2024年大統領選挙におけるオバマケア
山岸 敬和
アメリカ大統領選挙において医療政策は重要争点であり続けている。次回の2024年大統領選挙で最も重要な争点とは何かを聞いた世論調査の結果は、上位から、経済(31%)、民主制のあり方(20%)、医療(9%)、移民(8%)、気候変動(8%)、犯罪(7%)、銃規制(6%)となった1。次の選挙でも医療は相変わらず重要争点となることが予想されている。
しかし次回の選挙ではこれまでの大統領選挙と比べて、「医療」の中身が違ってくると考えられる。その大きな原因は、オバマケアをめぐる政治的争いがコロナ禍を経て大きく変化したことにある。2022年7月に執筆した論考では同年11月中間選挙に向けての民主党と共和党のオバマケアに対する難しい立ち位置について書いたが、今回は、来年2024年の11月に行われる大統領選挙に向けて、オバマケアを含む医療政策がどのような争点になるのかについて論じてみたい。
オバマケアの現状
3月23日、バイデン政権は、オバマケアの13回目の記念日を祝った。バイデン大統領はそのスピーチの中で以下のように述べた。「(オバマケアは)1965年に成立したメディケアとメディケイド以来、最も社会的にみて重要な医療関係の立法であるということについてはほとんどの人々が同意してくれると思う2」。コロナ禍は、アメリカの医療保険制度の欠陥を浮き彫りにさせたと同時に、人々に対して医療保険の必要性について教える機会にもなった。
バイデン政権は、2021年3月に米国救済計画法、そして2022年8月に米国インフレ抑制法に署名した。その中には、オバマケアによって保険に加入する人々に対する補助金の増額等も含まれた。その効果もあり、2022年には無保険者の割合が人口比8%という歴史的に低い水準まで低下した。世論もオバマケアに賛成する向きを強め、2023年3月には初めて賛成が60%を超えて62%となった(成立後の最低は2013年11月の33%)3。
13年目を迎えたオバマケアは、コロナ禍をはさみ世論の支持を拡大しながら、当初の目標である無保険者の削減という目標に向かって着実に歩みを進めたと言える。
高まるオバマケアの必要性
ジョージタウン大学医療保険改革センター教授のリンダ・ブランバーグ氏によると、トランプ政権が誕生する頃から明確に風向きが変わってきたという。しかしコロナ禍が大きな影響を及ぼしたとして以下のように述べる。「トランプ政権が発足する過程の中で私たちは、もしオバマケアが廃止された場合にどのような影響が出るのかについて、データや見通しについての情報を提供しました。そしてその情報を基に有権者はオバマケアから受ける恩恵を失わないようにするために議員に働きかけました。そしてコロナ禍によってオバマケアがセーフティネットの役割を果たしていることが再認識されたことで、有権者はその働きかけをさらに強化したのです」4 。
特にブランバーグ氏は、メディケイドの重要性が高まったと指摘する。オバマケアは、基本的に雇用関係で医療保険に加入できない人々のための仕組みであり、この人々をプールするために医療保険交換所を設立し、さらに補助金を提供する。そしてそれでも保険に加入できない人々のために医療扶助であるメディケイドの受給資格を緩和する、これらがオバマケアの大きな柱である。
メディケイドの受給要件の緩和については州ごとの判断となる。コロナ前の2019年11月時点では共和党が強い14の州がメディケイドの拡大を拒んでいた。しかし2023年5月までに、それが10州に減った。最近では2023年3月にノースカロライナ州が拡大することを決めた。これによって、毎月5.5億ドルの連邦補助が得られるようになり、60万人以上の州民が医療へのアクセスを手に入れることができる。民主党知事の提案に当初反対をしていた共和党議会が一転して成立させたことは大きく報じられた5。
また前述のようにコロナ禍における立法により、医療保険取引所での保険購入のための補助金も増額され、さらに受給するための所得基準も緩和された。これによって財政負担が大きく軽減された家庭は多い。しかし米国インフレ抑制法は2022年から3年間の時限がついていて、途中で大統領選挙が行われる。ただ、保険料がインフレの影響で上昇していることもあり、この補助金をめぐっては共和党も真っ向から反対することができない状況になっている。アメリカン・エンタープライズ研究所シニアフェローのジョー・アントス氏は「誰かに何かを与えない政策と、誰かがすでに持っているものを取り上げる政策とは政治的な意味が全く違う6」と述べる。まさにこれは民主党にとってはコロナ禍の災いが福に転じた形になったことを示すと言えよう。医療保険取引所への連邦政府補助の増額もメディケイドの拡大も、コロナ禍によって政策の定着が推し進められた結果である。
争点はコスト抑制、その他へ
中間選挙では民主、共和両党にとって「地雷争点」であると以前の論考で指摘した。共和党はオバマケアの受益者が増えていく中でオバマケア廃止を訴えることは難しい。他方、民主党は争点に踏み込みすぎると、民主党版オバマケア廃止案であるメディケアフォーオール案を支持する左派を刺激することになる。したがって両党とも、オバマケアをめぐって戦うことを回避すると論じた。2024年大統領選挙も同様な構図になると考えられる。
医療保険取引所における補助金の継続問題については、財政保守の共和党議員は廃止を主張する。しかし補助金は保険会社への間接的な補助金という役割も果たしており、選挙資金の提供を含むロビー活動が盛んな保険業界を敵に回して選挙を戦おうとする議員は党派を問わず多くない。
2024年大統領選挙では、オバマケアは「民主党死守vs共和党廃止」というような明確な構図にはならない。政策内容について議論するというよりも、お互いのイデオロギーの違いを際立たせるための例としてオバマケアが使われると理解した方が正しいであろう。
ただオバマケアによっても、なお解決できていない医療問題がある。それは医療費の高騰問題である。オバマケアの主の目的は無保険者の削減であり、医療費の抑制ではなかった。医療費を抑えようとすると、医師や病院等への報酬抑制に踏み込まないとならなくなり政治的に非常に困難である。それを避けるためと言ってもよいが、最近注目されているのは医療費高騰の一因となっている処方薬の価格を抑制するための政策である。さらに、病院やクリニックが統合されることにより競争がなくなり医療サービスの価格が上がる問題や、病院でもない場所で病院施設使用料が請求される問題などが注目を集めている。
またこれは医療と宗教や女性の権利にまたがる問題であるが、中間選挙で大きな争点になった中絶問題は引き続き政治争点になる。いずれにしても、自分自身の生き方を決める個人の権利を重要視するアメリカの政治文化の中では、それに政府権力が介入しようとする政策は激しい議論を呼ぶ。次回の選挙ではオバマケアをめぐる政治的争いのトーンは低下するであろうが、医療政策は有権者の問題関心の中心の一つであり続けることは間違いない。
(了)
- Domenico Montanaro, “Poll: Dangers for both parties on the economy, crime and transgender rights,” NPR, March 29, 2023, <https://www.npr.org/2023/03/29/1166486046/poll-economy-inflation-transgender-rights-republicans-democrats-biden>, accessed on May 1, 2023. (本文に戻る)
- The White House, “Remarks by President Biden at an Affordable Care Act Anniversary Event,” March 23, 2023, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/03/23/remarks-by-president-biden-at-an-affordable-care-act-anniversary-event/>, accessed on May 1, 2023. (本文に戻る)
- The Kaiser Family Foundation, “KFF Health Tracking Poll: The Public’s Views on the ACA,” March 30, 2023, <https://www.kff.org/interactive/kff-health-tracking-poll-the-publics-views-on-the-aca/#?response=Favorable--Unfavorable>, accessed on May 1, 2023. (本文に戻る)
- Linda Blumberg氏への聞き取り調査(対面、2023年3月16日)。(本文に戻る)
- Sheryl Gay Stolberg, “North Carolina Expands Medicaid After Republicans Abandon Their Opposition,” The New York Times, March 27, 2023, <https://www.nytimes.com/2023/03/27/us/politics/north-carolina-medicaid-expansion.html>, accessed on May 2, 2023. (本文に戻る)
- Joseph Antos氏への聞き取り調査(対面、2023年3月17日)。 (本文に戻る)