新型コロナウイルスで変容する選挙キャンペーン
渡辺 将人
ハーバード大学国際問題研究所客員研究員
新型コロナウイルスの蔓延が大統領選挙の趨勢に様々な影響を与えている。キャンペーンも例外ではない。具体的には「密」な対人接触を生む集会、戸別訪問の実施が困難化した。ただ、組織形成や電話作戦などフィールド戦略のかなりの部分をオンラインで代替することは不可能ではなく、そもそもソーシャルメディアを駆使したキャンペーンは、2008年選挙サイクル以降アメリカでは日常化しているのは周知の通りだ。2020年選挙でも新型コロナウイルスの影響が深刻化し始めた民主党予備選挙終盤から、集会は「バーチャル集会」という名の演説配信に置き換えられ、戸別訪問の代わりに電話説得に予算や人員が転換されつつある。夏の全国党大会への影響も避け難い気配だ。他方、技術的には可能なオンライン化に意図的に歯止めをかけてきたのもアメリカの選挙現場であった。選挙現場の苦悩の背後を確認する。
2012年オバマ陣営がオンライン一元化に歯止めをかけた理由
第1に、キャンペーンの足腰の脆弱化である。2008年のオバマ陣営は、オンライン組織作りを推進した画期的キャンペーンであった。しかし、2012年にそのオンライン化を一部あえて後退させ、対人の「リアル」な運営を組み合わせた。支持者同士の横の繋がりと活動に対する情熱の継続性の点で、オンライン限定の組織形成の効果には伸び悩みが認められたからだ。
アメリカのフィールドの選挙活動は、学生と社会人混合の「部活」のような雰囲気が特徴的である。友人を作り、活動の後は酒場やカフェで候補者や争点への想いを熱く議論し、敵陣営や政党を批判し合い結束を深め、勝利の日まで脱落せずにお互い頑張ろうと誓い合う。バスで他州に遠征するのは「合宿」であり、生涯の親友もできる。活動仲間同士の恋愛や結婚も頻繁だ。同じ支持政党であるし、予備選挙にもなれば応援する陣営ごとに優先争点が細分化されているので気も合う。シングルイシューを共有する人と地域で出会える場なのだ。勝っても負けても若い頃に一度この面白さを経験すると、仕事や子育ての多忙さから解放された時期に、「青春」を懐かしみ必ず選挙活動に戻ってくる。地元の支持者が詰める事務所は、選挙初参加の18歳の若者が、ケネディやレーガンの思い出話をする年配に真摯に耳を傾ける、そんな政党政治の世代間継承の場としても機能してきた。
しかしながら、既に顔見知りの仲間同士のコミュニケーションをオンラインに代替させることに支障はないが、全員初対面での関係構築には難があることを、過去の選挙陣営は経験から学んでいる。2012年のオバマ陣営は「ダッシュボード」という地上戦支援システムで、オンライン登録後、最寄り事務所に一度は顔を出して地域の仲間とチームを組んで、戸別訪問の成果をフィードバックで競い合う「リアルとの往復」にオンライン戦略を転換させて成功した。また、元オバマ陣営幹部のピーター・ジャングリコが言うように、活動の継続性は「ピアプレッシャー」で生まれる。説得電話も自宅で1人でかけさせると、どんな情熱的な支持者でもせいぜい20本でやめてしまうが、事務所詰めの大部屋で電話すれば周囲の目もあって延々100本でも頑張り続けることを、フィールド戦略の専門家は経験則として知っている。
また、常勤スタッフ間のコミュニケーションも問題化している。大規模事務所では新規スタッフの認識や引き継ぎが首尾よく運びにくい。暫定的組織にすぎない選挙陣営では、部署によっては本選から合流するスタッフ同士は全員初顔合わせも珍しくない。事務所でランチを共にし、他愛ない雑談をすればその過程でお互いの経歴や政治思想も浮き彫りになる。しかし、遠隔で限られた会議だけのコミュニケーションだけだと距離が縮まらないし、敵陣営から潜り込んでいる「スパイ」の検知もしにくくなる。
リアルの集会の心理的な共振効果と手探りの「バーチャル集会」
第2にキャンペーン効果の減退問題である。「バーチャル集会」はリアルの集会と同じ効果は得られない。集会とは、現場の熱狂の空気感をシェアさせる心理効果が隠れた目的だからだ。これは現場参加者への効果は言うに及ばず、むしろメディアを通して見学する人に向けた効果である。発話に対する感情の共振は、笑いでも感動でも、現場の「観客」との相乗効果で生まれる。テレビスタジオに「観客」を入れるのは演者の気分を盛り上げるためだけでなく、視聴者への共感にも効果があるからだ。アメリカでも新型コロナウイルス対策で深夜のコメディショーが「オンライン出演」に転換している。しかし、スタジオやコメディクラブの雰囲気を欠いた、閑静な部屋や庭先での独白には厳しい批評が専らだ。笑い声の効果音で代替できない「何か」がそこにはある。演説の拍手で一拍置く、観客の歓声や間の手のたびにコメディアンも少し間を置く、「パンチライン」という笑いの山頂に惹き付ける、あのリズム感がそこには無いのだ。「観客との共演」で「原稿」は化ける。演説も文字で読むのと、映像を観る・聴くのでは感動が違う。
政治集会も同じメカニズムだ。アメリカの党大会ではフロアでロバやゾウの党のマスコットのコスチューム姿で踊る代議員の表情をテレビで放映し、陣営も広報物には熱狂的に握手を求める集会参加者の写真を積極的に転用する。米台選挙比較シリーズの拙稿(台湾の選挙キャンペーン:米台比較の視座から(①前編))に詳しく紹介したように、このアメリカ型を究極まで煮詰めて進化させたのが台湾の選挙キャンペーンだ。台湾はアメリカ以上に集会依存度が高い。「掃街」という裏路地もくまなく回る街宣もある。ウイルス蔓延が台湾総統選(1月)以前であれば、史上最高を記録した総統選の投票率にも影響が出ていたはずだ。
民主党全国委員会は、今夏ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催予定の党大会の運営現場に対して、異なる方法で大会を開催することに最大限の自由度を与えることを決めている。議事簡略化などによる「バーチャル」化にも前向きだ1。しかし、党内には反対派もいる。ペローシ下院議長が「適切な距離をとって」「屋外スタジアムで」という条件で、夏の党大会の「有人開催」に拘泥していたのは、代議員投票や指名受諾など議事手続きだけをするなら、それは「政治集会」としての党大会の意味はもはやないからだ2。党大会が「テレビ番組」と化して久しいが、その「番組」は、あくまで会場に映り込む代議員や参加者を込みで観覧することに意味があった。
バイデン陣営が推進している「バーチャル集会」は迷走中だ。「アトランティック」誌のアンドルー・ファーガソンは、5月7日に「開催」されたバイデン集会は失敗だったと酷評するが、筆者も同意見だ3。保守派のファーガソンの民主党への辛口を割り引いても、ほとんど放送事故に近い配信であった4。「バーチャル」には「会場」がないため、登壇者演説とスクリーン上映のビデオクリップの境目の凹凸感がない。リアルの集会では、発言者がステージに立つ「引き」のショットが挟まるので、ニュース映像で観るだけでも「集会感」がある。「バーチャル」では発言者の顔がビデオ会議のように同サイズで続く。カメラワークの「引き」も「寄り」もない。候補者や党幹部の演説風の「生CM」をひたすら垂れ流す、実に退屈なYouTubeライブの様相を呈している。視聴者数が表示されるものの、どんな人がどの程度の熱で応援しているのか姿形も見えず実感も湧きにくい。発話のタイミングがずれたり、黒画面になったり、サングラス姿で待機中のバイデンが自分の番に気が付かず慌てて取り乱したり、現場のスタッフの声が入り込んだりドタバタの連続であった。技術的な問題はメディアコンサルタントが総力を挙げて改善するだろうが、現場熱狂に巻き込む心理効果がない「無観客」イベントは、結局は政治集会というよりも、ただの演説配信である。
サンダース支持者運動の息の根を止めた戸別訪問禁止
アメリカでの新型コロナウイルス蔓延の深刻化は、民主党の予備選挙終盤、バイデン・サンダースの一騎打ち中に起きた。そのため緒戦の快進撃を、情熱的ボランティアによる戸別訪問や集会の熱気拡散に依存していたサンダース陣営は、選挙戦の強制停止を命じられたような深刻な被害を受けた。「エスタブリッシュメント」のバイデン陣営は、集会依存度も低く、草の根ボランティアではなく党のマシーン頼みで、集会や「地上戦」停止の影響はサンダース陣営に比べて小さかった。過去例を振り返っても、保守・リベラル問わず、オバマ、ロン・ポール、ティーパーティ運動、ウォール街占拠運動など、グラスルーツ系の政治家や運動ほど地上戦が生命線であった。(サンダース陣営とバイデン陣営の集会の雰囲気の違いについては以下拙稿も参照(「【大統領選挙現地報告】民主党主要候補集会の特質分析①バイデン、ウォーレン」、「【大統領選挙現地報告】民主党主要候補集会の特質分析②サンダース、ブデジェッジ」)。
アメリカの選挙陣営が戸別訪問にこだわるには理由がある。1990年代末からの実験でイェール大学の政治学者のドナルド・グリーンとアラン・ガーバーが、人間的接触が投票率を上昇させることを明らかにして以来、類似の派生的な研究でその効果は次々と実証された5。総じて電話による効果は薄く、人種やエスニシティ、英語の訛りや家庭使用言語にも配慮した「コミュニティの隣人」による戸別訪問の対人説得は効果的であった。この研究成果は政党関係者にも大きな刺激を与え、2000年代以降の政党や候補者の戸別訪問回帰を決定付けた6。コミュニティ・オーガナイジングの応用との親和性は抜群で、2008年予備選挙以降のオバマ陣営が定着させた勝利の方程式も、戸別訪問重視策だった。これが剥ぎ取られたときに、民主党の票と動員がどこまで維持できるのか未知数だ。
「ネイション」誌のケン・クリッペンステインが伝えるように、バイデン61%、サンダース22%の民主党予備選のフロリダ州の大差は、新型コロナウイルスで地上戦が停止されたことが影響した7。サンダース陣営の活動家は同誌に、戸別訪問を電話で置き換える困難さをこう語る。「多くの人が電話では政治について話したくありませんと言います。戸別訪問にはない電話作戦(フォーンバンク)特有の問題です。戸別訪問なら居住実態を確実に確認できますが、(電話作戦では)電話番号が多くの場合不正確です」
戸別訪問は、動員や説得だけでなく、ヤードサインなどから支持層を割り出し、人種、ジェンダー、家族構成、経済力など公開データでは掴めない雰囲気を記録していく手作業の選挙民リスト作りでもある。2012年オバマ陣営が作り上げた有権者のビッグデータも、投票区ごとに支持者が足で稼いだ情報が取り込まれて精度を増した。アイコンタクト文化であるアメリカではわざわざドアベルを鳴らし、正々堂々と名乗って訪問する者にはフェアに対応する空気があり、党派が違えば口論にもなるが、逆に本気のコミュニケーションは説得や動員の効果も高い。支持者の情熱は会えば伝わる。電話だとそもそも本当に支援者なのか姿形も見えないし、「どうして番号を知っているのか」という猜疑心から会話は始まる。戸別訪問は「この地域で順にお願いしている」という定番の説明にも不自然感はない。
現在、民主党内は電話やテキストの遠隔コミュニケーションへの大シフトと、「新型コロナ対策版の戸別訪問」への模索が並走している。前者は、フィールド事務所の開設費用を通信インフラに回し、ボランティアが激戦州に各自電話をかけられる「TurnOut2020」などのツール活用の加速だ。2018年中間選挙から浸透し始めた携帯端末向けの「テキスト」を有権者に送る「クリックバンク」もある。ただ、連邦法が自動テキスト送信(ロボ・テキスティング)を禁止しているため、生身の人間がテキスト送信する必要があり、現状ではAIでは代用できない。せっかく生身の人間が書いているのにAIに見える、という点でマンパワーの無駄遣いではないかとの批判もある。
そうした中、戸別訪問への固執も現場では根強い。GOTVと呼ばれる直前期の票の駆り出し運動をオンラインだけで代替することは想定していない。連邦議会選挙でも、相手陣営が抜け駆けで「地上戦」を展開する恐怖心が現場では消えない。民主党内では、広報物を玄関に置いてドアベルを鳴らして去り、事後に電話フォローアップの上でアンケート回答を得るなど、「安全な距離をとって行なう戸別訪問」の方法が検討されている。さらに、支持者が手書きの手紙を一通一通書くという非効率極まりない珍しい試みも始まっている。オンライン化の波の中で、「パーソナルタッチ」の維持に現場は試行錯誤を繰り返している。
選挙戦の「士気」をめぐる揺れと党大会開催への影響
ただ、新型コロナウイルスの影響は州ごと下院選挙区ごとにあまりに事情が違うため、議員間で意見の温度差が強く、全国委員会も統一方針を出しにくい。例えば、被害が大きいニューヨーク市はアメリカでは珍しい公共交通に恵まれた非自家用車の社会だが、大都市でも西海岸は自家用車社会で、銀行ATMもクリーニングもドライブスルーなら、映画鑑賞からはては葬儀まで車を降りずに可能である。庭の広い戸建てが離れて並び、空調を共有するアパート型の住宅も少ない郊外では、家族以外と接触する機会も少ないため、有権者や候補者の危機感に相当な地域差がある。
医療保険を筆頭に「大きな政府」への渇望から民主党が説得力を増す一方で、新型コロナウイルス対策と選挙戦の矛盾への葛藤も現場にはある。選挙は2年、4年というサイクルで「将来の」改善を時間差で訴える行為だ。目の前の危機には無力である。「危機の真っ只中、選挙どころではない」という複雑な感情も現場スタッフや議会選挙候補者に渦巻いている。弱者保護を重視する左派候補ほど悩みは深い。選挙活動のエネルギーや選挙予算をコロナ対策に使えば、少しでも人命が救えるかもしれないと考える関係者もいる。サンダースも予備選挙中、いち早く「休戦」の意思を示し、経済的な困窮者への救済を示した。しかし、まるで選挙戦を離脱したような印象を与え、陣営内の士気は総崩れになった。
2008年大統領選挙終盤、リーマンショックで共和党マケイン候補が選挙戦中断と言いだし、ご乱心の「迷走」扱いをされた前例がある。大統領や州知事の「統治専念」には真実味もあるが、上院議員が「ひとり休戦」を宣言したところで即効薬にはならない。「危機対処のために選挙で必勝させてほしい」というレトリックが選挙戦術上は落とし所の模範解答なのだが、本心では選挙どころではないと悩みながら活動する議会選挙候補者や支持者は少なくない。
バイデンの予備選挙勝利は、後続州にバイデンの得意とする黒人州もあり、ウォーレン撤退後に党内リベラル派がサンダース潰しでバイデン担ぎに回り、民主党マシーンが駆動したことなどが主因ではあるが、新型コロナウイルスがサンダースに否定的に作用したことは否めない。ただ、本選の勝敗への影響はまだ未知数の部分がある。党大会開催については、既に述べたように、民主党は議事簡易化による日数縮小などで調整中だが、より厳しい舵取りを迫られているのは共和党だ。ノースカロライナ州シャーロットでの共和党大会の最終的な開催方式は、トランプ政権の新型コロナウイルに対する楽観・悲観の見通しを政治的に反映する材料にもなってしまう。5月18日時点で、共和党全国委員会の委員長は、「バーチャル党大会にはしない」との考えを表明している。完全なオンライン方式にせずとも、部分的であっても有人開催は可能だという方針だ8。しかし、これはあくまで現時点での意向で、新型コロナウイルスをめぐる今後の情勢に左右される。民主党大会は8月17から20日、共和党大会は8月24から27日に予定されている。民主党は当初の7月予定から1か月延期しての日程だ。党大会は両党の日程が重ならないように開催する。9月冒頭のレイバーデー前後までに大統領候補指名を完了して本選を開始するならば、さらなる「延期カード」は切りにくい。両党の全国委員会の動向を引続き注視したい。
(了)
- Alexi McCammond, “Democrats move to consider virtual options for summer convention,” May 11, 2020, Axios, https://www.axios.com/democratic-national-convention-virtual-coronavirus-c5da1e2e-1192-4633-896b-3f3fdd23a710.html, last accessed on May 20, 2020.
- Juliegrace Brufke, “Pelosi suggests large venue for DNC amid pandemic,” May 8, 2020, The Hill, <https://thehill.com/homenews/campaign/496918-pelosi-suggests-large-venue-for-dnc-amid-pandemic> last accessed on May 20, 2020.
- Andrew Ferguson, “Biden’s Virtual Campaign Is a Disaster,” May 15, 2020, The Atlantic, <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/05/bidens-virtual-campaign-disaster/611698/> last accessed on May 20, 2020.
- バイデン陣営「バーチャル集会」の動画
“Joe Biden holds virtual rally for Tampa, Florida | 10 Tampa Bay,” <https://www.youtube.com/watch?v=ABEE2PEfbb8> - Donald P. Green and Alan S. Gerber, Get Out the Vote!: How to Increase Voter Turnout, Brookings Institution Press, 2004.
- 渡辺将人『現代アメリカ選挙の変貌』(名古屋大学出版会, 2016年)
- Ken Klippenstein, “How the Coronavirus Hobbled Bernie in Florida,” March 19, 2020, The Nation, <https://www.thenation.com/article/politics/coronavirus-bernie-florida/> last accessed on May 20, 2020.
- Rebecca Klar, “'We will not be holding a virtual convention,' RNC chairwoman says,” May 18, 2020, The Hill, <https://thehill.com/homenews/campaign/498356-we-will-not-be-holding-a-virtual-convention-rnc-chair-says> last accessed on May 20, 2020.