アメリカを揺さぶるオピオイド危機②
山岸 敬和
以前のコラム1で、アメリカで蔓延しているオピオイド問題とは何か、そしてどのような背景でそれが引き起こされたのかについて述べた。トランプ大統領は2017年10月に「Nationwide Public Health Emergency」を宣言したが、未だ問題が収束に向かっているようには見えない。
メディアでも頻繁にオピオイド問題が取り上げられている。最近の例を挙げると、人生の中でオピオイドの過剰摂取で亡くなる確率(96分の1)は、交通事故で死亡する確率(103分の1)よりも高くなった。近年30〜65才の女性の中毒者が急増しており、1999年には4,314人だったのが、2017年には18,110人となった。2000年からのオピオイド関連死亡者数は50万人を超えて、第二次世界大戦で死亡したアメリカ人の数を超えた。両親がオピオイド中毒になり、放置された乳児が餓死した。このような様々なショッキングなニュースが伝えられる。
本コラムでは、オピオイド問題が他の政策分野に波及したケースを二つ取り上げる。一つ目は外交政策、二つ目はマリファナ政策との接点について述べる。
対中国外交との関係性
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、昨年末のレポートの中で、合成化学物のフェンタニルがオピオイド関連死の原因の中で一番になったと発表した。2011年には全体の4%を占めるだけであったのが、2016年には29%(実数63,632人)に増加した。
少量で強い中毒性があるフェンタニルは、海外から流入していることが指摘されていた。特に中国から大量のフェンタニルが違法に輸出されていることは周知の事実であった。2018年の秋に成立したオピオイド対策法案の審議の中でも、中国は名指しで批判されていた。
中国政府は当初、オピオイド問題を他国のせいにするのではなく、アメリカ政府は自国の問題として解決すべきだ、と突き放した対応をとっていた。
しかし、昨年12月に米中首脳会談が行われた際、習近平はオピオイド問題対策についてアメリカ政府と協力することを約束し、中国国内でフェンタニルの密売を厳しく取り締まるとした。
同月中旬、米中両政府が協力して行った取り締まりによって、2000万回分の服用に相当するフェンタニルが中国国外に流出することを防いだというニュースが伝えられた。しかし、フェンタニルの流出を全て食い止めるのは困難である。
かつて西洋列強がアヘンを中国に流入させ多くの中国人を中毒させたことを考えると、まさに「逆アヘン戦争」前の様相を呈しているとも言えるだろうか。オピオイド問題は、今後もトランプ大統領の中国批判のカードとして使用され、今後も外交問題の一部として登場してくる可能性がある。
マリファナ政策との関係性
オピオイド問題が関係するもう一つの政策がマリファナ政策である。マリファナは、アサ(麻)の葉を乾燥させたり、樹脂を凝固させたりして作成するもので、ケシから作られるオピオイドとは分類が異なる薬物である。
近年マリファナの販売を合法化する動きがアメリカで広まっている。現在カリフォルニア州など9州で合法化されている(医療用マリファナに限定して合法化している州が他に23州)。
マリファナの合法化の背景には、取り締まりに関わる警察や刑務所などの費用を削減させることや、マリファナ販売に伴う税収増加が期待されたことがある。
しかし最近、マリファナがオピオイド問題の一つの解決になるのではないかという議論が広まっている。
アメリカ医師会の公式雑誌『JAMA Internal Medicine』でもその議論が紹介された。マリファナはオピオイド系薬物と同様の鎮痛効果がある一方で依存性がより低く、多量摂取による死亡に至るケースもほとんど見られないとする。マリファナの使用を合法化している州のメディケア(高齢者向け公的医療保険)の支出を調査してみると、その他の州と比べてオピオイドの処方が一日約200万錠分削減された、とのことだ。
この他にも、研究者たちがカウンティ単位で調査し、マリファナの流通がオピオイド関連死者数を減少させることを確認した研究が発表されている。
オピオイド中毒死をマリファナで抑えるという話は、いわばマリファナ合法化を訴える人々にとってみると新たな武器を手にしたことになる。しかし他方、オピオイド対策にアメリカ政府が有効な手立てを打つことができないでいる証でもあるとも言えよう。
(了)
- 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機①」(笹川平和財団、SPFアメリカ現状モニター、2018年7月18日)<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-a-m-d-detailpost_4.html>(2019年2月7日参照)。