共和党を支持する中南米系女性が増加中?
―米国のエスニシティ政治の複雑性―
西山 隆行
「中南米系=民主党支持」ではなくなった?
昨年11月にウォール・ストリート・ジャーナル紙が行った世論調査で、中南米系の中で共和党支持者が増えているという結果が出たことは、米国の政界関係者、並びに米国政治ウォッチャーに衝撃を与えた。また、テキサス州南部の米墨国境周辺地域の共和党内で中南米系の女性が存在感を増していることも注目を集めている。
米国の二大政党については、共和党が白人の政党、民主党はマイノリティの政党というイメージが強い1。近年の米国では中南米系やアジア系などのマイノリティの人口比率が増大しており、2040年代には白人の人口比率は半分を下回ると予想されている。中でも人口が増えているのが中南米系であり、その数は有権者数においても黒人を上回っていて、有権者のおよそ8人に1人が中南米系という状態となっている。この人口動態の変化は一般的には民主党を利すると考えられており、民主党支持者の中には民主党が以後優勢になるという楽観論を展開する者もいる。
共和党内でも、マイノリティの票を獲得することができないと共和党に未来はないとして、中南米系などの票獲得を目指すべきだとの立場が示されることもあった。2016年大統領選挙に際して、妻がメキシコ系であるジェブ・ブッシュや、キューバ系のマルコ・ルビオを党の候補として擁立しようとする動きが主流派の間で強まったのはその一環だった。だが、中南米系移民を強姦魔や麻薬密売人と呼び、米墨国境地帯に壁を建設すると宣言したドナルド・トランプが、党主流派の方針を完全につぶしてしまった2。そして共和党内でトランプ派の影響力が増大する中で、民主党支持者の中には、中南米系は以後も民主党に投票し続けるだろうとの楽観論を抱く者もいた。
だが、先ほど言及したウォール・ストリート・ジャーナル紙の世論調査によれば、中南米系について、もしすぐに連邦議会選挙が行われると仮定するならば、民主党に投票する人も共和党に投票する人も共に37%と拮抗していた(22%は未定と回答)。また、2024年大統領選挙が現職のジョー・バイデンとトランプの対決となった場合、中南米系の回答はバイデン支持が44%、トランプ支持が43%とほぼ拮抗しているという3。
また、テキサス州南部の共和党内で中南米系女性が存在感を増していることは、民主党支持の傾向が強いとされてきた中南米系(女性)の投票行動を変えるきっかけとなるのではないかとして、注目を集めている。今年11月に行われる連邦議会選挙の党候補者を決める予備選挙が各地で実施されているが、テキサス州南部の選挙区の共和党の予備選挙で複数の中南米系の女性候補が勝利した。また、ブラウンズビルからラレドに至る米墨国境周辺地域の4つのカウンティで、中南米系の女性が共和党の代表を務めるようになっている。これらの地域では中南米系が多数を占めていることを考えると、中南米系が選挙で勝利したり、地域の代表を占めたりすること自体はさほど不思議ではない。だが、彼女たちは中南米系の利益や権利を重視するよう積極的に訴えているわけではなく、中絶禁止や国境警備強化というトランプ的なスローガンを掲げている。にもかかわらず、中南米系、とりわけ女性の間で支持が広がっているのである。実はこれらの地域は、2020年大統領選挙においてトランプの支持率が増大していたが、とりわけ中南米系の女性の支持率が増大したことで注目を集めたのであった。そのため、この中南米系の女性を登用し、トランプ的スローガンを掲げるという同様の戦略をとれば、多くの州で中南米系と民主党の紐帯を切り崩していくことができるのではないか、と考えられているのである。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙の調査結果とテキサス州の動向は、共和党にとっては吉報であり、民主党にとっては衝撃だといえるだろう4。では、中南米系は民主党から共和党に支持を変更しつつあるのだろうか?実際には、中南米系全体では民主党支持の傾向は今日でも強く、直近の選挙の結果を大きく変えるとは考えにくい。とはいえ、全有権者の8人に1人が中南米系となっている今日、中南米系の投票動向に変化がみられることは、長期的には米国政治に影響を与える可能性がある。このような変化はまだ兆しが見られた段階であり、十分な調査を行うのも困難なため、今の段階で断定的な説明をすることは不可能である。だが、本稿では今後の展開を予想するためにも若干の考察を試みることにする。
中南米系が民主党を離れる理由
まず前提として、中南米系がそもそも多様な集団を含んでいることは念頭に置く必要があるだろう。中南米系の中で最も数が多いのはメキシコ系であり、彼らは民主党を支持する傾向が強い。だが、例えばキューバ系やベネズエラ系は反共主義の傾向が強いこともあり、共和党支持者が多いとされている5。そして、中南米系には、黒人の公民権運動に当たるような共通体験があるわけではないため、強い一体感や党派性を持っていないのではないかとも指摘されてきた6。ただし、この点については若干の留保が必要で、例えば、州レベルの選挙では、中南米系は民主党支持の傾向が全般的には強いものの、中南米系の候補がいる場合には党派によらずその人物に投票する傾向がある、と指摘する研究も存在する7。これは、中南米系が一貫した政党支持の態度を持っていない可能性を示唆する一方で、中南米系という一体感を感じている可能性もあるということであり、評価の難しい所である。
そして、中南米系移民の問題が選挙の大争点となった2016年大統領選挙の際にも、実は中南米系=民主党支持という見方に一定の留保が必要だと思わせるデータが存在した。2016年大統領選挙は民主党のヒラリー・クリントンと共和党のトランプによって争われた。当時はトランプが中南米系の移民・不法移民(トランプは合法移民と不法移民を厳格に区別することなく批判することが多かった)を麻薬密売人や強姦魔と呼ぶこともあり、中南米系はクリントンを支持するとの予想が一般的だった。実際、ギャラップ社が候補に対する好感度調査を夏に行ったところ、中南米系全体では、クリントンのことを好ましい、あるいはとても好ましいと考えている人は65%、トランプのことをそう考えている人は21%であり、他国で生まれた中南米系の場合はそれらの数字はそれぞれ87%、13%に及んでいた。だが、米国生まれの中南米系の場合は、クリントンにそのような評価をする人が43%に下がり、トランプをそう評価する人は29%に上った8。また、ピュー・リサーチ・センターが行った、トランプとクリントンのどちらがいいかを問うた調査では、中南米系のなかでバイリンガル、あるいは、スペイン語を日常的に話している人たちは80%がクリントンを選び、トランプを選んだのは11%に過ぎなかった。だが、主に英語を話す中南米系の人に関しては、クリントンを選んだのが48%、トランプが41%となっていて、あまり差がなかったのである9。そして、実際の2016年選挙の際にも、トランプは2012年のミット・ロムニー候補より多くの割合を獲得したのだった10。
2016年大統領選挙と比べて、2020年大統領選挙ではトランプに投票した中南米系の割合は増大している。中でも、アリゾナやフロリダ、テキサス、ネバダなど、2024年大統領選挙で接戦州になると予想されているところでその割合が増大している。中でも、ネバダとテキサス州南部では、中南米系の中でも女性がトランプに投票した割合が増大したことが明らかになっている11。トランプが中南米系や女性に対して批判的な発言を繰り返してきたことを考えれば、この結果は衝撃である。
中南米系が2020年選挙でトランプに投票した大きな理由は経済だと指摘されることが多い。2016年にはトランプによる反中南米系の発言に不満を抱く人も多かったが、コロナ禍で行われた2020年選挙では移民問題は必ずしも大きな争点とはならず、経済への態度が投票行動に大きな影響を与えたとされる。とりわけテキサス州では石油やガスの関連企業で働く人も多いことから、環境問題を重視する民主党とバイデンの方針が自己利益に反すると考えた人が多かった可能性もあるだろう。また、民主党内でバーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ=コルテスら民主社会主義者を自称する人々の影響力が増大し、トランプが民主党の政治家を社会主義者と批判したことも、中南米系が共和党支持に流れる要因となった可能性がある。さらには、中南米系の人々はカソリックの比率が高いこともあり、実は人工妊娠中絶などの社会的争点については共和党との親和性が高い。
また、そもそも中南米系の中に、不法移民を批判するトランプの議論に共感を示す人が存在することも見落としてはならない。中でも、正規のルートを通して苦労して米国籍を取得した中南米系の人の中には、不法移民のせいで自分たちまでもが人種的プロファイリングの対象とされているとの不満を持ち、不法移民に不快感を示す人が存在するのである。
それに加えて、米国という国の在り方をめぐる二大政党の議論が中南米系の人々の行動を変化させているという議論もある。今年のテキサス州での共和党予備選挙で中南米系の女性の影響力が増大したことを指摘する保守系の記事の中では、民主党が展開するユダヤ・キリスト教的米国像に対する攻撃に中南米系の人々は辟易している旨が指摘されている。それらの記事によれば、中南米系はもはや人種やジェンダー、階級の問題に関心を持っておらず、経済や雇用、教育の問題に興味を抱いている。そして、勤労倫理を重視する彼らは、積極的差別是正措置や福祉などの政府による支援ではなく、資本主義が提供する機会を重視しようとする傾向が強い。ジェンダーやセクシュアリティ、人種問題などの「批判的人種理論」を展開する民主党ではなく、伝統的価値を重視する共和党に対する支持が増大するのは当然だというのである。このような議論は保守派によって展開されているためにバイアスがかかっているということはできるだろうが、少なくとも、このような指摘が読者に響くとの判断の下で執筆されていることには注意しておく必要があるだろう。なお、この点をめぐりニューヨーク・タイムズ紙の記事は、民主党が優位である地域で過激思想が広まっているとの懸念を表明している。両者の評価・認識の相違は、今日の米国の政治・社会の分断状況を象徴的に示しているように思われる12。
中南米系は特殊な集団か?
本稿が指摘した問題は、中南米系が独特な民族文化的集団であり続けるのか、それとも、これまでの多くの移民と同様に徐々にアメリカ化していくのか、という問題とも関連している。移民研究では、移民の世代交代が進むにつれて、徐々に固有の民族文化的集団としてよりもアメリカ人としてのアイデンティティを持つようになる、と指摘されることが多い。米国にやってきたばかりの人々は出身国の文化的アイデンティティを持つものの、米国生まれの世代が増えるとその文化とは距離を置くようになる。そして、特定の移民が一定以上増大すると、新たな移民制限法が作られて、その移民の流れが食い止められ、言語の面でも生活文化の面においても、民族文化的特徴を継続させることが困難になるというのである13。
中南米系についても、世代が進むごとに、家庭で話す言語の比率が逆転して英語話者が多くなったり、外集団との婚姻率や生活スタイルが異なってきたりするという調査は存在する。だが、中南米系やアジア系の人口増大のきっかけとなった1965年の移民法以降、移民の流れに大きな影響を及ぼすような移民法改正は行われていないため、中南米系の移民は流入し続けている。また、中南米諸国が二重国籍の取得を容認するようになったこともあり、中南米系の間で将来の帰国を念頭に置きつつスペイン語で子どもに教育を受けさせようとする人が存在することなどを根拠として、民族文化的アイデンティティを持ち続けるとの懸念が保守派の中に根強く存在している14。
だが、今回紹介したデータや分析を見ると、中南米系もその民族文化的アイデンティティをとどめるだけでなく、世代が進む中で一部の人々は伝統的なアメリカ的価値観を身につけてきた可能性が示されている。彼らは立身出世を重んじ、アメリカン・ドリームを信じている可能性があるだろう。同じ民族文化的集団に属するという理由だけで、一体性を感じるとは限らない。積極的差別是正措置に反対したり、民主党のアイデンティティ重視派が展開するようなアイデンティティ・ポリティクスとは距離を置いたりする人々が存在する可能性があるのである。
もっとも、これらの議論はあくまでも可能性に過ぎず、今後中南米系がどのような政治的立場を示すようになるかは今の段階ではわからない。とはいえ、民主党が中南米系の支持を当然に獲得し続けることができると想定するのは適切ではなく、彼らの態度が今後の米国の政党政治の在り方を変化させる可能性もあるといえるだろう。
(了)
- 米国政治の一般的特徴については、西山隆行『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、西山隆行『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)を参照のこと。また、アメリカの移民問題については、西山隆行『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)を参照のこと。(本文に戻る)
- 白人政党化しつつある共和党の現状に懸念を表明し、中南米系の票の獲得を目指すべきとの議論を展開したエアーズの議論などが知られているが、この点については日本経済新聞社の大石格氏が書籍で詳細に紹介してくれている。Whit Ayres, 2016 and Beyond: How Republicans Can Elect a President in the New America, (Alexandria: Resurgent Republic, 2015); 大石格『アメリカ大統領選 勝負の分かれ目』(日本経済新聞出版、2020年)、第1章。(本文に戻る)
- Aaron Zitner, “Hispanic Voters Now Evenly Split Between Parties, WSJ Poll Finds,” The Wall Street Journal, December 8, 2021, <https://www.wsj.com/articles/hispanic-voters-now-evenly-split-between-parties-wsj-poll-finds-11638972769>, accessed on July 22, 2022. この調査結果については、会田弘継氏が早くから紹介している。会田弘継「民主党を離れるヒスパニック 次期選挙の波乱要因に」『週刊東洋経済』(2022年2月12日号)。(本文に戻る)
- ウォール・ストリート・ジャーナル紙の調査結果(注3を参照)は、過大評価である可能性もある。ギャラップ社による2021年の調査によれば、中南米系の56%が民主党支持か民主党寄りの無党派と回答しており、共和党支持か共和党寄りの無党派と回答しているのは26%に過ぎない。トランプが中南米系批判を繰り広げていた2015~2016年の時点でも、民主党支持か民主党寄りの比率は62%程度で、共和党支持か共和党寄りの割合は3割弱だったことを考えれば、この数字は従来の中南米系の政党支持態度から大きくかけ離れているとまでは言えないかもしれない。Frank Newport, “Hispanic Americans' Party ID: Updated Analysis,” Gallup, January 27, 2022, <https://news.gallup.com/opinion/polling-matters/389093/hispanic-americans-party-updated-analysis.aspx>, accessed on July 22, 2022.(本文に戻る)
- ただしキューバ系の中でも世代による違いが存在している。マリエル港事件以後に経済難民として渡米した人々は民主党支持の傾向が強いとされる。(本文に戻る)
- アジア系についても同様の指摘がなされている。アジア系アメリカ人の政治に対する態度については、西山隆行「アジア系アメリカ人とアメリカ政治」SPFアメリカ現状モニター No. 104、2021年10月27日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_104.html>(2022年7月22日参照)(本文に戻る)
- Matt A. Barreto, Ethnic Cues: The Role of Shared Ethnicity in Latino Political Participation, (Ann Arbor: University of Michigan Press, 2010).(本文に戻る)
- Justin McCarthy, “Clinton Hispanic Advantage Smaller Among U.S.-Born Hispanics,” Gallup, August 26, 2016, <http://www.gallup.com/poll/195146/clinton-hispanic-advantage-smaller-among-born-hispanics.aspx>, accessed on July 22, 2022.(本文に戻る)
- Pew Research Center, “2016 Campaign: Strong Interest, Widespread Dissatisfaction,” July 7, 2016, p. 50, <https://www.pewresearch.org/politics/2016/07/07/2016-campaign-strong-interest-widespread-dissatisfaction/>, accessed on July 22, 2022.(本文に戻る)
- 2016年大統領選挙については、西山隆行「2016年アメリカ大統領選挙―何故クリントンが敗北し、トランプが勝利したのか」(日本選挙学会年報『選挙研究』第33巻第1号、2017年、5-17ページ)。(本文に戻る)
- ネバダについては、民主党系のデータ分析会社であるCatalistのウェブサイトで発表された以下の分析を参照。Jonathan Robinson, “What Happened in Nevada,” Catalist, <https://catalist.us/what-happened-in-Nevada/>, accessed on July 22, 2022.(本文に戻る)
- 例えば、George Neumayr, “What the Victory of Mayra Flores Portends for the Democrats,” The American Spectator, June 15, 2022, <https://spectator.org/what-the-victory-of-mayra-flores-portends-for-the-democrats/>, accessed on July 22, 2022; George Neumayr, “The Rise of Hispanic Religious Republicans,” The American Spectator, July 9, 2022, <https://spectator.org/the-rise-of-hispanic-religious-republicans/>, accessed on July 22, 2022. ニューヨーク・タイムズの記事は、Jennifer Medina, "The Rise of the Far-Right Latina,” The New York Times, July 6, 2022, <https://www.nytimes.com/2022/07/06/us/politics/mayra-flores-latina-republicans.html>, accessed on July 22, 2022.(本文に戻る)
- 例えばユダヤ系やイタリア系については20世紀初頭に人口が増大したが、1924年の移民法改正に伴いその流入に歯止めがかかった。詳細は、西山『移民大国アメリカ』で紹介している。(本文に戻る)
- 例えば、サミュエル・ハンチントン『分断されるアメリカ』(鈴木主税訳、集英社文庫、2017年)。(本文に戻る)