バーチャル・コーカス?:アイオワ民主党の党員集会制度変更と含意
渡辺 将人
2020年2月3日に予定されているアイオワ党員集会まで残り10か月となった。アイオワ党員集会で勝利しなければ大統領になれないわけではない。アイオワで首位となり大統領に当選したのは、民主党では1976年のカーターと2008年のオバマ、共和党は2000年のジョージ・W・ブッシュだけだ。しかし、党の指名獲得者はアイオワ3位以内からしかでないのも事実だ(唯一の例外が2008年のマケインの4位)。緒戦での善戦は、メディア報道、後続州の票、資金集めなどに派生的影響を与える。
緒戦州の地位を築いてきたアイオワ州とニューハンプシャー州にとって、緒戦州であることは利権化している。とりわけアイオワ州の民主党、共和党の関係者は「全米1番目」に存在価値を見出し、超党派でその地位の維持に躍起になってきた。他方、ニューハンプシャーはアイオワを追い落として「1番」になることを虎視眈々と狙っている。アイオワの問題は、人口動態がアメリカの平均とずれていること以上に、党員集会という独特の制度にある。予備選挙方式のニューハンプシャー州関係者は、アイオワ党員集会の制度上の欠陥が放置されたままトップバッターの影響力を持つべきではないと批判してきた。2016年では、サンダースとクリントンが僅差で、票総数が不透明なまま決着され、サンダース支持者が不満を抱いた。2012年には共和党のミット・ロムニーとリック・サントラムの勝敗逆転事件もあった。
党員集会は伝統的に「その日その時間にその場に参加する」ことが条件であり、期日前投票が成立しなかった。特定の日の夜7時に夜勤シフトがある労働者や、会場へ行く手助けが得られない身体が不自由な有権者が参加できないという問題があった。全州民がその時間に仕事を放棄できない以上、そもそも全員参加を想定した設計になっていない「熱心な党員だけの内輪の行事」だった。民主党方式では、現場で支持表明を繰り返すため、近隣の関係者に自らの支持政党のみならず支持候補まで知られるというプライバシーのハードルもある。
アイオワ州が批判をかわして「全米1番目」の地位を守るためには制度改正は待った無しの状況だった。アイオワ民主党の制度改正の検討委員会は、2020年党員集会で1972年以来最大となる制度改正に踏み切る予定だ1 。目玉は、多人数通話式の電話によるテレコンフェレンスやスマートフォンなどモバイル端末で参加できる「バーチャル・コーカス」である。2020年2月3日の党員集会当日を含む6回の開催で、時間帯も出勤前、午前、昼休み、午後、夜に、曜日も平日と週末に分散された。①1月29日(水)午後7時、②1月30日(木)正午、③1月31日(金)午前7時半、④2月1日(土)午前6時、⑤ 2日(日)午後2時、そして旧方式でのアイオワ党員集会当日の⑥ 3日(月)午後7時と行なわれる。「バーチャル」に登録すると「リアル」の党員集会への参加権は失われる。どちらかを選ばなければいけない。同時字幕のクローズドキャプション、手話、言語翻訳のサービスも検討され、耳が不自由な人や英語が苦手な新移民に配慮されている。
党員集会では1回目の投票(支持表明)で全体の15%以上を獲得できた候補者だけが生き残る。「リアラインメント」といって、2回目の投票(支持表明)の機会があり、1回目に15%以下で脱落した候補を支持した有権者は、生き残った上位候補の中から選び直して支持していた。1回目に15%以上を獲得した候補を支持した者も支持を変えることができ、この過程で「説得合戦」が行なわれた。しかし、2020年以降の新ルールでは15%以下の候補を支持した者のみが「リアライン」を許される。だが、どんなに参加人数が多くなっても「バーチャル」の票は代議員全体の10%に抑制される。そのため「バーチャル」に参加割合が偏った場合、「リアル」の当日参加者のほうが、1人あたりの代議員決定への影響力が過剰に大きくなる問題がある。
問題はこの新方式導入で、どういう特徴を持つ選挙民が「バーチャル」を好み、その恩恵を受ける候補者が誰かだ。新技術を用いた遠隔参加には若者の親和性があるように思えるが、シニア層の参加率上昇も予想されている。狭い人混み空間で2時間以上、中には立ちっぱなしを強いる会場もあり、党員集会は足腰が弱い高齢者には苦痛である。雪の季節でもある。農村州のため、車を自分で運転できるか、近隣の人に乗せてもらえないと参加できなかった。しかし、シニア層の参加率が「バーチャル」で高まる気配が強まれば、社会保障、メディケアなど候補者が語る争点を左右する可能性もある。
一般の党員集会に参加するか、「バーチャル」に参加するか、事前に戸別訪問の聞き取りなどを通じて有権者データを丹念に集め、地域別、個人別のキャンペーンを洗練させる候補者陣営も出現するだろう。全体の10%の影響力しか持たない「バーチャル」に力を注ぐことは非効率だが、「これまで参加したことがないが、バーチャルなら参加してもいい」という新規参加層、「これまで参加していたが、バーチャル参加に変えたい」という鞍替え層の比率が読めない。特に「初物なので一度経験してみたい」として、常連参加者が「バーチャル」を物珍しさで選択してしまう可能性もある。医師の診断書や勤務シフト表など「バーチャル」でしか参加できないことを証明する書類の提示の条件を設けていないだけに、2020年に「バーチャル」を好みで選ぶ参加者の人数は読めない。アイオワ州民主党で今回の改正を中心的に担ったある人物は、「候補者はバーチャル対策にも資源を割くだろうが、基本的には通常の党員集会参加者の票獲得に焦点を絞るだろう」と予測する。
有権者のための改革のように見えて、緒戦1番目の地位を守るために行なわれた改革であり、ただの予備選挙と同じにしてしまうと地位を剥奪されるとして、民主党方式の党員集会の風味をなるべく残すことが優先された。アイオワ州民主党内では旧来の「リアル」の党員集会を衰退させたくないという動機から、なるべくそちらに有権者を誘導するために、「バーチャル」の10%の枠を拡大することに激しい抵抗があったという。だが、「バーチャル」の票の影響力を制限したことの是非は問われるだろう。また、この制度改正は民主党だけで進んでいるが、共和党や他の党員集会州への将来的な影響は未知数だ。
民主党のアイオワ州民主党中央委員会は4月6日に新制度を満場一致で決め、このあと全国委員会の正式な承認を得る予定だ。しかし、参加方式によって自分の票の重みに雲泥の差があるとなれば、かえって制度の瑕疵を印象付けかねない。敗北候補陣営がアイオワの勝敗の無効性を訴えることも予想される。いずれにせよ、どちらの方式でも、地域住民に自分の政治思想と応援候補をさらして、ときには現場で他人を説得するまでの情熱を参加者に期待する党員集会(特に民主党)で支持を得るには、強固な支持を集めることが欠かせない。民主党各候補は、大は小を兼ねるで、まずは従来型の草の根の活動を重視した州内の支持基盤作りを進めるしかない。
(了)
<補足>本稿は2019年4月掲載時点の情勢である。後に民主党全国委員会は、アイオワ州民主党の決定を覆す形で、2020年党員集会では「バーチャル・コーカス」導入を許可しないという、アイオワ州民主党の予想に反した厳しい判断を下している。以下続報も参照。(2019年12月5日)
- アイオワ州民主党「2020年アイオワ党員集会関連文書」
<https://iowademocrats.org/2020-more-caucus-documents/>
(2019年4月14日参照)。
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