「ウォール街占拠運動2.0」としてのBLM:「新世代左派」と民主党の内紛危機
渡辺 将人
新世代の黒人運動の「人種」を超越した開かれた性質
ラストベルトの白人労働者が人種マイノリティの台頭に脅威を感じていたことを各種の実証研究が明らかにしているように1、人種要因を考慮しない投票行動の分析はアメリカでは成立し難い。他方で、人種問題単体に限定してアメリカの政治運動を理解することも一層難しくなっている。その象徴がBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動である。この運動はキング牧師の公民権運動ともブラックパンサー2的な黒人運動とも異なる性質を持っている。
第1に文化レベルでの変質である。旧世代黒人は敬虔なキリスト教徒で、LGBTQにも同性婚にも拒絶感があった。黒人層は総じて社会争点では極めて保守的で、皮肉にも白人や保守派と信仰ではむしろ結びついていた。だが、ソーシャルメディア時代、黒人新世代は同世代のプログレッシブ派との人種横断的な交流を深めている。BLMの運動創設者の3名の黒人のうち2名がクィアを公言している3。それどころか中心人物アリシア・ガーザはトランスジェンダーの結婚相手の姓を名乗って活動している。前世代の黒人運動であれば求心力を低下させかねなかったリーダーが率いていることは、BLMが古い意味での黒人運動ではないことを如実に物語る。創設者はLGBTQ運動以外に労働運動にも関与していて、関心事は狭義の黒人の公民権にとどまらない4。
第2に運動レベルでの変質である。黒人中心の従来型の閉じられた黒人運動が、LGBTQやサンダース流の格差是正の社会主義運動と連動し、白人活動家を迎え入れた、新世代の左派運動に変質していることだ。契機はLGBTQにせよ格差是正にせよ、運動の動機を人種以外に抱える新世代が黒人社会内部に誕生したことだが、運動体としての遺伝子を埋め込んだのは「ウォール街を占拠せよ」、いわゆるオキュパイ運動である。筆者が最初にBLMの活動家を取材したのも黒人運動の現場ではなかった。2016年7月の「ネットルーツ・ネーション」という民主党リベラル派の年次総会である。BLMは招かれざる客で、会場に押しかけて民主党への不満を炸裂させた。それはかつて取材した「ウォール街を占拠せよ」運動そのものであった。白人若年層の参加率の高さ、旗や拡声器や風貌、「マイクチェック」の掛け声など、デモのスタイルの酷似は、「占拠運動」とBLMの両方を観察したことがある者には明らかだった。
「占拠運動」の中核的活動家で社会学者のジョナサン・マシュー・スマッカーが告白しているように、「占拠運動」の活動家は、まずBLMの始動を背後で助け、次にサンダースとウォーレンに大統領選への出馬を説得した5。「占拠運動」自体は2012年大統領選挙をピークに表舞台から消えたが、BLM、サンダース擁立など姿形を変えて生き残った。ティーパーティ運動がリバタリアンと社会保守系に分派後、後者がトランプ運動の母体の一部になったのと似ているが、両者は「反自由貿易(反TPP)」という点でも左右両極で一致している。
BLMは黒人運動であることは間違いないが、他方で文化的には黒人運動に一部存在していたある種の「黒人限定」の閉じられた性格を超越した開放性を伴っている。LGBTQ権利運動と社会主義的な反格差運動と渾然一体化した、新たな人種正義のための文化リベラル運動である。運動体としては「ウォール街占拠運動2.0」であり、「新世代左派」運動の1つの分派だ。だからこそ、旧世代の黒人はBLM運動に「ラディカル過ぎる」と眉をひそめてきた。そうした黒人旧世代のBLM批判は、一連の警官暴力事件でBLMが時代の寵児になった現在も残念ながら変わらない気配もある。新世代の黒人が共感性を人種横断で拡大していることが、黒人の伝統を揺るがしかねないという懸念は理解できなくもない。LGBTQが「名指し」よりも「名乗り」を重視した、「選ぶものとしてのアイデンティティ」である以上、運命的、外見的な「名指し」性の強い人種アイデンティティの再検討を促しかねないからだ。
運動の草の根の足腰になっている1990年代中盤以降生まれの「ジェネレーションZ」という最若年層は、極めて政治的にアクティブであるが、政党に関心が薄く民主党への貢献にこだわらない。彼らは民主党政治家を無条件に支持する旧世代黒人への反発を抱いて育った。民主党エスタブリッシュメントへの攻撃は手加減がなく、黒人議連ですら彼らを抑え込めない。
バイデン陣営の「新世代左派」封じ込め戦略
2020年選挙でバイデン陣営と民主党全国委員会はプログレッシブ・アウトリーチの組織化を重点強化したが、集票活動とは別の隠された目的もあった。それは社会主義的な「新世代左派」の活動家がバイデンや民主党に反抗的な分裂行動を起こすことを封じ込める、すなわち民主党内でトラブルメーカーにならないように手懐ける作業だった。プログレッシブ・アウトリーチ局長に民主党の伝説的なコミュニティ・オーガナイザーを就任させたのも、当人がフェミニストでありながら、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)のような労組からNAACP(全米黒人地位向上協会)のような黒人団体まで、ほぼ全てのリベラル派の票掘り起こしを指揮した経験があったからだ。
結果として11月の選挙当日までは概ね目的を達成した。筆者が選挙期間を通して特別にオンラインで傍聴参加させてもらった陣営会議でも、サンダース派からのバイデン陣営への罵りや不満が噴出することは滅多になく、郵便投票の戦略の浸透手法など極めて実務的な意見交換に終始した。それだけ「反トランプ」の結束効果の強さは凄まじかった。
しかし一転、選挙終了後は民主党と「新世代左派」(伝統的リベラル派ではない)の内紛が下院の議席減の責任転嫁をめぐって生じた。「スクワッド」と俗称される若手女性下院議員のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス、イルハン・オウマール、ラシダ・タリーブ、アイアナ・プレスリーに代表される「新世代左派」は2020年に揃って再選された一方で、穏健派議員が多数落選したからだ。ちなみにプレスリー以外の3名はサンダースを支持し(プレスリーは地元マサチューセッツ州のしがらみからウォーレンを支持)、オカシオ=コルテスは党大会でもバイデン支持を拒絶した。
穏健派は、サンダース派が民主党を社会主義政党化していることが中道の有権者を遠ざけたと訴え、他方でサンダース派は、民主党のデジタル戦略の弱点が原因だとして対立している。穏健派のアビゲイル・スパンバーガー下院議員が「社会主義と二度と言わない方がいい」と内輪の会議で発言した音声が流出し、それに対してオカシオ=コルテスが反論を展開した。抑止役の民主党リベラル派もオカシオ=コルテスのメディアでの党批判を抑え込めず手を焼いた6。「警察予算を取り上げろ」というスローガンを使うことは穏健派を遠ざけるとオバマ前大統領が発言をしたところ、これに対してもオカシオ=コルテスやオウマールが猛反発し、BLM運動の加勢で勝利した黒人の新人コリー・ブッシュなどもオバマ批判に参戦している。そもそもBLM自体がオバマ政権への不満を根底に抱えた運動として始まったことを思い起こさせる7。
そうした綻びは生じているものの、トランプ大統領が敗北宣言を出さずに不正選挙を訴えて闘争を続けていることと、来年1月のジョージア州の連邦上院議員の決選投票が、内紛と政権移行への不満から目を逸らす効果をもたらしている。バイデン陣営と民主党全国委員会が組織する前述のプログレッシブ・アウトリーチは、週1回のオンライン会議をジョージア決選投票向けに焦点を絞り直して継続し、内紛の抑制に余念がない。民主党全国委員会でこの会議を運営するリベラル派重鎮は「公の場では民主党内の考え方の違いを見せるべきではない」と述べ、穏健派の議席が失われたのが左派のせいではなくても、左派は反論を控えるべきだと考えている。
党内分裂抑制のため「トランプ」を必要とし続ける民主党の苦しい本音
新世代左派の躍進は、彼らと伝統的なリベラル派の差異をますます浮き彫りにしている。民主党への忠誠心も低いサンダース派を「民主党左派」と表現することはときに誤解を招きかねない。
現在、民主党を暫定的に分類すると、穏健派は第1軸のニューデモクラット(ビル派)と第2軸の人権や環境に比重のある穏健派内左派(ヒラリー派)に割れているが(内実はリベラル派とも一部重複)、第3軸を伝統的リベラル派と仮定すると、第4軸に新世代左派(プログレッシブ)がいる。第3軸は労組、人種マイノリティなど各種の利益団体に分派しているが、党派的な忠誠心が強く、民主党に自動的に投票するマシーンだった。黒人議員や黒人有権者も不満を吐きながらも最終的には民主党政治家を支持する。だから、旧世代はオバマ夫妻を批判しない。だが、ここ10年で躍進している第4軸の「党外」グループの左派はその限りではない。英語ではProgressiveという呼称が浸透しているが、第3軸の伝統的リベラルが自らをProgressiveと名乗るのは、Liberalという呼称を保守側に「負の記号」とされたことへの「言い換え」に過ぎなかった。しかし、第4軸は骨の髄までProgressiveであり、意識が違う。
民主党リベラル派は「第4軸などというものは存在しない、民主党のプログレッシブ派は1つしかない」と対立を覆い隠し、新たな左派を旧リベラル内に包摂することに努めている。しかし、現実には「スクワッド」やサンダース派はペローシ議長や黒人議連の旧世代議員に牙をむく。彼らを伝統的なリベラル(本稿の暫定分類では民主党第3軸)と区別し、「ウォーク・レフト(woke left)」という呼ぶ習慣も生まれている。従来から社会正義や人種正義を訴える活動を表した言葉だが、近年ではサンダース派に共鳴するような急進左派を指す言葉としても用いられている8。サンダースは「人種」を区別せず、「黒人」を特別扱いしない。これが旧世代の黒人には面白くなかった。しかし、特別視しないことは軽視ではなく、むしろ経済的窮境にある黒人を具体的に救うことの重視ゆえの姿勢なのだと黒人若年層が共鳴し始めた。サンダース支持の黒人は、黒人世代ギャップの象徴でもある。
政党忠誠心の希薄な、争点基軸で政治に熱心な活動家層が増えることは、トランプのような強大な敵が存在している時期、なおかつ本選期間中には、民主党の強い集票の味方になる。しかし、そうでない時期には、中長期的には予備選で民主党の現職落選運動を拡大しかねない。リベラル派の重鎮でも標的になる。これまでトランプという存在がいたから、まとめ切れていた。トランプがホワイトハウスを潔く去り政治に口を出さなくなれば、「反トランプ」に匹敵する、内紛をまとめる仮想敵がなくなる。「反共和党」では十分ではない。しかし、2024年にトランプが再出馬するのであれば、これはバイデン政権には好都合だ。「プログレッシブよ、内紛を棚上げして連合の結束を続けよ。4年後にトランプの悪夢を再現しないために」と言い続けられるからだ。
BLMや新世代左派の活動家がその持ち前の攻撃性の牙を落ち着かせ、適度なラインで民主党の集票に役立つ集団であり続けるには、「トランプ的な存在」が引き続き必要だという民主党の現実がある。それはアメリカの人種をめぐる党派政治のジレンマそのものでもある。
(了)
- 飯田健「〔研究レポート〕2016年大統領選挙に関する実証研究の知見と2020年大統領選挙」『日本国際問題研究所』、2020年10月29日 <https://www.jiia.or.jp/column/post-16.html> (2020年12月18日参照)。
- 「ブラックパンサー」は、1960~70年代の米国で黒人解放闘争を行った急進的な政治団体。
- 川坂和義「全ての人が自由になるまで誰も自由にはなれない:クィア・ムーブメントと人種とジェンダー・セクシュアリティの交差」『現代思想』2020年10月臨時増刊号総特集=ブラック・ライヴズ・マター」、58-65頁。
- Sony Salzman, “From the start, Black Lives Matter has been about LGBTQ lives—Two of three Black Lives Matter founders identify as queer.” abc news, June 21,2020, <https://abcnews.go.com/US/start-black-lives-matter-lgbtq-lives/story?id=71320450> accessed on December 18, 2020.
- Sam Sanders, “The Surprising Legacy Of Occupy Wall Street In 2020,” NPR, January 23, 2020, <https://www.npr.org/2020/01/23/799004281/the-surprising-legacy-of-occupy-wall-street-in-2020> accessed on December 18, 2020.
- Astead W. Herndon, “Alexandria Ocasio-Cortez on Biden’s Win, House Losses, and What’s Next for the Left,” The New York Times, November 7, 2020, <https://www.nytimes.com/2020/11/07/us/politics/aoc-biden-progressives.html> accessed on December 18, 2020;
Katherine Fung, “AOC Fires Back at Moderate Democrats Who Think She's 'a Selfish, Divisive Bombthrower,'” Newsweek, October 11, 2020, <https://www.newsweek.com/aoc-fires-back-moderate-democrats-who-think-shes-selfish-divisive-bombthrower-1546435> accessed on December 18, 2020. - 渡辺将人「オバマ時代に凍結された「人種」という難題:『評伝バラク・オバマ』執筆から11年目の「取材後記」として」『現代思想』2020年10月臨時増「総特集=ブラック・ライヴズ・マター」、292-298頁。
- David Frum, “Bernie Can’t Win—But unless other Democrats take a page from his book—stressing the practical over the theoretical, the universal over the particular—they won’t prevail either.” The Atalantic, January 27,2020,
<https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/01/bernie-sanderss-biggest-challenges/605500/> accessed on December 18, 2020.
◆◇◆2020年大統領選挙総括、バイデン政権と左派の関係性については以下も参照。◆◇◆
渡辺将人「バイデンが抱える『重荷』を読み解く」(全2回)『クーリエ・ジャポン』, 2020年12月26日
「大統領選の『神風』が新しい政権への『逆風』になるとき」
<https://courrier.jp/news/archives/225641/>(2020年12月28日参照)
「『左派の代弁者』としての中道派大統領ジョー・バイデン」
<https://courrier.jp/news/archives/225671/>(2020年12月28日参照)
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