民主党「穏健派」「リベラル派」の変容
渡辺 将人
民主党の「左傾化」は避け難く、2020年の大統領選挙も左派的な候補者が強さを発揮するであろうとの見立てが根強い。しかし、その「左派」が従来的な意味でのリベラル派を意味するかといえば、ニューディールリベラリズムにおける「左派」ではなくなりつつある。
2018年中間選挙から遡ること12年前の2006年中間選挙は、穏健派に対するリベラル派の勝利という党内抗争の決着だった。当時の穏健派ニューデモクラットは、ベトナム反戦運動の流れを汲む反戦リベラル路線が、アメリカの過半数の意識からは逸脱しているという認識があった。9/11テロ後、セキリュリティ意識の高まりの中でテロに無策の民主党を脱し「安全保障に強い民主党」を打ち出そうとイラク戦争を擁護した。だが、戦争の長期化で、普段は愛国的な労働者層にまで反戦世論が浸透し、2006年の中間選挙勝利で2007年にナンシー・ペローシが下院議長に就任した。
今回、ペローシが議長席に再び座ることに対して民主党内で抵抗運動が生じた。セス・モルトン下院議員ら新世代の10数名がペローシ就任反対の反乱を起こしたのである。しかし、結果として党内から大きな支援を集めることができなかった。理由は大きく3つである。1つ目はトランプ大統領にとって初めての経験となる民主党多数派の議会下院との交渉を民主党に有利に運ぶ上で、実績と経験で民主党の危機を乗り切れる人物が下院議長を務めるべきとの議論が党内で有力だったことだ。元下院議長のペローシがその適役として説得力を持った。現に反乱派はこれといった対抗馬を立てることができなかった。2つ目は、若手結束で世代間対決にできなかったことだ。2018年当選組には多くの若手がいる。しかし、サンダース派のオカシオ・コルテスらも反ペローシの動きに距離を置き、反ペローシ運動は党内で孤立した。これは反乱の中心が退役軍人のモルトンなど党内の保守派だったことが大きい。コルテスは世代交代より、リベラルな議長を求めるとしてイデオロギーを優先した。3つ目は、「女性」だ。#Me Too運動の勢いでこれまでにない女性議員を抱えた民主党内で、もう一度女性議長を、トランプに女性を対決させろ、という期待論が沸騰するのは自明だった。ペローシ側も「女性」をこれでもかと強調した。
しかし、今後の党内勢力図に関しては民主党内でも見解が分かれる。ペローシに近いリベラル派戦略家は「反ペローシを完全に粉砕した。彼らを潰した。新人がプログレッシブに集った。反執行部運動は彼らが中道的過ぎてうまくいかない」と結論付けるが、他方で元ニューデモクラットのサイモン・ローゼンバーグ(現NDN代表)は従来から「長期戦」を意識している。昨年からローゼンバーグが繰り返している民主党内の三大潮流は不変で、1:女性、2:新たな左派、3:プラグマティストである。「プラグマティスト」への期待は特徴的だ。彼らは2016年当選組の下院議員で軍やインテリジェンスなど出身の愛国心の強いグループであるが、彼らの育て役を買って出ているローゼンバーグは彼らを穏健派、中道派ではなくあえてプラグマティストと呼ぶ。外交安保でも強い「マスキュラー」なリベラルとして、数世代後には彼らが主流になると期待する。「穏健・リベラル」の従来の枠組みで、穏健派の勢いを巻き返していくことの断念とも受け止められる。
民主党内の「リベラル派」と「穏健派」の性質が変容している可能性がある。民主党内では白人労働者票を放棄することはやむを得ないという気配が強く、わずかに労組基盤のリベラル派がそれを唱えるに留まっている。文化的に保守的な南部勢力の膝元がトランプにかき回される一方、1990年代にも増して西部のハイテク基盤に重点が傾斜していることから、かつての「ブルードック」穏健派の勢力も変質している可能性が高い。また、リベラル派内でも「労組派」が縮小し、黒人、女性など少数派が権利を個別に主張する「アイデンティティ政治派」の独壇場になっている。サンダースやコルテスの民主的社会主義の再分配論は、本来は労組と共振してよいはずだが、彼らの主要な支持者は高学歴の文化的なリベラル派である。本来は労組アジェンダであった経済格差をシングルイシューで唱える政治家を「アイデンティティ政治」が支えるという奇妙な構図が今のリベラル派になりつつある。
コロンビア大学教授マーク・リラの「脱アイデンティティ政治論」1は党内で孤立している。マイノリティの影響力を減じることはせず、経済格差是正で二極化の克服を目指せというハーバード大学のレビツキー教授らの処方箋(『民主主義の死に方』)2のほうが党内世論の多数派に近い。マイノリティの影響力を削いでも、民主党を白人中心の共和党に似た政党にするだけで、経済的不平等の克服が優先だと北欧の事例を紹介する様は、まさに現在の民主党リベラル派を反映する議論である。この流れの背後にトランプ要因があることは否定できない。大統領の言動が、女性、人種マイノリティ、LGBTを団結させる一方で、大統領の経済と外交には部分的に評価点を与えざるを得ないからだ。リベラル派は米朝会談で軍事危機が去ったことを渋々認め、労組も鉄鋼・アルミニウム関税を評価した。
2020年に向け、民主党の方向性を決定付けるのは、ペローシ体制で何を優先するかだ。弾劾について執行部は象徴的なジェスチャーに留めたい意向だ。上院で三分の二の賛成が必要な弾劾には実現性が薄く、保守派のトランプ擁護運動の台頭も懸念点だ。1990年代末にクリントンが弾劾の危機に瀕したとき、大統領擁護の草の根運動が激化し、後に「ムーブ・オン」というリベラル派の全国組織に発展した3。トランプ以上に保守的なペンス副大統領が昇格就任することも悪夢である。ペローシは、医療保険改革法(ACA)、インフラ投資、包括的移民改革などに的を絞り、薬価引き下げ、政治改革などにも関心を広げている。気候変動、中南米などへの対外援助も視野にある。超党派での実績積み上げが2020年選挙勝利の鍵だと考えているが、弾劾の姿勢にどこまで「付き合う」か、検察官の調査結果を見てという慎重な判断が執行部の大勢だ。しかし、トランプへの憎悪がエネルギーの源であるリベラル派が不満を爆発させる可能性もあり、行方を見守る必要がある4。
(了)
- Mark Lilla, The Once and Future Liberal: After Identity Politics, (Harper, 2017). /(邦訳)マーク・リラ(駒村圭吾解説、夏目大訳)『リベラル再生宣言』(早川書房、2018年10月)。
- Steven Levitsky and Daniel Ziblatt, How Democracies Die, (Crown, 2018). /(邦訳)スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット(濱野大道訳)『民主主義の死に方』(新潮社、2018年9月)。
- MoveOn, <https://front.moveon.org/>, accessed on February 12, 2019.
- 弾劾をめぐる諸見解については中山論考「『弾劾(Impeachment)』について語り始めたアメリカ」を併読されたい。
中山俊宏「弾劾(Impeachment)について語り始めたアメリカ」(笹川平和財団、SPFアメリカ現状モニター、2019年2月7日)
<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_16.html>(2019年2月12日参照)。