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論考シリーズ | No.179 | 2025.2.15
アメリカ現状モニター

アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑤
トランプの関税政策と違法薬物問題との「ズレ」

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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トランプ大統領が、中国、メキシコ、カナダを対象とする関税引き上げについて語る時、その理由として挙げるものの一つしてアメリカに不法に輸出される合成麻薬がある。この合成麻薬というのは主にフェンタニルというものである。

以前のコラムでも書いているように、フェンタニルというのはオピオイドの一種である。オピオイドはケシの実から生成される麻薬性鎮痛薬や、化学薬品から作られそれと同様の作用を示す合成鎮痛薬の総称である。ケシから採取されるアヘンから生成されるモルヒネは日本でも広く知られている。半合成オピオイドにはオキシコドン等があり、フェンタニルは合成オピオイドに含まれる。

最初から違法に麻薬性鎮痛剤を入手する者もいるが、最初は処方薬であったものを必要以上に摂取することで常習性が生じる者も少なくない。多量の服用を続けることによって、日常生活にも支障をきたすようになり、中毒死に至るケースも出る。オピオイドの乱用による経済損失は、2021年時点で年間785億ドルと推測されている1。

関税問題で出てくる合成麻薬の問題とは何か?それらはなぜ関連づけられるのか?合成麻薬がアメリカでどのように大きな問題になったのか?第一次トランプ政権の時にトランプと習近平の間で、中国が輸出を規制するという合意があったはずなのに、その後どうなったのか?第二次トランプ政権では、オピオイド問題に対してどのような政策が行われる見通しなのか?本コラムではこのような疑問に答えたい。まずは、オピオイド問題を深刻化させたパーデュー・ファーマについて話を始めたい。

サックラー家の「罪」

処方薬としての鎮痛剤が急激に広まった当初は、主に摂取されていたのはフェンタニルではなかった。半合成オピオイドのオキシコドンであった。パーデュー・ファーマはアメリカ食品医薬品局の認可を受けてそれを「オキシコンチン」という商品名で販売した。時間が経つにつれ、その中毒性をパーデュー・ファーマも認識するところとなったが、対応を怠ったことが大きな問題であった。パーデュー・ファーマを創立し経営の中心にあり続けたサックラー家がその責任を追求された。

パーデュー・ファーマは1892年に設立された製薬会社である。それを1952年、レイモンド・サックラーとモルティマー・サックラーの兄弟が買収した。この兄弟にはもう一人アーサー・サックラーという兄がいた。この兄は買収に直接関わらなかったが、彼がパーデュー・ファーマを躍進させる原動力となった。彼はそれまでの医薬品販売の常識を変える広報戦略を採ったのである。

まず、医薬品のマーケティングの対象を患者ではなく医師にした。医学ジャーナル等に広告を掲載する、医療関係者等を雇用して医師を個別訪問するなど新しい戦略を実行した。その他、医師、研究者、その他団体等の組織を含めて、医薬品の使用を促進してもらうことに対して報酬を提供した2。アーサー・サックラーは、現代では多くの医薬品企業が採用している販売促進法を生み出した人物であったと言える。この革命的な医薬品販売の手法は、パーデュー・ファーマの大躍進に寄与したが、オピオイド問題から考えると、それが仇になったと言える。

パーデュー・ファーマは1996年に鎮痛剤オキシコンチンを開発し販売を始めた。それまでに発展させた販売戦略を使い、その利点や安全性を訴えるために多くの医師や看護師を雇って現場の医師に処方してもらうように働きかけた。時間が経過するにつれ、オキシコンチンの危険性が医療現場から伝わってきても、「薬が悪いのではない。乱用する者が悪い」という基本的な姿勢によって積極的な対応を行わなかった3。

2000年代に入ると、次第にオキシコンチンに対する規制が厳しくなり、薬物依存者たちはより安価で効き目が強い非合法フェンタニルを使用するようになった。効き目が強い分だけ少量になり、密輸・密売も容易となった。そこから一気にフェンタニル依存者が増えていった。処方薬としての入手では限界があるため、違法に輸入されることが多くなり、同時に粗悪品も増加した。フェンタニルのこのタイミングでの流通は、オキシコンチンの爆発的な流通がなければ起こらなかっただろうということが、サックラー家が「死の罠」の仕掛け人と呼ばれる所以である4。

2021年9月、パーデュー・ファーマが和解金として45億ドル(6,750億円)を、訴えを起こした州等に支払い、2024年までに解散するという判決が破産裁判所で出された。しかし同時にサックラー家に対するそれ以上の請求権を放棄させるとされたため、州政府は、その判決はサックラー家に有利なものであり無効であると主張した5。

2024年6月、連邦最高裁の判決により2021年判決は無効であるとされた6。そして2025年1月、新たな和解が行われ、和解金は74億ドルと増額された7。その大部分は最初の3年間に分割して支払われ、オピオイドの犠牲者やその家族への救済金としたり、治療施設等に充てたりする等、州政府の判断で使途が決められる。

サックラー家は、これまで世界中の大学、美術館などの施設、その他の慈善事業に多額の寄付を行ってきた。例えば、ニューヨークのメトロポリタン博物館にはサックラーの名前を冠した施設が複数あったが、それらの名称は排除された。オキシコンチンの販売による利益が基になった寄付に対する反発が原因だった。オキシコンチンが世に出回る前の寄付も中に混在するが、オピオイド危機を起こした重要なアクターであるということで、それも含めて社会的制裁を受けることになった。

トランプにとってのオピオイド危機

オピオイド問題に対して、トランプは第一次政権の2017年10月に「公衆衛生上の非常事態宣言」を出した。翌年には、フェンタニルの最大の供給源は中国だとし、トランプは習近平と直接交渉した結果、フェンタニルを規制薬物に指定することに同意させ、2019年5月にそれが実施された8。

しかし、習近平の約束にも関わらず被害状況は改善されなかった。中国からはフェンタニルの錠剤が不正輸出されることは減ったが、フェンタニルを生成するための化学物質を輸出し、メキシコやカナダで生成して、そこからアメリカに密輸するということが増加した。アメリカ国内では取り締まりが厳しいため大規模な製造所を稼働させることは難しいが、特にすでに麻薬カルテルが存在したメキシコでは、フェンタニルを低い人件費で大量に生成する組織が存在していたのである。麻薬カルテルは車の部品に隠したり、船荷に紛れさせたりしてアメリカに密輸を行ってきた9。

トランプは、中国、メキシコ、カナダはこのようなアメリカへの非合法フェンタニルの流入を防ぐ努力をしていないとして、その報復として関税をかけると主張しているのである。アメリカにおけるオピオイド問題の責任は、この3カ国にあると主張しているのと同じである。その一方で、サックラー家の罪とその罰についてはメディアでも大きく取り上げられたが、トランプはサックラー家については特別に言及するようなことを今までしてこなかった。これにはいくつかの要因が考えられる。

第一に、トランプはオピオイドの問題を、外交問題と関連させて論じる方が政治的利益を得られると判断したと考えられる。オピオイド問題を、中国の責任、中継点としてのメキシコやカナダの責任とした方が、中国に対して厳しい姿勢で臨むというトランプの全体の方針に沿っているし、三国に特別な関税をかけるための、または関税をかけると脅すための理由にもなる。

これに関係する第二の点だが、オピオイド問題を、国内問題とした場合、サックラー家を非難するだけでは済まなくなるという点が挙げられる。オピオイド問題を根本的に解決するためには、違法薬物を使用する社会的な原因にまで踏み込んでいかなければいけなくなる。トランプは基本的に、民主党が重きを置く予防的措置よりも、違法薬物ディーラーの取り締まり強化の方を訴える。しかしそれでも最終的には、オピオイドの問題は、貧富の格差の拡大、人種問題、社会の中の不満や孤独等の問題と向き合わないと解決しない。こうした難問であるため、「ディールを勝ち取ること」、「勝利すること」が重要なトランプにとっては、オピオイド問題を国内の問題とはしたくないと考えられる。だから、トランプはオピオイド問題を外交問題に「ずらした」のである。

ただ、副大統領のJ.D.ヴァンスは、著書『ヒルビリー・エレジー』(2016年)で書いているように、母親やコミュニティ全体がオピオイド問題に苦しんだのを目の当たりにしてきて、解決策の難しさは認識しているだろう10。また、保健福祉省長官(HHS)として指名されたロバート・F・ケネディJr.は、これまでもサックラー家に対しては非難をしてきた。ケネディは、HHSにある食品医薬品局(FDA)と関連業界とが癒着をしていて薬品の認可プロセスが歪められて、その結果、子供たちを含めて多くの人々が被害にあっていると主張しており、サックラー家の問題もそれに当たると考えている。サックラー家を「利益のために何千ものアメリカの子供たちを故意に殺したギャング一家」と発言もしている11。

オピオイドによる死亡者数は、自動車事故よりも多い12。多くの人が依存症に苦しみ、亡くなっている。またその家族も苦悩に満ちた生活を余儀なくされている。第二次トランプ政権が、様々な政治力学の中でオピオイド問題にどのように対処していくのかに注目したい。

(了)

  1. 渡辺由佳里「オピオイド依存症の深刻な社会問題を引き起こした、サックラー一族の壮大な物語」『ニューズウィーク日本版』2021年7月20日、<https://www.newsweekjapan.jp/watanabe/2021/07/post-77.php>, accessed on February 12, 2025. (本文に戻る)
  2. サックラー家の歴史やオピオイド問題における関与については以下を参照。Patrick Radden Keefe, Empire of Pain: The Secret History of the Sackler Dynasty (New York: Doubleday, 2021)(本文に戻る)
  3. 渡辺「オピオイド依存症の深刻な社会問題を引き起こした、サックラー一族の壮大な物語」、前掲。(本文に戻る)
  4. Bethany McLean「アメリカ史上最悪の処方薬──オピオイドを販売するサックラー一家」『GQ』、<https://www.gqjapan.jp/culture/article/20191014-bitter-pill>, accessed on February 12, 2025. (本文に戻る)
  5. Jan Hoffman, “Purdue Pharma Is Dissolved and Sacklers Pay $4.5 Billion to Settle Opioid Claims,” The New York Times, September 1, 2024, <https://www.nytimes.com/2021/09/01/health/purdue-sacklers-opioids-settlement.html>, accessed on February 13, 2025;“Oregon Objects to Purdue’s Bankruptcy Plan Granting Legal Shield to Sackler Family,”Oregon Department of Justice, July 19, 2021, <https://www.doj.state.or.us/media-home/news-media-releases/or-objects-to-purdues-bankruptcy-plan-granting-legal-shield-to-sackler-family/>, accessed on February 12, 2025. (本文に戻る)
  6. Geoff Mulvhill, “The threat of litigation looms as Purdue Pharma returns to settlement talks,” AP, July 10, 2024, <https://apnews.com/article/purdue-pharma-sackler-bankruptcy-supreme-court-mediation-9051c511064a532782df3fd78de05636>, accessed on February 13, 2025. (本文に戻る)
  7. Geoff Mulvhill, “Purdue Pharma and owners to pay $7.4 billion in settlement of lawsuits over the toll of OxyContin,” AP, <https://apnews.com/article/purdue-pharma-sackler-settlement-opioid-lawsuits-ea6c89aa9cafc8fdd18fabfad503eeea>, accessed on December 26, 2024. (本文に戻る)
  8. “Statement from the Press Secretary Regarding the President’s Working Dinner with China,” The White House, December 1, 2018, <https://trumpwhitehouse.archives.gov/briefings-statements/statement-press-secretary-regarding-presidents-working-dinner-china/>, accessed on February 12, 2025; Yanping Bao et al., “Control of fentanyl-related substances in China,” The Lancet, July 2019, 2019, <https://www.thelancet.com/journals/lanpsy/article/PIIS2215-0366(19)30218-4/fulltext>, accessed on February 12, 2025. (本文に戻る)
  9. Joel Rose, “Who is sneaking fentanyl across the southern border? Hint: It's not the migrants,” NRP, August 9, 2023, <https://www.npr.org/2023/08/09/1191638114/fentanyl-smuggling-migrants-mexico-border-drugs>, accessed on February 14, 2025. (本文に戻る)
  10. J.D.ヴァンス、関根光宏、山田文訳『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社、2017年)。(本文に戻る)
  11. Jeremy Loffredo, “Sackler Family of Purdue Pharma Keeps Their Billions Amid Opioid Crisis,” Children’s Health Defense, October 6, 2020, <https://childrenshealthdefense.org/news/sackler-family-purdue-pharma-opioid-crisis/?fbclid=IwY2xjawIaOYZleHRuA2FlbQIxMQABHVXXfX6TdL3KDOvO9WQDJOwFIDPpkBeYakBB8l4Sl73vlNEr8t9jUGUmQw_aem_Dco4LZSHh6gn5_4QYaWEyA>, accessed on February 13, 2025.  ケネディJr.が医療政策に与える影響については以下で論じている。山岸敬和「トランプ政権二期目におけるヘルスケア政策―ケネディ指名に見る政策の行方―」『安全保障研究』第6巻4号、2025年1月、<http://ssdpaki.la.coocan.jp/proposals/179.html>, accessed on February 12, 2025. (本文に戻る)
  12. Katharina Buchholz, “Opioids More Likely to Kill Than Car Crashes or Suicide,” Statista, August 30, 2024, <https://www.statista.com/chart/16647/the-lifetime-odds-of-dying-from-selected-causes/>, accessed on February 12, 2025.(本文に戻る)

「アメリカを揺さぶるオピオイド危機」シリーズ

  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機④ 「絶望」にはワクチンも治療薬もない」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機③ 新型コロナ感染症 vs. オピオイド依存症」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機②」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機①」
 

その他関連の論考

  • アメリカ現状モニター「米国選挙(中間選挙・大統領選挙)関連論考などまとめ」
  • 山岸敬和「医療保険をめぐる政治の『地滑り』―ハリス、ワルツ、ヴァンスの影響
  • 山岸敬和「2024年大統領選挙におけるオバマケア」
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