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論考シリーズ | No.65 | 2020.6.15
アメリカ現状モニター

アメリカを揺さぶるオピオイド危機③
新型コロナ感染症 vs. オピオイド依存症

山岸 敬和
山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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 処方鎮痛剤が引き金となって依存症が広まったオピオイド問題については以前のコラム1でも書いたが、これは2000年代に入ってからアメリカの公衆衛生上の最大の問題となった。以来50万人以上がオピオイドの過剰摂取で死亡した。2017年10月には、トランプ大統領は「公衆衛生上の非常事態」を宣言した。オピオイド対策として2017、2018会計年度で合計約100億ドルの予算が割り当てられた2。現在200〜300万人の依存症者がいると言われている3。

 しかし2020年に入って間も無くオピオイド問題は、最大の公衆衛生問題の座を新型コロナ感染症問題に譲り渡すことになる。新型コロナ感染の拡大を受けて、3月13日に「国家非常事態」が宣言された。6月10日現在で死者約11万人、感染者は約200万人にのぼっている4。3月末に発表した経済対策は約2兆ドル(GDPの約10%)の規模となった。

 新型コロナ問題が継続する中で、オピオイド問題はメディアでも取り上げられる機会が減ってしまった。しかし多くの専門家が、新型コロナの影響で、オピオイド問題は悪化している可能性が高いことを指摘している。オハイオ州フランクリン郡を例にとると、4月のオピオイド関連死亡者数は62人で、1月と比べると50%増加した。その他の多くの地域でも同様の傾向が報告されている5。

オピオイド依存症の敵「ソーシャルディスタンシング」

 新型コロナ感染症がオピオイド問題に与える影響は、その政治的争点としての優先順位を下げる、ということがまず挙げられる。しかし、最も深刻な問題は新型コロナによるソーシャルディスタンシングである。

 オピオイド依存症を治療するためのクリニックやリハビリ施設での治療プログラムやグループセッションなどが、感染拡大への懸念のために縮小または無期限中止となっているという問題が各地で起こっている。 治療のための医療行為が止まっているという問題だけではない。治療に必要な人とのつながりが薄くなってしまっていることが重要である。

 依存症は「孤独が原因の病気」と言われ、それによる死は「絶望死」と言われる6。オピオイド問題を抑制するためには、社会的サポート、人とのつながりが重要になる。治療に通えない代わりに電話やビデオ面談でのカウンセリングなどがなされているが、それが対面の面談と同様の効果を持つとは考えにくい。ニューヨークタイムズ紙のジャン・ホフマンは、新型コロナはオピオイドに限らず様々な依存症の「全国的な再発の引き金」になるとしている7。

 また新型コロナの関係で、オピオイドの過剰摂取が死亡に至る率も高くなると指摘されている。

 以前は複数人でオピオイド使用を行なっていたのが、ソーシャルディスタンシングの関係で、個人で使用を行うようになる。その結果、過剰摂取で意識を失っても救急911番に電話する人がおらず医療的処置ができず死に至ってしまう。

 また新型コロナの関係で国境が封鎖されており陸・空からの密輸量は減っており、これはオピオイド問題解決のために朗報になると思われるが、実際にはそうではない。密売人は、フェンタニルなど少量で強力な効果を生むものを混ぜたものを製造し、それを、それまでと同じペースで摂取することで死亡するリスクが上がる。

 さらに、ホームレスなどへの清潔な注射針を提供するボランティア活動も多くのところで中止してしまっており、HIVやC型肝炎の広がりも心配されているという。

根っこは同じ問題

 よく、「新型コロナは、国の政治・社会・文化のあり様をレントゲンのように映し出した」といわれる。しかしアメリカではオピオイド問題がその役割をすでに果たしていた。

 コラムのタイトルを「新型コロナ感染症 vs. オピオイド依存症」と書いたが、オピオイド問題と新型コロナ問題はいわゆる「ゼロ・サム」の関係ではない。両者が深刻化する構造は類似点が多い。それには、医療保険の問題や医療提供者の問題をはじめ、経済格差問題や人種間格差問題なども複雑に絡み合い、それに対応できない政治システムの問題も含まれる。

 新型コロナの問題は、ワクチンや治療薬が開発され普及すれば「収束」するだろう。しかし新型コロナやオピオイド依存症を深刻化させた構造を大きく変化させるための特効薬はない。

 新型コロナが、オピオイド依存症を生み出す「アメリカ社会の闇」をより濃くしていると思われる状況の中で、その構造的原因を理解し、時間をかけて紐解いていくための知的スタミナがアメリカ人にあるのかを、11月に行われる選挙に向けて注目していきたい。

(了)

  1. 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機②」、SPFアメリカ現状モニター、笹川平和財団、2019年2月13日、
    <https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_17.html> 2020年6月15日参照。
  2. “Tracking federal funding to combat the opioid crisis,” March 2019, Bipartisan Policy Center, <https://bipartisanpolicy.org/wp-content/uploads/2019/03/Tracking-Federal-Funding-to-Combat-the-Opioid-Crisis.pdf> accessed on June 10, 2020.
  3. 最近オピオイド問題についての著書の邦訳が出版された。ベス・メイシー、神保哲生訳『Dopesick—アメリカを蝕むオピオイド危機』(光文社、2020年)。
  4. 数字をさらに相対化させるために、ちなみに2019〜2020年でインフルエンザの感染者数は3,900〜5,600万人、死者数は24,000〜62,000人と推計されている。 “2019-2020 U.S. Flu Season: Preliminary Burden Estimates,” April 17, 2020, Center for Disease Control and Prevention,
    <https://www.cdc.gov/flu/about/burden/preliminary-in-season-estimates.htm>, accessed on June 12, 2020.
  5. Harmeet Kaur, “The opioid epidemic was already a national crisis: Covid-19 could be making things worse,” May 7, 2020, CNN,
    <https://edition.cnn.com/2020/05/07/health/opioid-epidemic-covid19-pandemic-trnd/index.html>, accessed on June 10, 2020.
  6. Peter Grinspoom, “A tale of two epidemics: When COVID-19 and opioid addiction collide,” April 20, 2020, Harvard Health Publishing,
    <https://www.health.harvard.edu/blog/a-tale-of-two-epidemics-when-covid-19-and-opioid-addiction-collide-2020042019569>, accessed on June 9, 2020.
  7. Jan Hoffman, “With meetings banned, millions struggle to stay sober on their own,” March 26, 2020, The New York Times, <https://www.nytimes.com/2020/03/26/health/coronavirus-alcoholics-drugs-online.html> accessed on June 10, 2020.

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

(オピオイド関連)
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機②」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機①」

  (新型コロナ関連)
  • 渡辺将人「新型コロナウイルスで変容する選挙キャンペーン」
  • 森聡「新型コロナウイルス禍と当面の米中関係」
  • 渡部恒雄「新型ウイルス感染が米軍を動かす「ソフトウェア」にもダメージか?」
  • 西山隆行「新型コロナウイルス禍とアメリカのマイノリティ」
  • 山岸敬和「新型コロナ、治療代が820万円!?試されるアメリカ医療保険制度」
  • 久保文明「戦時大統領」が含意するもの-トランプ大統領と新型肺炎対策-
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