ウクライナ・イスラエルでのバイデンの苦境
―背景に民主党の分裂
渡部 恒雄
バイデン政権の深刻な支持低下
12月10日-14日に行われたニューヨーク・タイムズとシエナ大学の共同世論調査で、イスラエル・パレスチナ衝突におけるバイデン政権の政策については支持が33%、不支持が57%という結果が示された。しかも同世論調査によるバイデンとトランプの比較で、イスラエル・パレスチナ衝突をどちらがうまくやると思うかについて、バイデン38%、トランプ46%とトランプが優位な結果が出た。そして、同世論調査で、大統領候補として投票する先は、トランプ49%、バイデン43%とトランプがリードしている。共和党優位の米国の選挙人団制度の仕組みを考慮すると、全米の世論調査が同じでも共和党候補が優位になる傾向があり、選挙は約1年後とはいえ、バイデン陣営にとっては、厳しい調査結果が示されたといえる。
この世論調査では、回答者の44%が、その時点ですでに2万人を超えるガザの民間人の死者が出ていた状況について、イスラエルはハマスに対する軍事作戦を停止すべきだと回答している。そして48%の回答者は、イスラエル軍はガザにおける民間人の死傷を避けるために十分な姿勢を示していないと回答している1。
共和党の大統領候補としてトランプ氏が指名を獲得する可能性がより高まっている中で、インフレと経済政策への不満に加えて、イスラエルとハマスの衝突が、バイデン政権にとって、再選への深刻な障害として浮かび上がっている。
ウクライナ支援の条件の国境対策が進まない背後に民主党左派の存在
ウクライナ支援とイスラエル支援をパッケージにして、共和党議会からの支持を得ようとする戦術についても、バイデン政権はワシントンDC内で不満を持たれている。筆者がワシントンDCのメディアや外交安保政策の専門家にインタビューをした際、回答者は例外なく、米国はウクライナ支援を継続すべきだという意見で一致していたが、バイデン政権の議会対策については失敗しているという評価が多かった。例えば、バイデン大統領自身が反対派の議員をホワイトハウスに招待して説得をするなどの積極的姿勢が欠けている点などが、批判の理由だ2。
バイデン政権は、議会共和党の強硬派にウクライナ支援の予算を反対され、クリスマス休暇を迎えようとするワシントンDCで議会での厳しい交渉が続いてきた。危機感を抱いたウクライナのゼレンスキー大統領は、12月12日、米国を訪問して、バイデン大統領、上院議員全員およびウクライナ支援に懐疑的な議員を多くかかえる下院共和党の指導者、マイク・ジョンソン下院議長と会談を持ち、自国への支援継続を訴えた。
ジョンソン議長はゼレンスキー氏との会談後、「プーチンの残忍な侵攻に我々は共に立ち向かう。米国民は自由を支持しており、この戦いで正しい側にいる」と話したが、追加予算案を容認する条件は、米国境警備の強化策と、ウクライナが対ロシア戦争で勝利する詳細な戦略の提示だと発言した3。ここには、来年の選挙を睨み、内向きで保守的な共和党支持者の意向が反映されている。
バイデン政権は614億ドル(約9兆円)のウクライナ支援の予算を議会に要請しているが、議会共和党は反対している。行政管理予算局(OMB)のヤング局長は、ウクライナ支援の予算が年内に枯渇するという書簡を議会指導部に送り、警告をしている4。
他方ウクライナ支援を継続したいバイデン大統領は、12月6日に、急遽、議会と国民向けにテレビ演説を行い、12月下旬までにウクライナ支援追加予算案を可決するように訴え、それができなければ、ロシアのプーチン大統領に対する「最高の贈り物」になると語っている。
この演説の中に、以下の文脈で日本がでてくる。「考えてほしい。もし我々がウクライナを支援しなければ他国は何をするのか?ウクライナを支援している日本はどうするのか?G7はどうするのか?我々のNATOの同盟国はどうするのか?彼らはどうするのか?」5
ワシントンDCでのインタビューによると、バイデン政権の日本に対する期待は、日本で考えるよりも大きいようだ6。バイデン大統領にとっては、中国との競争を最優先する共和党の保守派に対して、対中競争の重要なパートナーである日本もウクライナ支援に協力していることを示し、ウクライナ支援は、対中競争戦略にも重要な要素であることを訴えたいのかもしれない。事実、サリバン国家安全保障担当補佐官は、フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿し、侵略戦争から国を守るために、ロシアに立ち向かうウクライナを支援するための国家連帯を組織していると述べ、アジアについても同様のことを行っており、日本の防衛予算の倍増とトマホーク・ミサイルの購入が、地域のライバル(中国)への抑止力強化となると指摘している7。
共和党のウクライナ支援の条件は、メキシコ国境の管理の厳格化であるが、これは民主党左派が反対する政策である。バイデン政権にとっては、来年の大統領選挙を睨めば、民主党左派を離反させる政策はとりにくい。先に見たバイデン政権のイスラエル・パレスチナ紛争への政策に対する不興も、特に民主党左派と若年層からのものであることを考えると、下院共和党議会が、ウクライナ支援の条件について国境警備を持ち出したことは、民主党分断を見据えた効果的な戦術と考えることができる。しかも民主党左派は、基本的に共和党右派と同様に、ウクライナ支援のような対外関与の拡大に懐疑的である。例えば、2022年10月に民主党左派のプログレッシブ・コーカスは、中間選挙を前にバイデン大統領に、ロシアとの直接対話を求める書簡を送った。その後、民主党内の分裂を避けるために書簡を差し戻したが、民主党左派はウクライナ支援の継続に前向きとはいえない8。
中東政策でもトランプ支持が増える矛盾
そもそも、米国の世論が不満を持つイスラエルの対ガザへの強硬姿勢は、強権化を強めるイスラエルの現ネタニヤフ政権の性格が反映している。ネタニヤフ首相は、汚職の嫌疑で起訴されて一度首相と議員を辞任したが、同志が法律を変えて、彼が首相に返り咲き組閣をすることを可能にした。しかしリベラル・中道派は、ネタニヤフと連立を組むことに反対し、極右政党と連立を組むことになった9。その結果、現在のネタニヤフ政権は、パレスチナのガザとヨルダン川西岸の住民に対して、最も強権的な姿勢をとる結果となり、現在のガザでの暴力の拡大と死傷者の増大にもつながっている。
ネタニヤフ首相は、自らの起訴を無効にする狙いで、司法の議会に対する優位を解消するための憲法改正を狙い、リベラル・中道派から大きな反対を受けた。それがイスラエル各地での大規模な反ネタニヤフ・デモにも発展した10。
トランプ前政権では、中東和平特使であったトランプの女婿のクシュナー氏がネタニヤフとの家族ぐるみの付き合いという関係もあり、彼と緊密な関係を築いてきた。クシュナー氏は、やはり強権的で民主党左派から批判されてきた、サウジアラビアの実質的指導者であるムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子とも協力関係を築き、アブラハム合意などの中東和平政策を進めてきたが、パレスチナを置きざりにした政策が、ハマスに危機感を抱かせ、今回の武力衝突を引き起こしたイスラエルでのテロにつながったという見方もされている11。
自身への起訴を抱えながら権力に返り咲き、政治的な生き残りを図っているネタニヤフ首相にとって、自分と似た境遇にあり、個人的な関係もあるトランプ氏が来年の大統領選挙でカムバックしてくることは、優位だと考えているはずだ。また、ウクライナへの侵略戦争が難航して多くの人的犠牲を出し、戦局が膠着しているロシアのプーチン大統領にとっても、トランプ氏が大統領に返り咲くことは、願ってもないチャンスだろう。
強権指向のストロングマンと呼ばれる政治リーダーが、多くの市民の権利や生命を犠牲にしながら政治的に生き残ることが、米国の民主党左派が望む状況ではないはずだ。しかし冒頭の世論調査で示したように、ストロングマンの暴挙を止めることができないバイデン政権への民主党左派と若年層の不満は強く、バイデン外交の手足を縛っている。
渡辺将人慶應義塾大学総合政策学部准教授は、議会の民主党最左派のウクライナ支援反対は左派内で抑え込まれたが、イスラエル情勢では左派が結束して政権に圧力をかけている状況を解説している12。
そもそも中東におけるバイデン外交の手足を縛ってきたのは、民主党左派の人権重視姿勢である13。そして左派が手足を縛ってきたバイデン政権の中東政策での難航は、左派の不満の対象となり、バイデン政権を失速させ、めぐりめぐって、米国内外のストロングマンたちを優位にしている。これは出口のない矛盾構造といえるだろう。
このような矛盾構造から脱却するために、イスラエル・パレスチナ紛争とウクライナ戦争に対する民主党左派と米国有権者の認識をどのように変えて、自らの支援につなげるのかが、バイデンの選挙体制の大きなカギとなるだろう。
(了)
- Jonathan Weisman, Ruth Igielnik, and Alyce McFadden, “Poll Finds Wide Disapproval of Biden on Gaza, and Little Room to Shift Gears,” The New York Times, December 19, 2023 (updated December 21, 2023), <https://www.nytimes.com/2023/12/19/us/politics/biden-israel-gaza-poll.html>, accessed on January 10, 2024. (本文に戻る)
- 筆者による匿名のワシントンDCのメディアおよびシンクタンク研究員のインタビュー。2023年12月18~20日。ワシントンDC。(本文に戻る)
- 坂口幸裕「米下院議長、ウクライナ支援『勝つ戦略』が条件」『日本経済新聞』2023年12月13日、<https://www.nikkei.com/article/DGKKZO76904450T11C23A2MM0000/>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- 中村亮「米共和党、ウクライナ予算採決を阻止 政権に対応迫る」『日本経済新聞』2023年12月7日、<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN06EM20W3A201C2000000/>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- The White House, “Remarks by President Biden Urging Congress to Pass His National Security Supplemental Request, Including Funding to Support Ukraine,” December 6, 2023, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/12/06/remarks-by-president-biden-urging-congress-to-pass-his-national-security-supplemental-request-including-funding-to-support-ukraine/> accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- ワシントンDCでのインタビュー。(本文に戻る)
- Jake Sullivan, “The Sources of American Power,” Foreign Affairs, November/December 2023, <https://www.foreignaffairs.com/united-states/sources-american-power-biden-jake-sullivan> accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- Patricia Zengerle, “Liberal U.S. lawmakers withdraw Ukraine letter after blowback.” Reuters, October 26, 2022, <https://www.reuters.com/world/us-congress-progressives-withdraw-letter-urging-negotiations-end-ukraine-war-2022-10-25/> accessed on January 10, 2024. (本文に戻る)
- 久門武史「イスラエル、ネタニヤフ氏首相へ 『最も右寄り』政権に」『日本経済新聞』2022年12月22日、<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR220DC0S2A221C2000000/>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- 「イスラエルで首相に抗議の大規模デモとストライキ 司法改革めぐる国防相解任に反発」BBC、2023年3月27日、<https://www.bbc.com/japanese/65085718>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- 「ハマスとは何者か 今イスラエルを攻撃した理由は」BBC、2023年10月11日 <https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-67069031>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- 渡辺将人「2024年予備選挙目前報告②民主党編:バイデン再選戦略:『トランプ頼み』の党内結束」SPFアメリカ現状モニターNo. 142、2023年10月25日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_142.html>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- 渡部恒雄「中東とアフリカでの米国の影響力低下とバイデン外交」SPFアメリカ現状モニターNo. 118、2022年7月8日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_118.html>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)