2024年予備選挙目前報告③
共和党編その1:党内4派トランプ評、対イスラエル攻撃「before」「after」
渡辺 将人
「after」対イスラエル攻撃:
共和党のウクライナ支援賛否での分裂を覆い隠す結束効果?
ハマスによる対イスラエル大規模攻撃に端を発する中東情勢はアメリカ政治の大きな「ゲームチェンジャー」となっている。攻撃以前(before)には、下院外交委員会の上級幹部曰く、アメリカの主要な外交課題は1.ウクライナ、2.中国、3.イランだったように、共和党党内の関心事もこれに概ね沿っていた。ハマスによる攻撃後(after)は言うまでもなく、その限りではない。他の事象の報道量が低下している「量的問題」だけでなく、後述するように共和党内のウクライナ支援賛否の分裂を相対的に覆い隠し、米中接近の議論をもたらすなど「質的変容」を招き込んでいる。
アンジャリ・フインは「イスラエルの暴力は外交政策における共和党分裂を浮き彫りにする」(ニューヨーク・タイムズ)と述べる1。しかし、これは片面の真実でしかない。なるほど共和党の大統領候補者はハマスの攻撃に際して反応に濃淡を見せたが、イスラエル支持では一致している。ウクライナ支援賛否で共和党内の分裂が危険水域に達していたことを考えれば、イスラエル情勢は皮肉にも党内の接着剤になっている。ブライアン・メッツガーの「ウクライナが右派を分断する一方で、イスラエルは左派を分断する可能性」(ビジネス・インサイダー)の記事はむしろ両面を照射する2。バイデン政権批判が全米の大学や都市部のデモから燃え広がれば21世紀のベトナム反戦運動となり、「報告2」で触れたハリス副大統領の大学ツアーでは政権批判の集中砲火の餌食になる。共和党やネオコンが反戦の標的だった意味で単純な党派対立だったイラク戦争とは構図が違う。バイデン政権の足元を揺るがせば大統領選挙も安泰ではない。
他方で、共和党候補者らはバイデン政権批判で誤魔化しているものの、フインが言うように「非介入主義」のトランプ、ラマスワミ、デサンティスはイスラエル情勢で追い詰められた。ラマスワミはかつてイスラエルの軍事援助削減を訴えていた。ヘイリーとの外交政策論争では何度も恥をかかされているラマスワミはますます「外交政策に無知」との悪印象を付けてしまった。トランプはヒズボラを「賢い」と呼んだことが民主党からの攻撃材料になっているが、ネタニヤフ首相批判でも地雷を踏み、トゥルース・ソーシャルに慌てて(ネタニヤフを支持する#IStandWithBibi)と投稿をして誤魔化している。デサンティスが飛行機を手配して270名のアメリカ人をイスラエルから帰国させた行為を「写真撮影のため」と茶化したことで炎上もしている。フロリダ州タンパ空港に着陸した際、デサンティスの出迎えは広く報道されたからだ。トランプだって私財を出して自家用機ぐらい出せないのかと、党内に呆れる声も出た。即応で株を上げたのはデサンティスだった。ガザ難民の受け入れ制限を唱えたり、ガザへの1億ドルの難民支援も批判するなど「非介入主義」の原則は貫きつつ、イスラエルからのアメリカ人帰国ではフライト調達に立ち回り、退役軍人らしい危機感と愛国心をアピールした。また乗客に渡航費用を請求しようとしていたとしてバイデン政権批判にも力がこもった。
保守系YouTuberのベン・シャピロがインフルエンサーとしての影響力を十二分に用いてイスラエル支持を早期から訴えたように、一般有権者レベルでも共和党内はイスラエル支持で一枚岩となっているが、2024年大統領選挙の予備選が動き出していることで、候補者がイスラエル支持を競い合う現象を生み出している。 ウクライナや中国や台湾から意識が一時的に遠ざかっているのも事実だ。しかし、イスラエルがハマス殲滅でガザでの地上戦を本格化させた後、この支持が強固なまま維持されるかは不透明だ。ひとまずアイオワ州党員集会までは、外交問題ではイスラエル情勢を軸に候補者の発言が注目され続けるだろう、との観測が強い。
「before」対イスラエル攻撃:共和党同窓会、党内4流派との対話
とはいえ、2024年大統領選挙の底流にあるのはウクライナと中国の問題であり、これらが深刻度を失ったり陳腐化しているわけではない。そこでイスラエル情勢緊迫化前の「before」を「after」と比較しておきたい。ハマスの攻撃前(before)の9月、共和党予備選で趨勢を決める初戦の地アイオワで、長年の付き合いがある共和党幹部や党関係者たちが、筆者のコロナ禍後の初訪問を記念して夕食会を催してくれた。その夕食会参加者を中心に、4つの立場の古参共和党関係者を以下に紹介してみる。
A氏:共和党主流の弁護士。穏健派、国際派の候補を支持する傾向があり、大学からロースクールまでアイビーリーグの東部エリート。マケイン、クリスティ、ギングリッチなど王道の主流派を支持してきた(ロムニーはモルモン教の絡みで複雑な判断)。2016年から一貫してトランプには違和感を吐露している。「同盟」に価値を置き、米大統領と個人的関係が良かった日本の総理では小泉元総理を好む。2024年はニッキー・ヘイリー支持。
B氏:共和党宗教右派。不動産業で成功したビジネスマン。福音派キリスト教右派だが原理主義ではなく、マイノリティにも偏見のない温厚な紳士。敬虔で飲酒もせず。2016年はクルーズを支持。数百人の戸別訪問を厭わない不動産営業で鍛えた「地上戦」の達人。トランプは人工妊娠中絶でロー対ウェイド判決を覆した功績だけは評価するが、人物面では嫌悪。2024年はトランプ支持せず。デサンティス支持。
C氏:共和党内無党派。2016年以降、筋金入りのトランプ支持者。古参の共和党支持者だが、2000年代以降、毎回支持する候補の傾向が定まらない。宗教保守、ネオコン、リバタリアン、主流派のどれでもない。共和党内無党派のようなこの種の類型の人がトランプ支持者に少なくない。コミュニティカレッジ卒で「世代的にもトランプ支持者の中では高学歴」(上記A氏談)。2024年も迷わずトランプ支持。
D氏:リバタリアン。アイオワとテキサスの2拠点で弁護士開業。憲法原理主義の孤立主義派。2008年金融危機以降、ブッシュ政権批判からロン・ポール支持。2012年にティーパーティ運動と共和党内反乱を主導。財政保守の社会リベラル。留学生受け入れに熱心で、マインドフルネスや漢方など非キリスト教のオルタナティブ文化に傾倒。過去2回トランプに本選で投票も「反トランプ」を自認。「反バイデン」でロバート・ケネディ・ジュニアに注目。D氏は会食には参加せず、筆者とは個別の機会になった。
積極的に支持しないが本選では入れる:トランプをめぐる微妙な温度
4名の古参共和党関係者の立場を比較して第1に浮き彫りになるのは、「トランプ派」「反トランプ派」では割り切れないという事情だ。トランプ好悪と本選投票先は別問題だからだ。世論調査で「トランプとバイデンのどちらに入れますか」と聞けば「トランプ」と答えるしかないが、それが「トランプを高く評価する」ことと同義ではない。「支持」という日本語はニュアンスを曇らせる。「支持」には「前向き評価」「渋々ながらの投票」も全て含むからだ。予備選と本選の条件でも変わる。ことトランプに関しては当該世論調査の質問や条件設定を確認しないと、保守・リベラル双方の米メディアの恣意的な印象操作に巻き込まれる。
トランプ支持者は必ずしも「イシュー」に関心がない。別の候補者が同じことを主張してもダメで、トランプである必要がある。C氏が言うように「トランプが強く、そして既存勢力と戦う」から惚れ込む。連邦政府、エスタブリッシュメント、マスメディア、裁判所。敵は民主党やリベラルではなく「支配層」だ。「ドールは保守的だが十分な戦士ではなかった。マケインは多少破天荒だったが本当に大事なときに十分に戦わなかった」。
トランプは仮想敵を苛立たせ対立構図を作る天才だが、この手法には賛否が分かれる。最も嫌悪感を抱いているのが宗教右派のB氏の立場だ。「トランプは敬虔でも保守的でもない」として言動に不快感を隠さない。ロー対ウェイド判決を覆す判事を最高裁に擁立するまではトランプに我慢していたが、「望んでいたものは手に入った」としてトランプと距離を置き始めている。敬虔な信仰心があり、トランプほど攻撃的でなく、退役軍人として愛国心もある「闘争的な政治家」を求める中でデサンティス支持に傾く。
バイデン政権が続くことを共和党は誰も望んでいないが、トランプを指名することの副作用問題も話題になる。B氏はトランプを予備選で勝たせると民主党の動員を活性化させ、連邦議員選挙では共和党が不利になると指摘する。C氏のような古参の共和党員のトランプ支持者は別だが、たしかにトランプ投票以前は政治に参加しなかったような新規参戦者は「大統領選挙だけに関心を向け、地元政治家の応援や投票に無関心になりがちで、民主党の投票率を上げてしまうだけ」だからだ。
それでもトランプがなかなか強いのは、共和党でトランプの強固な支持層以外が複数に分裂しているからだ。非トランプの票が1本にまとまらない。トランプの支持率が50%以下であっても、40%台であれば、少なくとも候補者指名を得ることができる。トランプの強さのもう1つの理由は、民主党側に共和党穏健派が納得できる穏健派が擁立されない分極化問題だ。トランプを排除するために1期だけ民主党穏健派でもいいと共和党が思える候補が(仮にいたとしても)、左傾化した今の民主党では指名を取れない。バイデン政権は政策的に「サンダース政権」と化しているし、バイデンが勝てばもれなくハリスも付いてくる。バイデンにもしものことがあればハリス政権誕生に手を貸すことになる。「トランプを支持しないが、もし彼が指名を得たら、バイデンよりはましだし、ハリスになるのは危険だからトランプに投票する」という論理はA氏型、B氏型、D氏型のどの類型の共和党員も共有している。
アイオワ大学のT・へーグル教授はこの状況を「まるで囚人のジレンマだ」と指摘する。「トランプとバイデン以外の候補者を選んだ方が、両党にとってもアメリカにとっても良い結果になるとすると、共和党がデサンティス的な人物を選び、民主党もバイデンでもハリスでもない誰かを選んだ方が、本選では勝ちにくくなるが、本当は良い選択肢になる」(同教授)。
「反バイデン」「反トランプ」だが渋々トランプに投票のリバタリアン
興味深いのはD氏のような元ロン・ポール支持のリバタリアンの動向だ。トランプを嫌悪しつつ、やはり「本選では投票する」という。D氏はトランプの宗教右派への媚び方は気に食わないと言う。人工妊娠中絶は州の権利で連邦が介入する問題ではないとリバタリアンは考える。反エスタブリッシュメント精神で渋々トランプを支えてきたが、最近はケネディ・ジュニアに乗り換えた(ケネディ・ジュニアは10月に入って無党派での立候補を表明)。なるほどリバタリアン系のかなりの資金がケネディ・ジュニアに流れていることを民主党主流派はケネディを排斥する理由にしてきた。
D氏はこう述べる。「トランプの戯言は酷いが、司法省はそのトランプを取り押さえることすらできず、起訴のための汚点も十分には掘り出せない。オバマが司法省を社会主義者だらけにしたからだ。私はトランプを軽蔑しているが、彼はワシントンの沼の泥水を抜く努力は示したから2回投票した。民主党に投票するなど自分は本来あり得ないのだが今はロバート・ケネディ・ジュニア陣営でボランティアをしている。彼がアメリカをまとめられるかは未知数だが、まとめられるとしたら彼かもしれない」
10年以上前からD氏のグループは「9.11は自作自演」というビデオをティーパーティ運動の集会で配布していたが、現在は食料備蓄問題を訴えている。また、「テキサス分離独立」に備えてテキサス州に土地を買うことを検討中だという。「メディアは腐敗しているし、バイデンは違法に賄賂を受け取っているし、ウクライナも中国もその問題に関係している」と持論は続いた。
共和党、ウクライナ支援賛否の文脈と短期の白黒2分割思考
第2に浮き彫りになるには、「外交」政策をめぐる対象別の党内一致と分裂だ。一致しているのは厳しい対中政策や台湾支持である。民主党関係者はオフレコでは「有権者は、中国と台湾は共和党イシューだと思っている。民主党のイシューではないと」と語るし、ペローシ前下院議長など一部の政治家を除き、台湾へのシンパシーは薄い。共和党にこの雰囲気はない。A氏は「中国こそが最大のイシュー」とまで言い切る。技術的優位性と覇権への挑戦に関して一線を超えたと力説する。「バイデンは口先だけでどうせ台湾を守らない」という現政権への懸念もある。
他方、ウクライナ問題が共和党内を分裂させているのも事実だ。通常、大統領選挙では外交問題は国内問題、特に雇用、経済、医療、教育など「台所問題」ほど重要視されないが、ウクライナは外交政策論ではなく援助をめぐる「国内経済問題」として注目されている。支出や財政赤字を懸念する共和党議員の多くが、「ウクライナへの資金提供がアメリカの国益になるのか」と争点化した。20年に及ぶイラクとアフガニスタンでの戦争をめぐる厭戦気分も関係する。2006年選挙で民主党はイラク反戦を争点化し、共和党を議会で少数派に転落させた。「厭戦世論は党派的に利用される」とのトラウマが共和党側に根強いのはそのためだ。A氏の友人で当時ブッシュ政権にいた共和党の政府職員が当時の衝撃を振り返る。
「反イラク戦争の気運が大きな変化を引き起こした。突然民主党が支配するようになり、監視が吹き荒れた。民主党議員からの文書提出要求やら情報公開法やらが相次ぎ、それらに多大な時間を費やしたことで、ブッシュ政権は最後の2年間はアジェンダを何一つ実現できなかった。彼ら民主党は戦争を利用したのだ。そのトラウマが共和党内には本当に強い。ああいう終わりのない戦争に巻き込まれてはいけない、(ウクライナ戦争が終わらないまま)共和党大統領に戻れば、ウクライナも共和党の責任になってしまう」
政権を跨ぐ戦争を党派人は嫌がる。国内世論ポピュリズムの優越性は、トランプ政権以降のワシントンの政策専門家の疎外、主流マスメディアに嫌気がさした人がソーシャルメディアに情報を求めるようになったことなど、複合的な要因から考えなくてはならない。しかも、完全コミットか、非コミットか、ウクライナか、中国か、この種の短期で白黒を選ぶ2分割思考が共和党で支配的になりつつある。「中国が台湾を侵略すれば、台湾のチップ産業やコンピュータチップ産業に影響があるという2段階プロセスですら耳を貸さない人もいる。ロシアが自由に主権国家を支配する前例を作らせないためにウクライナを支援する必要がある、という論理を理解できない有権者が共和党内に増えているのは事実だ」とA氏は述べる。
ウクライナに話題が戻るたびにテーブルの空気が険悪になったが、場を和ませる特効薬はバイデン外交批判で、これはイスラエル情勢と同じだ。「ロシアは潰せないし、NATO拡大を許しすぎてシグナルを誤った」「ロシアとの全面戦争に引き摺り込まれるな」。こうした考えは全派一致し、ウクライナ支援賛否を棚上げして「バイデンが防げたはずの戦争」論ではまとまる。だが、C氏のようなトランプ支持者のウクライナ支援反対論は、政策的な論理性とは無縁になりがちだ。D氏型のリバタリアンのような財政保守一辺倒でもなく、トランプが支援反対なら従うという「属人性」判断だ。候補者への感情移入で判断に従う。「外交の内政化」どころか、「政治家への好悪」だけで外交政策への賛否を判断する傾向である。
無論、連邦議会レベルでは、同じ共和党でも上院と下院で大きな違いがある。共和党の指導部、軍事委員会や外交委員会の委員のほとんどは、ウクライナを強く支持している。しかし、下院議員ではウクライナへの援助打ち切りに賛成する共和党議員が15%から20%存在する。もし軍事的、外交的な決着がつかなければ、その数は今後1年半の間にどんどん増え続けるだろうとの観測もある。
他方、これらの構図はイスラエル情勢という「ゲームチェンジャー」で更新されていることは冒頭に述べたとおりだ。民主党内ではバイデン政権のイスラエル支持への違和感を示す左派が党内結束の足並みを乱す中、共和党はウクライナで顕在化していた党内亀裂に栓をして民主党攻撃の構えを強めている。次回は共和党各候補について言及する。
(了)
- Anjali Huynh, “Israel Violence Underscores the G.O.P. Divide on Foreign Policy,” New York Times, October 11, 2023, <https://www.nytimes.com/2023/10/11/us/politics/israel-gaza-palestine-republicans.html> accessed on October 30, 2023.(本文に戻る)
- Bryan Metzger, “Israel could eventually divide the left — while Ukraine divides the right,” Business Insider, October 11, 2023, <https://www.businessinsider.com/israel-divide-democrats-ukraine-republicans-hamas-gaza-2023-10> accessed on October 30, 2023. (本文に戻る)