アメリカを揺さぶるオピオイド危機①
山岸 敬和
前回のコラムでオバマケアをめぐる政治的争いが下火になりつつあるということを書いたが、医療政策分野でオバマケアに代わって最近注目されているのが、オピオイド問題である。オピオイド問題とは、麻薬系鎮痛剤の過剰摂取問題である。
アメリカ疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)によると、オピオイドの過剰摂取による死亡者は、2004年に9,091人だったのが、10年後の2014年にはその3倍以上の28,647人になった、さらにその数は、2015年には33,091人、2016年には42,000人以上と増加してきている。
2017年10月に保健福祉省(HHS)は、オピオイド問題について「Nationwide Public Health Emergency」と位置付けることを宣言した。これによって自動的に予算措置が行われるということではなかったが、オピオイド問題が政治的争点として注目される契機となった。
このコラムでは、まず複雑なオピオイド問題についてまとめ、その後に、この問題がなぜ近年になって深刻化したのかを説明する。
オピオイド問題とは何か?
オピオイドとは、ケシの実から生成される麻薬性鎮痛薬やそれと同様の作用を示す合成鎮痛薬の総称である。
麻薬性鎮痛剤の中でも、ケシの実から採取されるアヘンから生成される(natural opioids)モルヒネは日本でも広く知られている。半化学合成物(semi-synthetic opioids)には、オキシコドンというものもあり、モルヒネと比べると約1.5倍の鎮痛作用がある。合成化合物(synthetic opioids)にはフェンタニルなどがある。フェンタニルはモルヒネの50〜100倍の鎮痛効果をもたらす(以下のグラフはカテゴリー別の過剰摂取による死亡数)。
以上のものは、日米両国で手術中に使用したり処方したりすることが認められており、中度から重度の痛みに対する鎮痛剤として処方される。怪我などに起因する慢性の痛みや、手術後の痛み、末期ガンからくる痛みへの薬として使用される(軽度のものには、アセトアミノフェンや非ステロイド性消炎鎮痛薬など非オピオイドの鎮痛剤が用いられる)。
オピオイドの効果は痛みを緩和するだけではない。摂取することで脳内の喜びをコントロールする箇所が刺激され、一時的に幸福感を感じる。
しかしネガティブな副作用も伴う。オピオイドには、吐き気、呼吸抑制、意識レベルの低下などの副作用が認められている。それに加えて深刻なのは、多量に摂取すると常習性が生じ、一度に過剰に摂取すると死に至る恐れもある、という点である(アメリカでは、2015年には処方薬が原因となり22,598人が死亡している)。
オピオイドの中には、モルヒネを原料とするヘロインも含まれる。しかし、ヘロインはその危険性から日米両国で非合法の麻薬とされている。
オピオイド問題が深刻になってきた背景には、処方された鎮痛剤が「ゲートウェイドラッグ」になってしまったことがある。すなわち、合法的に処方された鎮痛剤の継続的な摂取によって常習性を生み出してしまい、その結果非合法な方法でオピオイドを入手したり、ヘロインのような非合法な薬物に手を染めたりしてしまう、ということである。
なぜ今なのか?
アメリカの麻薬性鎮痛薬との戦いの歴史は長い。1860年代の南北戦争の時には、モルヒネが戦場で広く使用され、その後兵士たちの依存症が問題となり、規制の重要性が認識された。
その後、1898年にモルヒネよりも安全な鎮痛剤としてヘロインが開発された。しかしその後すぐにヘロインの危険性が高いことが認知されたため、ヘロインは1924年にアメリカ国内での生産・販売が禁止された。
他方、オキシコドンが1917年にドイツで開発され、アメリカでもモルヒネの代用として使用されるようになった。商品名としてはオキシコンチンやパーコセットがある。
現在のオピオイド系鎮痛剤の蔓延には様々な要因がある。製薬会社側の要因を一つ挙げるとすれば、重要なのは、1995年にパデュー・ファーマ社がオキシコンチンを常習性が低く安全な鎮痛剤として積極的に広報・販売し始めたことである。これによって、多くの医師が同薬を処方するようになり、依存症になる人々が徐々に増加していった。
連邦政府は2007年になって、オキシコンチンについて誤った宣伝を行ったという内容で、パデュー・ファーマ社に対し訴訟を起こした。同社と幹部3人は過失を認め、約6.3億ドルの賠償金の支払いを命じられた。
しかし、オキシコンチンを「ゲートウェイドラッグ」とする薬物依存症の蔓延は止まらなかった。オキシコンチン依存症になった人々は、より安価なヘロインや最近は特に少量で劇的な効果があるフェンタニルを不法に入手するようになり、大きな問題になっている。
近年のオピオイド問題の広がりの背景には、社会的、経済的、政治的な文脈も存在する。そして同時に、この問題はアメリカ社会、経済、政治などの行方にも影響を与える。これらについては稿を改めて執筆したい。
(了)