3月5日の米大統領予備選挙集中日のスーパーチューズデーで、民主党予備選ではバイデン大統領が、共和党予備選ではトランプ前大統領が圧勝した。トランプ氏に対抗した元国連大使のニッキー・ヘイリー候補が予備選から撤退を表明し、11月の本選は、バイデン対トランプという構図がほぼ確定した。今年の大統領選挙の特徴は、現職のバイデン大統領と前職のトランプ元大統領の対決ということに加え、どちらの候補も問題を抱え圧倒的な人気のある候補ではない点にあり、11月の選挙の行方は混とんとしている。はっきりしているのは、どちらが大統領になるかで、米国外交の行方も大きく左右され、ウクライナとパレスチナの二つの戦争が行われている国際秩序の行方に大きな影響を与える歴史的な選挙になるはずということだ。

ニッキー・ヘイリー候補が反トランプで戦い続けた意味

 ヘイリー氏は、1月23日のニューハンプシャー州の予備選においては、トランプ氏に対して、43.2%(ヘイリー)対54.3%(トランプ)で善戦した。トランプ氏は、バイデン大統領との戦いのための資金を無駄にしないように、ヘイリー氏に早期の撤退をするように圧力をかけた。しかし2月23日のサウスカロライナ予備選の前に、ヘイリー氏は記者会見を開き、この予備選でトランプ氏に敗北しても撤退はしないという記者会見を行い踏みとどまった。そして、ヘイリー氏は39.5%(ヘイリー)対59.8%(トランプ)と健闘した[1]。

 3月3日の首都ワシントンDCの予備選では、62.9%(ヘイリー)対33.2%(トランプ)と、ついにトランプ氏に対して初勝利した。3月5日のスーパーチューズデーでは、ヘイリー氏はバーモント州で勝利、残りの州ではすべてトランプ氏に敗北したが、無党派層が投票できるバージニア州やマサチューセッツ州などで、20~30%の着実な得票を得て、反トランプの票を集めている。

 これらの州でヘイリー氏に投票した層は、郊外在住者の高学歴の層が多く、11月の本選勝利のカギを握る層でもある。ロイター通信は、ノースカロライナ、バージニア、首都ワシントンで、ヘイリー氏が開催したイベントに参加した13人の有権者に取材した結果を報じている。うち11人はトランプ氏の候補指名獲得は確実もしくはほぼ確実と回答したにも関わらず、ヘイリー氏のイベントにやってきた理由についてトランプ氏への不満を表明すると同時に、トランプ登場前に共和党内で人気のあった政策構想への支持を明らかにするためだったと答えている[2]。

 彼女は、トランプ氏が本選でバイデン氏に勝てないリスクがあるため、最後まで可能性を捨てず大統領予備選レースにできるだけ長く残るようにし、また、仮に指名を獲得できない場合でも、トランプ氏との互角の勝負を繰り広げて、4年後の共和党候補に名前を残すという戦略をとったと考えらえる。

 米国の今後の外交政策への影響として重要なことは、トランプ政権で国連大使も経験した彼女が、トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト」のMAGA(Make America Great Again)という孤立主義的な外交・安保政策とは全く異なる伝統的な共和党の国際関与と現実主義を中心とする外交政策を訴える候補者の存在を内外にアピールしたことであろう。

 例えば、ヘイリー氏は、ウクライナ支援や同盟国との協力全般に後ろ向きなトランプ氏に対して、プーチン露大統領と「ブロマンス」(友達以上恋人未満)の関係にあると揶揄し、ウクライナ支援と対中競争政策のどちらも、米国の安全保障にとって重要だという姿勢をとってきた。かたや、トランプ氏は、ヘイリー氏のこの姿勢を「ウォーモンガー」(戦争屋)として批判している[3]。実際、2月10日、ニューハンプシャー州の選挙集会で、トランプ氏は、大統領時代にあるNATO加盟国の首脳に対して、NATOが規定するGDP比2%の国防費を負担しないのならば、米国は防衛義務を果たさず、ロシアがやりたいことをやるように促すと伝えたと回想して、大きな波紋を呼んだ[4]。

 この両者の外交・安全保障観の違いは、共和党政権の行方だけでなく、今後の米国の国際関与の方向を、国際主義か、孤立主義かという二つの異なる道のどちらに向かうかを左右させる可能性がある。当然のことながら、影響力に陰りが見えるとはいえ、世界における圧倒的に優位な軍事力と経済力を保つ米国の方向は、今後の国際秩序にも大きな影響を与えるからだ。

 先にみた共和党と無党派のヘイリー氏を支持してきた反トランプ層の一部は、本選挙においては、ウクライナ支援と同盟国との関係強化政策をとっているバイデン大統領支持に流れるか、投票に行かないという可能性がある。全米の有権者を対象にした最新の世論調査では、バイデン大統領対トランプ氏の支持率は、43%対48%で、トランプ氏の優位を示唆しているが[5]、本選挙は8か月先であり、トランプ氏も4つの司法訴追などの問題を抱えており、その行方はまだわからない。少なくとも、スーパーチューズデーまでの共和党予備選を振り返れば、共和党支持者と無党派の中に、トランプ氏の外交姿勢や訴追について、不満や懸念がある層が着実に存在している。

 トランプ陣営からの強い撤退圧力にも関わらず、ヘイリー氏がここまで戦い続けた意義は、本人の2028年の大統領選挙を見据えた政治的な動機と同時に、共和党の伝統的な外交・安全保障政策である欧州やアジアの同盟国との関係により国際関与を継続して、米国の力による国際秩序の安定が、米国の国益であるというアピールをすることにあったと考えるべきだろう。

選挙の争点としての米国の国際関与の在り方

 11月の大統領選挙の見通しだが、トランプ陣営の最大のリスクは、4つの刑事訴追を抱えていることだ。ニューヨーク州の裁判所は、4つの訴追の一つであるトランプが不倫相手に支払った口止め料を不正に処理した嫌疑について、3月25日に初公判を開くと決定した。トランプ弁護団は選挙に影響を与えないように、選挙終了後の公判の開始を要請しているが、それをみても、この点がトランプ再選についての最も大きなリスクといえる。

 一方で、バイデンの弱点は、高齢による弊害が懸念されていることにくわえて、ガザにおける民間人の被害拡大を止められないバイデン政権のイスラエル支持姿勢が政権支持低下に直接に影響していることにある。

 2月27日のアラブ系の住民が多く住むミシガン州での民主党予備選では、バイデン政権のガザ政策に抗議する有権者は「支持者なし」で投票するような抗議キャンペーンが活発化した。バイデン氏は80%圧倒的な得票で勝利したものの、13%の「支持者なし」の投票があった[6]。スーパーチューズデーでも、ミネソタ州の民主党予備選で「支持者なし」が19%を占め、アラバマ、コロラド、アイオワ、マサチューセッツ、ノースカロライナ、テネシーの6州でも「支持者なし」の票が投じられ、ノースカロライナでは12.7%だった[7]。

 バイデン政権は、この問題を十分に理解しており、高齢不安を和らげる存在でもあるカマラ・ハリス副大統領を、スーパーチューズデーの時期に、あえてイスラエルに派遣し、ガザでの人道支援を呼びかけるメッセージを発信させ、イスラエル政府に休戦の圧力をかけている[8]。

 国際秩序にとってより深刻なことは、ウクライナでの戦争、ガザでの戦闘、そして台湾をめぐる米中の緊張という、欧州から中東、東アジアにいたる広範な世界における紛争および緊張を巡る問題について、米国内で意見が分かれ、バイデン政権の手足が縛られていることだ。

 ロシアのプーチン大統領にとっては、短期に終わらせることを想定して開始したウクライナへの侵攻が、ウクライナの想定以上の健闘と米国の支援により、苦しい局面が続いている。プーチン氏にとって、「自分なら24時間にウクライナの戦争を終わらせる」と豪語し、これまでもロシア寄りの立場をとってきたトランプ再登場は好ましいだろう。

 ガザでの民間人の死傷者の悲劇的な拡大にも関わらずハマスへの戦闘を継続するイスラエルのネタニヤフ首相にとっても、イスラエルの戦闘継続に批判的な支持者が多い民主党のバイデン再選よりは、強固なイスラエル支持を持つキリスト教エバンジェリカル(福音派)が支援するトランプ氏再登場のほうが好都合のはずだ。

 米国がウクライナと中東に足を取られる中、習近平主席にとっては、貿易赤字解消には関心があっても、安全保障政策や同盟国との関係に興味がない孤立主義者トランプ氏の再選は、経済面を考えると「痛しかゆし」かもしれないが、少なくとも、国際秩序が揺らぎ、台湾統一の機会が増すことになる側面は、期待しているはずだ。

11月の本選は国際秩序の行方を左右する

 現時点で、11月の大統領選挙の帰趨はまだわからない。しかし国際秩序を大きく左右する米国の大統領選挙が、どのような争点や支持層をめぐって、展開しているのかを見極めることが、今後の世界の行方を占うことにも繋がる。そしてガザやウクライナなどの、大統領選挙に直接影響する国際情勢からも目を離すわけにはいかないだろう。

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The International Stakes of the US Presidential Election: A View from Japan

(2024/03/11)