バイデンは「火事場泥棒」か?「変革的大統領」か?
山岸 敬和
4月29日、ジョー・バイデン大統領の「最初の100日」が終わった。1933年の政権発足直後にフランクリン・ローズヴェルトが矢継ぎ早に大恐慌への新たな施策を実施して以降、新政権が誕生し「最初の100日」が終わると、メディアなどでその成果についての評価がなされる。
ニクソン政権以降、政党を問わず多くの政権に関与したデイビッド・ガーゲンは、バイデン政権は「ローズヴェルト以降ベストなものの一つ1」と評する。新型コロナウイルスの蔓延、それによる経済的ダメージ、気候変動、人種間対立など様々な問題が同時並行する中でバイデン政権は発足した。議会は上下両院で民主党が多数を占めるが、共和党との議席数の差は大きくない2。その中でワクチンの普及に成功し、アメリカ救済計画法を成立させ、気候変動問題においてアメリカの世界でのリーダーシップの回復を宣言した。
ガーゲンはローズヴェルトとバイデンの共通点を三つ挙げる。一つ目は、政権の船出直後にケネディの「ピッグス湾事件」やフォード の「ニクソン恩赦」のようなに大きな失敗をしなかったこと。二つ目は、多くの人と一緒に働くことができる気質を備えていること。最後に、プライベートで起こった悲劇を乗り越えた精神的な強さを持っていること。
最初の100日で大きな成果を出したと評されるバイデン大統領だが、ローズヴェルトのようにバイデン政権が「変革的大統領(transformative president)」になれるかどうかとなると、評価が分かれる。革新的な政策を生み出し、既存の党派対立や政治文化にまでにも、大きな変化をもたらすかどうか、ということである。
「火事場泥棒」
トランプ前大統領は新型コロナが蔓延しても公の場所でマスクをせず、いつ着用し始めるのかが大きな話題になった。バイデン大統領の場合には、いつマスクを外すのかに注目が集まった。5月14日になって、バイデン大統領がホワイトハウスから会見場にマスク非着用で現れて話題になった3。
これがなぜ話題になったかと言えば、共和党がバイデンを「火事場泥棒」であると批判してきたからである。共和党は、アメリカ救済計画法は民主党のこれまでの「欲しいものリスト」を実現させたに過ぎず、全体の9%しか新型コロナと直接関係していないと批判した4。結果的に共和党からは法案への賛成票を得ることができなかった。バイデンが議会演説を4月28日に行った時には、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)がワクチン接種済みの人々はマスク着用もソーシャルディスタンスも必要がないとしていた。それにもかかわらず、バイデン大統領はあえて参加者にマスク着用をさせ、人数制限をして危機を演出したと批判された。保守系シンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)のマーク・ティーソンは「パンデミック政治劇場5」と評した。
共和党はさらに、バイデン政権が進めようとしていることは、増税によって経済を停滞させ、過去に否定された古いタイプの福祉プログラムを復活させることになり、失敗することは明らかである、と批判する。
三つの計画がもたらす変化
3月11日に成立したアメリカ救済計画法には、個人向けの現金給付、失業手当の上乗せ、ワクチン普及支援などが含まれた。3月31日に発表されたアメリカ雇用計画では、道路や橋などのインフラ補修、電気自動車の充電ステーションの整備、高速通信網の整備、人工知能や感染症等の研究分野への投資などが謳われた。4月28日に明らかにされたアメリカ家族計画では、コミュニティカレッジや幼児教育の無償化、大学進学支援、保育施設の整備、低所得者や子育て世帯への補助が含まれた。
共和党が指摘するように既存のプログラムの拡充という部分も多いが、その一方でコミュニティカレッジの無償化が実現すれば革新的な政策となる。高等教育の授業料高騰は労働者階級にとっては大きな問題であり、この無償化政策はバーニー・サンダースの目玉政策でもあった。3,250億ドルにものぼる研究への投資も歴史的な増額となる6。
しかし三つの計画は莫大な予算を必要とする。すでに成立しているアメリカ救済計画法は10年間で1.9兆ドル、現在進行形のアメリカ雇用計画は8年間で2.3兆ドル、アメリカ家族計画は10年間で1.8兆ドル、これら三つで総額6兆ドルにもなる7。
財政赤字の拡大を食い止めるために、今回の三つの計画には増税が必要となる8。バイデン大統領は年間の所得が400,000ドル以下の者には増税しないとしており、大企業や富裕層への増税が要となる。
この増税が実現すれば、バイデン政権がもたらす最も「変革的」なものになると言っても良いだろう。レーガン政権以降、富裕層への減税圧力が定着していた。しかし白人労働者階級の疲弊、そしてコロナ禍によって、その状況に変化が起こっている。コロナ禍で莫大な利益を上げた企業が槍玉に上がってもいる。その流れの中で誕生したバイデン政権が、雇用を生み出すインフラ整備、先端技術などの研究、教育、気候変動等での政策を進めていく中で、大きな富の再分配を生み出し、「ビック・ガバメント」を実現すれば、バイデンは「変革的大統領」になりうる。
「変革的大統領」になれるか?
バイデンは「火事場泥棒」か?「変革的大統領」か?というタイトルに答えることで本コラムを閉じたい。新型コロナの苦境が三つの計画を進めるために追い風になったことは間違いない。しかし新型コロナという「火事」が、人種問題や格差問題などアメリカにあった問題を改めて炙り出した。いわば長きにわたって続いてきた火事場を収めるためにバイデン政権は消火活動を行っていると言える。
ローズヴェルト政権時と違うのは、バイデン政権がやろうとしていることの多くが目新しいものではないということである。そしてワクチンが普及しコロナ禍が収束していく中で、これ以上「国家危機」を前面に出して新たな政策を訴えるのは難しい。ただ、もしコロナ禍の後に深刻な経済不況がアメリカを襲うことがあれば状況も変わるだろう。さもなければ、1980年代にレーガンによって否定されたローズヴェルト的な「ビック・ガバメント」とは違った形を、より明確なメッセージで示すことがバイデンには必要となるだろう。現在のスローガンの「Build Back Better(より良い復興)」では、国家危機への対策を平時の政策のパラダイム転換に結びつけるには弱い。それができた時に、正真正銘の「変革的大統領」としてバイデンは歴史に名を残すことになる。
(了)
- David Gergen, “The three striking similarities between FDR and Biden,” CNN, April 26, 2021, <https://edition.cnn.com/2021/04/26/opinions/franklin-roosevelt-joe-biden-100-days-gergen/index.html> accessed on March 18, 2021.
- 上院では同数。賛否同数の場合には、カマラ・ハリス副大統領が兼務する上院議長が決裁票を投じる。
- Matt Viser and Annie Linskey, “‘Better days are ahead’: Maskless Biden marks milestone in virus battle,” The Washington Post, May 14, 2021, <https://www.washingtonpost.com/politics/better-days-are-ahead-maskless-biden-marks-milestone-in-virus-battle/2021/05/13/9ec59392-b429-11eb-a980-a60af976ed44_story.html> accessed on May 18, 2021.
- Barbara Sprunt, “Here's What's in the American Rescue Plan,” NPR, March 11, 2021, <https://www.npr.org/sections/coronavirus-live-updates/2021/03/09/974841565/heres-whats-in-the-american-rescue-plan-as-it-heads-toward-final-passage> accessed on May 18, 2021.
- Marc A. Thiessen, “Opinion: Biden’s speech was pandemic political theater meant to justify a miasma of government spending,” The Washington Post, April 30, 2021, <https://www.washingtonpost.com/opinions/2021/04/29/bidens-speech-was-pandemic-political-theater-meant-justify-miasma-government-spending/> accessed on May 18, 2021.
- Éanna Kelly and John McCabe, “Biden unveils historic $325B research and innovation plan,” Science/Business, April 1, 2021, <https://sciencebusiness.net/news/biden-unveils-historic-325b-research-and-innovation-plan> accessed on May 18, 2021.
- 各計画の要約は以下のジェトロのサイトを参照。
「バイデン米大統領、1.9兆ドルの新型コロナ対策法案に署名、ワクチンの普及加速を次の目標に」<https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/03/e3786c43b1d395e1.html>;
「バイデン米大統領、成長戦略第1弾となる2兆ドル超の『米国雇用計画』発表」<https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/04/e62ad504541e5753.html>;
「バイデン米大統領、成長戦略第2弾となる1.8兆ドルの『米国家族計画』発表」<https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/04/6101a1dd9a676a97.html>, accessed on May 18, 2021. - アメリカ救済計画は基本的に財政赤字の拡大で賄う追加財政支出であった。アメリカ雇用計画には、その財源としてメイド・イン・アメリカ税制計画が発表されている。アメリカ家族計画についても税制改革による財源の捻出をバイデンは議会に求めている。The Department of the Treasury, “The Made in America Tax Plan,” April 21, 2021, <https://home.treasury.gov/system/files/136/MadeInAmericaTaxPlan_Report.pdf> accessed on May 20, 2021; Michael Collins, “Biden seeks increases in income and capital gains taxes for wealthy to pay for $1.8 trillion 'families plan,’” The USA Today, <https://www.usatoday.com/story/news/politics/2021/04/28/biden-seeks-tax-hikes-wealthy-pay-ambitious-families-plan/4853891001/>, accessed on May 20,2021.