SPF笹川平和財団
SPF NOW ENGLISH

日米関係インサイト

  • 米国議会情報
  • 米国政策コミュニティ
  • VIDEOS
日米グループのX(旧Twitter)はこちら
  • ホーム
  • SPFアメリカ現状モニター
  • 新型コロナ、治療代が820万円!? 試されるアメリカ医療保険制度
論考シリーズ | No.59 | 2020.4.14
アメリカ現状モニター

新型コロナ、治療代が820万円!?
試されるアメリカ医療保険制度

山岸 敬和
山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

この記事をシェアする

 1月21日にワシントン州で最初の新型コロナウィルスの感染者が出てから、しばらくは患者数の増加は緩やかで、トランプ大統領も楽観的な姿勢をとっていた。それが3月初旬になると状況は急激に悪化し始め、一ヶ月もしない間に感染者数は中国を抜いて世界一となった。トランプ大統領は、中国の初期対応を非難し、WHOの中国寄りの姿勢を非難し、大型の経済救済策をまとめる「戦時大統領」と名乗るなどして、アメリカ市民の協力を求めている1。

 しかし現場ではすでに医療崩壊が起きてしまっている。また医療保険を持たない人々は、適切な検査や治療を受けられずに感染を広めてしまっているとも言われる。本コラムでは、現在の医療保険制度を概観し、それが人々の行動に及ぼす影響について述べる。そして、トランプ政権がどのように対応しようとしているのか、そしてこの状況が医療保険制度改革をめぐる政治的争い、特に大統領選挙にどのような影響を与えるのかついて論じたい。

オバマケアからこぼれ落ちた人々

 日本でも、「アメリカでは新型コロナウィルスに感染しても医療保険を持たない多くの人が治療を受けられない」との報道がなされている。無保険者が新型コロナウィルスの治療を受けようとすると、42,486〜74,310ドル(約470〜820万円)の自己負担が発生するだろうという試算がなされる2。

 2010年3月に成立したオバマケア(患者保護及び医療費適正化法)は、雇用者提供保険に入っていない人々が民間医療保険をより購入しやすくすることで、皆保険を目指そうとしたものであった3。

 個々人で保険加入していた人々を、基本的には州ごとの医療保険取引所にプールして健康リスクの分散を図る、そして補助金を出して保険料負担の軽減を行う、というのが主な仕組みである。また、それでも保険加入が困難な低所得者向けに、メディケイド(医療扶助)を受給するための所得基準を緩和した。しかし、オバマケアでは皆保険が達成されていない。

 2018年には約3,000万人の無保険者がいた。その内訳は以下である。財政補助を受給する資格がありながら医療保険取引所で保険を購入していない者が25%。メディケイドが適用される条件にいながら受給していない者が25%。移民の法的問題によって受給できない者が16%4。メディケイドの拡大を認めていない州の居住者が9%。その他が15%5。

 これらの無保険者が新型コロナウィルスに感染すると、多額の治療費の請求をされる。それが怖くて、人々は現在多くの場所で無料の新型コロナウィルスの感染検査にすら行かなくなる。そして、感染者は重症化し、家族や地域にも感染が広がる。アメリカでは所得階層によって居住地域が異なるため、感染者は一気に増加する。感染者や死亡者の中で黒人やヒスパニックが多いのにはこのような背景も関係している6。

トランプ政権の対応

 それではこうした新型コロナウィルスの蔓延を受けて、これらの無保険者を保険に加入させるための緊急措置を行えばよいのではないかというと、それにはトランプ政権は消極的である。

 オバマケアが皆保険ではないもう一つの理由に、医療保険取引所で保険を購入できる期間が、11〜12月に限定されているということがある。加入期間を逃すと、翌年の加入期間まで待たなければならない。医療保険の保険料を滞納していても、原則的に未納分を収めれば再び保険の適用を受けられる日本とは状況が異なる。

 新型コロナウィルス問題を受けて、無保険者のために臨時の加入期間を設けるべきとする声が高まってきた。しかしトランプ大統領は慎重な姿勢を崩していない7。経済支援策で大盤振る舞いをしているのとは対照的である。

 今後問題となるのは現在急増している失業者である。彼らは失業とともに、それまで雇用関係で提供されていた保険を失う。このような状況の場合には60日以内に申請すれば医療保険取引所に参加できる。またCOBRAというプログラムに申請すれば、18ヶ月間は雇用時と同様の保険を継続することが許される。あとはメディケイドに申請する選択肢が残っている8。

 しかし、このような選択肢はあるものの、失業した人々は保険料、免責額、窓口負担額、医療アクセス、そして医療の質において、多くのケースで以前の保険よりも大きく不利な条件下に置かれる。トランプ大統領は、そのような問題を医療制度の問題として対処するのではなく、現金ばらまきの経済支援によって対処しようとしていると言える。

新型コロナと医療保険制度改革、大統領選挙

 トランプ大統領がこのような姿勢をとるのには、やはり大統領選挙が影響している。トランプ氏は、民主党を「社会主義者の集まり」として攻撃する戦略をとってきた。医療保険政策は、民主党候補者に社会主義者のレッテルを貼るには絶好のものになる。現金ばらまきをする一方で医療保険制度をいじるようなことをしたくないのは、攻撃のアイテムを捨てたくないのである。

 しかし新型コロナウィルス危機がアメリカ人の医療制度への見方に大きな影響を与えるのは確かである。カイザーファミリー財団副ディレクターのジェニファー・トルバートは「すべての人々がリスクにさらされ、すべての人々が影響を受ける現在の危機的状況によって、我々が普段は見ることができない医療制度の欠陥に光が当たる9」と述べる。

 雇用者が提供する保険に安住していた人の多くが、無保険者になる危険を肌で感じる。そして新型コロナウィルスによって、他人の健康状態が自分の健康に大きく影響する、という恐怖を実感する。その結果、多くの人が改めて医療制度の問題点を、自分の問題として、そして国全体の問題として考える。そうなれば、連邦政府の権力を拡大してより手厚い医療保障を主張するジョー・バイデン民主党候補に追い風となる。しかし新型コロナウィルス問題でメディアに連日登場するのは「戦時大統領」トランプ氏であり、バイデン氏は選挙集会もできず広く情報発信する機会も多くない。大統領選挙で最重要争点となる医療政策に対して、新型コロナウィルス問題が今後どのような影響を及ぼすのかは注目すべき点である。

(了)

  1. 初期のトランプ政権の新型コロナウィルス対策については以下を参照。渡辺恒雄「トランプ大統領が国民向け演説で政策転換」 (笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析IINA』, 2020年3月13日)<https://www.spf.org/iina/articles/watanabe_08.html> last accessed on April 11, 2020.
  2. Megan Leonhardt, “Uninsured Americans could be facing nearly $75,000 in medical bills if hospitalized for coronavirus,” CNBC<https://www.cnbc.com/2020/04/01/covid-19-hospital-bills-could-cost-uninsured-americans-up-to-75000.html> last accessed on April 9,2020.
  3. 当初は未加入者に対してはペナルティが設けられ、保険加入を義務化する形が取られていたが、2017年末に成立した財政改革法案の中でペナルティがゼロとなり実質義務付けが外された。オバマケアの内容や成立過程については以下を参照。山岸敬和『アメリカ医療制度の政治史―20世紀の経験とオバマケア―』(名古屋大学出版、2014年)。
  4. オバマケアの受益者になることができる移民のステイタスについては以下を参照。Centers for Medicare & Medicaid, “Immigration Status and the Marketplace,” HealthCare. gov.  <https://www.healthcare.gov/immigrants/immigration-status/> last accessed on April 10, 2020.
  5. Linda J. Blumberg et al., “Characteristics of the Remaining Uninsured: An Update,” Urban Institute (July 2018) 
    < https://www.urban.org/research/publication/characteristics-remaining-uninsured-update> last accessed on April 10, 2020.
  6. David Robinson, “In New York state, the black and Hispanic populations are at higher risk of dying from coronavirus, preliminary data shows,” USA Today
    <https://www.usatoday.com/story/news/health/2020/04/08/ny-plans-release-covid-19-racial-demographic-data-amid-concerns/2969478001/> last accessed on April 10, 2020;
    Shikha Garg, “Hospitalization Rates and Characteristics of Patients Hospitalized with Laboratory-Confirmed Coronavirus Diseases 2019—COVID-NET, 14 States, March 1-30, 2020,” Morbidity and Mortality Weekly Report 69 (April 8, 2020) 
    <https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/pdfs/mm6915e3-H.pdf> last accessed on April 10, 2020.
  7. 医療保険取引所は州が運営する州と、連邦政府が運営する州がある。前者では州政府が独自に加入を認めている例もある。
  8. Tami Luhby, “Where to get health insurance if you just lost your job,” CNN  (April 1st, 2020) 
    <https://edition.cnn.com/2020/04/01/politics/health-insurance-job-us-unemployment/index.html> last accessed on April 10, 2020.
  9. Gretchen Frazee, “How uninsured patients can get help during COVID-19 pandemic,” PBS News Hour ( March 25, 2020)  
    <https://www.pbs.org/newshour/health/how-uninsured-patients-can-get-help-during-covid-19-pandemic> last accessed on April 10, 2020.

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  • 久保文明「戦時大統領」が含意するもの-トランプ大統領と新型肺炎対策-
  • 山岸敬和「【大統領選挙現地報告】バイデンの「復活」と黒人票:「回帰」と「革命」で揺れる民主党」
  • 山岸敬和「消え去らない老兵:SuperAgersによる大統領選挙」
  • 山岸敬和「討論会で見た民主党の苦境―医療保険改革のジレンマ―」
  • 山岸敬和「民主党版『オバマケア廃止(Repeal Obamacare)』」
  • 山岸敬和「中間選挙における重要争点:オバマケア」
pdfファイル(274KB)

pdfファイル(274KB)


この記事をシェアする

+

+

+

新着情報

  • 2025.03.21

    ウクライナ戦争の終結と天然資源をめぐる大国の思惑

    ウクライナ戦争の終結と天然資源をめぐる大国の思惑
    米国政策コミュニティの論考紹介
  • 2025.03.13

    第二次トランプ政権の政権運営と不法移民対策

    第二次トランプ政権の政権運営と不法移民対策
    アメリカ現状モニター
  • 2025.02.20

    ウクライナ戦争の3つの教訓:台湾有事における抑止と核

    ウクライナ戦争の3つの教訓:台湾有事における抑止と核
    米国政策コミュニティの論考紹介

Title

新着記事をもっと見る

ページトップ

Video Title

  • <論考発信>
    アメリカ現状モニター
    Views from Inside America
    Ideas and Analyses
    その他の調査・研究プロジェクト
  • <リソース>
    米国連邦議会情報
    米国政策コミュニティ論考紹介
    その他SPF発信の米国関連情報
    VIDEOS
    PODCASTS
    出版物
    日米基本情報リンク集
    サイトマップ
  • 財団について
    お問い合わせ
  • プライバシーポリシー
  • サイトポリシー
  • SNSポリシー

Copyright © 2022 The Sasakawa Peace Foundation All Rights Reserved.