2018年中間選挙、注目票で振り返る
渡辺 将人
2018年の中間選挙で特徴的なのは、1966年以来の高さとなった投票率である(フロリダ大学のマイケル・マクドナルド准教授の「アメリカ選挙プロジェクト」によると全米で48.5%)。同プロジェクトの現時点(11月9日)推計では、最終集計で今後の修正もあり得るが、州別では1位がミネソタ州(64.2%)、2位がコロラド州(62.1%)、3位がウィスコンシン州(61.2%)とオレゴン州(61.2%)となっている。このうちミネソタ(上院2議席)とウィスコンシンでは上院選・知事選の双方で民主党が勝利しているのは示唆的だ。投票率が30%台と低かったのはルイジアナ州(35.4%)とハワイ州(38.4%)の2州だが、ルイジアナ州では知事選も上院選もなく、ハワイ州は民主一党体制なので本選の関心が低い。1
第1に着目したいのはジェンダーである。「#Me Too」運動の年にあって「エミリーズ・リスト」と民主党が女性候補を積極支援していく方針を打ち出してきた。クリントン落選の無念の中、「女性の行進」から始まった「反トランプ」運動の中間評価の意味もあった。性的暴行疑惑も取沙汰されたカバノー判事の承認を阻止することができず、アメリカの女性運動にとって最大争点のロー対ウェード判決(女性の中絶をめぐるプライバシー権)が最高裁において覆される可能性に一歩近づいた。こうした状況下で、女性票がどこまで伸びるのか、とりわけ共和党への女性支持がトランプ大統領下で減るのかどうか注目された。
結果、全得票におけるジェンダーの比率は女性52%・男性48%であった。前回の中間選挙の女性51%・男性49%と比べると僅かな伸びに見えるが、2016年大統領選挙(女性53%・男性47%)に比べると下がっている。男性を押しのけて女性の投票だけが極端に増えたわけではない。ポイントは政党別のジェンダーギャップだ。今回、女性票の支持は民主党59%、共和党40%と顕著な差がついた。2014年中間選挙では女性票のうち51%を民主党が獲得、2016年大統領選挙では女性票のうちクリントンが54%を獲得したことを考えると、女性の民主党支持が急増していることが明らかである。
1991年のクレランス・トーマス判事のセクハラを告発したアニタ・ヒル事件との類似性から、カバノーの一件は「アニタ・ヒル2.0」と共和党側では揶揄されていたが、その翌年に大量の女性候補者が当選した1992年の「イヤー・オブ・ザ・ウーマン(女性の年)」の再現に民主党は期待していた。その意味では、下院で100人以上の女性議員が誕生する結果は大きい。85人という下院の過去最高の女性議員数の記録を塗り替えるもので、「イヤー・オブ・ザ・ウーマン」の再現は実現できたと考えてよいだろう。
ただ現時点(11月9日)で勝敗が判明している100名のうち87名が民主党で共和党は13名に過ぎない。政党別のジェンダーギャップを反映した形での女性議員増で、超党派での女性の躍進にはなっていない問題がある。そもそも民主党は、候補者の資質が同じであれば女性候補者を擁立する戦略で、女性候補者で埋め尽くした。候補者をなるべく女性にするという意図的な戦略があった上での女性躍進であり、民主党が下院で善戦すれば自動的に女性の勝者が増える仕組みだった。
そのほかにも、いくつかの複雑な要因もある。世代間のジェンダーをめぐるアイデンティティの問題も根深い。若年世代は2016年に圧倒的もサンダースを支持し、「女性初の大統領」にこだわらなかったことに見られるように、新傾向も芽生えつつある。1960年代後半からのフェミニズム第2波を経験したジェンダーに情熱的な層とは異なる、女性アイデンティティについての意識変化、とりわけLGBTの浸透で男女分類のジェンダー属性に多様化がもたらされている問題だ。既存の政治を打破する反エスタブリッシュメント意識が強い層にとって、たまたまジェンダーが女性という若手は少なくない。ベビーブーマー世代のようなジェンダー争点へのこだわりは薄くなっており、連帯形成上、世代間の協調が民主党にはますます欠かせない要素になっていくだろう。
上院を奪還できなかったことで民主党支持の女性にとって危機は引き続き続く。最高裁でロバーツ首席判事は穏健な判断を示す可能性があり、ギンズバーグ判事のリベラル席が保守側に入れ替わることなしには、最高裁が中絶を完全に非合法化することは考えにくいが、トランプ政権下でもう1人、最高裁の判事人事が起きたら別である。仮に最高裁で判決が出ても、それは中絶をめぐる新たな州ごとの戦いの幕開けであり、20数州ごとに割れて州法をめぐる争いが続く。
第2に福音派キリスト教徒票である。共和党は福音派票の75%を獲得した。トランプの支持者連合の一角を担い、2016年本選でも動員の足腰になりトランプは80%という世論調査史上、共和党候補として最大の得票率を記録しているが、これが中間選挙でも一定程度は維持されたことはトランプの「支持者連合」の強度を示唆する。女性票の裏返しになるが、カバノー最高裁判事就任の影響がポイントだった。トランプが保守系最高裁判事を相次いで就任させたことで、キリスト教保守の評価は高いものの、中間選挙前にカバノー就任が実現した達成感から投票欲が減退する可能性も皆無ではなかった。共和党はカバノーが最高裁の中絶非合法化の「最後の1票」である、としてキリスト教保守を煽ってきたことから、引き続いての「上院多数派死守」という号令には都合の良さも感じられたからだ。
対中関税への報復に関して、中西部を中心に農業州の勝敗にはキリスト教保守票が注目された。象徴的なのはアイオワ州知事選における共和党現職レイノルズの勝利である。大豆の生産地で報復関税の被害の激震地でもあったが、保守系農家の支持は揺らいでいない。また、カトリックの動向であるが、今回は民主党50%、共和党49%と半々に割れた。カトリックの人工妊娠中絶反対への原則論は堅く、とりわけ保守派はカバノー判事の人事を評価しているものの、穏健派は移民、反貧困、対外政策などで民主寄り・反トランプである。穏健派カトリックの主要関心事は移民政策で、「キャラバン」を批判する大統領の言説には嫌悪を示した可能性がある。
第3に、若年票の動向である。民主党の若年層アウトリーチは曲がり角にきている。その危機感は、反エスタブリッシュメントが反民主党に向き続けることへの懸念だ。若年層の政治意識は高まっているが、その矛先が継続的なサンダース支持に向いている。それをどう党内に取り戻すかについてこの2年、民主党は悩んできた。戦術的課題は従来、若年票獲得の足腰だったカレッジ・デモクラットの形骸化だ。そこで中間選挙に向けてのイニシアチブとして、民主党の政治活動に参加している学生にその資金を「奨学金」という形で出すという新たな取り組み「ブルー・フューチャー」2を立ちあげていた。学生はキャンパスでの草の根活動のプランを3,000ドルを上限に考案し、それに同団体がコンペ方式で予算をつける方式だ。2018年夏までに15州38団体から申請があり、州と選挙区の激戦度を考慮して配分した。
こうした試みがどの程度、若年票に反映するのかも注目点であったが、結果、18歳から24歳の最も若い層では、民主党68%、共和党31%、25歳から29歳の層でも民主党66%、共和党33%で、若年層の民主党支持は色濃くなった。44歳以下でみても民主党61%、共和党36%であり、45歳以上でようやく共和党支持が多数派になる。共和党支持層の高齢化を顕著に示す傾向だ。しかも、CIRCLEによると18歳から29歳までの若年層の投票率が31%と激しい伸びを示している。2014年の21%から10ポイントの上昇である。3
民主党は今回の成功を梃にしていく方針だが、不安要素もある。従来から存在した学歴ギャップの深化と固定化だ。今回、大卒の有権者の票の割合は民主党55%、共和党43%だが、大学院以上になるとその差は65%、34%と決定的である。高学歴リベラルの政党としての色を強めている。政党を強くして広い公共の利益を求めるマーク・リラ(コロンビア大学教授)が志向するような方向性ではなく、民主社会主義的な路線に傾倒する可能性は高い。依然として消えないサンダース人気、オカシオ・コルテスらの勝利、若年層の活性化、これらの要素が合わさった先で、民主党エスタブリッシュメントへの反抗が肥大化するかもしれない。
(了)