民主党が危ない?「リンカンの党」共和党へ回帰する黒人票
山岸 敬和
2022年中間選挙は、事前の予想よりも民主党が善戦したと報じられた。中絶問題やアメリカの民主制の将来への市民の不安がその背景にあったと指摘される。苦戦を強いられた共和党内部では、選挙後まもなく2年後の大統領選挙・議会選挙を睨んで、党を立て直すための方策をめぐって意見の相違が浮き彫りになった。
他方、民主党では大敗を免れて胸を撫で下ろす向きもある。12月6日に行われたジョージア州の上院選の決選投票で、民主党候補が勝利して議席を上積みしたことも良いニュースとなった。しかし、この中間選挙では民主党にとっても今後の選挙戦略に影響を与える事態が起こっていた。それは、これまで民主党の支持基盤となってきたマイノリティ集団からの得票率を落としたという事実である。ヒスパニック系やアジア系に加え、民主党の「鉄壁の地盤」である黒人の票も減らした。
AP通信の調査によると、共和党の下院候補者は黒人票の14%を得た。2018年、2020年の8%に比べ大きく増やしている。18〜44歳に限定すると両党の差がより少なくなった。2018年には75ポイント、2020年には76ポイントの差であったのが、今回は54ポイントになった1。
伝統的価値観と黒人
政治社会学者のシーモア・リプセットは、1990年代に出版された著書『アメリカ例外論』の中で、「アメリカは世界の中で唯一信条に基づいて作られた国家である」とし、自由や個人主義という価値が支配的であると述べた。この考えが、アメリカは世界の中でも特別なミッションを帯びた特別な国である、という「アメリカ例外主義」の形成に繋がる。
しかし黒人は、アメリカに奴隷として連れてこられた歴史的背景から、この伝統的価値から逸脱する存在である、とリプセットは指摘する。法的なもの、事実上のものを含めた「カーストシステム」の中で下層に位置付けられた黒人は、ヨーロッパの労働者階級と類似するところがあり、集団としてのアイデンティティーが強く、集団に対する方策を政府に求める傾向がある。これが、白人中心社会が維持してきた個人主義を重視する伝統的価値観と反する2。
しかし、渡辺将人が2020年12月の笹川平和財団の「アメリカ現状モニター」のコラムで述べたように、近年盛り上がったBLM運動は黒人運動の変容を示していた。「BLMは黒人運動であることは間違いないが、他方で文化的には黒人運動に一部存在していたある種の『黒人限定』の閉じられた性格を超越した開放性を伴っている」と渡辺は指摘した。渡辺はこのコラムの中で、BLM運動と新世代左派運動との関係性について述べた。しかし、今回の中間選挙では、黒人運動において、共和党に合流する流れが強まったことが示された。
黒人の共和党支持者とは?
共和党支持者の黒人の特徴について、ピューリサーチセンターが行った調査によると、以下のよう点が明らかになった3。1)黒人共和党支持者は黒人民主党支持者よりも若い。2)両党の黒人支持者の収入レベルは類似している。3)南部州の居住率は両党支持者で類似している。4)黒人共和党支持者の方が黒人教会に通う割合が低い(22% vs. 34%)。5)黒人共和党支持者の方が、個人的アイデンティティーにおいて人種がとても重要・重要と答える割合が低い(58% vs. 82%)。6)個人的アイデンティティーにおいて祖先が重要であるという両者の割合は類似している。7)黒人全体に起こることが個人に起こることに影響するとする割合は共和党支持者の方が低い(39% vs. 57%)8)人種差別を経験した割合は両党支持者で類似している。9)人種差別が黒人の成功の障害となっていると考える割合は共和党支持者の方が低い(44% vs. 73%)。10)黒人への平等が達成されていないとする割合は両者で類似している。
以上を見ると、最も特徴的なのは、黒人全体の運命と個人の運命とが関連している(「linked fate」と呼ばれる)という考えに対する態度の違いが大きい、ということである。ここからは、黒人の問題を解決するためには、黒人グループに特化したものではなく、人種によらない普遍的(color-blind)な政策を求める傾向が黒人共和党支持者にあると考えられる。
2024年大統領・議会選挙までの茨の道
今回の中間選挙ではこれまでよりも黒人票が共和党に流れたということを指摘したが、実は選挙前から、共和党から多くの黒人候補者が立候補したことも注目されていた。既述のジョージア州の決選投票で負けた共和党候補者も黒人であった。80人が立候補し、31人が予備選挙を勝ち、最終的には5人が当選を果たした。5人とは言っても、1877年以降で最高の人数である4。
歴史上では、南北戦争が終了して、それまで奴隷だった黒人に投票権が与えられ、はじめて南部州から黒人議員が選出された。奴隷解放宣言を出したエイブラハム・リンカンが共和党であったことから、その黒人議員は共和党であった。しかし、まもなく南部州では黒人の投票権を事実上制限する動きが広まり、南部州からの黒人共和党議員は姿を消した。
1930年代に民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策を実施し、1960年代には公民権法を民主党政権が成立させたことから、今度は民主党が黒人を含むマイノリティグループの政党になった。黒人の有権者の大多数が民主党を支持し続け、黒人議員も民主党から誕生するようになった。
そして今回の中間選挙で見せた黒人の「リンカンの党」共和党への回帰の動きがどの程度強まるのかは、両党の今後の戦略次第であろう。
2年後の選挙では再び両党で接戦になることが予想される。その中で黒人票、そしてその他のマイノリティ集団の票の行方は重要となる。共和党はこれまで中長期的に組織的にマイノリティ集団の取り込みを模索してきた。また近年のMAGA (Make America Great Again) 的な方向性が共和党内で強まったことも、不法移民に寛容な政策で黒人の職が奪われることや、マイノリティに直接的な利益がないと考える気候変動対策推進等に力を注ぐ政策に不満を抱いていた民主党支持の黒人を離反させることに寄与した、と考えられる。共和党の路線は数字的にはまだ限定的な効果しか生んでいないという見方もあろうが、それまで黒人からの圧倒的な支持を当然のようにしてきた民主党にとってみれば戦略変更の必要に迫られる。しかし問題は、どの程度深刻にこの問題を民主党が取り上げるかである。
今回の選挙の後でナンシー・ペローシ下院議長が民主党執行部から離れた。ペローシの代わりに新議会で下院民主党トップに選ばれたのは、52歳の黒人議員ハキーム・ジェフリーズである。民主党が彼のリーダーシップでどのような「衣替え」を行うのか、そして「人種」をどのように民主党の政策の中に位置付けようとするのかに注目したい。
(了)
- Star Parker, “Young, black Americans are turning to the GOP — which needs them to survive,” New York Post, November 24, 2022, <https://nypost.com/2022/11/24/young-black-americans-are-turning-to-the-gop-which-needs-them-to-survive/>, accessed on November 29, 2022.(本文に戻る)
- シーモア・マーティン・リプセット『アメリカ例外論』(上坂昇、金重絋訳)(明石書店、1999年)。第1章、第4章を参照。(本文に戻る)
- Kiana Cox, Besheer Mohamed, and Justin Nortey, “10 facts about Black Republicans,” Pew Research Center, November 7, 2022, <https://www.pewresearch.org/fact-tank/2022/11/07/10-facts-about-black-republicans/>, accessed on November 29, 2022.(本文に戻る)
- Alex Samuels, “Congress Will Have The Most Black Republicans In Over A Century,” FiveThirtyEight, November 15, 2022, <https://fivethirtyeight.com/features/congress-will-have-the-most-black-republicans-in-over-a-century/>, accessed on December 1, 2022.(本文に戻る)