民主党大統領候補としてのジョー・バイデン
渡辺 将人
ジョー・バイデン元副大統領にとって今回の大統領選挙は待ち望んだ「本命選挙」だ。2008年の出馬では泡沫集団の一人としてアイオワで早々に脱落した。オバマ政権の副大統領として、 2012年には幻の再挑戦のチャンスもあった。オバマが1期で引退の噂が出回った際、バイデンとヒラリーで指名争いの可能性があった。2016年も最後まで出馬説が流れた。「3度目の大統領選敗退で惨めな政治家人生の終わり方は避けるはず」「家族愛の強いバイデンは家族の要望があれば敗北承知で出る」という2つの見立てに割れていた。バイデンは結局、2016年をヒラリーに譲った。バイデンが参入すれば、穏健派票をヒラリーと分け、サンダースがリベラル票を独占し有利になることが予測されただけに、バイデンの判断にヒラリー陣営は感謝した。
そうした経緯から、2016年のヒラリー敗北後、バイデン待望論が再浮上し、民主党支持者と無党派層対象の各種調査で、2020年大統領選挙に望ましい候補にサンダース、ウォーレンと共に名を連ねてきた。1940年以降の副大統領で大統領に立候補もせず、大統領にもならず、という人はアルベン・バークリー、スピロ・アグニュー、ディック・チェイニーしかおらず、民主党内の非進歩派の非大卒白人の票を得られるバイデンへの待望論は止まなかった。オバマ政権の副大統領として黒人票で優位で、非大卒の白人労働者に親しみがあり、カトリック信徒でもある。外交・政策エリートにも近い。年齢と「過去の人物」という印象を乗り越え、リベラル系候補が乱立する民主党内で、穏健票を単独で独占できれば、総票数では有利な可能性も指摘されてきた。
しかし、バイデンについて否定的な見解も少なくない。ジェニファー・ルービンは、バイデン陣営について6つの問題を投げかけている1。第1に、本選で「当選可能性」がある民主党候補がバイデンだけではないとすればどうするのか、という問いだ。トランプを打ち負かすにはバイデンが必要だと民主党支持者に納得させなければならない。第2に、なぜ外交政策を武器にしないのかだ。バイデンの得意分野は外交だ。外交がいつにも増して焦点化されていない民主党予備選挙で、外交でリードすることができるはずなのにバイデンは消極的だ。第3に、バイデンの超党派人脈が武器になるのかの疑問だ。議会経験が長いバイデンは共和党とのパイプ力に自信がある。しかし、左傾化した民主党ではこれはマイナスに映る可能性がある。第4に、女性票が取れるかだ。バイデンはかつて司法委員長時代にアニタ・ヒル問題に非協力的で、女性の評判が悪い。第5に、フィールドでの存在感を増す必要性だ。既に副大統領を経験済みのバイデンは、今回は腰が重く、なりふり構わぬキャンペーンができていないとされる。第6に、「中間層の再生」がメッセージとしてはあまりに曖昧だ、という指摘だ。
筆者はバイデンに立ち塞がる問題に3つの項目を加えたい。第1に、カトリック票の問題だ。人工妊娠中絶に連邦政府の資金を用いることを禁止するハイド修正条項に、バイデンは突如反対を表明し、カトリック信徒を悲しませている。リベラル系のカトリックは移民、人道的外交、再分配重視の経済では「反トランプ」だが、LGBTについては見解保留、中絶反対は譲らない。2004年のジョン・ケリーがそうだったように、カトリック信徒はカトリックの候補者には採点が厳しくなる。女性票に媚びようとしたバイデンの人工妊娠中絶をめぐる左旋回は、カトリック票の喪失につながりかねない。
第2に、オバマだ。オバマ元大統領がバイデンを公に支持するかどうか以前に、バイデンのオバマ政権での実績評価の問題がある。バイデンは優れた副大統領だったという評価の一方、チェイニーのような「影の大統領」ほどの力は持たない一般的な副大統領でもあった。オバマ政権はシカゴ出身の数人の補佐官や顧問がホワイトハウスを支配し、副大統領室の力は相対的に弱かった。オバマが回顧録で副大統領の「活躍」をどの程度描くのかにも評価が左右される。
第3に、バイデンの「政策通」はときにエキセントリックなまでの過度な専門性を持つことから、選挙戦では武器になりにくいことだ。筆者は2008年にアイオワでバイデンと対話したことがあるが、イラク戦争に賛成した過去を清算するための建設的提案に躍起になっていた。集会に議会でメディア向けに配布するための政策提言のリリースを持ち込んで配布していたが、参加者には難し過ぎた。「バイデン政策パケット」と呼ばれたリリースは、「イラク政策」でシーア派、スンニ派、クルドで3つの地域に分割する案を詳細に説明していた。しかし、アメリカ軍の撤退をめぐる議論に終始する当時の民主党内で、イラク統治をめぐる議論は関与継続を印象づけるだけで、「撤退論」一辺倒のなかで不評だった。このときのトラウマから、バイデンは選挙戦で外交通を売りにすることを躊躇している気配がある。敗北した選挙経験の多さは、戦略がぶれる原因を生む。
バイデンの左傾化はますます場当たり的になりつつある。香港のデモに突如賛意を示すも、対中融和的と考えられているバイデンが、筋金入りの対中人権強硬派のペローシを真似しても真実味がでない。キャンペーン初動では政治家歴の長い候補者ほど、政務側近、家族、新規の政治コンサルタントの間で指南が異なり混乱が生じやすい。一部の世論調査専門家の助言に振り回された2008年予備選のヒラリー陣営は典型例だった。バイデンが主導権を自己規制で封印し、「周囲」にただ舵取りを委ねているとすれば前途多難な兆候もうかがえる。
民主党内では、1回目の討論で存在感を見せつけられなかったという否定的評価ながらも、首位はバイデンが当面維持するという見方が濃厚だ。バイデンは高齢の白人男性であり、本選挙で勝利するには、マイノリティ、できれば若手を副大統領候補に選ぶことが有利になる。共和党全国委員会筋が最も恐れる対トランプ・ペンスのチケットは「バイデン・ハリス」の組み合わせだ。「自分が大統領候補になれば女性か人種的マイノリティあるいはその双方を兼ね備えた候補者を副大統領に選ぶ」との意思を何らかの形で示すことは、ウォーレンに「外交」、ハリスに「経験」の不安を感じる支持者には、ある種の補完効果にはなるかもしれない。
(了)
- Jennifer Rubin, "Six Questions for Team Biden" The Washington Post, June 11, 2019,
<https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/06/11/six-questions-team-biden/?utm_term=.4a62023501d5> accessed on July 12, 2019.