「警察予算を打ち切れ!」
西山 隆行
世界で猛威を振るっている新型コロナウィルスは、アメリカの黒人や移民など、マイノリティに大きな困難を突き付けている。
黒人男性のジョージ・フロイドがミネソタ州ミネアポリス近郊で白人警官に暴行され死亡して以降、全米各地で警察の暴行への抗議と法執行機関の改革を求めるデモ行進が行われている。そこでは、「息ができない」、「手を上げているから撃たないで」などのフレーズが頻繁に用いられ、警察による過去の暴力行為に対する批判を思い起こさせている。デモは大半が法律にのっとる形で平和裏に行われたが、一部が暴動化し、略奪や破壊行為も発生したため、複数の州で州兵が動員された。また、ドナルド・トランプ大統領は自らを「法と秩序」を守る大統領だとしたうえで、略奪や暴力行為を「国内におけるテロ」行為だと糾弾し、アメリカの安全がプロの無政府主義者や暴力的な群衆、放火犯、略奪者、犯罪者、暴徒、ANTIFA(反ファシズムを掲げるグループ)などの勢力によって脅かされているとして、州知事や市長に暴力が鎮圧されるまで警察権力の圧倒的な存在感を示すよう依頼し、それができない場合は自らが米軍を派遣すると発言するなどしている1。
ミネアポリスの検察当局が容疑者で元警官のデレク・ショビンを第二級殺人の容疑で訴追することとし、現場にいた他の警察官3名も殺人幇助と教唆の容疑で逮捕・訴追したことにより、暴動は沈静化の方向に向かいつつある。だが、警察改革を求める動きは活発になりつつある。
その背景として、人種的マイノリティに対する警察の取り締まりの公正さについての疑念がアメリカ国内に存在していることが指摘できる。ピュー・リサーチ・センターが2019年に実施した調査によると、米国内の様々な公的システム、社会的環境・条件における黒人の扱いについての質問で、黒人を公正に扱っていないと回答した割合は、警察については黒人の成人の84%、白人の63%、また、刑事司法制度については黒人の87%、白人の61%に及んでいる2。また、人種的な要因によって不当に警察に止められたことがあると回答したのは黒人男性の59%、黒人女性の31%に及んでいる(黒人全体では44%)3。
なお、2016年に8,000名の警察官と4,500人の一般成人を対象として、警察官により黒人が殺される事件を「孤立した事件」と捉えるか「警察と黒人の間に存在する大きな問題の表れ」と捉えるかを問うた調査では、警察官の67%が「孤立した事件」だと回答しているのに対し、アメリカ国民の60%は大きな問題の表れだと回答している。なお、警察官の中でも、黒人警察官については57%が大きな問題の表れだと回答しているのが興味深い(白人警察官は27%が、中南米系の警察官については26%が同様の回答をしている)4。
他方、黒人の死亡をめぐる大規模デモについては、警察官の68%が、かなりの程度警察官に対するバイアスに基づいて実施されていると回答している。この点についても人種による相違は存在する。警察のアカウンタビリティを高めてほしいという思いに部分的であれ基づいてデモが行われている、と考えている割合は、白人警察官の中では27%しかいないのに対し、黒人警察官の間では57%に及んでいる。このように、警察官と一般国民の間で認識に相違がみられるとともに、警察官内部でも人種による相違がみられるようになっているのである。
このような状況を踏まえて、一部の活動家の間で「警察予算を打ち切れ」(Defund the police)というスローガンが用いられるようになっている。この言葉は警察による暴力や人種差別主義に対する抗議の意味を込めて用いられている点では共通しているが、活動の内部には多様な立場が存在している。最も先鋭な立場をとる人の中には、問題を抱えている現在の警察を解散して、公共の安全を確保するための新たなシステムを構築するべきだと主張する人もいる。
これに対し、警察予算打ち切りを掲げる活動家の多くは、警察に対して向けられている予算を、心の病やホームレス対策など、別の社会サービスに振り向けることを要求している。
このような議論がなされる背景には、革新主義時代以降、警察のあるべき姿をめぐって論争がなされてきたことがある。警察を法執行機関と見なして具体的な刑事法違反のみを取り締まるべきなのか、あるいは、犯罪の背景にある社会問題の解消も念頭に置きながらより広範な役割を果たすべきなのか、という問題である。伝統的には、共和党が警察を法執行機関と見なすべきとの立場をとり続けていたのに対し、民主党はより広範な問題への対処も念頭に置いて活動するべきとの立場を示してきた5。だが今回は、ホームレスや不良少年、薬物中毒者への対応などは、それぞれ地方政府の別の部署が責任を負う体制を構築し、警察の役割を限定するよう求める動きが左派から出てきており、左派の変化を意味している。
民主党は下院で、警察改革に関する法案を提出し、その法案は6月25 日に下院を通過した。ただし彼らは「警察予算を打ち切れ」という運動自体には賛同していない。ナンシー・ペロシ下院議長らは、警察予算の割り振りを変更すること自体に反対はしないが、それは専ら地方政府が決めるべき事項だと述べている。また、民主党の大統領候補に決まったジョー・バイデンは、ビル・クリントン政権期に行われた刑事司法制度改革で対犯罪戦争の旗振り役を務めた経緯もあり、警察によるマイノリティの取り締まり強化の原因を作った人として批判されることもある。バイデン自身は、警察予算を打ち切ることには賛同しかねると明言し、むしろ、警察官が公正な取り締まりを行うことができるようにボディー・カメラをつけるなどの予算を新たに加えるよう主張している。その他にも、公立学校や精神治療、薬物中毒患者への対応を強化するなどして、警察官が取り締まりに集中できるような環境を作り出すことが重要だとの立場をとっている。
民主党が提出して下院を通過した法案(The Justice in Policing Act of 2020)は、背後から首を絞めたり頸動脈を絞めたりするのを禁止するとともに、過去に問題を起こしたことのある警察官のデータベースを全米規模で構築すること、違法薬物取締などに際して警察官による無断の家宅捜索を認める令状を制限すること、などを主な内容としている。また、警察官に対する「資格による免責」という法原則が、時に警察官による過剰な取り締まりを正当化するために用いられているとの懸念から、それを改めることも提唱している。これらは、かねてより存在していた「ブラック・ライブズ・マター」の運動を踏まえて作成されていたものである。また、クリントン政権期に始まり、とりわけ911テロ事件以後顕著になっていた警察の取り締まりの軍事化に歯止めをかけようとする内容だといえる。
下院司法委員会委員長のジェロルド・ナドラーや、コリー・ブッカー上院議員、カマラ・ハリス上院議員ら民主党議員は、既に共和党の議員と議論を開始しており、共和党にも賛同者がいると、法案通過に楽観的な見通しを示している。だが、下院少数党院内総務であるケヴィン・マッカーシーはツイッターで警察官に呼び掛け、民主党は警察予算を削減しようとしているが、共和党は決して警察に背を向けることはないと対決姿勢を示している。 共和党の一部の政治家は、民主党が犯罪に対して弱腰であり、反警察的バイアスを持っている、として糾弾する構えを見せている。トランプ大統領は2016年大統領選挙の際から「法と秩序」の問題を強調し、犯罪取り締まり強化を強く掲げてきたが、犯罪問題は二大政党の対立争点となりつつある6。
今回の事件がアメリカにおける警察改革につながるかは、今のところ不明である。アメリカでは、これまで幾度となく白人警察官による黒人への過剰な取り締まりが争点化されてきており、そのたびごとに暴力的な取り締まりへの規制や人種的プロファイリングへの反対の動きが見られてきた。だが、一部の地域で警察改革の動きができた場合でも、アメリカが自治体警察を基本としているため、その動きは全米での改革にはつながってこなかった。
また、警察と人種的マイノリティの間で問題が起こる大きな背景としては、アメリカの警察官について白人が過剰代表されているという問題があるといえるだろう。アメリカの人口に占める白人(中南米系を除く、以下同様)の割合は、1997年には72%、2016年には63%だが、警察官に占める白人の割合はそれぞれ78.5%、71.5%である。特にアメリカの都市部では人種・民族的マイノリティの占める割合が高いことを考えると、取り締まり対象者の割合と警察官の割合の間には大きな差が存在することになる7。
先ほど見てきたように、アメリカの警察官の中でも、人種の相違に基づいて様々な意識の違いが見られている。また、仮に警察官の人種によって取り締まりの方法等に相違が見られないとしても、コミュニティの人口比と比べて警察官に人種的多様性がない場合は、コミュニティと警察のかかわり方が変わってくる。1990年代以降、犯罪を未然に防止することの重要性が強調されるようになり、コミュニティ・ポリシングが広く提唱されるようになっているが、人種的な多様性の存在は当局とコミュニティの間での信頼関係を醸成する上で重要な意味を持つとされている。この状況を変革する必要があると考えられるが、警察官の人事は地方レベルで行われていることを考えると、問題の解決は容易ではないと言わざるを得ないだろう。
(了)
- 暴徒化した人々がどのような意図をもって抗議デモに参加していたのかには不明な点も多い。暴力行為や略奪行為を正当化するために、あるいは、抗議デモに対して否定的なイメージを与えるために、抗議デモの目的を共有することなく参加した人もいるといわれている。トランプ流に抗議デモを批判するのは妥当性に欠けると考えるのが妥当であろう。
- John Gramlich, “From police to parole, black and white Americans differ widely in their views of criminal justice system,” May 21, 2019, Pew Research Center, <https://www.pewresearch.org/fact-tank/2019/05/21/from-police-to-parole-black-and-white-americans-differ-widely-in-their-views-of-criminal-justice-system/> accessed on June 29, 2020.
- Pew Research Center, “Black men are far more likely than black women to say they’ve been unfairly stopped by the police,” May 1, 2019, <https://www.pewresearch.org/fact-tank/2019/05/02/for-black-americans-experiences-of-racial-discrimination-vary-by-education-level-gender/ft_19-05-02_discrimination_blackmenarefaremorelikely/> accessed on June 29, 2020.
- Rich Morin, Kim Parker, Renee Stepler and Andrew Mercer, “6. Police views, public views,” January 11, 2017, Pew Research Center, <https://www.pewsocialtrends.org/2017/01/11/police-views-public-views/>, accessed on June 29, 2020.
- 西山隆行「『政治』から『改革』へ―アメリカ警察の政治的特徴と革新主義時代の警察改革」林田敏子・大日方純夫編『警察』(ミネルヴァ書房、2012年)
- 西山隆行「解説」松尾文夫『ニクソンのアメリカ』(岩波現代文庫、2019年)所収、西山隆行「犯罪対策の強化と保守派の主導」五十嵐武士・久保文明編『アメリカ現代政治の構図―イデオロギー対立とそのゆくえ』(東京大学出版会、2009年)。
- Keating, Dan, & Kevin Uhrmacher, “In Urban Areas, Police are Consistently Much Whiter than the People They Serve,” June 4, 2020, Washington Post,
https://www.washingtonpost.com/nation/2020/06/04/urban-areas-police-are-consistently-much-whiter-than-people-they-serve/?arc404=true> accessed on June 29, 2020.
西山隆行「都市社会の秩序と暴力」古矢旬・山田史郎編『権力と暴力』(ミネルヴァ書房、2007 年)。