曽根康弘内閣時代、当時の倉成正外務大臣は、フィジー、パプア・ニューギニア、ヴァヌアツを訪問し、「倉成五原則」と呼ばれる対太平洋島嶼諸国政策方針を発表したことがある。今、「冷戦の終結」以後の国際情勢の激変を前にすれば、我が国が、外務大臣の訪問を通じて、新たな意味において、パラオを含む旧「南洋」諸国に対する「特別な関心」を表明することは、有意義なことなのではなかろうか。

次に、パラオに対する我が国の外交態勢としては、我が国は、大使館を開設し、臨時代理大使を駐在させている。旧「南洋」諸国への外交は、フィジー駐在特命全権大使が統括する形になっている。私は、この現状を改め、パラオに特命全権大使を駐在させ、他の旧「南洋」諸国を担当させるべきであると考えている。今年、太平洋島嶼諸国の連合体としての「南太平洋フォーラム」が「太平洋島嶼国フォーラム」と改称されたことは、旧「南洋」諸国が太平洋島嶼諸国全体の中で占める立場が、重いものになりつつあることを示しているのではなかろうか。我が国にとって、対外政策の遂行上、パラオに「特別な位置」を与える環境は、明らかに整いつつあるのである。

「冷戦の終結」の前も後も、幾多の国々が自らの国益を賭けて互いに鎬を削っている国際政治の現実は、何ら変わりがないけれども、その現実の下でですら、対外関係において「信義」が重んじられなければならないのは、いうまでもない。去る三月二十五日付本欄において、私は、「台湾を経て、昔日には『南洋』と呼ばれた国々へと向かうラインが、来世紀における我が国の新たな『生命線』と位置付けられるべきものになると確信する」と書いた。そして、前にも述べたように、われわれには、その「生命線」の確かな拠点を築く構えを示すことが、大事である。我が国は、過去の歴史的な経緯や今後の対外戦略の要請という観点から、パラオには特別な関心を払うべきである。それが、我が日章旗と同じ図柄の「青海満月旗」を国旗に持つパラオに対して、我が国が示す「信義」なのではなかろうか。

※平成12年12月26日付産経新聞朝刊「正論」欄に掲載されたものを著者の許可を得て転載しました。(やしの実大学事務局)
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