【渡部恒雄の視点】
岸田総理の米国公式訪問-日米首脳共同声明(2024.4)
わたなべ・つねお
渡部 恒雄
渡部恒雄 プロフィール
1963年福島県に生まれる。1988年、東北大学歯学部卒業、歯科医師となるが、社会科学への情熱を捨てきれず米国留学。1995年ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。同年、ワシントンDCのCSIS(戦略国際問題研究所)に入所。客員研究員、研究員、主任研究員を経て2003年3月より上級研究員として、日本の政党政治、外交安保政策、日米関係およびアジアの安全保障を研究。2005年4月に日本に帰国。以来CSISでは非常勤研究員を務める。三井物産戦略研究所主任研究員を経て、2009年4月から2016年8月まで東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。10月に笹川平和財団に特任研究員として移籍。2017年10月より上席研究員となり、2024年4月より現職。外交・安全保障政策、日米関係、米国の政策分析に携わる。
2007年から2010年まで報道番組「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系)のコメンテーターを務め、現在、「激論!クロスファイア」(BS朝日)、「深層ニュース」(BS日テレ)、「日経ニュースプラス9」(BSテレ東)、「報道1930」(BS-TBS)、「プライムニュース」(BSフジ)などで国際問題を解説。2010年5月から2011年3月まで外務省発行誌「外交」の編集委員を務め、現在、防衛省の防衛施設中央審議会委員。
著書に「国際安全保障がわかるブックガイド」(共著、2024年、慶應義塾大学出版会)、「NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章」(共著、2023年、明石書店)、「デジタル国家ウクライナにロシアは勝利するか?」(共著、2022年 日経BP)、「防衛外交とは何か―平時における軍事力の役割」(共編著、2021年 勁草書房)、「2021年以後の世界秩序―国際情勢を読む20のアングル」(2020年 新潮新書)、「いまのアメリカがわかる本・最新版」(2013年 三笠書房)、「二〇二五年米中逆転―歴史が教える米中関係の真実」(2011年 PHP研究所)等。
<日米首脳共同声明「未来のためのグローバル・パートナー」>
外務省公式発表
https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/pageit_000001_00501.html
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100652148.pdf
1.今回の共同声明の特徴、重要なポイント
今回両首脳、両政府が確認した重要なことは(前々から言われていたことではあるが)、「日米同盟のキャラクターはグローバルなものである」ということだ。もともと同盟のグローバルなキャラクターというものはあったが、それを全面に打ち出したのは今回が最初で、そこが今回の一番の肝のところ。日米同盟の目的はまずはインド太平洋地域の安定のため。そしてこのインド太平洋地域の安定はグローバルな法の支配と直結しているということ。これが共同宣言の前文に書かれており、ポイントだ。
なぜ重要かの理由の一つは、より政治的なところがある。今ウクライナ支援は、米国では共和党議会の一部の反対で止まっている。そのせいで、ウクライナが万が一ロシアに対して本当に苦しい状況になってしまい、ロシアの戦略勝ちになってしまったら・・。この先「力によって秩序を変えたヤツが有利」となってしまった場合、中国は非常にやりやすくなる。そうさせないためにはきちんとウクライナを支援していかなくてはならない。これは岸田首相が早くから言っていたこと。岸田総理は「今のウクライナは明日の東アジアかもしれない」とずっと言ってきた。これはバイデン大統領や米政権が皆気に入っているセリフであり、それを今回きちんと確認したということが重要。
2.書かれていないことはない?
ここまで全部書かなくてもよいのにと思うほど包括的な内容。Comprehensive。逆にポイントが分かりにくくなる恐れもあるが、「ここまでいったら全部書こう。抜けないようにしよう」と考えたのではないか。安全保障の面では特にその考え方は重要。アチソン・ライン*が朝鮮戦争のきっかけになってしまったと言われるように、抜けがあるとよくないという意識は、当局の作る側としては出てくるし、「あ、これも、これも..」となるものだ。変に抜けた穴は作らないと決めたのではないか。ツボは1ページ目の前文で、そこを分かってください、ということ。防衛協力がメインなので最初の2-3ページがまずは同盟として重要。全てが重要だが、最優先事項が先に出ていて、これだけやるということをしっかりまとめた構成になっている。
*「アチソン・ライン」:1950年に当時の米国のアチソン米国務長官が演説の中で米国の防衛ラインとして言及したもの。日本、沖縄、フィリピンなどは防衛ラインの内側として明記されていたものの、朝鮮半島、台湾がこの中に入っていなかったため、朝鮮戦争の引き金になったと指摘されることが多い.
3.対中関係の位置づけ
中国の行動に要所で釘をさしつつも、この声明における中国に関するポイントの重要な点の一つは、必ずしも中国に対抗することが日米同盟の目的ではありませんよ、グローバルな秩序を維持することが目的ですよ、と明示することではないか。中国とのコミュニケーション・チャンネルをきちんと維持してreassurance をする(安心の供与)という点も意識されている。ここが中国に誤解を与えてはいけないし、日米両国の国民にも誤解を与えてはいけないポイント。中国と対抗するための同盟ではなく、グローバルな秩序を維持するための同盟であるということだ。グローバルな秩序にチャレンジャーとして出てくるのが中国であり、ロシアであり、北朝鮮である。この順番の重要さと、reassuranceの側面が意図的に作られている共同声明だと考える。
4.シームレスな統合とは?
共同声明の中に「統合抑止(Integrated deterrence)」という言葉は使われていない。米国の安全保障戦略の中で提唱されるIntegrated Deterrenceというのは網羅的にすべての軍域・領域横断プラス国家横断で同盟国なども一緒に抑止力を働かせる考え方だが、この共同声明で述べているのはjoint effort の話をしており、どちらも統合という日本語になるがニュアンスが少し違う。
共同声明で述べられているseamless integrationは日米の平時からグレーゾーン、有事まで継ぎ目なく「相互運用性を高める」という同盟マネージメントの観点である。誤解をされがちだが、これは「一体化を進める」こととは異なるものだ。一体化は政治的にも難しいし、必要もない。
米韓同盟やNATOは実際に戦争を共に戦った経験があり、それらを通して運用の形を発展させてきた。日本とアメリカは同じ側で戦争を公式に戦ったことはまだないが、それに近い経験だったのが2011年東日本大震災の時の「トモダチ作戦」だった。そこで実際に共同作戦を色々とやっていると様々な不都合が分かり、特に指揮統制の面の問題が明らかになった。Financial Times に2011年当時の自衛隊の統幕長だった折木氏が話をしているが、当時自衛隊のトップである統幕長の米側のカウンターパートはインド太平洋軍司令官(当時のアジア太平洋軍/PACOM司令官)だった。しかし、トモダチ作戦の日々の運用では在日米軍と話しており、都度別にPACOM司令官と話をしなくてはならなかった。このプロセスでは時間をとられるし、秒分の単位で決断を迫られるような状況下でそれはいかがなものだろうか、と反省をした。そういった経験が今回の合意にもつながっている。
5.共同声明の内容は米国主導?
「日本の考えはこうだ」という内容は岸田総理の議会演説にゆだねる形だ。日本がバイデン政権のリーダーシップに対してどういう立場をとっているか、という点は議会演説で述べる形でそこは住み分けられている。共同声明では、日本がより積極的にやっていてアメリカが歓迎している点を強調している。もちろん日本人にもアメリカ人にも見せる目的の文書ではあるが、米国が国として招いた公式な海外首脳ゲストであり、共同声明もかなりアメリカ人を意識している。
両首脳ともに同じだが国内で人気がないので、自分達がいかにグローバルで重要なことをやっているか、というのを国民にアピールする機会でもある。また、日本側としても「日本がこんなにやっている」とアメリカにアピールしたい意図もある。反対にアメリカがやっていることを日本人は結構知っているという現実も反映されているだろう。
*本内容は全て個人の見解によるものであり、笹川平和財団の見解を代表するものではありません。
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