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論考シリーズ | No.190 | 2026.1.22
アメリカ現状モニター

アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑧
大量破壊兵器としてのフェンタニル、その政治的意味とは?

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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2025年12月15日、トランプ大統領はフェンタニルを「大量破壊兵器」であると位置付けた。この発言は、ベネズエラ等への軍事行動を正当化するためのレトリックであると評されることが多い1。しかし同時にそれは、フェンタニルという、本来は公衆衛生の問題として理解されてきた事象を、国家安全保障問題として語り直す試みでもあったと考えられる。このような議論の枠組みの転換によって、共和党はフェンタニル問題を、自らにとってより有利な政治的争点として再構築することに成功したのである。

フェンタニルを含む薬物の過剰摂取による死亡者数は、年間10万人規模に達している。ケースとディートンは、この危機は経済的低迷や社会的孤立などと結びついた「絶望死」の増加が背景にあり、構造的な問題として理解すべきだとした2。こうした視点に立てば、1980年代以降、共和党のレーガン政権に始まる経済政策や社会政策のあり方が、長期的な背景として議論されることも少なくない。

ところが近年の議論の動向を見ると、フェンタニル問題をめぐって攻勢に立っているのは共和党であり、民主党側はしばしば守勢に回っているように映る。この非対称性を強く意識させられたのは、フェンタニル問題について、民主党左派の有力議員であるアレキサンドリア・オカシオ=コルテス(AOC)がこれまでどのような発言をしてきたのかを改めて確認した際であった。注目すべきことに、彼女がこの問題について積極的に語った事例はほとんど見当たらないのである。

経済的・社会的要因が深く関わるとされてきたフェンタニル問題が、なぜ、今日では共和党にとって「勝てる争点」となっているのだろうか。本コラムでは、この問いに対して、個別政策の是非を論じるのではなく、政治的フレーミングから生じる制約に注目して考えてみたい。

フェンタニル問題の政治的特異性

フェンタニル危機の政治的特異性は、この問題が単一の政策領域に収まらない点にある。過剰摂取や依存症への対応という意味ではこの問題はヘルスケアの問題であるが、国内での密売に関しては犯罪対策、国外からの流入に関しては国境管理や外交とも深く関係してくる。

一つの政策領域に収まる問題であれば、専門的知見に基づいた議論が重視されやすい。しかし、複数の領域が交差するフェンタニル問題は、どの専門性を優先すべきなのかという議論も混在することもあり合意が形成されにくい3。そして、近年高まっている専門知に対する批判的潮流も重なり、フェンタニル問題は、専門的議論を飛び越えた形で、恐怖や怒りといった感情が動員されやすくなる。実質的な兵器ではないフェンタニルが「大量破壊兵器」と表現されても大きな反発を招かなかった背景には、こうした領域横断的問題が持つ、感情の動員を伴う政治的構造があると考えられる。

共和党のフレーミング:「大量破壊兵器」として語られるフェンタニル

トランプ政権におけるフェンタニル危機の語りは、一貫して「外部からの攻撃」というフレーミングに基づいている。フェンタニルを製造・流通させるメキシコの麻薬カルテル、そしてそれを十分に取り締まれないとされるメキシコ政府、さらにフェンタニルの原料(前駆体)の製造や違法輸出を黙認しているとされる中国政府。これらの主体は、アメリカを攻撃する主体として描かれ、そこから国を守ることが連邦政府の役割であると位置付けられる。

こうしたことを見ると、「大量破壊兵器」という政治的レトリックが用いられる以前から、フェンタニル危機はすでに「他国からの攻撃を受けている」というナラティブの構造の中に置かれていたと言える。その結果、この問題に関する言葉は変化する。公衆衛生は戦争へ、治療は防衛へ、患者は被害者あるいは国民全体として置き換えられていく。そうなると、その対策として想定されるのは、国境管理の強化、治安維持、さらには排外主義を伴う外部遮断となる。

さらにこのフレーミングは、国内にも敵を設定する。フェンタニルの流通を結果的に容認してきたとされる勢力は攻撃の対象となり、トランプ政権にとってそれは民主党であり、グローバリストである。こうしてフェンタニル問題は、「誰がアメリカを攻撃しているのか」「誰がアメリカを裏切っているのか」を語る政治的装置として機能するのである。

民主党のジレンマ:ヘルスケアとして語りづらいという問題

フェンタニル問題で攻勢を強める共和党に対して、民主党は守勢に立たされている。民主党は、フェンタニル問題を、公衆衛生、治療、医療アクセスの問題として語ろうとしてきた4。このフレーミング自体は、問題の性質を踏まえた妥当なアプローチであることに疑いはない。しかし問題は、その政策効果が政治的に可視化されにくいという点である5。

医療アクセスの改善に踏み込むと、より多くのステークホルダーを巻き込むため制度改革に時間を要する。また、依存症患者や過剰摂取による死者がどの程度減少すれば政策の成果と評価できるのかは明確になりにくい。何より、こうした政策は即効性を持たず、中長期的計画に基づいて地道に継続していくことが不可欠である。その結果、フェンタニル対策は選挙での目玉にはなりづらく、政治的には優先順位が下がってしまうのである。

そこに共和党側から、明確な敵を想定した「大量破壊兵器」という言葉が出ると、民主党はさらに厳しい立場に追いやられる。フェンタニル問題が戦時体制を模した構造に押し込められると、予防や治療による解決よりも、刑事罰や取締り強化を全面に出す議論が優勢となる。AOCがフェンタニル問題について積極的な発言を控えてきた背景には、こうした言説空間に引き寄せられ、特定の語り方が政治的批判を招きやすいということへの警戒があったと考えるのが自然であろう6。

もっとも、治療アクセスの改善や依存症に対するヘルスケア的対応が、政治の場で全く議論されなかったわけではない。成立には至らなかったものの、2021年にはOpioid Treatment Access Act、2023年にはModernizing Opioid Treatment Access Actが、いずれも超党派で提出された7。しかしこの時期には、民主党は大統領職を掌握していたものの、上院におけるフィリバスター(少数派が討論を引き延ばすことで行う議事妨害行為)という制度的制約に加え、コロナ禍対応を中心とした党内の政策優先順位の中で、これらの法案に政治的資源を集中させる余地は限られていたと考えられる。

さらに、バイデン政権においても、フェンタニル問題は次第に治安・国境・国家安全保障の文脈で語られる比重が高まり、治療アクセス拡大等の公衆衛生的アプローチは相対的に優先順位が下がっていった。その帰結として、「外部からの攻撃」や「ヘルスケアよりも刑罰」の語りが前面に出たのが、前回のコラムで述べた2025年7月にトランプ政権下で成立したHalt Fentanyl Actである。

まとめ:遠のく根本的解決

フェンタニル危機をめぐって、トランプ政権が用いる「防衛」という言葉は、民主党が重視してきた「ケア」という言葉に比べると、明確で強い政治メッセージとして受け取られやすい。その結果、フェンタニル問題は、民主党にとっては「語りにくい現実」となり、共和党にとっては「攻撃の武器」として機能している。

論理的に考えれば、供給側の管理や取締りを重視するアプローチと、需要側である依存症や医療アクセスの問題に対処するアプローチは、本来、同時に進められるべきである。しかし、深く分極化された現在のアメリカ政治において、こうした総合的な対応が実現する可能性は高くない。問題が一つの「語り」に回収されていくと、別の解決策は排除されていくのが今の状況である。

オピオイド関連死は累計で100万人を超え、その状況は国家的危機の水準に達しているというのは正しい指摘であろう。それにも関わらず、アメリカン・デモクラシーは、この危機に対して包括的で持続可能な解決策を生み出せないでいる。フェンタニル危機は、単なる薬物問題ではなく、複雑な社会的リスクが起こった時に、民主主義がどのように対応できるのかという、より根本的な問いを突きつけていると言える8。

(了)

  1. 例えば以下を参照。Trevor Hunnicutt, “Trump brands fentanyl a ‘weapon of mass destruction’ in drug war escalation,” Reuters, December 16, 2025, <https://www.reuters.com/world/us/trump-says-he-will-sign-executive-order-classifying-fentanyl-weapon-mass-2025-12-15/>, accessed on January 7, 2026. なお、ベネズエラはアメリカに向けたコカインの流通経路の一部になってきたことは、これまでも国際機関やアメリカ政府によって指摘されてきた。その一方で、違法フェンタニルの流通に大きな役割を果たしているという主要メディアによる報道は今のところは確認できない。それにも関わらず、フェンタニルが強調される背景は、長年問題視されてきたコカインを理由とした場合には「なぜ今この段階で軍事行動が必要なのか」という説明が難しいのに対し、近年急速に社会問題化したフェンタニルは、強硬策を正当化しやすい政治的言語として機能しうる、という事情があると考えられる。(本文に戻る)
  2. Anne Case and Angus Deaton, Deaths of Despair and the Future of Capitalism (Princeton, NJ: Princeton University Press, 2020).(本文に戻る)
  3. Guy Peters, “What is so wicked about wicked problems? A conceptual analysis and a research program,” Policy and Society, vol. 36, no. 3 (2017): 385-396, <https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.1080/14494035.2017.1361633?needAccess=true, accessed on January 7, 2026.(本文に戻る)
  4. Maria Pyra, et al., “Support for Evidence-Informed Opioid Policies and Interventions: The Role of Racial Attitudes, Political Affiliation, and Opioid Stigma,” Preventive Medicine, vol. 158 (May 2022): 107034, <https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35339585/> accessed on January 7, 2026.(本文に戻る)
  5. バイデン政権下では、オピオイド危機の拡大に関与したパデュー・ファーマおよびサックラー家に対する州政府・地方自治体による訴訟が進められた。連邦政府が直接の原告になったわけではないが、これらの訴訟についてバイデン政権は政治的な支持がなされ、数百億ドル規模の和解金を通じて州政府などが治療や予防事業の財源を確保する成果を上げた。一方で重要なのは、こうした法的措置は、フェンタニルを中心とする現在の違法薬物市場の構造や、同問題をめぐる政治的言説の枠組みを直接的に変えるものではなかったと言える。(本文に戻る)
  6. なお、オピオイド問題は当初、白人労働者層を中心に広がった社会問題であった。そのため、移民や人種的不平等などのマイノリティ問題を主要な争点としてきた民主党にとっては、必ずしも従来の政治的争点と重なりにくく、結果として政治的優先順位が高くなりにくかった可能性も考えられる。(本文に戻る)
  7. 内容や提出者については以下を参照。Opioid Treatment Access Act, H.R. 6279, 117th Cong. (2021), Congress.gov, <https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/6279; Modernizing Opioid Treatment Access Act, S. 644, 118th Cong. (2023), Congress.gov, <https://www.congress.gov/bill/118th-congress/senate-bill/644> accessed on January 7, 2026.(本文に戻る)
  8. 薬物関連死は直近の統計では減少傾向を示している。しかし、その背景についてはなお議論の余地があり、また減少したとしても、依然として危機的な水準にあることには変わりない。Mike Stobbe, “US overdose deaths fell through most of 2025, federal data reveals,” AP, January 15, 2026, <https://apnews.com/article/overdose-deaths-cdc-fentanyl-8e3a42544f57eea6a9af3be541178a4d>, accessed on January 7, 2026.(本文に戻る)

「アメリカを揺さぶるオピオイド危機」シリーズ

  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑦ フェンタニルを止めろ!」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑥『米国へのフェンタニル密輸、日本経由か』の衝撃
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑤ トランプの関税政策と違法薬物問題との『ズレ』」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機④ 「絶望」にはワクチンも治療薬もない」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機③ 新型コロナ感染症 vs. オピオイド依存症」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機②」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機①」
 

その他関連の論考

  • 山岸敬和「医療保険をめぐる政治の『地滑り』―ハリス、ワルツ、ヴァンスの影響
  • 山岸敬和「2024年大統領選挙におけるオバマケア」
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