トランプ大統領が国民向け演説で政策転換

 3月11日夜、それまで新型コロナウィルス(COVID-19)感染については、楽観的な見通しを発言し続けてきたトランプ大統領が、大きな政策転換を示すテレビ演説をホワイトハウスから行った。大きな柱の一つは、英国を除く欧州に過去14日間滞在した外国人の入国を30日間禁止する措置を13日深夜から導入することだ。もう一つの柱は、COVID-19の感染が急拡大したことにより打撃を受けている中小企業への資金繰りへの支援に取り組むことだ。トランプ大統領は、小規模事業への低金利融資として議会に500億ドル(約5兆2500億円)の予算措置を求め、病欠や自宅待機などで働けない人への給与支援も実施すると発表し、家計を直接的に助ける効果のある給与税(給与から引かれる所得税や社会保障・失業保険(税)など)の減税も議会に求めていると発表した[1]。
 しかしトランプ演説では、「欧州から新しく入国するケースを今後30日間停止する」とし、「これらの停止は多くの貿易品と貨物だけでなく、すでに許可している他のものにも適用される」と発言したため[2]、株価を大幅に下げて経済不安を引き起こすリスクが認識され、ホワイトハウスはその後、対象は人に限られると発表し、トランプ氏も「入国制限は貨物ではなく人が対象だ」とツイッターに訂正の投稿をした[3]。
 執筆時点(日本時間3月12日)における米国でのCOVID-19感染状況は、感染者数1025人、死者数25人となっている。人口規模で半分の日本の感染者数622人、死者数13人(クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」での感染者696人を除く)と近く、中国はともかく、感染者数が激増して深刻な状況を引き起こしているイタリアやイランと比較すれば、日米の状況は同じような段階にあると考えられる[4]。さらに、ここにきて米国でも、学校の休校や大規模なイベントの中止の決定が相次ぐなど、日本と状況は似てきている。
 しかし日本と比較して、米国は、トランプ氏が演説で自賛したように[5]、2月2日の時点で中国からの全面的な入国制限を開始するなど、初動は早かった。ただし、3月11日に、WHOもついにパンデミック(世界的な感染拡大)と認めたように[6]、世界的に感染が拡大している中、米国も、さらなる感染の拡大防止と経済対策、そして米国人に冷静で的確な行動を求める目に見えるリーダーシップが必要になり、大統領自から方向性を示す必要がでてきたのだろう。

トランプ大統領が国民向け演説で政策転換

 今回のトランプ演説に特徴的なことは、これまでは演説でもアドリブを好み、政敵への攻撃などの不規則発言が多かった「トランプ節」が消え、準備された原稿をプロンプターで読む、「大人しい」演説となったことだ。演説中に、「我々はみんな一緒だ。政治を脇に置き、党派争いを止め、一つの国家と家族として団結しなければならない」と訴えている。COVID-19感染の拡大状況を知らずに2019年からタイムスリップした米国人が聞いたら、この演説は「フェイクニュース」だと訝しがったに違いない。

政策転換の背景に大統領への厳しい批判

 新型コロナウィルス(COVID-19)でトランプ大統領の中身が変わったのだろうか。おそらくそうではない。これまでアメリカ政治の分極化を促進した元凶と批判されてきたトランプ氏が、今回のような演説に至るまでには、トランプ大統領自身の感染症への関心の少なさを批判する国内からの厳しい批判と視線の役割があった。
 例えば、ワシントンポスト紙の3月10日付の社説「Suddenly we need the ‘Deep State’ Trump has spent three years weakening and demeaning」(我々はトランプがこの三年に渡って弱体化させ、卑しめてきた「ディープステート」が突然必要になった)が典型的なものだ。同社説によれば、昨年12月、中国は武漢でのCOVID-19の発生を警告した医師を罰したことで、みすみす感染拡大抑制の初動に失敗して独裁国家の弱点を明らかにした。一方、米国でも、トランプ氏が就任以来の三年間、自国の安寧よりも、自分のイメージづくりを優先して政府の機能を弱体化させたことで、民主主義国による感染症対策への失敗のケースを露呈していると指摘する[7]。
 具体的な批判点は、トランプ氏が就任以来、政府のエリート集団を「ディープステート」(国家内国家)と呼んで警戒、非難し、直近では危機管理の中心機能となる国土安全保障省の長官、副長官、科学技術担当次官などの政府の主要職を解雇した後、任命しないで放置してきたことだ。とりわけ、同社説が問題にするのは、2018年に、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)に設置されていたグローバルな保健・安全保障・バイオ防衛担当ディレクターの職を失くしてしまったことである[8]。
 しかも、それを懸念した米議会は、COVID-19の感染拡大が意識されるようになった2月18日に、ブライアン・シャンツ上院議員(民主党、ハワイ選出)ら26名の議員が、ロバート・オブライエン国家安全保障担当補佐官に、政府内の感染症対策の調整役として、早く専門家を採用するように求める書簡を送っている[9]。
同社説は、トランプ氏が、3月6日に「疾病管理予防センター(CDC, Center for the Disease Control and Prevention)」を訪問した際に、「誰がこのような問題を抱えることを想定できただろうか?」と発言したが、現在の感染は事前に想定できる類のものであり、実際にも想定されていたものだと指摘する。そして、大統領自身が潰した部署こそが、現在の問題を想定して準備をする目的で設置されたものだったと批判している[10]。
 トランプ氏への厳しい視線は、トランプ政権を目の敵にするリベラルメディアだけではなく、保守派からも注がれている。3月10日付のウォールストリートジャーナル紙のコラムにおいて、保守の歴史家、ウォルター・ラッセル・ミードは、「トランプ氏の最大の敵、パンデミック」で厳しい見方を示した。彼は、これまでのトランプの政敵は人間だったが、現在の敵であるCOVID-19は虚勢を張ったり脅したり、懐柔したりできる相手ではないため、トランプ流の手法は通用しなくなると指摘する。例えば、これまで劇場型の政治手法により別のドラマを生み出して国民の関心をそらしたり、オバマ前大統領の責任にすることもできない。しかも、その劇場となってきた支持者を集めた大規模集会は、感染防止のために今後、開催できなくなる可能性がある。
 さらにミードは、トランプ氏の即興的かつ無秩序な政治アプローチは、対立をマネジメントの手法として使う姿勢に基づいており、政治家と官僚との深刻な信頼の欠如と相まって、感染症対策の判断ミスや政策の失敗を生み出す可能性があると指摘している。そして、COVID-19の感染が拡大する中で、景気は落ち込み、政権は守勢に立たされると警告している[11]。
 ミードが示したトランプ氏の最大の敵、パンデミックには伏兵がいる。株価と本物の政敵だ。ニューヨーク株式市場のダウ平均株価は、2月12日に過去最高値となる2万9551ドル42セントをつけたが、COVID-19の感染拡大を受けて市場は一変し、先のトランプ演説による欧州からの入国制限を受け、本稿執筆時点では、米ダウ工業株30種平均の終値は、前日比で2352ドルという過去最大の下落により、2万1200ドル62セントとなり、乱高下しながら値下がりを続けている[12]。また、これまで分裂状態にあった民主党の大統領候補が、バイデン元副大統領が2月29日のサウスカロライナ州予備選で奇跡的な復活を遂げて以来、スーパーチューズデーでも勝利を重ね、11月の大統領選挙でトランプ氏に勝てる候補として着実に指名獲得に近づいている[13]。トランプ氏にとっては、どちらも気が気ではないだろう。

政策転換の背景に大統領への厳しい批判

 このように、トランプ氏が3月11日のテレビ演説において、控えめで謙虚な演説を行うに至った背後には、トランプ氏本人と政権の危機感が背景にあったと考えられる。そうでなければ、トランプ氏が側近のアドバイスに素直に従うとは思えない。

日米に共通する今後の政策目標

 今後のトランプ政権の対応は、ミードが示唆したように多くの曲折が予想される。一方でミードは客観的にトランプ大統領の「無視することのできない強み」も提示している。それは、債務や財政赤字の懸念に縛られていないため、大規模な救済策を提案することが可能な点である。これは筆者も重要な強みだと考える。しかもミードによれば、新型コロナウイルス(COVID-19)に対する中国の初期段階での失敗が明らかなだけに、トランプ氏に格好のスケープゴートを与え、経済グローバル化に反対するトランプ支持者の懐疑心を強めることにも役立つと指摘する[14]。
 こうしてみてくると、トランプ政権の現状は、日本の安倍政権の現状とも多くの共通点があり、日本の今後の政策方向性にも示唆を与える。トランプ・安倍両政権ともに、優先順位の高い第一の目標は、自国の感染拡大のピークをできるだけ小さくし、それを遅らせることである。誰も時期について断言はできないが、COVID-19のワクチンや抗ウィルス薬の開発は、不可能な挑戦ではなく、時間さえあれば解決できる問題だ[15]。

日米に共通する今後の政策目標

 一方で、感染拡大防止のための大規模な人の移動の制限は、必然的に経済活動を縮小させる。その予想される副作用を最小にして、感染縮小後の経済回復につなげることが、第二の政策目標であり、所得やローンの補償、財政出動などの政府の経済政策が果たす役割である。日米両政府はすでにこの二つの政策を掲げて動きだし、3月13日には安倍・トランプ電話会談が行われ、COVID-19 感染拡大を踏まえ、世界経済への連携も確認した模様だ[16]。GDP規模、世界一位の米国と三位の日本が感染と経済危機のトンネルを抜け出れば、世界経済を引っ張ることができる。第二位の中国は、政府がかなり強引に収束ムードを打ち出しているのが気にはなるが[17]、先にトンネルに入ったことは確かだ。これまでに経験のない挑戦とはいえ、トンネルの先に光が見えないわけではない。

以上

(2020/03/13)

脚注

  1. 1 “Read President Trump’s Speech on Coronavirus Pandemic: Full Transcript,” The New York Times, March 11, 2020.
  2. 2 演説でのトランプ大統領の発言は以下である。
    “To keep new cases from entering our shores, we well be suspending all travel from Europe to the United States for the next 30 days.” ”these prohibitions will not only apply to the tremendous amount of trade and cargo, but various other things as we get approval.“
    脚注1に同じ。
  3. 3 「トランプ氏、欧州からの入国30日間停止を発表 米国人や貨物は除く」『CNN.co.jp』、2020年3月12日。
  4. 4 「新型コロナ感染マップ」『日本経済新聞電子版』2020年2月7日公開、3月12日更新。
  5. 5 脚注1に同じ。
  6. 6 広瀬誠「WHO、パンデミックを表明…感染者11万人超え」『読売新聞電子版』、2020年3月12日。
  7. 7 “Suddenly we need the ‘Deep State’ Trump has spent three years weakening and demeaning,” The Washington Post, March 10, 2020.
  8. 8 同上。
  9. 9 “Senators Call on Trump Administration to Immediately Fill Global Health Security Position,” Global Biodefense, February 19, 2020.
  10. 10 脚注6に同じ。
  11. 11 ウォルター・ラッセル・ミード「トランプ氏の最大の敵、パンデミック」『ウォールストリートジャーナル日本語電子版』、2020年3月10日、英語の原文はWalter Russell Mead, “Trump and the Pandemic,” The Wall Street Journal, March 9, 2020.
  12. 12 後藤達也「NYダウ2352ドル安、過去最大の下げ幅 米入国制限警戒」、『日本経済新聞電子版』2020年3月13日。
  13. 13 永沢毅「バイデン氏、勢い止まらず 白人労働者層にもアピール」『日本経済新聞電子版』2020年3月11日。
  14. 14 脚注10に同じ。
  15. 15 「田辺三菱製薬、新型コロナのワクチン開発に着手へ」日経新聞電子版、2020年3月12日。
  16. 16 「日米首脳 東京五輪開催へ協力 トランプ氏延期提起せずー新型コロナ巡り電話協議」『日本経済新聞速報』2020年3月13日。
  17. 17 “President Xi's inspection instills more optimism in society,”The Global Times, March 10,2020.