【大統領選挙現地報告】
民主党主要候補集会の特質分析②
サンダース、ブデジェッジ
渡辺 将人
ハーバード大学国際問題研究所客員研究員
前回の論考に引き続き、民主党主要候補の集会のスケッチから浮き彫りになる要素を検討してみたい。尚、ブデジェッジ元市長はサンダース上院議員と共にアイオワでほぼ同着首位となったが、両氏はニューハンプシャーでも首位を維持した。
バーニー・サンダース上院議員
筆者は2016年夏にサンダースに同行取材し、各地で暗記できる程に同じ演説を聞いた。その頃から3つの特徴があった。
1つ目は同じ演説しかしない徹底した「スタンプスピーチ人間」であること。その社会主義的な主張はぶれがないが、政策に角度を付けるわけでも、レトリックの流麗さでうっとりさせる演説でもない。人間的なぶれなさ加減と誠実さで押し通す。この「頑固さ」がサンダースの武器であり、そこに支持者は惚れ込んでいる。ころころ演説を変えない、代わり映えのしない演説自体がサンダースの味であると言える。
2つ目は質問をあまり受けないことだ。サンダース以外の候補者の集会には一定数、候補者を見極めようとして参加している者もいて候補者を試そうとする。あるいは陣営側もあえて質疑応答で人間味やアドリブ感を演出しようとする。しかし、サンダースの集会は、聴衆がサンダースの熱烈な支持者で固められている。新しい人を説得しようとする演説とは言い難く、壊れたレコードのように何度も同じことを言うだけだが、聴衆はその都度絶叫と拍手を繰り返す。サンダースの集会と演説は、サンダースがぶれていないことを再確認する場なのだ。
3つ目は徹底した内政主義であることだ。2016年の予備選挙中、聴衆が外交について質問することがたまにあった。質問は受けないサンダースだが、現場でランダムに割り込み的に質問があれば無視せず回答はする。だが、その都度、安全保障でも貿易でも、「経済格差が原因で、格差を是正すれば世の中は良くなる」と繰り返し、外交問題に一切の関心を示さずに内政に対する見解で回答した。
2020年のサンダースはまったく同じだった。無理をしているのかもしれないが、表向きには病に倒れたとは思えないエネルギーには驚かされる。生で彼の演説を聞くとそれがよくわかる。アイオワ党員集会直前、シーダーラピッズでサンダース陣営はコンサートを開催した。これは文字通り、若者を意識したロックコンサートだ。著名バンド「ヴァンパイア・ウィークエンド」のコンサートの中にサンダースの集会を埋め込むという試みで、ヒッピーのサンダースらしい企画だ。シーダーラピッズの「USセルラー・センター」で3000人を集めて開催された。冒頭はイルハン・オウマール、プラミラ・ジャヤパル下院議員の応援団によるトークショーが行われた。
サンダースの援軍には、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス、ラシダ・タリーブらの個性的女性議員の支持表明がある。また、黒人のコーネル・ウェスト博士もサンダース応援に駆けつけ、人種や宗教の多様性の問題に弱いサンダースを支えている。ムスリムやパレスチナ系の女性リベラル派議員が、ウォーレンではなくサンダースを選んだという象徴的な意味は大きい。しかし、彼女たちは失言や暴言の種にもなっている。これは民主党の指名を勝ち取る上で、政党の結束に水を差す動きにもなっている。
前日の別のイベントではタリーブ議員がヒラリー・クリントンにブーイングをしたことが問題視され、リベラルメディアでも、サンダース陣営の広報役のマイケル・ムーア監督がそれを擁護して火に油を注いだ。ヒラリーがサンダースは人気がないと揶揄した後での「応戦」であった。サンダースの名誉のために言えば、サンダース個人はヒラリーを中傷したことはない。しかし、応援団の著名議員がブーイングすればそれは陣営の意志と同義になる。しかし、ヒラリーが象徴する民主党エスタブリッシュメントへの反発が、2016年以降のサンダース運動の情熱の核心だったことを考えれば、この手のブーイングは今でもサンダース支持者を一番盛り上げる。それに対して民主党エスタブリッシュメントはその都度、サンダースへの嫌悪感を強め、党内亀裂が深まる。2020年になってもサンダース運動は「VSヒラリー」を軸に展開している。
2020年のサンダースに若干の違いはある。第1に、2016年に比べて配偶者のサンダース夫人が表舞台に出てきていることだ。家族アピールが強い。リベラル改革のための社会運動キャンペーンではなく、本気で大統領を狙いに行っていると支持者を喜ばせている。第2に、2016年に比べると国際的視野を盛り込むようになった。この日、集まったプレスに海外メディアが多いことを指摘し、「世界中の人々が1%ではなく我々のためになる政府や経済を生み出す用意があるか見つめている」と、アイオワの有権者の国際的な責任論を訴えた。サンダースはまた、気候変動の文脈では中国の協力が必要だ、と取って付けたような指摘も適宜している。第3に、サンダース本人の反民主党のトーンの抑制だ。サンダース応援団はクリントン叩きで気勢を上げるが、サンダース本人はこの選挙の目的は反民主党ではなく打倒トランプだとして「アメリカ現代史上、最も危険な大統領を退陣させなければいけない」と呼びかける。トランプは聴衆の拍手を獲得する最もイージーなキーワードだ。しかし、サンダース陣営に限ってはヒラリーや民主党の悪口のほうが聴衆の本気の拍手が鳴り響くジレンマが集会でも浮き彫りになっていた。
ピート・ブデジェッジ元市長
ブデジェッジの演説を生で見ると分かることがある。オバマのクローンだ。テレビで見ている分にはそれほど強く感じなかったが、民主党インサイダーが「ブデジェッジはオバマを意識している」と口を揃えることの意味が、集会に参加して理解できた。2008年大統領選でオバマをボランティアとして応援し、触発されて政治家になったと演説でもしばしば公言している。白いワイシャツに青系統のネクタイというファッション、スピーチスタイルもそっくりだが、これは意図的に真似ている。
民主党の有権者は伝統的に、何度も大統領選に挑戦する候補やワシントンに長い大物ではなく、新星を好んできた。カーター、クリントン、オバマ、いずれも全米的にもアイオワでも「それは誰?」という候補だった。ビジネスマンを除き、職業政治家の候補のなかでその「新星」アドバンテージがあるのはブデジェッジで、これはオバマ・モデルでもある。
筆者はアイオワで2019年秋から、すべての陣営のフィールド事務所を訪問しスタッフと対話してきたが、活動家やスタッフの情熱と、フレンドリーな態度は概ね比例していて、突出していたのはカマラ・ハリス陣営だった。次に和気あいあいとしていて学生のサークル的な活況を呈していたのがブデジェッジ陣営だった。サンダース陣営も情熱度の高い活動家が集まっている。しかし、2016年以降長期活動化しているため、マンネリ感は否めなかった。その点、ブデジェッジ陣営は2008年のオバマ陣営を彷彿とさせる若手のフィールド・ディレクター主導の運動で、いったんイベントの参加登録をするとテキスト、電話で戸別訪問などのボランティアに参加してくれという依頼が鳴り止まなくなる。「しつこい」という有権者の嫌悪感を気にせず、連絡をし続ける姿勢は凄まじかった。
ただ、ブデジェッジは「スモールタウン・メイヤー」で、年齢もアチーブメントもオバマよりもワンサイズ小さい。ブデジェッジが連邦議員か州知事、あるいは大都市の市長で何かもう1つ実績があれば支持したい、という有権者は少なくない。この経験不足をブデジェッジは若さと演説力で相殺していた。党員集会前日、アイオワ州コーラルビルの高校の体育館で開催された集会には約900人が集まった。ブデジェッジ陣営はスタッフがよく組織されていて、会場入りの段取りもどの陣営よりも優れていた。
ブデジェッジの名前は発音しにくい。応援団も「ピート市長」とファーストネームを使うほどで、ブデジェッジ陣営は「Boot-Edge-Edge」と発音すると正確な発音に近いとして、後にこれをプラカードに記載して支持者のかけ声化した。この日も「ブート・エッジ・エッジ」の合唱が適宜鳴り響いた。
ブデジェッジの演説は流麗でリズミカルで、今回の大統領選の主要候補で唯一、レトリックの次元で耳に心地よい演説をする候補者だ。
ブデジェッジは集会で質問を取るが、事前に紙で聴衆の希望者から質問を回収し、その質問の紙を、壇上でブデジェッジの隣に立つスタッフがバケツの中から選ぶという演出を行う。しかし、質問者に直接マイクを持たせず、紙に書かれている質問をスタッフが要約する。これは安全度と草の根参加気分の両方を維持する練られた手法だ。実際、紙をランダムに選んでいるのかは不明だし、さらに疑ってかかれば、紙に本当にその質問が書かれているのかも分からない。ブデジェッジは質問によっては「この質問の方、どこにいますか?」と挙手させるが、相手のプライバシーが大切な質問ではそれをしない配慮をする。この日は「自分は共和党支持者だったが、初めて民主党登録で党員集会に参加する」という偶然にしては象徴的な意見を引きあて会場は沸いたが、「どこにいますか?」とは聞かなかった。
ブデジェッジは穏健派に分類されている。マッキンゼーのコンサルタント出身の経済観は、サンダースやウォーレンほど「大きな政府」ではない。そのため高齢のバイデン、女性のクロブシャーなどに難色を示す穏健派の民主党支持者の期待を集めた。この日の質問でダウン症だと名乗る少年が登場すると、障がい者をサポートすることと同時に、重要なのは彼らの活躍、社会への貢献の場を提供することだ、と持論を展開した。
ところが、ブデジェッジは穏健派でもあるがLGBTでもある。これをどこまでアピールするかに陣営は揺れているように見える。実際、アイオワではブデジェッジを穏健派だと思って投票したが、事後でLGBTだと知り、票を取り下げたいと申し立てた敬虔なキリスト教徒の女性もいた。ブデジェッジがLGBTだと知らなかったとすれば、それは候補者に対する勉強不足でもあるが、配布しているキャンペーンのパンフレットや主要メッセージには書かれていないし、LGBTの地位向上を優先アジェンダにしているわけでもない。このコウモリのような立ち位置のまま、ブデジェッジは、対立軸はむしろ旧世代VS若手の世代間対決だと主張する。穏健派・リベラル派ではなく、重要なのは世代間選択だという理解は、かつて穏健派の旗手だったNDNのサイモン・ローゼンバーグの近年の民主党観にも近く、一理ある。なるほど学生だけでなく、20代から30代の若い親の子連れ参加も多かったのがブデジェッジ集会の特徴でもあった。
(了)