「白人」対「白人」
ーイデオロギー的分極化の一側面ー
久保 文明
アメリカのイデオロギー的分極化の重要な背景に人種対立が存在することは周知のとおりであるが、実は多数派である白人の間の亀裂も、その重要な要因である。本稿では、この部分に焦点をあてる。
2016年大統領選挙において、トランプは白人中下層階級の不満や怒りに訴えるのにかなり巧みであった。とくに「忘れられた男女」を語り、「法と秩序」を強調するレトリックは、徹底的に白人ブルーカラー層を念頭においたものであった。前者はフランクリン・D・ローズヴェルトの言葉(実際には「忘れられた人々」)であり、後者はニクソンのレトリックである。二人とも、時代状況は異なるものの、白人労働者票を獲得することにおいて巧みであった。
トランプはどぎつい不法移民批判、自由貿易批判、そして国際主義批判を合体させて公約とし、選挙戦を戦ったが、この立場は既成政治家が想像した以上に効果的であったと思われる。
ここには、エリート対反エリートの対立構図が存在する。反エリート主義の震源は低所得者層、低学歴層、あるいはブルーカラー層であるが、それは二つの陣営に分かれる。富裕者やウォールストリートに反発し、同時に反不法移民と反少数集団のレトリックを支持するのが共和党系白人低学歴層であり、富裕者やウォールストリートに反発しつつも、不法移民や少数集団を標的にすることに反発するのが民主党系白人層と少数集団に属する人々である。きわめて単純化すれば、2016年の選挙で前者はトランプを支持し、後者は民主党の指名争いの段階でサンダースを支持した。
白人の間の亀裂は、若干エスニシティとも関係する。広くはWASPと括られることが多いものの、たとえばスコットランド系、あるいはプロテスタントのスコットランド・アイルランド系移民はしばしばスコッチ・アイリッシュなどと呼ばれるが、遅れて北米大陸に移住したせいもあり、アパラチアの痩せた土地に居住してきた。そこからオハイオや深南部にもさらに転住していくが、社会的上昇を達成しなかった人々に対しては、ヒルビリー、ホワイト・トラッシュ、レッドネックなどのさまざまな蔑称が用意されていた。トランプの地盤となったオハイオ州南部の住人たちも、ケンタッキー、ウェストヴァージニア州等アパラチア山脈地域からの移住者が多い。彼らに共有されているのは、上層階級に対する憤慨と、不法移民やアフリカ系アメリカ人に対する警戒心や敵意である。福祉政策や寛大な移民政策によってこれらの不法移民や少数集団を手助けしていると彼らがみなすエリートに対する怒りは、さらに増幅されることになる。ここに、白人プロテスタント層の間でのアイデンティティの問題が存在する。スコッチ・アイッリッシュの家系に属する『ヒルビリー・エレジー』の著者J・D・ヴァンスが、自らについてWASPに属する人間だと思ったことはないと著書の冒頭で語っているのは印象的である 。1
今日のアメリカにおいて、少数派や女性であれば様々な形の政府の支援がある、という理解をしているアメリカ人は少なくない。今世紀に入って件数は著しく減ったものの、アファーマティブ・アクションはその代表例であろう。少数派や女性であって貧困であれば、政府の支援が得られ、社会の同情も得られる。しかし、「白人男性であればどうであろうか」と、とくに「非成功者」と自分のことをみなす白人は考える。
2018年11月に『ウォールストリート・ジャーナル』が報じた世論調査は、共和党支持者の感覚をよく示している。アメリカ社会は黒人・白人のどちらに有利かを民主党支持者・共和党支持者に尋ねたところ、民主党支持者の82%は「白人の方が得をしている」と答えたが、共和党支持者の80%が「黒人の方が得をしている」と回答している。ちなみに、共和党支持者のほとんどは白人である(図1)2。
同様の違いは、移民一般についての感覚にも表れており、民主党支持者の72%は「移民は国の助けになる」と答えているのに対し、共和党支持者の77%は「国に悪影響を与える」と回答している。
このような文脈において、とくに中下層階級の白人の間に鬱積した怒りは大きい。これは、社会学者アーリー・R・ホックシールドがルイジアナ州の共和党支持者について明らかにした心情でもある。
アメリカの知的世界では、少数派に対して同情が寄せられる。アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、不法移民、女性、性的指向の少数者などがそれに該当し、彼らが被る差別や貧困状態などには頻繁に光が当てられてきた。メディアの態度も同様であり、アフリカ系アメリカ人が多く住む大都市のスラムの貧困についての報道は枚挙に暇がない。
それに対して、白人が直面する問題についてはどうであろうか。極端な場合、すべての白人は白人であるだけで人種差別主義者であるとの言説すら存在する。優位にある人種と位置づけられることは普通である。当然ながら、白人の中にも低所得の人びとは存在するが、それは少数派と比較すると同情、研究、報道の対象になりにくい傾向がある。
ホックシールドは、ヒルビリー、そしてトランプ支持者ともある程度重なる茶会党(Tea Party)支持者の価値観や世界観を知るために、リベラルな町として知られるカリフォルニア州バークレーから、共和党の堅固な地盤であるルイジアナ州に移住し、その住民と対話を重ねた。一見不思議なことに、彼らは環境汚染の深刻な被害に遭いながらも、連邦の環境保護庁の規制に疑念を持ち、環境規制を支持する民主党ではなくそれに反対する共和党に投票し続ける。
ともに住み対話を重ねた結果、彼女が認識するに至ったのが、以下のような社会観が多くの住民に共有されていることである。
アメリカン・ドリームという山頂を目指す人々の長蛇の列がある。自分の前に夥しい人の列があり、待てども待てども前に進まない。後ろを見ると、恐ろしいことにさらに多くの人が待っている。そこには多数の少数派の人びとが含まれる。しかし、待つだけであればまだ辛抱できるものの、彼らにとってもっとも腹が立つことは、辛抱強く、愚直に待っている自分の前に横入りする人々がいることである。それはほとんどの場合、様々な意味での少数派の人びとである。そして、努力しているとは思えない彼らの横入りを助けているのは、連邦政府であり民主党である・・・3。
2016年大統領選挙は、トランプの訴えに敏感に強烈に肯定的に反応する一群の有権者層の存在を浮き上がらせることによって、これまでと異なった集団のアイデンティティの問題を顕在化させた。そして、いうまでもなくこれは政党政治の在り方と密接に関わっている。
ここでは白人対その他の人種という対立構図よりも、むしろ白人内の亀裂が顕著である。これを裏打ちする世論調査が存在する。
1994年から2018年まで、どちらの政党が議会の多数派になることが望ましいかについて尋ねた調査において印象的なのは、同じ白人でありながら、大卒、すなわち高学歴の白人女性と、高卒、すなわち低学歴の白人男性の回答は、1994年にはほぼ同じ数値([16%から18%程度の差で]共和党支持の方が多い)を示していたのに対し、その後差が開き、とくにこの4年では全く逆の方向に向かっている(図2)4。高学歴白人女性では33%の差で民主党支持、低学歴白人男性では42%の差で共和党支持であり、両者の差は75%ともなっている。この傾向は茶会党の登場および台頭の時期に顕著になっており、さらにトランプ登場後も続いているため、茶会党・トランプともに、分断の加速要因として機能しているとみることができよう。高学歴白人女性はセクシュアル・ハラスメント問題などジェンダー、ポリティカル・コレクトネスなどの問題に強く反応して民主党支持を強め、逆に低学歴白人男性は、人種や不法移民問題に、あるいは保護貿易主義に強く感応して共和党支持を強めたと想像できよう。茶会党のオバマケアへの反対は、一部少数集団に対する再分配に対する反対であり、また黒人大統領に対する反感でもあった。さらに、高学歴白人女性の多くは世俗派であるのに対し、低学歴白人男性の多くは信仰派である。ちなみに、高学歴白人男性は若干中央寄りながら高学歴白人女性に近い数値、低学歴白人女性はやや中央寄りながら低学歴白人男性に近い数値を示しており、男女の差より学歴の差の方が大きく作用している。
アメリカ政治におけるアイデンティティ問題は人種、民族、宗教の相違に基づくだけでなく、それらを含みつつ、WASPと言われる白人の主流派内の分裂ないし亀裂が原因となっている。それは、世俗派対信仰派という対立でもあり、ジェンダーやLGBTなどアイデンティティをめぐる対立でもある。さらにそれは同時に「再分配重視の大きな政府」対「リバタリアン的小さな政府」という政府思想の対立でもある。
歴史的には、世俗派と信仰派という分断とは異なる白人間の分断も存在した。南北戦争からおよそ一世紀間は、戦争の記憶に基づいた「南部のWASP」対「北部のWASP」という亀裂が顕著であった。それは黒人差別態勢の存続是非の問題とも密接不可分であった。
現在は、民主党系の世俗派で、大きな政府路線を支持し、グローバリスト的傾向を持つ高学歴白人と、共和党系の信仰派で、小さな政府路線を支持し、反グローバリスト的傾向をもつ低学歴白人の相違と対立が表面化している。
このようななかで、民主党内には深刻な対立が存在する。高学歴のエリートの支持を受ける急進派は、アフリカ系アメリカ人、フェミニスト団体、LGBT系団体との関係を強め、ポリティカル・コレクトネスの主張をますます強めており、とくに大学という空間では様々な成果をあげている。民主党内の労働組合派はそのような傾向に疎外感を感じ、白人支持者の一部は民主党から去りつつある。彼らの多くにとって、トランプの保護貿易主義、強烈な反不法移民のレトリック、孤立主義、ポリティカル・コレクトネスへの抵抗の姿勢はきわめて魅力的に響く。
それに対して、ここ半世紀でプロテスタントとカトリックの歴史的対立と相互の偏見はかなり緩和し、むしろ人工妊娠中絶に賛成か反対かといった対立の方が顕在化している(J.F.ケネディは1960年にカトリック票の78%を獲得したが、2004年に民主党の大統領候補だったJ・F・ケリー(後国務長官)はその52%しか獲得できなかった)。キリスト教徒とユダヤ教徒の長年にわたる対立も、近年保守系キリスト教徒がイスラエル重視の態度を強めているために、かなり和らいでいる。
トランプの登場と彼をめぐる投票状況は、通商政策、移民政策、外交安全保障政策などについて重要な含意を持つ。これまでの長期的変化の延長線上にあるものとして理解できる変化も存在するが、それと逸脱する変化も観察できる。アイデンティティと政党政治の関係の理解にとって、見逃すことのできない問題提起をしていることは確実であろう。
(了)
- J・D・ヴァンス(関根光宏・山田文訳)『ヒルビリー・エレジー-アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社、2017年)、8頁。
- Reid J. Epstein and Janet Hook「米中間選挙が示すもの:二大政党のかい離した世界」『ウォールストリート・ジャーナル』2018年11月9日
<https://jp.wsj.com/articles/SB12048907042135944252204584582901485955992> (検索日:2019年6月19日)。 - Arlie Russell Hochschild, Strangers in their Own Land: Anger and Mourning on the American Right -A Journey to the Heart of our Political Divide, (New York: New Press, 2016), A・R・ホックシールド(布施由紀子訳)『壁の向こうの住人たち-アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』(岩波書店、2018)、A・R・ホックシールド「(インタビュー 米中間選挙2018)心の奥底の物語 米社会学者、アーリー・ホックシールドさん」『朝日新聞』2018年11月9日
<https://www.asahi.com/articles/DA3S13761007.html> (検索日:2019年6月19日)。 - Aaron Zitner and Dante Chinni, "The Yawning Divide That Explains American Politics" The Wall Street Journal, October 30, 2018.