バージニア州知事選挙における民主党の敗退から見えてくるもの
中山 俊宏
いま、ワシントンD.C.の政治コンサルタントたちは、11月2日の選挙の意味を必死になって読み解こうとしている。来年の中間選挙に向けての戦略を練るためだ。11月2日にはバージニア州とニュージャージー州の知事選挙をはじめ、ニューヨーク市やボストン市の市長選挙などいくつか選挙が行われたが、とりわけ注目されたのはバージニア州の選挙だった。
現職のラルフ・ノーサム知事(民)の任期切れに伴い、2018年まで同州知事を務めたテリー・マコーリフ(民)と無名の実業家グレン・ヤンキン(共)が競った。マコーリフは、民主党きっての大物ファンドレイザーであり、かつて民主党全国委員会の委員長もつとめ、なによりも比較的高い評価を得た前州知事だった。バージニア州は知事の連続再任は禁止しているが、連続でさえなければ再任が可能だ。
バージニア州は近年、民主党寄りの州と見做されることが多くなってきた。レッドからパープルへ、そしてブルーへという流れだ。そのバージニアで民主党の大物と、無名の実業家との対決なわけだから、おそらくマコーリフが再任を果たすだろうというのが当初の見方だった。
バージニア州知事選挙は、若干、特殊な役割を担わされている。それは、偶数年に行われる米国の主要選挙の中で、大統領選挙が行われた翌年の奇数年に行われる重要州の選挙であることから、一年目の大統領の評価、そして翌年の中間選挙の行方を占う「ベルウェザー州(bellwether state)」と見做されていることだ。過去の例を振り返っても、バージニア州の知事選で勝った党が翌年の中間選挙で善戦している場合が多い1。
ちなみに新政権が発足して行われる最初の中間選挙は、政権党が負ける場合が多い。2010年のオバマ政権も2016年のトランプ政権もそうだった。ブッシュ政権は対テロ戦争の勢いでどうにか逃げ切ったが、その前の1994年は、クリントン政権がギングリッチ率いる共和党に徹底的に叩きのめされた。現在の民主党は、上下両院でどうにかギリギリ多数派を維持しているに過ぎず、多数派を維持するのは極めて難しいだろうとされている。
そうした中、バージニア州で、仮にアクシデントが起こり、マコーリフが負けるようなことがあれば、それは民主党にとって赤信号がはっきりと点滅し出すことを意味していた。結果をご存知の方も多いだろう。結果は、最後の二週間で形勢が逆転し、無名のヤンキンの勝利に終わった。そしてマコーリフの敗退が伝えられると、すぐに犯人探しが始まった。
米国内ではすでに数多くの分析が出ている。マコーリフ陣営は「反トランプ」で攻勢を仕掛ければそれで十分だと考えていた。対して、ヤンキンの方は、トランプと喧嘩はしたくない、しかし、無党派層の支持を勝ち取るためにはトランプと距離は置きたい。ヤンキン陣営はこのバランスをうまい形で実現した。現に、本選挙に入ってからトランプはほぼ不在だったし、勝利演説の際にもトランプの名前は出てこなかった。一部にはヤンキンは、「トランプなきトランプ主義」を実現したとの評価さえある2。
トランプ政権の評価は分かれる。共和党の中では、そのスタイルについてはもう食傷気味だが、トランプ・アジェンダそのものは必ずしも評判が悪くない。トランプ自身は2024年に向けて、その影響力を温存することに懸命だが、来年の中間選挙を視野に入れる共和党候補、特にトランプを丸ごと包摂することが難しい選挙区において当選を目指す候補は、ヤンキン・フォーミュラこそが解ではないか、とその可能性に大いに期待しているはずだ。
ヤンキンの戦い方でもう一つ際立ったのは、「教育」を主要争点としたことだった。ヤンキンがもともと「教育候補」だったわけでは一切ない。いま、米国では米国という国の「意味」をめぐって、激しい論争が起きている。単純化すれば、米国は「建国の理念」に示されたように「良き国」であるのか、それとも「建国の理念」は権力への意志の見せかけに過ぎず、奴隷制や移民排斥、そして差別こそが米国の真のあり方を規定していて、そこを乗り越えることから始めなければならないのか、この歴史観の対立だ。これは単に、歴史解釈の問題ではなく、目の前にある人種問題や格差の問題ともつながっていく、極めて現代的な論争だ。
ディベートで、マコーリフが教育の内容については、親たちではなく教師たちに任せるべきだと発言したのを捉えて、ヤンキン陣営は一気に攻め込んだ。マコーリフ側は、教育の政治化だと切り返したが、ヤンキンは子供たちの意識をめぐる争いの領域に持ち込み、自分の発言を説明しようとするマコーリフを批判し続けた。特に、左翼的教育観の代名詞になった感がある「クリティカル・レイス・セオリー(CRT)」(批判的人種理論)に対する違和感を、ヤンキン側は効果的に動員した。
すでにマコーリフのこの失言の一年以上前、政治コンサルタントのチャーリー・クックが、「教育」が米政治における主要争点の一つになると述べていた。1992年のクリントンの大統領選挙キャンペーンの参謀の一人であったジェームズ・カーヴィルが、冷戦が終わり、もはや人々の意識は経済に移行しているという状況を捉えて「it’s the economy stupid」と選挙を評したことが有名だが、クックはこれをもじって、今後の米政治は「it’s the education stupid」とでも形容しうる状況になっていくであろうと論じていた3。マコーリフは、自ら落とし穴に入り込んでいったことになる。
さらにバージニア州においては、あわせて副知事、そして司法長官の選挙も行われたが、いずれも共和党が勝っている。副知事はアフリカ系の女性、司法長官はキューバ系二世だ。これはマコーリフの敗退が、マコーリフに固有のものではなく、より大きな問題である可能性を示唆している。
大きな問題とは、いうまでなく、民主党、特にバイデン政権を取り巻く状況だ。国民のバイデン政権に対する期待は、決して大きくはなかった。それは、トランプ時代にどうにか終止符を打ち、どうにか政治を落ち着かせてほしいという期待だった。ビジョン型ではない「退屈なインサイダー」であるバイデンに対する期待は抑制的だった。
しかし、バイデン政権は多くの予想を裏切り、大胆に出た。しかし、それが民主党内の分断によって、遅々として前に進まない。それは逆に、バイデン大統領のリーダーシップの欠如を印象づけてしまった。アフガニスタンからの撤退をめぐる混乱も、「前政権とは異なり、少なくともきちんと仕事をこなす」という評判を切り崩した。共和党のテッド・クルーズは、バイデン政権を評して、退屈なくせに急進的だと評した。若干どぎつい表現だが、少なくないアメリカ国民の感覚と合致しているだろう。民主党からも、自分達はFDR(フランクリン・ルーズベルト)を選出したつもりは毛頭ないと、バイデン政権の「過剰さ」に対する批判が出ている4。
共和党は、決してトランプ時代から立ち直ったわけではない。いやむしろトランプという亡霊が2024年に向けて徘徊しているのが現状だ。しかし、ホワイトハウスと上下両院をおさえる民主党は、当然、あらゆる状況の責任を引き受けなければならない。民主党がいま置かれている状況はお世辞にも万全とはいえない。来年の中間選挙までの一年、民主党は「反トランプ」以外の積極的なメッセージを示していくことが必要になっていくだろう。左派は大胆さを求め、穏健派は慎重であることを求めていくだろう。この違いはなかなか橋渡しすることが困難だ。
共和党は、ヤンキンが示したように、トランプと若干距離を置きながら、党の再建の方向を目指したいところだ。共和党がトランプ的空間から抜け出るには、トランプと対決するのではなく、ヤンキン的にやんわりと包摂しつつ、退けること以外に方策はなさそうだ。だが、共和党にとって怖いのはその後だ。いまトランプは、各地で政治集会を開催している。そこでは、来年の中間選挙に向けたトランプ派の候補をエンドースする儀式を必ず行っている。トランプがエンドースした候補が勝てば、これは2024年に向けた足場になる。もちろんトランプはこれを自覚的に行っている。
バイデンが再選を狙うのか、狙わない場合、民主党はハリス副大統領でいくのか、そのあたりの不透明感も、次の民主党の姿を見えにくいものにしている。歴代最強ともいわれるペローシ下院議長の退任も噂される中、民主党は一刻も早く次の民主党の姿を形あるものにしていかなければならないが、それができていない。いずれにせよ、仮にトランプが出馬する場合、彼が勝とうが、負けようが、アメリカ政治は「トランプ・ショー」の様相を呈することになる。アメリカにそんな余裕はないはずだ。
(了)
- Kyle Kondik and J. Miles Coleman, “A Last Word on Virginia,” Sabato’s Crystal Ball, November 1, 2021, <https://centerforpolitics.org/crystalball/articles/a-last-word-on-virginia/> accessed on November 15, 2021. (本文に戻る)
- David Smith, “Trumpism without Trump: how Republican dog-whistles exploited Democratic divisions,” The Guardian, November 6, 2021, <https://www.theguardian.com/us-news/2021/nov/06/republicans-glenn-youngkin-joe-biden-democrats> accessed on November 15, 2021. (本文に戻る)
- Charlie Cook, “It’s the Education, Stupid,” The Cook Political Report, July 7, 2020, <https://cookpolitical.com/analysis/national/national-politics/its-education-stupid> accessed on November 15, 2021. (本文に戻る)
- 2021年4月29日のテッド・クルーズ上院議員のツイート <https://twitter.com/sentedcruz/status/1387617917043462147?s=21>;Jonathan Martin and Alexander Burns, “Reeling From Surprise Losses, Democrats Sound the Alarm for 2022,” The New York Times, November 6, 2021, <https://www.nytimes.com/2021/11/03/us/politics/democrat-losses-2022.html> accessed on November 15, 2021. (本文に戻る)