「バイデンは2024年選挙に出馬すべきではない」
身内からの声
山岸 敬和
「バイデンは2024年選挙に出馬すべきではない1」、これは9月12日にデイビッド・イグナチウスがワシントン・ポスト紙に書いたコラムのタイトルである。イグナチウスといえば、バイデンに近しいジャーナリストである。多くの人がバイデンの年齢を心配しており、早く出馬を断念しないと他の民主党候補者が予備選挙で大統領としての能力があるかどうか試す機会を逸してしまうというのである。
筆者は2019年、「消え去らない老兵:SuperAgersによる大統領選挙」というコラムを書いた。当時の大統領のドナルド・トランプに加え、ジョー・バイデン、バーニー・サンダース、エリザベス・ウォーレンと、民主党の主要候補者が全て70歳を超えており、高齢者同士の戦いになっていることがテーマであった。その中で、「年齢」というものが一般に思われるよりも問題になっていないことを指摘しながらも、一部では「gerontocracy(長老支配)」と揶揄されていると述べた。
就任当時78歳だったバイデン大統領は、高齢を指摘されながらも再選を目指している。来年の選挙時には82歳になる。この時期の4年間が、例えば40代の4年間と比べて心身が衰える速度が一般的に速いというのは改めて指摘するまでもないだろう2。2022年9月には、その1カ月前に交通事故で亡くなった議員をバイデンが会場で探す様子が報じられ健康不安説が再燃した3。また、今年6月にはバイデン大統領が空軍士官学校の卒業式場で転んだ様子が大きく報じられた4。イグナチウスは、バイデンは今が引き際だと言っているのである。
このコラムでは、まずはバイデンが再選を目指した理由について指摘し、次に再選に向けてバイデンをめぐる不安要素を心身の健康問題を含めて論じる。
二期目を狙う大統領
ドナルド・トランプまでの45人の米国大統領の中で、過去に再戦を果たし二期目を勝ち取った大統領は17人いる5。現職大統領として選挙戦を戦ったが当選しなかった大統領は10人であり、その中には2020年に敗北したトランプが含まれている6。選挙で勝つ見込みがない等の理由で予備選挙を前に撤退したものもいる。1968年選挙への不出馬を決めたリンドン・ジョンソン、その他にも5名がそういうケースである7。ジョン・F・ケネディ等任期途中で亡くなった大統領がいることを考えると、ほとんどの大統領が再選を狙う8。
大統領が再選に臨もうとすることには合理性がある。まず新しく就任した大統領は皆当然ながら政策を実現したいという背景がある。そのためには大統領は議会を味方につけ強い権力を持たなければならない。アメリカの分権化した政治システムの中で、特に国内政策の政策過程では大統領に大きな権限はない。日本のように内閣立法のようなものはなく、立法権は議会によって独占されている。その中で、大統領は自らのアジェンダを推し進めるためには議員に働きかけるしかない。リチャード・ニュースタッドは、大統領の権力を「命令する権力ではなく、説得する権力」としている9。
そのような政治環境の中でもし現職大統領が再選を目指さないとすれば、その説得する権力が減退する。そして、いわゆる「レームダック(死に体)」になる可能性が高まってしまうのである。
現在の民主党内の事情もバイデンの背中を押している。さまざまな亀裂を含んでいる民主党だが、トランプ政権の再来だけは阻止したいという点では完全に一致している。バイデンは「トランプを一度倒した候補者」として期待されている。また2022年中間選挙において、バイデンの民主党が事前の予想以上に善戦したこともあって、バイデン以外に有力な候補者が出ないまま今を迎えている。
一般的に、知名度が高くメディアへの露出が多い現職大統領は、再選のために戦いを有利に進めることができる。しかし今回の相手は同様に知名度が抜群でメディアへの露出も未だ高いトランプである。またさらに深刻なのは、バイデンは心身の健康問題が最近より強く指摘されるようになっていることである。その他の不安要素も多い。
バイデンに対する高まる不安
大統領の健康状態については、担当医師による診断が定期的に公表される。2023年2月に発表された診断結果には、「バイデン大統領は健康で活発な80歳の男性で、大統領職における責務を果たすことができる」と記されている10。
バイデン大統領がもし再選するとしたら、二期目の終わりには86歳になる。最近の世論調査では、4人に3人がバイデン大統領の肉体的・精神的健康について不安を持っていると答えている11。
過去にも健康問題が不安視された大統領がいた。フランクリン・ローズヴェルトである。彼は深刻な健康問題を自ら認識しながら、それが公に出ないように情報を巧みにコントロールしながら再選を果たした。しかし就任直後に亡くなった12。
その頃よりも信頼性が高まっていると信じたい今の診断結果だが、トランプ政権の時にもその診断結果が疑わしいという指摘があった。バイデンにも深刻な健康問題はないとされるが、アメリカ人の平均寿命である約76歳を超えている歴史上最も高齢の大統領に、健康上の深刻な問題が起こる可能性は高い。ローズヴェルトのように在職中に非常事態が発生する可能性も有権者はより強く認識するだろう。
もう一つの心配の種は、副大統領のカマラ・ハリス(58才)があまり評価されていないということである。大統領に非常事態が発生したときに、その責務を引き継ぐのは副大統領である。そのため、バイデンの健康不安説が高まるにつれ、ハリスは自らを有能な副大統領として売り出すことに力を入れており、「バイデン=ハリス」チームとして再選に臨もうとしている。
しかし、最近の世論調査でもハリスの支持率は39%に止まっており、これまでの推移を見ても過去の副大統領と比べて低調である13。バイデンの低い支持率に引きずられているところもあるが、副大統領の主要任務として大統領から任せられた移民・国境問題関係において、就任直後に中米を訪問した際に、その取り回しが悪く批判を受けたのも影響しているだろう14。現時点で、有権者が「ハリス大統領」の準備ができているとは到底言えない。
健康問題の他にバイデンの再選を阻む要因として、特にインフレが進む中で経済政策に対する支持が落ちていることに加え、息子のハンター・バイデンをめぐるスキャンダルがある。いずれも問題が長引けば、敵方を確実に利することになる。
バイデンが再選出馬を撤回するとすれば、予備選挙が開始されるタイミング等を考慮すると、ほぼもう時間的余裕はない。イグナチウスが心配しているように、バイデン自身は選挙戦からいつでも撤退しようと思えばできるが、現職大統領が出馬するということで控えていた者が出馬し選挙戦を戦うための準備をする時間が少ないということである。今のところは知名度が抜群のトランプと本戦を戦う可能性が高い状況で、「並」の候補者では勝利するのは難しい。
最後に、そのトランプだが、バイデンに比べると3歳半程度若いだけである。しかし、「見かけ」に限って言えば高齢による明らかな衰えは見えない。ちなみに2024年に復活当選すれば、間を空けて二度当選した歴史上2人目の事例になる。かつてグローバー・クリーブランドは1884年に大統領に当選し、1888年にベンジャミン・ハリソンに敗れたものの、1892年にハリソンと第三政党候補者を破って再び当選を果たした。
8月末には81歳のミッチ・マコネル上院院内総務がインタビュー中に30秒以上無言で固まってしまう様子が報じられた15。先進国の中では国民の平均年齢が若いアメリカで、高齢の政治家が権力の頂点にいる状態は皮肉だと言える。2009年に48歳のバラク・オバマがエネルギッシュに就任演説をしたのと比べると隔世の感がある。世論調査でも、60%以上の人々が、大統領、連邦議員、連邦最高裁判事に年齢の上限設定を求めている16。現在の権力構造への反発が、中長期的に今後どのような動きを生み出すのかについても注目していくべきである。
(了)
- David Ignatius, “President Biden should not run again in 2024,” The Washington Post, September 12, 2023, <https://www.washingtonpost.com/opinions/2023/09/12/biden-trump-election-step-aside/>, accessed on September 26, 2023.(本文に戻る)
- 他国では過去にコンラート・アデナウアーが西ドイツの首相を87歳まで務めたというような事例はある。(本文に戻る)
- Michael D. Shear, “‘Where’s Jackie?’ Biden Asks if Deceased Lawmaker Is at White House Event,” The New York Times, September 28, 2022, <https://www.nytimes.com/2022/09/28/us/politics/biden-jackie-walorski.html>, accessed on September 26, 2023. (本文に戻る)
- Michael D. Shear, “Biden Falls Onstage at Air Force Commencement,” The New York Times, June 1, 2023, <https://www.nytimes.com/2023/06/01/us/politics/biden-fall-air-force-commencement.html>, accessed on September 26, 2023.(本文に戻る)
- 前大統領が暗殺や病気等で亡くなり、任期途中で引き継ぎ、その後大統領選挙で当選を果たしたケースは含めていない。この例としてフランクリン・ローズヴェルト大統領を引き継いだハリー・トルーマン大統領が挙げられる。その他に2名いる。(本文に戻る)
- Gabe Alpert, “Presidents Who Didn't Win a Second Term,” Investopedia, April 6, 2023, <https://www.investopedia.com/financial-edge/0812/5-presidents-who-couldnt-secure-a-second-term.aspx>, accessed on September 26, 2023. (本文に戻る)
- Jeff Wallenfeldt, “Have Any U.S. Presidents Decided Not to Run for a Second Term?” Britannica, n/d, <https://www.britannica.com/story/have-any-us-presidents-decided-not-to-run-for-a-second-term>, accessed on September 26, 2023. (本文に戻る)
- 大統領の任期は二期までということが慣例として続いていた。初代大統領のジョージ・ワシントンが重任の危険性を説きながら自ら二期で職を退いたからである。しかし、戦時中ということもあって、1940年にフランクリン・ローズヴェルトが三選を果たしたことでその伝統が破られた。その後、1951年に合衆国憲法修正第22条によって憲法上禁止された。(本文に戻る)
- Richard E. Neustadt, Presidential Power and the Modern Presidents: The Politics of Leadership from Roosevelt to Reagan (New York: Free Press, 1991). (本文に戻る)
- The White House, “President Biden’s current health summary,” February 16, 2023, <https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2023/02/Health-Summary-2.16.pdf>, accessed on September 27, 2023. (本文に戻る)
- Mark Murray, Bianca Seward, and Alec Hernández, “Poll: Overwhelming majorities express concerns about Biden, Trump ahead of 2024 race,” NBC News, September 24, 2023, <https://www.nbcnews.com/meet-the-press/first-read/poll-overwhelming-majorities-express-concerns-biden-trump-ahead-2024-r-rcna111347>, accessed on September 24, 2023. (本文に戻る)
- David Welky, “Roosevelt lied about his health during the 1944 election — with stark consequences,” The Washington Post, October 13, 2020, <https://www.washingtonpost.com/outlook/2020/10/13/roosevelt-lied-about-his-health-during-1944-election-with-stark-consequences/>, accessed on September 27, 2023. (本文に戻る)
- Matt Stiles, Ryan Murphy, and Vanessa Martínez, “What does America think of Kamala Harris?” Los Angeles Times, September 26, 2023, <https://www.latimes.com/projects/kamala-harris-approval-rating-polls-vs-biden-other-vps/>, accessed on September 27, 2023. (本文に戻る)
- Zolan Kanno-Youngs, “Kamala Harris, With Blunt Language on Border, Forges Immigration Image,” The New York Times, June 8, 2021 (updated June 23, 2021), <https://www.nytimes.com/2021/06/08/world/americas/kamala-harris-immigration.html>, accessed on September 26, 2023. (本文に戻る)
- Morgan Rimmer and Manu Raju, “McConnell appears to freeze while speaking with reporters in Kentucky,” CNN, August 30, 2023, <https://edition.cnn.com/2023/08/30/politics/mitch-mcconnell/index.html>, accessed on September 27, 2023. (本文に戻る)
- Calvin Woodward and Emily Swanson, “Biden is widely seen as too old for office, an AP-NORC poll finds. Trump has problems of his own,” AP, August 29, 2023, <https://apnews.com/article/biden-age-poll-trump-2024-620e0a5cfa0039a6448f607c17c7f23e>, accessed on September 27, 2023. (本文に戻る)